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サキと紗季

「あなた、ゲームのキャラに、私の名前つけてるでしょ?」


 紗季にそう言われ、勝太は背筋がギクリと伸び上がったのを隠すように前屈みになり、飛び出そうとする心臓を押さえるように胸に手を当てた。


 生唾をひとつ飲み込むと、しらばっくれる。

「な……、なんのことでしょう」

 大好きな女の子と会話しているというのに、まるで万引きを見つけた警官と話しているような気分だった。


 紗季はマウントを取ったようにフフフと笑うと、言った。

「仮屋崎くんに聞いたの」


「ゆ、勇吾に!?」


 たった一人の親友がそんな口の軽いやつだとは思わなかった。いや、思いたくなかった。信じられなかった。知り合ったのは高校に入ってからだが、コイツだけは信じられると思っていた。


「その名前、変えてほしいの」

 紗季は『そこのゴミ、拾ってほしいの』ぐらいの軽い言い方で、言った。


「えっ……?」


「別の、架空の名前にね。変えてくれないかな」


 紗季にそう言われ、勝太は地獄の底が開いてるならそこへ落ちて行きたくなった。彼女は嫌がっているのだ。勝太のゲームの中に名前を使われるのが迷惑だと言っているのだ。


「か……変えます……」

 こぼれそうになる涙を押さえて、そう言うしかなかった。


「お願いね」


 それだけ言うと、紗季はさっさと自分の席に戻って行った。

 告白もしていないのに失恋した。


『いや、待てよ……』


 しかし勝太は負けを認めない性格だった。


『これは……逆に考えるべきなんじゃないか? 本当に嫌がってるなら、こういう時、女子って、みんなの晒し者にしてボコボコにするもんじゃないか?』

『それをしないのは、キモがりもせずに2人の間だけで済ませようとするのは、つまり……脈ありってことじゃないか!?』

『俺がゲームのキャラに彼女の名前をつけてこっそり恋してるのを嫌がってるわけであって、俺から好かれていることを嫌がってるわけじゃないんだ……』

『つまりこれは……【私、待ってるんだから。早く告白してよね!】ってことなんじゃないか!?』


 勝太は陰キャだがプラス思考の持ち主だった。





「おい、勇吾……」

 中休み、早速親友を咎めに行った。

「てめー……紗季ちゃんに何話してくれてやがんだよ?」


「はい?」

 勇吾は明るい顔を傾げた。

「何のことだ?」


「俺が彼女の名前をゲームキャラにつけてること、バラしたろ?」


「するわけないじゃん?」


「だって紗季ちゃんが言ってたぞ? お前から聞いたって」


「おいおい……」

 勇吾は疑われているらしいことにショックを隠しきれない様子で、言った。

「俺がそんなことすると……本気で思うのか? 大体、考えてみろ。お前と同じく陰キャのこの俺が、彼女と会話なんか出来ると思うか?」


 勝太ははっとした。


 確かにそうだ、と思った。自分も、勇吾も、白銀紗季とは卒業するまで学校の用事等以外では一言も会話など出来そうもない、そんな仲間だった。


 考え込んでいる勝太に勇吾が言う。

「信用したか?」


「した」

 即答すると、勝太は呟いた。

「じゃ……、一体、どうやって……?」



◆  ◆  ◆



「じゃ、ここでな」

「ああ、またな」


 仮屋崎勇吾は分かれ道で勝太に手を振ると、自分の家に向かって自転車を走らせた。

 時間はもう午後5時過ぎだが、夏の太陽はなかなか沈もうとしない。


「あちー……」

 勇吾は何度もそう呟きながら、ママチャリを漕ぐ。

「早く帰って涼しい部屋でゲームしよう」


 ペダルを漕ぐ足を速める。スピードを上げながら曲がり角を曲がると、そこに女の子が立っていた。


「うわあっ!」


 ぶつかりかけたが、なんとかブレーキをかけ、コケそうになりながら止まれた。

 暑さでかいていた汗と一緒に冷や汗を拭くと、あわわと口を動かした。


「仮屋崎くん」

 そこに立っていたのは勝太の想い人、白銀紗季だった。

「これからあなたの家に遊びに行きたいの。いい?」


「は……はあっ!?」

 勇吾は当然の反応をした。

「白銀さんが俺ん家に? な……、なんで?」


 紗季は自転車に轢かれかけてもまったく何もなかったかのように、まっすぐそこに立っていた。切れ長の目で涼しげな視線をまっすぐに勇吾に向ける。そして、落ち着いた声で、言った。


「花火屋くんに聞いたの。仮屋崎くんが『スライムハンター』のゲーム持ってるって」


「あ……ああ?」

 勇吾はキョドキョドしながら答えた。

「『スラハン』ぐらい、俺だけじゃなくて、持ってるやつ、多いよ? なんで……俺?」


「嫌?」

 そう聞いて、紗季が思わせぶりな微笑みを浮かべる。


「嫌……じゃ、ないけど……」


「じゃ、行きましょう」


 そう言って紗季は荷台に横向きで乗って来た。勇吾の腰に手を回し、しっかりと掴まる。


「うへ……」

 勇吾は思わず変な声を出してしまった。

「じゃ……、じゃあ、漕ぐぜ?」


 何が何だかわからなかった。意味がわからすぎて、いけない想像をしてしまう。


『もしかして……俺のことが好き……とか?』

『いやいやいや! この子は親友の想い人だぞ!?』

『でも……。もしかしたら……。これから俺の部屋で、えっちな展開に……?』

道程どうてい……俺の前に女っ気はない。俺の後ろに紗季ちゃんが掴まる。うへへ……』

『勝太……! すまん!』


 親友の想い人だとはもちろん知りながら、勇吾はウキウキ気分で自転車を漕ぎ、自分の部屋へと向かった。





「ちょ……、ちょっと待ってて」


 勇吾は部屋の前で紗季を止めた。


「別に……片付けなくていいわよ?」


 紗季が少し冷ややかな笑いを浮かべながら、そう言う。


「いやいやっ! ちょっと片付けるだけだから!」


 そう言い置いて勇吾は一人で部屋に入り、バタムとドアを閉める。床に散らばった雑誌を急いで片付け始める。裸の女の子の写真がいっぱい載った雑誌だ。


「そんなのいいのに」


 音もなく紗季が、入って来ていた。


「はいいーーッ!?」


 びっくりして勇吾が声を上げる。


「男の子の部屋がそんなんだってぐらい、わかってるわよ」

 紗季はそんなものには興味もなさそうに、テレビに向かってまっすぐ歩く。

「早く、ゲームをしましょう」


「あ……飲み物、持って来るよ」

 そう言いながら必死に雑誌をベッドの下に片付ける勇吾。


「いらない」

 紗季はテレビの前に正座した。

「ゲーム……。してみせて」



 勇吾はゲーム機の電源ボタンを押した。連携してテレビの電源が入り、メニュー画面が現れる。

『スライムハンター』を選び、ゲームを起動する。

 紗季はそれをじっと見つめていた。コントローラーも手に持たず、綺麗に正座したまま。


「オンライン?」

 勇吾が聞く。


「何それ?」

 表情を動かさずに紗季が言った。


「ネットに繋いで知らない人達とプレイするんだよ。オフラインで1人プレイも出来るけど?」


「君の好きな、いつもやっているゲームをやってみせて?」


「……じゃ、オンラインだ」


 タイトル画面からオンラインを選び、ゲームの準備が始まった。


 操作をしながら、勇吾は紗季に聞いた。

「ゲーム……好きなの?」


 紗季は画面をまっすぐ見つめながら、答えた。

「やったこともないわ」


『か、絡みにくいな……』

 そう思いながら、勇吾はゲームを始める。

『それに、ますます意味がわからない……』


「フゥン……」

 薄く笑いを浮かべてゲーム画面を見ながら、紗季は感想を言った。

「こういうゲームなのね。架空のファンタジー世界に繰り出して、そこにいるモンスターをハンティングするわけか……」


「おもしれーだろ?」

 すぐ横に紗季の匂いを感じながら、勇吾が興奮して笑う。

「色んな武器があるんだ。ハンティングしてたらレアな武器が手に入ることもあるし、他のプレイヤーさんと取り引きしたりも出来るんだぜ」


「仮屋崎くん」

 紗季の声が少し遠ざかったような感じがした。

「このゲーム、好きなのね?」


「ま、まぁ……ね」


「現実より、このゲームの中で生きたかったりする?」


「そうだなー」

 勇吾は照れながらも、正直に答えた。

「リアルがつまんねーから、ゲームの中に入れたらなって、確かに思うかも」


「じゃあ」

 呪文を唱えるように紗季の声が言った。

「行ってらっしゃい」


「うあ……?」


 紗季にそう言われた途端、勇吾の身体が光になった。


 そのままテレビ画面の中へ吸い込まれて行く。


「うあああああーー!?」


 紗季はくすくすと笑いながら、テレビ画面を見つめた。

 画面の中では、砂漠の真ん中に勇吾がどさりと音を立て、入り込んだところだった。


「ちょ……! 何、これ!?」


 勇吾からテレビ画面の外は見えていない。きょろきょろと辺りを見回し、パニクっている。

 入って来た勇吾を見つけて、周囲にいたモンスター達が一斉に襲いかかって来た。


「わあああああ!!」


 悲鳴を上げる勇吾を見たくないとでもいうかのように、紗季はテレビの電源を消してしまった。



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― 新着の感想 ―
[一言] あららら 『悲鳴を上げる勇吾を見たくないとでもいうかのように、紗季はテレビの電源を消してしまった。』 って… めっちゃヤバい子??
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