ごんざえもんとの会話
「いつもオイラの開発したゲームを遊んでくれてありがとう」
ごんざえもんの声は、言った。
「浮気をする気もなく、オイラの『ダンジョン&モンスターズ』にどっぷりハマってくれてたよな」
「え……。あ……、はい」
ショウタはどう反応していいかわからず、姿の見えない相手にただぺこりと頭を下げた。
「面白すぎるんで……、こればっかりやってました。でも、こんなことになるとは」
「ハハハ! あのねーちゃんは本の読み過ぎだな」
「本を読み過ぎたらあんなふうになるんですか!?」
「何事も過ぎたるは毒になるって言うだろ? ゲームも1日1時間までだ」
過ぎたるは……『及ばざるがごとし』じゃないのかな? とショウタは思ったが、言わずに黙っていた。ただ、聞いた。
「どんな本を読み過ぎたらサキみたいになっちゃうんですか?」
「うん。本によってはこの世の真実を残酷なまでに、読者への忖度なんてまったくなしに書いてあるもんだ。精神が若過ぎるうちにそれに触れてしまったら、サキちゃんみたいに、毒に冒されたような感じになる」
鉄槌の中から透かしてショウタはサキを見た。
ショウタが死んだと思い込み、石の床にへたり込んで大泣きしている。ごんざえもんの声が続けて言う。
「でもじつは中身はあんなふうにただのふつうの女の子なんだよな。自分は幻想なんかくだらないと思う、ステキナチカラで現実に立ち向かっていける超人だなんて自分のことを評価してるけど、じつは彼女自身、そんな幻想の自分を見ているだけなんだ」
「ステキナチカラって何なんですか?」
ショウタは聞いてみた。
するとごんざえもんはサキよりもよく知っているかのように、それを答えてくれた。
「あの子が言う通り、人間は残酷な真実を見てしまわないように心地いい夢で真実を隠すもんだ。ほんとうは自分が生きてることに意味なんてないのに、意味があるという幻想をほんとうのことのように思い込もうとする。そんな夢に逃避することなく、現実をちゃんと見て、本来的実存的自己として自分を見て、過酷なそれに立ち向かって自己を実現していける力を、彼女はそう呼んでるんだと思うよ」
「……よくわからん」
「ふふ。オイラも若い頃ニーチェにハマったからね。ねーちゃんの言うことはよくわかるんだ」
よくわからないのでそのままにしておくことにした。
それよりも気になっていたことを、ショウタはごんざえもんに聞く。
「ところでその能力は?」
「その能力……とは?」
「ゲームの中に入り込んだり、他人を送り込んだり……。なんでサキもあなたもそんなことが出来るんですか?」
「ふふ……。これはね、感受性が高くて、創造力のある人間なら、誰でも持っている能力なんだよ。自分が物語の中に入り込んだり、読者を物語に引きずり込んだりする能力は」
なんとなくわかった気がしたが、納得はいかなかった。それってふつう比喩みたいな言い方で、比べてこれはあまりにもリアルすぎるんじゃね? と思ったが、めんどくさいので反論はしなかった。
それよりも困っていた。
ショウタが死んだものと信じきって泣きじゃくるサキを鉄槌の外に眺めながら、思っていた。
『俺……、どんな顔してあいつの前に戻っていったらいいんだろ』