グラビトン
四人は通路の行き止まりに立った。
他の扉よりも一層立派な、鉄の扉が行く手を塞いでいるのだ。ここを通らなければ次の場所へ行くことはできない。
この扉の向こうに、中ボスのあいつがいる。
「グラビトン……」
その名を呟いて、ショウタは生唾を呑み込んだ。
「か……、勝てるよな?」
「何よ。勝てるに決まってるでしょう? この私様がいるんだから」
そう言ってテキトーに杖を掲げてファイティングポーズをだるそうにキメるサキに、ショウタの不安が倍増する。
「メレディ……」
思わず頼りになるほうの相棒に聞く。
「勝てるよな?」
「ショウタ様はこの世をお救いになる勇者様です」
メレディは自信なさそうに言った。
「ははは! 大丈夫!」
ごんざえもんが聞かれてもないのに答えた。
「オイラがいるから大丈夫! サッサと行こう」
躊躇っていてもしょうがない。いつかはここをクリアしなくては現世に戻ることはできないのだ。サキがチート能力に目覚めた今がその時だと自分に言い聞かせ、ショウタは覚悟を決めた。
「よし! 開けるぞ!」
ショウタは扉を勢いよく、開けた。
中はゲーム画面の通りのコロシアムだった。
その中心にあぐらをかいていた鋼鉄の巨人が立ち上がり、天井を揺るがす大声で言った。
「ハハハハ! 待っていたぞ、冒険者ども!」
何度も繰り返したゲームの通りだ。
何度も自分を殺した、素速さと剛力を兼ね揃えた強敵の姿だった。
平べったい頭部が甘食に似ていた。
「サキ! 頼む!」
ショウタはいきなりチート能力に頼った。
「あいつをおいしい甘食に変えてやれ!」
「げ……。ムキムキのオッサンじゃん」
サキは、引いていた。
「ちょっとアレを食べたくはならないわ」
「しろよ! 甘食に! あいつに負けたらみんな死ぬんだぞ!」
「うん……。でも、やる気が出ない」
「おい! 頼むよ! お願いします!」
「ごめんなさい」
グラビトンの振り上げた巨大な鉄槌が、凄まじい速さでショウタの真上に落ちてきた。
地響きが轟いた。
あ……。死んだな、俺。
ショウタは思った。
死ぬ時って、意外とものを考えることができるんだな。
そう思いながらおそるおそる目を開けると、グラビトンの振り下ろした鉄槌の中にショウタはいた。
『あれ……。なんだ、これ?』
鉄槌はリアルで生々しく、ゲームとは違って本物だとしか思えないのに、ゲームのグラフィックのように透けていた。
鉄槌の鉛色を通してグラビトンのニヤけた顔が見えた。
「ハハハ! 勇者を仕留めたぞ! 弱い! 弱いな、ハハハハ!」
そう言って笑うばかりで、グラビトンは他のパーティーメンバーを襲う気がないように見える。
「にーちゃん、大丈夫か?」
すぐ近くでごんざえもんの声がした。
ショウタはどこにいるか見えないごんざえもんに答える。
「あ……、ああ……。なんでか大丈夫だけど……。何、これ」
「オイラがいるから大丈夫だって言ったろ」
「キャアアアア!」
サキが絶叫しているのが見えた。
「花火屋くん! 花火屋くん!」
「あいつ……俺が見えてないのか?」
独り言のように呟くショウタに、ごんざえもんの声が教える。
「いい薬だ。死んだって思わせとけ」
「ごめんなさい!」
サキが泣き出した。
「私……、何も出来なかった! 気分になれなかった……ごめんなさい!」
いつものクールな彼女とは違いすぎて、ショウタは呆気にとられた。同時に彼女が自分の死を悲しみ、こんな目に遭わせた張本人の彼女自身を責めているように見えて、ほっとした。
「ところで何なの、これ?」
ショウタはごんざえもんに聞いた。
グラビトンは鉄槌を振り下ろした格好のまま、ずっとただ笑っている。
「安心しろ。ゲーム世界に干渉する能力をもつのはサキねーちゃんだけじゃない」
ごんざえもんの声は、言った。
「俺もだ」
「え……! じゃ、おまえ……あなたは、NPCなんかじゃなくて……、もしかして……」
「ああ」
ごんざえもんの声は、言った。
「オイラはこのゲームの開発者だ」