サキとの会話
グラビトンと戦う前に休息をとることになった。通路の柔らかい土になっているところに布を敷き、焚き火を囲んでみんなそれぞれに横になる。
メレディだけは座った姿勢でスイッチを切って休んでいる。ごんざえもんは無防備に仰向けで寝転び、いびきをかいていた。
「……非現実的存在のくせに眠るなんておかしいわ」
サキのそんな呟きが聞こえたので、まだ眠っていなかったショウタは顔を起こした。
焚き火のオレンジ色が美少女の横顔を照らしている。サキは身を起こし、メレディとごんざえもんを見つめながら、何か考え込んでいるような顔をしている。
「仲間だろ」
ショウタはサキに言葉をかけた。
「そいつら確かにNPCだけど、そいつらがいなかったらゲームクリアできねぇ。今まで何度も助けてもらったろ」
「何よ。私さえいればゲームクリアはできるんでしょ」
「うっ」
「早く行きましょうよ、そのくらげどんとかいう甘食のところへ。急ぐんでしょ? 私も早く帰りたい」
「疲れてるんだよ。メレディも、ごんも。おまえもフライドチキンの食べすぎで疲れたろ?」
「幻想が疲れるなんておかしいわ」
「……少なくとも俺は疲れてる。急いては事を仕損じる、だ。今は寝よう」
「幻想なんて人間に必要ないのよ。人は正しく現実を認めて、辛い現実に立ち向かっていくべきだわ」
ショウタは何も答えず、眠ろうとした。焚き火の爆ぜる音が静けさを増幅していた。それに乗せる主旋律のように、サキが喋り続ける。
「私は『夢』ってことばが嫌い。大嫌い」
ショウタは眠ろうとしながら、そのひとりごとを聞いていた。
「夢をもつのはよいことだとされてるわ。そしてみんなそれを信じてる。まるで宗教みたい。夢をもつということはつまり、現在の自分を否定しているということなのに。今の自分じゃないところへ、ないところへ、行こうとしているのよ。でもほんとうは、その足はちっとも動いていない。みんな夢に向かって歩いているつもりで、その場で足踏みしてるだけ。だって夢は幻想だもの。現実じゃないもの。たとえば『国家』なんてみんなで作り上げている幻想の最たるものよ。『素晴らしい国家を実現するのが私の夢です』──なんてバカみたい。自分はなんにも変わらずに、そんな幻想を作りあげるために、今の自分を否定してどうなるの? そんなくだらない人間ばっかり。ほんとうの自分のことは見ようともしない。ゲームなんて国家以上にバカげたものよ。国家はまだ実用性がある幻想だけど、ゲームなんてただの暇つぶし」
「そのゲームが今の現実なんだよ!」
ショウタは思わず声を荒らげた。
「誰がこんな事態にした? へんな文句いわずにこの世に従え!」
「私はこんなところで生きるつもりはないわ」
サキは声を震わせた。
「だから一刻も早く、ゲームクリアしてよ! 私、早く帰りたいんだから!」
「帰るって……日本へ? 国家も幻想なんだろ?」
「そうよ。ゲームと国家なんて、おんなじ。ただ国家は現実だと信じられていて、実用性がある。それだけよ」
「あっ、そう。じゃ、日本からも出ていけば?」
「ちゃんと溶け込んでるふりはしてるでしょ? でもほんとうの私はアウトサイダーなの」
「なにそれ。かっこいい」
ショウタは小馬鹿にする口調でツッコんだ。
「……で、ほんとうのあなたを知った俺はどうなんの? 戻れたら、抹殺される?」
サキは黙り込んだ。
ショウタはため息をつくと、思った。確かに人間にとって幻想なんて必要ないのかもしれない。自分は今までサキに幻想を見ていた、自分が恋していた女の子は、幻想だったのだ、と。
でも幻想のサキのほうがよかった。ほんとうのサキなんて、知らないほうがよかった。知りたくなかった。