ごんざえもん
扉の中から顔の上半分だけ覗かせて、エルフはじっとショウタたちを見つめている。
ショウタとサキも、しばらく言葉を失ったまま、ただじっとエルフの長い耳とトンガリ帽子を凝視していた。
「あっ!」
ようやくショウタが声をあげた。
「エルフだ!」
するとエルフが「へへへ」と照れ臭そうな笑い声を漏らした。そして扉の陰から全身を現す。
「わあ……」
サキが不機嫌そうな声を漏らす。
「ぶさいくなエルフって、いるのね」
「やあ! おまえら、なんかうまそうなもん食ってんな?」
気さくにそう言いながら、背の低いエルフが近づいて来る。
「思わず匂いに誘われて来ちまった。オイラにも分けてくんねぇ?」
かわいいといえばかわいいといえた。しかし、ちっとも美しくはなかった。チビでおどけた歩き方のそのエルフは、鼻が真っ赤でニキビだらけだった。
ショウタは立ち上がると、エルフを歓迎する意思を、フレンドリーな態度で示す。
「君を探していたんだ、エルフ。どうか俺らの仲間になってほしい。ついて来るならこのアリンコ・スライムの肉をあげよう」
「桃太郎かよ!」
エルフが日本の昔話を知っていた。
焚き火を囲み、3人でアリンコ・スライムの肉を食べた。
「オイラ、ごんざえもんっていうんだ」
エルフが自己紹介をする。
「これからよろしくな」
「およそエルフらしくない名前ね」
サキが鼻で笑う。
「見た目もだけど」
「おまえ、弓使えるよな?」
ショウタが不安そうに聞く。
「見た目エルフっぽくねーけど……」
「弓を使わせたらオイラは世界一だぜ」
ごんざえもんは鼻高々に答えた。
「世界っていっても、このゲーム世界のことだけどな! へへへへ!」
「そっか……」
サキが嘲る口調で言った。
「銀色仮面と同じ、非現実存在なのよね、あんた。つまり、嘘なんだわ」
「嘘とか言うな」
ショウタがエルフをかばう。
「ちゃんとここに存在してるだろ。コイツがいなかったら中ボスのグラビトンはとても倒せねー。この世界を出られねーんだぞ? 尊重しろ」
メレディは食事をとるかわりに眠っている。
焚き火のオレンジ色がシルバーの顔を濡らしている。
サキは何も喋らなくなった。
どこか寂しそうにも見える表情で、肉を細かく噛りながら火を見ている。
ショウタとごんざえもんの二人だけが喋っていた。
「よし、ごんざえもん。おまえのことはこれから『ゴン』って呼ぶな」
「おう!」
「俺のことはショウタって呼んでくれ。あそこで寝てるのはメレディだ」
「おう!」
「早速おまえの力を見たいな。食ったら何かモンスターを狩りに行こうぜ」
「おう!」
「空飛んでる系がいいかな。ドラゴンバットにしとこう。コウモリの羽根で飛び回るちっちゃな竜だ。強くはないけど、的にするのは結構難しいぞ」
「任せろ! ところで……」
「ん?」
「あの姉ちゃんのことは紹介してくれないのか?」
「あー……」
「なんでスルーしたんだ? あの姉ちゃん、美麗なグラフィックなのに」
「あれは性格に問題あって……」
「オイラ、ツンデレ姉ちゃん好きだぞ」
「デレがないんだよ」
「ツンツンもいいじゃん! オイラ、あの姉ちゃん、好きだ! 名前を教えてくれ!」
ごんざえもんはサキのほうをまっすぐ向いて、本人に聞いているようだった。
サキは気づいてもいないように、あるいはごんざえもんの存在を認めたくないとでもいうように、ただじっと火を見ている。
「自己紹介ぐらいしろよ」
怒った口調でショウタが言った。
「コイツ、仲間になったんだから」
「ミアよ」
サキは偽名を名乗った。
「よろしくね、非現実存在さん」
「おう!」
ごんざえもんは、名乗られてはしゃいだ。
「よろしくな! 美麗なグラフィックのねーちゃん! これからおまえのこと『ねーちゃん』って呼ぶな」
「自己紹介の意味ねーじゃねーか……」
ショウタは二人ともに呆れた。
今度はごんざえもんとサキばかりが会話をはじめた。
「ところでねーちゃん! トシはいくつだ?」
「……17よ」
「わっけーな! オイラなんて……」
「このゲームが出来た時に産まれたんでしょ。せいぜい2歳ぐらい?」
「へへへへ! おもしれーな、ねーちゃん! 千三百歳って言おうとしたのに……」
「そんなに生きられる動物はいないわ。物理的に不可能」
「ところでねーちゃん、なんで寂しそうなカオしてんだ?」
「べつに」
「美麗なカオのグラフィックが台なしだぞ? もっといいカオしろ。してくれ」
「うるさい」
ショウタはアリンコスライムの肉を食べきると、二人のほうを見た。二人とも肉は食べずに会話ばかりしていた。
「よし! 小休止したらドラゴンバットの出る部屋へ行くぞ!」
張り切って声を上げたショウタを無視して、二人は会話を続けていた。
「ねーちゃん、スリーサイズいくつだ」
「非現実存在がそんなもの知ってどうするのよ」
「膝に乗ってもいいか? そこ、座り心地よさそう」
「乗ったら氷魔法かけるわよ」
「おっ? ねーちゃん魔法使いなのか? オイラも世界一の風魔法の使い手だぞ?」
「どんだけちっちゃい世界のよ?」
「とりあえずオイラ、ねーちゃんのこと好きだからな! 覚えておいてくれよ?」
「はいはい。あっち行ってくれる?」
「よーし! オイラ、ねーちゃんのために働くぞー!」
そう叫ぶと、ごんざえもんは張り切って廊下を走り出した。
どこへ行くのかと思ったらまた戻って来て、戻って来たかと思うとまた奥のほうへ走っていく。
「なんか……なつかれたみたいだね」
ショウタが言うと、
「動物にはなつかれるのよ」
つまらなそうにサキはそう言ったが、その口元が少し笑ったように見えた。
「おはようございます」
メレディが目を覚ました。
「動けますよ、ショウタ様。早速冒険に行きますか?」
「よし! ドラゴンバットを狩りに行くぞ!」