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ショウタと勝太

 暗いダンジョンの中を歩いて行くと泉があった。


 青くぼんやりとした光を浮かべるその泉に、ショウタは手をかざす。


 ── 体力が全回復しました


 後ろからメレディがそう告げる。


「よし! これでこのままボス戦行くぞ」

 ショウタはそう言って、右手の剣と左手の斧をガシュカシュと打ち鳴らした。


『たった3人で大丈夫かよ?』

 上からユーゴの心配そうな声が降って来る。

『もっと仲間集めてからのほうがいいんじゃね?』


「いや、行ける! 俺を誰だと思っている?」


 ── ショウタ様はこの世を救う勇者様でございます


 メレディが後ろからタイミングよくそう言った。

 振り向くと銀色の顔に青い長髪の、メタリックな女性がショウタをじっと見つめている。目には瞳がなく、鼻には穴がない。口がないのにどこから喋ってるんだろう、とショウタはちょっと思う。


「メレディ、ありがとう」

 称えてくれた彼女にそう礼を言うと、その横に立つ少女に目を移した。

「サキ、行くぞ。大丈夫?」


 純白のローブに杖を持った魔術師スタイルのサキは何も答えず、ただユラユラと体を動かしている。

 

『サキちゃん殺すなよ?』

 冷やかすようなユーゴの声が降って来た。

『お前の大事な、大事なサキちゃんなんだからよ』


 それには答えず、ショウタは歩き出した。

 後ろからメレディとサキもついて来る。


 目の前の、大きな鉄の扉に手を触れると、それがゆっくりと、開いた。


 目の前が真っ暗になり、しばらくすると中ボス『グラビトン』の巨大な姿が現れた。


「ハハハハハ! 待っていたぞ、冒険者ども」


 ダンジョンを深くまで潜って来たが、言葉を喋るモンスターには初めて出会った。

 重そうなムキムキの身体にさらに重そうな鎧を纏い、顔は鉄仮面で隠されている。


「よーし、行っくぞー!」


 ショウタはすぐに戦闘に入った。

 あまり近づくと踏み潰されそうなほどの体格差。しかしショウタには剣以外の攻撃手段はない。接近戦あるのみ。

 まっすぐ走ると、グラビトンの足を剣で斬りつけた。


 ── 援護します


 後ろからメレディがビームを撃ちまくる。

 グラビトンの巨体をのけぞらせ、隙を産む。


「おりゃあああ!」


 ショウタはジャンプすると、剣に炎を纏わせた。

 グラビトンにそれを──



 ぐしゃあっ!



「あ……。死んだ」

 ショウタは呑気な口調でそう呟いた。

「やっぱまだ無理か……。っていうか、一発即死かよ」



 VRゴーグルを脱ぐと、自分の部屋だ。

 学習机に座っていた勇吾ユーゴがニヤニヤしながら、持っていたスマホから顔を上げた。


「レベル上げが足らん以前の問題だな。あと弓をゲットしろ。グラビトンに近接戦闘は無謀だって」


 勇吾にそう言われ、勝太ショウタは「わかってんよ」と呟き、ミニテーブルの上のコーラを飲む。


「まぁ、死んでも泉からやり直せるからな。どうする? 仲間を集めるか、武器を強化するか」


「しばらくボス戦は勝てんわ、これ」

 勝太はそう言いながら、再びゴーグルを被った。

「戻って雑魚でレベル上げする」


「でもおもしれーな、このゲーム」

 勇吾が楽しそうに言う。

「スマホ画面で傍観しててもおもしれーわ。グラフィックがめっちゃリアルで、本当にお前が冒険者になって2人の美女と冒険してるの見てるみてぇ」


「お前も買えよ。『ダンジョン&モンスターズ』」


「ゴーグルも持ってねぇからな」

 高校生に簡単に買えるもんじゃねぇよ、と勇吾は言葉に調子を込めた。

「それにオンライン対応だったらバイトしてでも買うけど、1人プレイ専用なのがなぁ……」


「だからいいんだ、俺には」

 勝太は力説した。

「他にリアルの人間のいない、俺だけの世界だからさ、この世界では俺だけが英雄になれるんだ」


「この世界でだったらサキちゃんのことも怖くねーもんな」

 勇吾がニヤニヤ笑いながら冷やかす。


「うるせー……」


 ゴーグルを被り直した勝太の眼前には再びダンジョン内の景色が広がっている。

 振り向くと緑色の長い髪に縁取られたメレディのメカニカルな顔がある。

 その隣では純白のローブに身を包んだ美少女、サキが無言でユラユラ揺れている。


「よしっ。2人とも、引き返して雑魚モンスター狩りに行くぞ」


 ── ショウタ様は世界を救う勇者でございます


 今度はメレディの台詞がちょっと外した。


 窓の外には夏の空が広がっている。

 クーラーの効いた勝太の部屋は猛暑から隔絶された、SF世界のカプセルのようだ。

 この夏休み、勝太はどこにも行かず、自分の部屋で新しいVRゲームに夢中になっていた。


「明日、登校日だよなー」

 ふいに勇吾が言った。

「リアル紗季サキちゃんに会えるぞ? 嬉しかろう?」


「めんどくせー……」

 勝太は手をブンブン動かして、画面の中で剣を振りながら、答える。

「ずーっとこのVR空間の中に居てぇ……」


 この世界では俺は英雄なんだとばかりに、勝太はダンジョンの扉を次々と開け、颯爽と剣を振り回し、出現した雑魚モンスターを倒して回った。


「おりゃああああ!」





 次の日、学校に行きたくなかったけど、勝太は登校した。


 家を出るなり、呟く。


「あちぃ……」


 外はまるで熱湯の中にでもいるような蒸し暑さだ。ママチャリに跨り、バッグを籠に入れると、その中を漕ぎ出した。


「……ったく。なんで夏休みなのに学校なんか行かないといけねーんだよ……」


 隣のおばさんが元気に家の前を掃除している。


「おはようございまーす」

「あら勝太くん。今日は登校日?」

「そうなんです。だるいけど、行かなきゃ」

「行ってらっしゃい。気をつけてね」


 なんだかやりとりに違和感があった。


 考えて、すぐにわかった。VRゲームをやり過ぎていたので、自分の口調に違和感を覚えたのだ。


「あーあ……。リアルでも『おりゃああああ!』とか叫びてー……」





 教室に入ると、ほぼみんながもう登校して来ていた。勇吾の姿はない。


 自分の席に座ると、特にすることもなく勝太はぼーっとした。

 勇吾の他には特に親しい友達もいないので、することがないのだった。


 少しの間そうしていると、教室の扉が華麗に開き、すらりとしたスタイルに茶色いロングストレートヘアーの少女が入って来て、切れ長の目を勝太のいる方向へ向けた。


 勝太はガン見していたので慌てて目をそらす。


 気づいてすらいなかったようだ。少女はすたすたと歩いて教室に入って来る。


紗季サキー、おはよ」


 女子の一人が声をかけると、少女はにっこりと愛想よく笑い、小さく手を振った。


 勝太の心臓はドックンドックン鳴っている。

 久しぶりに見た紗季ちゃんはさらに可愛さを増しているように見えた。


『まるで夏の精霊だ』

 詩のようなことを心の中で呟く。

『あんな眩しいものに直に触れたら身も心もとろけるような熱に焼き尽くされてしまいそうだ……』


 ばん! と後ろから背中を叩かれた。振り向くと、勇吾のニヤニヤ顔があった。


「勝太。久々に見るサキちゃんはどうだ?」


「べっ……、別に……」


「告っちまえよ。この先の夏休みがすんげー楽しくなんぞ?」


「ばっ……! バカかよっ!」


 あまりに高嶺の花だった。冴えない地味男子の自分とキリマンジャロの頂上に咲く白百合では釣り合わないと思った。


 それでも好きだった。ゲームの仲間キャラの美少女にその名を与えてしまうほどに。


 毎日自分の部屋で、ゲームも何もしていない時はノートにその名前を書き連ねていた。


 紗季ちゃん紗季ちゃん紗季ちゃん紗季ちゃん……


 好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ……


 と。


『でも俺なんかが紗季ちゃんと付き合えるわけがねーじゃん……』


 どうしても目がそっちに行ってしまう。勝太の視線はモブ生徒どもをスルーして突き抜けて、紗季ちゃんのほうへ吸い寄せられる。


 彼女は自分の席に姿勢よく座り、勝太のほうをじっと見ていた。


 勝太と目が合うと、切れ長の目を涼しく笑わせ、その唇が動いた。何か言ったのだが、聞こえなかった。独り言なのかもしれないが、勝太に向かって何かを言ったようでもあった。


『ひえっ!?』

 勝太は慌てて目をそらす。

『目が……合っちゃった……』


 それどころではなかった。


 それからすぐに、勝太の前に誰かが立った。


 おそるおそる視線を上げると、白銀しろがね紗季サキのクールな美貌がそこにあり、自分を見下ろしていた。


『いや……。何?』

 勝太は恐れを感じながら、思った。

『なんで彼女が俺の前に立ってんの……?』


「花火屋くん」

 紗季が勝太を上の名前で呼んだ。そして、夏の暑さが和らぐような、クールな声で、言った。

「あなた、ゲームのキャラに、私の名前つけてるでしょ?」



間違って『短編』で投稿してしまったので、そちらを削除して連載にし直しました。


ごめんなさい……m(_ _;)m

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