8.職員室
職員室のドアが開き、PJが出てくると今度はマリサが職員室に入っていく。放課後ということで廊下を歩く生徒はそこまで居るわけじゃないが、なんとなく職員室の前で立って待っているというのは気まずい気分になる。
「で、何言われた?」
「ん? ん~。……部活じゃなく生徒会に入らないかって言われた」
「は? 生徒会? おまえが?」
「だよなあ。そういうのはもっと真面目な、シュウみたいなのが向いてるのにな」
「でも、生徒会に入っても班には入らないと駄目なんだろ?」
「そこは、生徒会なら免除にしてやるって言うんだ」
「まじか……で、それは受けたのか?」
「うーん。ちょっと考えて返事するって言っておいた」
まあ、そうだよな。どちらかと言うとPJはパーティーピーポーみたいな奴だからな。生徒会って雰囲気じゃない。入っても浮きそうな気がする。何を考えているのだろう。
いつまでも帰ろうとしないPJに「俺を待たなくてもいいぜ、先帰れよ」と言うとPJは俺を憐れむような目で答える「何言ってるんだ。待ってるのはマリサちゃんだぜ」だそうだ。こういうチャンスを逃すやつが明るい学院生活なんて送れねえぞ。と生徒会に誘われるやつとは到底思えない発言をしている。
やがて出てきたマリサにPJが「どうだった?」と聞いている。マリサはなんとも微妙な顔で「生徒会に入れって」とPJと同じアドバイスを受けたようだ。結構適当なのかもしれない。
だが、次は俺だ。二人の会話をよそに意を決してドアをノックする。
職員室に入り、ドアを締めながら廊下の方から「おおお、じゃあ一緒にやろうぜ」なんていうPJのやけにテンション高めの声が聞こえた。
「リュートか。コレで全員来たな」
「は、はい……」
先生は俺の顔を見ると少し嬉しそうな顔をしながら、ノートマジコンで俺の資料らしきものを開く。そこには受験の俺の成績や、能力テストの情報が映し出されていた。
「おい、ちょっと覗き込むな。一応お前のデーターだけど生徒には見せては行けない決まりなんだ。少し下がれ」
思わずマジコンの画面を見ようと、前に乗り出していたようだ。俺は慌てて少し後ろに下がり、先生の言われるままに椅子に座る。
「リュートは、召喚師の適正があるのは自分で分かってるな? まあ入学時のテストじゃ能力深度までは分からないが、なかなかの物じゃないか」
「はあ……」
「受験の成績も、魔術言語は満点か。やっぱお前はゴーレム向きじゃないのか? 見学に行ったか?」
「いえ……行ってないです」
「ふむ、あまり興味は無いのか?」
「ゴーレムは別に嫌いじゃないですが……」
またゴレ班の話か……俺は少々うんざりしていた。
「でも……シュウが言うには飛行班はもう募集を締め切ったらしいじゃないですか。ゴレ班は……あまりやる気ないみたいですし」
「うーん。まあ飛行班はもう駄目だな。でもお前なら入班試験も通りそうだと思うがなぁ……」
「試験を受けてまでは……」
「そうか、あとはまあ、確かにゴレ班はこの学校じゃあまり力は入れてないが……実はな、2年後、お前らの3年になる時にATAがここハイランド州で行われることが内定しているんだ」
先生は突然話を変えてくる。
ATAとは、オール・サード・アカデミーと言われる高等院の各班活の全国大会のことだ。
昔は初等院をファーストアカデミー、中等院をセカンドアカデミー、そして高等院をサードアカデミーと呼んでいた時代があり、その名残で今でも全国大会をそう呼ばれている。
毎年全国の州で持ち回りで開催され、夏休みも利用して2週間に渡る大会が行われる。と言っても全ての大会ではなく、飛行ゴーレムの大会の様に毎年ロークワット湖で全国大会が行われるような物もあるのだが……。それでもホスト州は大々的に大会を盛り上げるためにかなり力を入れ、税金だってかなりつぎ込むと言う。
「その、ATAの為にゴレ班もテコ入れしたいって事ですか?」
「分かるか?」
「なんとなくですが」
「州の教育委員会でさ、学院長が言われたらしいんだ。ゴーコンの成績は割と学院のレベルに比例するのに、お前の所はなんでこんな成績なんだって」
「はあ……」
「特にうちの州は全国的にもあまり強い州じゃないけど、もう少しテコ入れしましょうって流れなんだな」
教育委員会とか、俺に関係ないだろ?
「でもそれって、大人の事情ですよね?」
「そうだな、大人の事情だ」
「それに僕が従う必要は無いんじゃ……」
「まあ、そうだな」
「じゃあ――」
「今のゴレ班の班長はかなり優秀な奴でな。中等院時代に全国大会にも出場してるらしい。入学当時は飛行班がスカウトしようと躍起に成ったくらいでな」
……なんだ? ケーニヒの事か?
「だが、奴はそれを断ってゴレ班に入った。本人の強い希望でな」
「はぁ」
「高等院生とは思えない知識と召喚師としての実力。どれを取っても最高の人材を手に入れて、ゴレ班も変わるんじゃないかと俺たち教師陣も注目をしていたんだ」
……やっぱあの人のエライサ式の話はやっぱり本当なのか? だが……そんな人物なら第4世代の術式だって使えたはずだ。あえて第3世代の術式を使うことは無いんじゃ?……。
「だが、奴は入学してまもなく、ウルリッヒ症候群を発症した」
「え? それって……」
「そうだ。高度な魔術を使うと体内で自分の魔力に自分の魔法防御が攻撃を仕掛け、魔力障が発症する。当然召喚師としては致命的な病気だ。そんな病気が発症して苦しんで悩む姿を俺も随分見てきた」
「そんな事が……」
「それでも今のゴレ班には召喚師が居ない。あいつは召喚を続けているんだ……昨年の大会の時も、その後しばらく入院したくらいだ」
……。
「まあ、そこら辺は俺のエゴもあるんだがな、召喚師の資質があるなら少しでも奴の負担を減らしてほしいんだ」
「……」
「他のクラスの奴らで、召喚適正があるやつには声を掛けてくもらえるように、他の先生達にも頼んでは居るんだがな。なかなか適性のあるやつは居ないからな。まあ、前向きに考えてくれると助かる」
「……はい。少し……考えてみます」
「うん。よし。話はそれだけだ。お前も色々考えがあるだろうけど、学院生活は始まったばかりだ。どんな班でも青春は謳歌しろよ。それと、この話はあまり人にしゃべるなよ。一応個人情報だからな」
「はい……」
話が終わり、職員室から出ていこうとすると再び後ろから声がかかる。
「あー。お前授業中にだいぶ熟睡してたらしいじゃないか。ちゃんと授業は受けろよ」
「は、はい。すいません」
「ふふっ。行っていいぞ」
職員室を出たが……2人とも既に帰ったようで、無人の廊下で俺はしばらくぼーっとしていた。