75.父親と 2
父親に何が食べたい? と聞かれるが、特に思い浮かばなかったので「なんでも良いよ」と答える。少し悩んで結局ゴレカーの検索に任せてチェーン店ではないレストランに向かった。
道中もひたすらゴーレムの話をしていた。あの世間を騒がせた第8世代の実用ゴーレムを間近に見た俺は興奮が止まらない。父親も俺がゴーレムの話になると夢中になるのに気がついたのか、話の基本はすべてゴーレム関係だった。
連れて行かれたお店は、こじんまりとした個人経営のオシャレなレストランだった。向かい合って食事をとっていると、ふと父親の家族のことが気になる。
「そう言えば、父さん。子供も来ていると言ってなかった?」
「ん? ああ、旅行とかにも連れてってやれてないからな、家族で来たんだ……」
「良いの? 俺なんかとこんな、時間使ってさ」
「俺なんかって、お前だって息子だろ? それに、まあ、なんていうか。エリーゼにも会って来いって言われたしな……」
「エリーゼ? ……もしかして今の奥さん?」
「ん? うん。まあ。……そうだ」
奥さんがか……やっぱ俺の母親から父親を奪ったという後ろめたい気持ちでもあるのか? 顔に出たのだろうか、俺がそんな事を考えているのを見透かしたのだろうか。
「いや、多分お前が考えているのは違うぞ」
「え?」
「お前がどう聞いているか解らないが……俺とエリーゼは別に浮気をしていたわけじゃないんだぞ?」
「……何を言って――」
「俺のことはどうでも良いが、まあ、妻の名誉は守っておきたいんな……」
……何を……言ってるんだ?
目の前で父親は、何かを言いたそうに、でも言うのをためらってしまう。そんな複雑な顔でパスタを口に流し込んでいる。
俺の記憶では、夜……2人が言い争う声に起きて、母親が「それは浮気よ!」と叫んでいたのをなんとなく覚えている。俺は怖くなって、布団の中で耳をふさいでいた。その日から、父親の姿を見ることは無くなり、しばらくして俺は母親に連れられて引っ越しをしたんだった。
俺も解らない。聞いておいたほうが良いのか、そのまま何も知らずに何も考えずに居るほうが良いのか……
……だが。
「浮気をしていないって、どういう事?」
「ん? いや……母さんに事情を聞いているなら、それで良い」
「俺……何も知らないんだ。母さんは俺に何も話さなかったし、俺も何も聞かなかった。それで楽しく生きれれば十分かと思って……」
「……でも、浮気だって思ってるんだろ?」
「それは、最後の夜に、2人で言い争っていたのを聞いたから……」
「最後の夜? ……あれを聞いてたのか……もしかして、その情報がすべてなのか?」
「……うん」
しばしの逡巡のあと父親が話し始める。
「説明くらいは、父親の役目か……そうだな。悪いのは間違いなく俺だ。それだけは言える……」
大学院時代に母親と学生結婚をし、卒業して王立ゴーレム産業研究所に勤めた親父は、もとからの研究者としての性格のためか、家庭を顧みず日々研究に没頭する生活だったという。それは今も変わらないらしいが……。
その中で夫婦の家族としての生活は薄っぺらいものとなり、子供が生まれても研究所に泊まり込み、たまにしか帰らない生活は続いていたという。当然、二人の関係はすぐに冷え切ったものとなった。
俺が初等院でのゴーコンへの出場は、少しでも父親らしい事をしてくれという母の頼みで受け入れたものらしい。その時点で母親はかなりヒステリックな状態で父にお願いしたようだ。
一方研究所の方でも問題は起こっていた。うちに家にも帰らず風呂にも入らず、同じ服を何日も着て過ごすという父親が発する臭いに、同僚たちからなんとかしてくれと言う話にになったのだ。今の妻のエリーゼは、そんな職場の部下の1人で、父親の衣服の洗濯から、食事の手配まで何から何まで面倒を見てくれていたという。
「今思えば母さんは、ずっと俺と別れたくて仕方なかったんだろうと思う。ただ、お互いの親の反対を押し切り俺達は学生結婚をしたからな、別れるというのもお互い言い難かった」
結局あの夜は、溜まっていた母親がすべてをぶつけ、エリーゼが父親の面倒を見ているのだって、浮気と変わらないじゃないかと責め立てられた。当時の父親としては、何のわだかまりもなくただ研究に没頭できれば良いと思っていたため、「出ていって」という母親の願いをそのまま受け入れたという。
「本当はな、再び家庭を持つつもりなんて無かったんだがな……結局数年後に俺はエリーゼとの間に子供が出来て、結婚した……」
「……その……子供にも同じような目に合わせているの?」
「いや。流石にお前と会えなくなったのは、どうも応えてな……今はなるべく時間をさくようにしているがな」
「そう……なんだ」
「お前にもちゃんと謝っておきたかった……」
「……もう良いよ。別に」
父親からの話は、特に衝撃も受けること無く、なんとなくやっぱりな。と言う気持ちで受け入れられた。父親の血だろう。ゴーレムの話になるとついのめり込む自分の性格は自覚している。もしかしたら、研究が楽しすぎて他のすべてを犠牲にしてしまうかもしれない。そんな自分の未来に不安を感じるほうが大きかったかもしれない。
「まあ……父さんは、なんにも父親らしいこと出来なかったって思ってるかもしれないけど……」
「何も言い返せないな。まさにそのとおりだ」
「父さんが第8世代を発表した時は、この人俺の父親なんだって、誇らしい気持ちは有ったんだよ」
「そ、そうか?」
「うん。だから。普通の父親じゃなくたって、子供にそんな目標になるだけでも……ていうか、そういう父親ってのもありなんじゃない?」
「……子供にそんな事を言われるとはな……でもまあ、そう思って貰えたなら嬉しいよ」
「……うん」
俺達は食事を終えると、そのままゴーコンの施設まで送ってもらった。
「もしよかったらLINKを交換してもいいか?」
「え? うん」
LINKのアドレスを交換すると、父親はゴレカーに1人乗り込む。
「ちゃんと、子供の相手しなよ。明日もう一日こっちでさ」
「そうだな」
「あ、そう言えばあの召喚石。もう殆ど使い切ったんだ。あれのお陰で今回優勝できたようなもんだよ。それは助かったかな」
「そうか……また業者に試供品で大量に出せないか聞いてみるわ」
「え? 試供品だったの?」
「そりゃ、あれだけの召喚石を買えるような給料は貰ってないさ。付き合いのある業者に特別に分けてもらったんだ」
「なるほどね。まあ、無理しないで」
そうして、父親はゴレカーを出発させた。
走り去るゴレカーを見つめながら、会ってよかったな。なんて俺は思った。