72.閉会式
医務室では、スタッフからの連絡を受けていた治癒師の先生が既に準備をして待機してくれていた。医務室に着くとすぐにケーニヒをベッドに移す。俺とマルクもその時は手伝うように言われる。
「まったく無茶をしおって……」
先生は手慣れた感じでケーニヒの腕に針をさすと、点滴のコックを調節する。意識のないケーニヒの横で、俺とマルクは点滴が垂れていくのをぼんやりと眺めていた。
「思ったほど症状は強くなかったがな、目をさますのはもう少しじゃぞ」
「なんか、魔防抑制剤をいつもより多く飲んでいるって言ってたので……」
「アレは多く飲めば良いというもんじゃないんじゃぞ? 素人判断で薬量を変えるなんて。無謀も良いところじゃ」
「はあ……」
先生は、おもむろにベッド脇のモニターに近づくとスイッチを入れる。「気になるじゃろ?」そう言いながらチャンネルをゴーコンに合わす。
会場は既に試合を終えているようだった。当然といえば当然だが、モニターでは会場の模様でなく放送ブースで何やら興奮したように出演者たちが話していた。父親もソワソワと下感じで顔に笑みを浮かべている。
『それにしても、エライサ式とは……。驚きましたね。しかもエライサ式を使った補助士の学生はウルリッヒ症候群で通常なら魔力を使うことを禁じられていたらしいじゃないですか。それだけ勝利にかける意気込み――――』
放送を見てると、バーンとドアが開けられ、班員達が駆け込んできた。
「班長はどう? 大丈夫そう?」
「意識は戻ったんか?」
「先輩! 大丈夫ですか?」
皆ケーニヒを心配し、口々に様子を聞いてくる。先生が「寝てるんじゃ、静かにせい!」と一括すると、途端に皆黙って寝ているケーニヒを覗き込む。マルクがやれやれと言った感じで班員たちに聞く。
「で、どうだった? そっちは」
聞かれた仲間たちは皆一様にニヤリと笑い、一斉に親指を立てた腕を突き出す。
うん。大丈夫だとは思ってはいたが、実際に聞くまで不安が無いわけじゃない。俺もようやくホッと息をつく。
「表彰式は、ありますよね?」
「もうちょっとしたらやるみたいやで、リュートはどうするんや?」
「どうするって?」
「表彰式に親父さんいるんやろ? 顔出しにくかったらここに居てええと思うで」
「ああ……」
確かに、父親は居るだろうな。親が離婚して5年ほど。会いたいと思ったことが無かった訳じゃないが、基本研究馬鹿な人だから、俺の起きている時間に家に居ることなんてあまりなかったしな。母親を気遣って面会も別にしなくていいって断ってたが、別に我慢をしてるわけでもなかった。
それでもゴーコン雑誌などでよく顔を見ていたし、離婚をしてても身近に感じてしまっていた。なんとなくフラッと戻ってくるのだと思っていたので再婚を知った時は少しパニックに成ったが……。
正直翌々考えてみると、父親との思い出は7年前のゴーコン位しか無いかもしれない。もっと小さいときにも旅行などに行ったような記憶はあるが……。
……うーん。俺にとって父親ってなんなんだ?
子供の話でもパニックになった。あれも……結局は俺の父親はすごい人なんだって、どこかで独占欲のようなものが有ったんじゃないか?
悩んでいる俺を見て、ホイスが「無理せんでええで」と声を掛けてくる。
「いや。出るよ。せっかく優勝したんだ。胸を張って優勝者として顔を出したい」
「……大丈夫なんか?」
「たぶん。段々と整理はついてきてるし。倒れそうだったらホイスが支えてくれよ」
「はっ。俺は男は倒れたとしても抱いたりせんわ」
「マルク先輩はあんなでもケーニヒ先輩の事ちゃんと支えてたのに」
「キーラの胸のクッションで支えて貰えば――イテッ!」
ホイスのセクハラ発言にキーラが後ろからチョップをする。
「もー。ホイス君はもう少しデリカシー持ってよ!」
「はっはっは。ジョークや。ブローヴァジョークやで」
医務室の中で騒がしくしていると、先生にジロリと睨まれ俺達は再び静かになる。そしてそろそろ表彰式の時間ということで、大ホールに向かうことにした。
ホールの入口で、スタッフに案内され最初の開会式で並んだ場所に行く。既に他の学院は整列していたため、俺達は少し気まずさを感じて急いで列に並ぶ。
表彰式が始まると、ショパール学院、ブランシュ学院、ツェッペリン国際の3院の代表がステージ上に呼ばれる。うちの学院はマルクと社長がステージに上る。列から出ていく時に一瞬社長が俺の方を向いて、「行く?」といった仕草をしたので、俺はどうぞどうぞと、上がってもらう。
表彰式にありがちな音楽がなり、表彰状を手にした父親がそれを読み上げ、優勝旗と賞状を渡される。マルクと社長が受け取ると、マルクが俺たちに向けて優勝旗を掲げた。
バサッ
第1世代の魔法陣が描かれた優勝旗がはためき。俺達は思わず歓声をあげた。
拍手の中2人が戻ってくる。それを見ながら、結局父親を遠くから見てるだけだったなあと、なんとなく残念に感じる自分に気がつく。それでも。自分の優勝する姿を見せることが出来たし。まあ、満足かななんて考えていた。
『それでは、個人賞の発表を行います。大会MVPはリュート・ハヤカワさん。技能賞、ケーニヒ・チャペックさん。審査委員特別賞、ジュール・オーギュストさん。3名の方はコレより授賞式を行いますのでステージにお上がり下さい。尚、ケーニヒさんは治療中のためショパール学院の代理の方でお願いいたします』
……へ? MVP?
驚いているとホイスが「よし行くぞ」と俺を引っ張る。マルクと社長がそれぞれ優勝旗や表彰状を持っているため、ヴィルに行くように言うが、ヴィルは無理無理と断ったようだ。代理名義でホイスが行くらしい。
ステージに上がると、先程と同じ様に、司会の先導に従って父親の前に進んでいく。ジッと俺を見つめる父親が、司会の人に促され慌てたように表彰状の文面を読み始める。
「表彰状、今コンテストに於いて、日頃の研鑽の成果を遺憾なく発揮し、現代のゴーレム社会の未来を明るい……ズズッ……ものとする……希望……ズズッ……を……」
……え? 何?
表彰状の読み上げをうつむいて聞いていたが、鼻を啜る音とともに、読み上げがもたついている。顔を上げて父親を見ると、目を真っ赤にして涙を堪えながら父親は必死に表彰状を読み上げていた。
……ま、マジか……。
予想外の展開に、俺も慌てながら表彰状を受け取る。渡しながら父親が「がんばったな」と小さい声で呟くのが聞こえた。「え? ……うん、楽しいから」俺も呆然としながら答えると、父親は「そうか」と笑顔をみせ、袖でグイッと目に溜まった涙を拭う。
ふと横を見ると、デイジーがメダルを手にしたままびっくりして父親の方を見ていた。それはそうだ。突然賞状を読みながら泣き出す大博士に戸惑うのはしょうがない。
仕方無しに「そのメダルも、MVPのですか?」と聞くと、我に返ったデイジーが俺にメダルを渡してくれる。
メダルを受け取ると、俺は逃げるようにステージから降りようとするが、係員に制止され、3人の受賞が終わってから降りるように言われた。
なんとか持ち直した父親が残りの2人に表彰状を渡し終わると、ステージの下の整列している選手たちにジュールが手を降っているのをみて、俺とホイスも慌てて愛想笑いを浮かべ手をふる。
「いやあ、博士も学院生時代の懐かしい記憶が蘇ったんでしょうか。気持ちが高ぶってしまったようですね。わかります。わかりますよ。私も毎年この表彰式は思わず目頭が熱くなってしまいますからね!」
司会の人のフォローが飛ぶ中、俺達3人はステージを降り、仲間の列にもどった。