71.ゴーレムコンテスト決勝戦
決勝フィールドの受付場所で、俺達は再び円陣を組む。
「泣いても笑ってもコレで最後だ。皆悔いのないように行こう」
「はい」
「俺も、高等院生活の全てをここに掛けたいと思う」
円陣を組み、向かい合った仲間をゆっくり見渡しながらケーニヒが語り始める。
「僕が病気になった時は、もうゴーコンは諦めようと思ったこともある。だけど、やっぱり諦めきれなくてね。……皆には感謝してる。今朝……いつもより多めに魔防抑制剤を飲んできたんだ。リュート。負担が大きくなるけど、僕の補助式を任せていいか?」
「班長……まさか……」
「ああ、全国大会の決勝。まさにふさわしいと思わないか?」
「おい……ケーニヒ。何をするつもりだ?」
ケーニヒの決意を込めた表情に、何かを感じ取ったのかマルクが不安な顔をする。
「ですが、大丈夫ですか?」
「どうせ最後なんだ。使い終われば後はもう倒れたって良いと思ってるんだ。……エライサ式を使おうと思う。……いや。やらせてもらえないか?」
エライサ式の使用魔力は、第4世代の召喚時に使う魔力並にある。ウルリッヒ症候群の事を考えれば、ケーニヒが使うのは危険だ。皆それは分かるんだろう。入班時にエライサ式を第3世代に乗せる方法があると言うケーニヒと俺とのやり取りで、どんなものかは皆知っている。
黙ってケーニヒの話を聞いていたマルクがニヤリと笑う。
「お前がリーダーだ。決めたならキッチリ仕上げろよ。倒れたら俺がおぶってやる」
「……わがまま言って悪いな。だけど。優勝を確実にするためにはリスクを背負うべきだと思うんだ」
「術式は大丈夫なのか?」
「問題ない」
「そうか」
「……優勝しよう」
「はい」
気合を込めて声を合わせるわけでも無かったが。皆の心が1つになる感覚。
他のチームは全て受け付けを済ませたようで、「急いでください」と言うスタッフの声に俺たちはフィールドに入っていった。
フィールド内は今までにない緊張感に包まれていた。隣に見えるツェッペリン国際の面々の顔もまだ諦めたような顔色には見えない。それはそうだ。召喚にはミスだって発生する。第5世代を使う俺の魔力量だって多分わかってないだろう。魔力切れで第5世代を使えない事だって想定しているはずだ。
フィールドの反対側に居るために見えはしないが、賢者たちも気合は十分だろう。
もう、あとの魔力のことはあまり考えなくても良い。準決勝ではスタート時に事前詠唱の完成が間に合わなかったことを考え、早めに詠唱を始める。それに気が付き班員達も静かに見守っていた。
『まもなく、決勝戦を始めます。まもなく不可視カーテンが消えます。ブザーの音とともにカーテンが消えましたら、会場内に入場できますので、それと同時に試合が開始されます。皆さんが培ってきた全てを、決勝の舞台で出し切ってください』
アナウンスが終わる頃には事前詠唱は完成する。召喚式の保持で少しずつ魔力は消費されるが。まだ余裕はある。ケーニヒの補助式を入れる魔力量も問題ない。
ん?
魔力視を通して、ちらりと見えるツェッペリン国際の召喚師の周りにも事前詠唱で作られた術式が浮いているのが見えた。……そうか。彼らも魔力を温存して決勝に奥の手を持ってきていたのか。
ブザーの音とともに不可視カーテンが消え、同時に会場が動き出す。俺も術式が崩れないように慎重に召喚台に向かう。
「段差に気をつけろ」
後ろからヴィルが俺の体勢が崩れない様にサポートしてくれる。準決勝の時は見てるだけだったのに……先輩も気が気では無いんだろう。
集中したまま召喚台の前まで行くと、ケーニヒが設置した召喚石に術式を送る。すぐさま魔法陣の可視化がおこり、皆で補助式を転写していく。俺も、魔法陣を維持したまま二重詠唱で補助式の転写を始める。
キツイ。
社長やホイス達より二重詠唱がまだ未熟な俺は、脳が焼ききれそうな頭痛を感じながらも歯を食いしばり、必死で補助式を転写していく。
「ケーニヒ!」
マルクがケーニヒの後ろで心配するように声を掛ける。術式構築にゆとりのない俺はケーニヒの方を見ることが出来ないが、大丈夫なのだろうか。たとえケーニヒが失敗しても俺が補助式をきっちり入れれば問題なく勝負は出来る。
苦戦しながらも補助式の転写を終わらせ、周りを見ると皆手を上げてこっちを見ていた。ケーニヒは……意識を失い、マルクが抱えている。ケーニヒの転写した補助式に目を向けるが、確認する時間はない。エライサ式を完成させられたのだろうか……。いや。ケーニヒなら必ず。
――行け!
俺はそのまま召喚式をフィニッシュさせる。
それまでとは違う、強めの明かりの中。俺たちのゴーレムが召喚され始める。
「班長!」
召喚を終えた俺は、ケーニヒの側による。マルクが満足そうな顔で答える。
「大丈夫。見ろ。この全てをやりきった顔……忘れるなよ。こいつがこの時代に生きていたって記憶を……」
「いや……やめてください。死んじゃいないっすから」
フィールドの中を改めて見ると、フィールド内に広がる畑に丈の低い植物が列になって並んでいる。なんだろうと指示モニターに目を向けると、どうやらスイートポテトの収穫のようだ。うん。うちのゴーレムの設計なら問題はない。
指示を解析し、収穫に向かうゴーレムを見ながら、俺は全く不安を感じていないのに気がつく。
――ケーニヒ先輩はちゃんと完成させている。
ケーニヒへの信頼と、確固たる自信が、心のなかに余裕を生み出してた。
俺はゴーレムの動きから目をそらし、マルクと一緒にケーニヒをフィールドの外に運ぶ。ケーニヒの首周りには蕁麻疹の様に湿疹が見えた。おそらく身体の中までこの状態なのだろう。薄く、苦しそうに呼吸をするケーニヒをフィールドの外に運ぶと、慌てたようにスタッフが近づいてきた。
ゴーコンではたまに魔力を使い果たして倒れる召喚師も出てくる為、倒れた際の対応も抜かりない。予め準備されていたストレッチャーにケーニヒを乗せると、マルクと一緒に俺も医務室についていく。
「ん? リュートは見届けてこいよ。俺だけでいいぞ」
「いや。ついていかせてください」
「……お前……そっちの気もあったのか?」
「ちょっ! やめてくださいよ! 俺の第5世代に班長のエライサが乗っているんです。負けるわけないじゃないですか」
「……勝手にしろ」
マルクの軽口は平常運転だ。だけど、それで後輩たちの気持ちも軽くなる。これはこれで良いのかもしれない。
社長に後を任せ、俺はマルクと一緒に医務室についていった。