68.全国大会 3
「やったな。完璧だ」
「ですね。予想以上に余裕がありましたね」
予選を無事に勝ち抜いた俺達は、試合フィールドの外でまったりと寛いでいた。準決勝前に昼食の時間が用意されるようで、準備が出来るまで待機するように言われていた。
準決勝の組み合わせは、既に発表されている。賢者とはまだ当たらないで済むようだがツェッペリン国際とメックス記念学院が同じ組では注目のチームとして知られているようだ。
「なあ、ケーニヒ。次の準決勝も別々にやるなら、俺達の召喚は賢者たちが見ているんだろ?」
少し難しい顔で何かを考えていたマルクがケーニヒに話しかける。
「うん、そうだね。俺達が賢者を注目して見ているように、あっちも見ているだろうね」
「だったらさ、油断させるためにも、もう一度準決勝で第4世代で行くのもありじゃないか?」
「うーん。自分としては予選に第4世代を使ったのも結構勝負だったんだよ。事前詠唱があそこまで効いてくると思わなかったけど。皆はどう思う?」
事前詠唱で第4世代を召喚することでスピードが上がり、予選ブロックで余裕を持って勝ち残ったというのもあるのだろう。ケーニヒも決めにくいようで、かなり悩んでいるようだった。俺としてはどっちが良いかは全く解らない。悩んでいると珍しく社長が手を挙げる。
「確かに、第5世代を隠すっていうのもありだと思いますよ。でも。逆に第5世代を見せてプレッシャーをかけるというのもありじゃないかな?って」
「そこなんだよね。確かにジュール君は高速詠唱を使っていると思うんだけど。多分本気の高速詠唱ってあんなスピードじゃないと思うんだよ。まだミスを無くすためにスピードは多少殺しているように思うんだ」
「もっと早くなるってことですか?」
「うん、おそらくはまだ余裕があるんだと思うよ」
先輩たちもどうするか決めかねているようだ。悩んでいると、昼飯の準備が出来たとアナウンスが流れる。そう言えば朝食べたのもの吐き出してしまい、アイスを一個食べただけだ。お腹が空いているのに気がつく。とりあえず皆も食事を取りながらもう少し相談することにした。
食堂では試合に負け、泣きながら食事を取っている学院なども一緒になる。なんとも言えない雰囲気に俺達は言葉少なめに食事を平らげ、再び試合フィールド周りで作戦会議をすることにした。
食事を終え、厨房のカウンターに食器を戻していると、突然後ろから声を掛けられた。
「見ていたよ。事前詠唱かあ。やるね。まだ1年らしいじゃないか」
声に振り向くと、同じ様に食器を返しに来ていた賢者がそこに居た。
「けん……いや、ジュールさんも準決勝進出おめでとうございます」
「うん。それはそちらもおめでとう」
「ありがとうございます」
……なんだろう? 少し俺達を気にしているのだろうか。「決勝で会おう」そう言うとジュールは去っていった。
「それで、どうするか。リュートはどう思う?」
「そうですね。召喚師の立場としては第4世代でタイミングがかなり良かったですが、第5世代の事前詠唱だとどのタイミングで詠唱を始めるかがちょっとやってみないとって感じなので、決勝前に一度使えたらっていうのがありますが……」
「なるほど……」
第4世代を使うことで、賢者の油断を誘うか。第5世代を使うことで、賢者の焦りを誘うか。そこが一つの選択肢になる。話し合いの結果、おそらく決勝で油断をしてくることは少ないんじゃないかと言う話と、召喚師の俺の、先に一度使いたいと言う提案から、準決勝は第5世代を使うことに決まった。
昼休みが終わると、準決勝が始まる。俺たちは再び待機所へ行きモニターを凝視する。
次の議題は何であろうと、後半で戦える俺たちは先に戦うブロックの観戦をすることで自分たちの試合の対策も立てる事が出来る。
『さて選手たちは昼食を終えて、いよいよ準決勝の舞台に現れます。ゴーコンの歴史上ゴーレムの召喚師以外での優勝は未だかつてありません。今回のゴーコンがそんな歴史を変える伝説に残る大会になるのか。果たして列強の召喚師達が専門職の意地を見せるのか。いやあ。楽しみですね』
『皆ちゃんとご飯は食べれましたか~。私だったら緊張で何も食べれないかもしれません~』
『ははは。でもデイジーちゃんはちゃんとマンゴーとミカンを完食していたじゃないですか』
『も~、やめてくださいよ~。そこは内緒です!』
俺たちの緊張はよそに、放送の場は妙に和んでいる。しかし父親は……必死に平静を装っている感じだが、どこか落ち着かない雰囲気で、相槌を打つ感じになっていた。なんとなく、俺が出場しているのを予想だにしていなくて、戸惑っているのかもしれない。もうひとりの解説担当のゴーコン評論家オクトと言う人が代わりに必死に説明をしていた。
放送ブースの画像が、試合フィールドに切り替わる。そろそろか。
画面上ではフィールドの方向を向き、試合の始まるのを今か今かとスタンバっている選手たちの姿見えた。そしてフィールドが開放されると一斉に召喚台へと走る。
『これは……害虫の駆除ですね。資料によると周りに飛んでいるビーゴーレムで駆除した害虫の数をチェックしていくようです。』
フィールド上には予選の時と同じ様に樹木林が作られている。それを見てケーニヒが呟く。
「確かに白補助器へ刻む単語に、クロカミダイユウと言うのが有ったけど、まさか全国放送で毛虫の駆除が行われるとは思わなかったな」
「うへっ。あたし毛虫苦手~。気持ち悪い~」
「それが普通の反応だもんね」
「先輩、あの木はなんですか?」
「ん? あれはクルミ科の樹木だと思うよ。クロカミダイユウはクルミの樹を好んで付くからね」
確かに、全国放送で毛虫を一匹づつ木から剥がすのはどうかと思うが……。
『キャー。本当に毛虫なんですかぁ? 気持ち悪いです~』
『デイジーちゃんも苦手かな? 毛虫は食べれないもんね』
『もう、やめてくださいよ~』
そう言っている間にも次々に魔法陣が可視化していき、補助士が術式を書き込んでいる。ブラッシュ学院も既に可視化はしている。おそらく予選の時よりも大分早い。
『ブラッシュ学院は、今回も第5世代のようですね。それにしても早い。さっきより早いんじゃないですか?』
『そうですね。やはり予選でショパール学院が事前詠唱を使ったのを見てスピードアップしてきているのかもしれませんね。それにしてもまだまだ賢者も限界を見せていないのかもしれませんよ』
事実、第5世代だというのにブラッシュ学院は 一番に召喚を完成させる。補助士達の技術もかなりものだ。
「強いね……やっぱり」
「さっきと全然スピード違いますよね」
ケーニヒがモニターを見ながら呟くのに相槌をうつ。それを見てマルクが気分を盛り上げようと明るく言い放つ。
「大丈夫だよ、どんなに早くてたって事前に完成させている召喚式を転写するスピードにはかなわないだろ?」
「せやけど、俺と社長さんは補助式2行やから、二重詠唱詠唱の分スピードがかなり制限されるんですよ、トータルでは良い勝負になってしまいますわ」
「賢者と良い勝負。上等すぎるだろ、あとは補助式のチューンだって負けてないと思うんだ」
「う~ん。勝ちてえなあ」
賢者の圧勝を見届けると、俺達は試合フィールドに向かった。




