37.ゴーコン準備 1
俺がまず頼まれたのは、キーラにアンドリュー次式を教えることだった。今まではホイスが教えていたのだが、魔力の入れる感覚などは実際に適正のある俺が教えたほうが良いのではないかという話に成った……。
……のだが。
「リュート君、なんかその話さ、術式と関係なくない?」
「えー。でも開発の秘話とか面白いじゃないか」
「面白いって……術式の理論を覚えなくちゃいけないんだよ?」
「そう……だけど」
勉強がより面白くなるように、アンドリュー博士の生い立ちとかの話を永遠に語っているとキーラからクレームが入る。アンドリュー博士も学生時代はゴーレム班に入りゴーコンで輝かしい成績を残している。そんな話を聞けば、これからのゴーコンに対するモチベーションが否が応でも盛り上がると思ったのだが……。しょうがないなあ。
……
……
「ちょっとリュート君、四肢動態統管定理なんて必要? だって第4世代使う予定なんでしょ?」
「え? いや。アンドリュー次式を理解するのにそういった他の理論をきっちり把握しておくことは何かと便利なんだよ」
「でも、そんなマニアックな事、ホイス君も覚えなくても良いって言ってたよ」
「いやいや。全ての術式理論は一つの方向に向かって居るんだよ。必要のないものなんて無いさ」
「でも……やりすぎじゃない?」
キーラは物覚えはなかなか良いと思う。だがどうしてもすぐに近道を探す癖があるように思うんだ。なにかあるとすぐに「そんなの必要?」なんて言ってくる。確かに覚えなくても問題は無いが、覚えたほうが良いに決まっている。アンドリュー次式と言う高度な補助理論を覚えるなら、周りから固めていくのは当たり前じゃないか。
ここは先生の立場で厳しく――。
「あー。リュート。とりあえずストップ」
今度はケーニヒが何やら俺の講義を止めてくる。なんとなくチラチラとこっちを見ているのは気がついていたが。術式理論のおさらいでもしたいのだろうか。
「どうしました? 先輩も一緒に勉強しますか?」
「いや。なんていうかさ。やっぱり人には向き不向きっていうのがあるんだと思うんだ」
……ん?
ちょっ。ケーニヒ先輩、ニコニコしながらなんて事を言ってくるんだ。
「なっ! 何を言っているんですか! キーラはやれば出来るポテンシャルを持ってますよ。絶対アンドリュー次式をマスターできると思うんです。そんな途中で見限――」
「リュート。リュート」
「な、なんですか?」
ケーニヒ先輩は残念そうな顔で俺の所を見つめる。しかし。俺にはキーラを見捨てるなんて選択肢は無い。ちゃんと教えれば……。
「そうじゃなくてさ。リュートは人に教えたりするより、理論を考えるほうがあってるとおもうんだ」
「へっ!!!」
「キーラには僕が教えるよ。だから、社長達と文字の読解の補助式の方やってもらっていいか?」
……あれ? 俺の教え方に何か問題でもあったか? いや。無い。むしろ完璧だったはずだ。しかし、それを聞いてキーラは嬉しそうに歓声を上げる。
「え!!! ケーニヒ先輩が教えてくれるんですか? やった~」
「へ? キーラ?」
「あ……。ほら、ねえ? ケーニヒ先輩とマンツーマンなのよ? ね? リュート君でも良かったんだけど……まあ。ね? 分かるでしょ?」
「……わからないよ」
「じゃ、頼んだよ」
ケーニヒはそう言うと、キーラの横に座り術式理論の書籍を開く。
……ま。マジか。
なんで? 何ていうか、失礼しちゃうよな。
俺はなんとも言えない微妙な気持ちで、社長とヴィルが作業をしている所に向かう。やってきた俺を見て、社長が少し含み笑いをしながら「じゃあリュート君よろしくね」なんて言う。俺はまだ納得が行かないが、まあ先輩命令だからな。班活をやっているとそういうのはきっとよくあることなんだろう。
「ははっ。なんか、あたかも俺が教えるの上手くないみたいに見えちゃいますよね?」
「はははは」
ヴィルも何か残念そうな顔でから笑いをしている。
「あれ。もしかして……。ケーニヒ先輩ってキーラみたいなタイプの子が好きだったりするんですかね?」
流石に小声でヴィルに話しかけると、ヴィルは困ったように社長の方を見る。社長は、はぁとため息を付きながら。「どうだろうね。まあ班長教えるの好きだから」と気のない返事を返してくる。
ん? なんか歯切れが悪い。
それでも、2人が術式の話をし始めると、俺もそれに集中していく。社長は、予想通りかなり術式に造詣が深い。聞いていてもなかなか楽しい。一方ヴィルは基本的な知識はあるがまだ応用的な事は難しい感じがする。後輩の立場であまり言うのは憚れるが、術式構築の相談はちょっと荷が重い感じがしてしまう。
「そう言えば、モニタに表示される言語って普通に僕らが使う言葉なんですかね?」
「え?」
ヴィルが何を言っているの? という顔をしている。
「何ていうか、国際語とか他の外国語や魔術言語で記載されてたりする場合も無いわけじゃないですよね?」
「いや……流石にそれは高等院の大会レベルじゃないでしょう」
社長がすぐに否定してくるが。出来る限りの対策は取りたいしな。
「そもそも、そんなの既成の辞書術式が無いとむりでしょ? うーん。班長。そこらへんどうします?」
社長がケーニヒに聞くと、ケーニヒは「あっ」と気まずい顔をしながら1枚の紙を持ってくる。
「使う単語はこの用紙の中にある単語のみらしい。ごめん。忘れてた」
「もう。班長、これって超重要じゃないですか。忘れないでくださいよっ!」
「はっはっは。ごめんごめん」
マジか……使う単語が決まっていれば全然考え方が変わるよな。どう考えても辞書術式みたいなのは既製品をプロが作って売ってるのが普通だし。本気で組まなくちゃいけないのかと悩んでしまった。だけど、決められた言語だけなら……。俺ならある程度のイメージを召喚術式の方に組み込めるかもしれない。
俺は先輩たちに、文字情報としてより単語を記号として召喚術式にイメージを練り込むことが出来るかもしれないと提案する。
「そんな事出来るのか?」
「とりあえずやってみたいと思います。単語が決まっているのなら、文字を理解させるより、文字を記号として覚えさせたほうがシンプルにいけませんかね?」
「たしかにな……文字を絵としてイメージを送るのか」
ただ、その「りんご」「摘む」「カゴ」「入れる」の場合。「りんご」を「摘む」。「りんご」を「カゴ」に「入れる」と言ったように、単語と単語を結ぶ接続詞をある程度理解させないとゴーレムの作業する行動を規定させるのが厳しくなる。だがその部分だけを作り上げればなんとかなるように気がするんだ。
それでも作業としては大変な感じはするが、社長がとりあえず図書室にある書籍を調べに行こうかと提案してくる。
ホイスとマルクは既に図書室に行き、農作業ゴーレムに関する情報を探しに行っている。俺たちのグループも早速図書室に向かった。