34.心の傷
トレインの中で、2人で黙ったまま座っていた。
パメラが俺のことを気遣って声をかけてくれたが、なんて答えて良いのか分からなくなっていた。
なんだろう。俺は心のどこかでまた両親がよりを戻して、一緒に暮らせる事を夢想していたのだろうか。確かに初等院の頃は、よくそんな事を夢見ては居たが、もうそんな事を考える年でも無いはずだ。ゴーレム雑誌で父親の記事を見かけることはある。だから、父親が第8世代を発表することに対しては何も感じなかったんだ。それなのに……。
どうしても気まずい空気が漂ってしまうが、パメラはしきりに俺のことを心配してくれている。だが俺はちゃんとお礼を言うこともできず、ただ「ごめんね」とだけ言って駅で別れた。パメラはこのままホームで各駅トレインが来るのを待つのだろう。寂しそうに笑って手を振っていた。
駅のボード置き場でMボードを取り出すと、俺は全速力で家を目指した。
ガチャッ。
家のドアを開けると丁度洗った洗濯物を2階の物干し場に持っていこうとしている母親が居た。「あら? もう帰ってきたの?」そんないつもどおりの母親にホッとする。
――よかった、まだニュースは見ていないようだ。
「ただいまっ」
「……どうしたの? そんな顔して……まさか、駄目だったの???」
「え? いや。全然。……うまくいったさ」
「うまく行ったって、その顔……リュート……まさか……」
「え?」
「……ニュースを見たのね」
「……うん……」
母親はすでにお昼のニュースで父親の事を知っていたらしい。それなのになんで、こんな普通にしているんだ。俺は訳が分からなくパニックになっていた。
「前も言ったでしょ。離婚って言っても合わなくなった彼氏と別れたくらいなものだって」
「でもっ! それって本心じゃないんでしょ?」
「残念だけど。それが本心なのよ。私はお父さんの事なんてもう気にしていないの」
「そんな……だけどっ。これであいつは世界的な名声を得て、新しい家族も居てっ! なんであいつばっかり幸せになってるんだよっ!」
「リュート」
「何だよっ!」
「リュート」
「……何だよぉ」
激昂する俺を宥めるように、母親は静かに話し始める。
「リュート。あなた勘違いしているわよ」
「か、勘違いって?」
「幸せなのはお父さんだけなの? なんでそう思うの?」
「だって。仕事も家庭も順風満帆で――」
「お父さんと別れたとき、あなたを引き取ったのはどっちだと思うの? お父さんだってリュートの事を愛していた。でも一緒に暮らしていけるのは私。わかる?」
「……」
「たとえお父さんと別れても、私にはリュート。あなたがいる。私はそれが幸せなことだと思っているわよ。勿論お父さんよりずっと」
母親は持っていた洗濯物でそっと俺の涙を拭き取る。泣いていた? 俺……。
「確かに母子家庭は大変かもしれないけど。離婚のときにはちゃんと慰謝料も貰ったし。あなたの養育費だって貰ってる。大変そうに見えるけどそこまで生活に苦しんだことなんて無かったでしょ?」
「そう……だけど……」
「……もしかしたらリュートは。またいつかお父さんと3人で暮らせたらって考えていた?」
「……」
「やっぱりね。……ちゃんとリュートと話をしなかった私が悪かったわね」
実際。俺も母親も、二人の間で父親の話をするのはタブーになっていた。
母が今まで2人で話せなかった父親の話などを、ポツポツと話し始めた。
母親は離婚後もしばらく父親との連絡はしていたらしい。主に俺の事についてが多かったらしいが。離婚後しばらくして、原因となった研究所の女性と父親は再婚をしていた。その連絡も母親は聞いていたという。そしてその際に今後の接点をなるべく作らないようにと、俺の養育費などの話も弁護士を通して業務的に行うだけになったという。それ以来、父親との連絡は取っていないとの事だった。
――本当に。もう終わっていたんだ……。
俺は、どうしようもない喪失感に襲われ、その場に座り込んだ。母親はそれを黙って見つめ、隣にそっと座る。
「とりあえず。今は私で我慢して頂戴」
「今はって」
「ふふふ。お母さんだってまだまだ女を捨てたわけじゃないのよ。もしかしたらいい人が見つかるかもしれないじゃない?」
「え? もしかして居るの? そんな人」
「残念ながらまだよ。あなたも全然知らないお父さんが出来ても困るだろうしね」
「そんなの……好きにすればいいじゃないか」
「そうね。リュートも大きくなってきたし。そろそろ私も好きに生きようかな」
「……ゴーレム技師とかはやめておきな」
「ふふふ。どうかなあ~」
少し落ち着いた。
頭では分かっていたことなんだが。心のなかでは全く分かっていなかった。そんな感じだったのだろうか。少しづつ冷静に成ってくると。今度はパメラにしてしまったことに、段々と意識が回っていく。
「パメラ、ちゃんだっけ? 強引に帰ってきちゃったんじゃない?」
「あ……うん」
「まだ間に合うかもしれないから、ちゃんと謝っておいで」
「そうだね……」
でも、謝って許してもらえるのだろうか。今日は一日失敗続きだった気がする。
その時。端末から着信を知らせる音がした。あれ? 違う。通話だこれ。
慌てて鞄から端末を取り出し確認すると、パメラからの着信だった。やばい。どうしよう。
端末を片手に固まっていると。母親がちゃんと話しなさいと促してくる。
そうだな。
「もしも――」
『リュート君! ちょっと! あなた何考えているの!? ちゃんと説明しなさい!』
端末の向こうで、ステーシーの激昂する声が鳴り響く。その向こうで小さくパメラの「ちょっとシーちゃんやめてよっ!」と言う声が聞こえていた。




