32.初デート
長かった2週間もようやく過ぎ、パメラと約束していた7曜日がやってくる。パメラは元々最寄りの駅まで各駅停車のトレインで来るので、駅で待ち合わせをしてそのまま快速に乗る予定だ。
昨日はなかなか寝付けなくて少し寝不足気味だが。ちゃんと起きれた。というより、母親に起こされたのだが……。
時間に遅れないように早めに出かける。早めというのは正直遅れないようにというのもあるが、家に居ると母親がソワソワしていてちょっと面倒くさいというのもあるんだ。
駅にあるボード置き場にMボードを差し込み、ロックをかけると、そのまま入口のある階段を上がっていく。
今日はいつも履いているGパンでなく、珍しく綿パンだ。なんかくるぶしがちょっと出てる微妙に丈の短い細身のパンツなのだが、PJ曰く、これが良いんだと言われ買った。それに白と灰色のボーダーのロングTシャツを着ている。ボーダーのシャツは少し抵抗があり、シュウも気に入らないなら無地でも良いんじゃないかと言っていたのだが。この際冒険してみることにした。
待ち合わせ時間よりだいぶ早く着いたため、トレインが来るまでベンチに座り端末などを眺めて時間を潰す。が、どうしても落ち着かない。ステーションで同じようにトレインを待っている人達が皆、俺のそんな姿をニヤニヤしながら見ているのじゃないかと気になってしまう。
……いつもと違う格好してるから落ち着かないんだろうな。きっとそうだ。
やがてトレインが到着するアナウンスがコールされる。それとともに俺は緊張が高まるのを自覚する。必死に冷静になろうと、頭の中で術式を組み立てたりして心を落ち着かせようとする。
そしてやってきたトレインのドアが開くと、俺は必死にパメラの姿を探した。
――いた。
パメラは、俺の姿に気がつくと少し顔をほころばせ近づいてくる。今日のパメラは、ゆったりしたベージュのサロペットというのだろうか、それを青と白のボーダーのロングTシャツに合わせ、普段の綺麗と言う雰囲気より、可愛らしい感じの格好をしていた。
あ……ふとボーダーのロングTシャツが被っていることに気がつく。
「おまたせ。あ……ボーダー……」
パメラもすぐに気がついたようだ。やばい。失敗したか。
「ご、ごめん、ボーダーのシャツ、被っちゃったね」
「ううん。大丈夫。……なんか、ペアルックみたいだね」
「ペッ? ペア。ペッ……あ……うん……」
そうか、よく考えれば元々俺は完全にデート気分で居たんだ。ペアルック。良いじゃないかって思っちゃうんだけど……。完全にセリフは噛みまくって中途半端になってしまう。それにしてもパメラはどう思っているんだろう。
……うん。表情的には、そんな嫌そうじゃないのかな。
「きょ、今日は。なんていうか。その。……可愛い感じだね」
「え? あ、ありがとう……」
「……う、うん」
う……PJも相手の服は必ず褒めろと言っていたのだが。やはり慣れない感じでちょっと恥ずかしい。言った後で照れる自分に閉口する。なんだこれ。沈黙が辛い。
ホームのベンチで快速を待ちながら、ポツポツと取り留めのない話をする。パメラの履いているサロペットパンツは、少し前にステーシーと一緒にお揃いで買ったらしい。なんかしらないが、女の子の間で似たような服装を揃えたりして歩くのがちょっと流行っているのだろうか。
快速トレインがやってくると、2人で乗り込み州都に向かった。
「久しぶりに来たけど、やっぱりここは大きい都市だよね」
「うん。お店も色々合って楽しいよね」
トレインに揺られる1時間、話をしていると少しづつパメラと2人きりで一緒に居ることに慣れてくる。話も自然に出来ている気もする。
今日はパメラについていくつもりだ。男がデートをリードするのが普通なのかと思っていたのだが、PJもシュウもお前は考えるなと何度も釘を指されている。州都もおそらくパメラの方が詳しいだろう。
少し時間が遅れたせいで上映時間まで時間がギリギリになってしまう。州都に着くと、俺たちは少し急ぎ目にシアターに向かう。
州都の駅前はかなり賑わっており、駅から出て正面には巨大なモニターがいろいろな宣伝の画面を写し、駅で待ち合わせしている者たちが手持ち無沙汰にモニターを見ていたりする。しかし僕たちはそれには見向きもせずにシアターを目指し早足に歩いていく。
駅から少し歩いたところにある大きめなショッピングモールの最上階部分がムービーシアターになっている。ビルのエレベーターに駆け込むと、ハァハァと二人共少し息を切らしていた。
「ごめんなさい。上映時間が時間がギリギリで……」
エレベーターの中で呼吸を整えていると、申し訳無さそうにパメラが謝ってくる。
「気にしないでいいよ。たまには運動しないと」
「うん。ありがと」
よし。今のフォローは完璧だ。そんな感じで自分をチェックする余裕も出来てきている。
程なくしてエレベーターは最上階に到着する。このフロアはシアターのみのフロアの為、エレベーターを降りると少し薄暗い空間に成っていた。シアターは地元の個人経営の小さなところにしか行ったことが無かったので、都会風の先進な雰囲気に少し驚く。何個ものシアターが併設され上映されているようで、高いところのモニターには各ムービーの上映時間が時刻表のごとく掲示されていた。
その間にもパメラは迷わず券売機らしき端末に向かい、パネルを操作している。
「リュート君、院生カードいい?」
「え? なんで?」
「院生カード通すと学生割引で安く見れるの。あ、ごめんなさい。言っておくの忘れてたね。……ある?」
「大丈夫。財布に入っているから」
なるほど、学割か。助かる。料金は1000Gだ。もっと高めで考えていたのでこれは助かる。
売店にジュースなども売っていたが、時間もあまりなかったのでそのままチケットを持ってシアターの受付を通っていく。通路に行くと何個ものシアターがあるようで入り口に番号の灯りがズラリと灯っている。そのままパメラについて目当てのシアタールームに入っていった。
今日観るムービーは、「デパートの鍵貸します」と言う少し大人向けの恋愛ムービーだ。
デパートの警備員のジャックが、デパートの重役から浮気のために深夜デパートの宿直室を使いたいと言われ、鍵を貸す。やがて、定期的にその重役が連れてくる愛人に主人公が恋をしてしまう。と言う映画だ。
話的に少し大人向けの気はするのだが、パメラはそう言う恋愛ムービーが好きなのだろう。
特に昨日の夜は、今日のデートのことを考えると不安やら楽しみやらで頭がごちゃごちゃになり、なかなか寝れなかったんだ。だからどうせ寝れないのならと、実はどんなムービーなのか事前に調べてみたんだ。
シアタールームに入るとすでに場内は暗くなり、新作ムービーの宣伝などが始まっていた。
他のお客さんの邪魔にならないように、2人でコソコソと番号を確かめて席につく
ムービーは一般的に2時間ほどの物が多い。その間リラックスして座って見れるように椅子の座り心地は抜群に良い。椅子に身を沈め、暗い場内で画面を見ていると何故かまぶたが重たくなってくる。
やがて映画は始まり、オープニングのクラシカルな曲が流れる中。
俺は気がつくと、α派のゆらぎの中に溺れていた。
……
……
「リュート君。リュート君。ムービー終わったよ」
……ここは? どこだ?
……ん? 終わった? 何が?
はっ!
「はっ! ごめん。寝ちゃってた?」
「うん。とっても気持ちよさそうに」
やばい。やってしまった。パメラが楽しみにしていたムービーなのに。全く記憶が無いことを考えるとほぼスタート時から寝てしまっていたようだ。
大失態に、頭が真っ白になる。だが、館内の電気が突き、スタッフが椅子の掃除を始めていたので、俺はなんとかパメラについてシアタールームから出ていった。




