26.召喚陣 2
召喚陣を書くことを思い立ってから、かつて無いほど部活の時間が楽しみでしょうがない。とりあえず第2世代向けの方はなんとかなりそうだ。是非とも試してみたい。本当は家で書いてこようとも考えたが、魔力の自然放出がちょっと心配だったので現地で書くことにした。
「リュートなんかあったのか? ソワソワしてない?」
「え? いや。ちょっと良いこと思いついてね。早く班活で試したいんだよ」
「お、班活も馴染んできたな。で、何をやるんだ?」
「ああ、ゴレ班の班費が少なくて召喚石をあんまり買えないんだよ。それで思いついたのが、召喚陣を自分たちで描いて召喚練習出来ないかなってさ」
「へ??? そんなの出来るの?」
「昔の学生は皆自分たちで描いていたみたいだよ」
召喚陣の世代は基本的に下位互換になっている。召喚石も石の中に立体召喚陣が刻まれていると聞くが、パッケージに対応世代が記されている。先日買った召喚石はキーラとかの練習にもと思い第3世代までの対応品だ。パメラが買っていたのは第4世代まで対応している。俺も第5世代を練習したい気もあるのだが、そこまで行くとプロ仕様になって来るため値段もかなりの高額となるためおいそれと練習できないのが悲しい。
ゴーレム関係の話になるとPJは入ってこれなくなるので普段は避けるようにしていたが、今日はどうも気がせって、シュウと召喚陣の話で盛り上がってしまった。
途中で気がついてPJに謝るが、PJは「うん? 良いんだぜ。青春しているじゃねえか」と気にしていないようだった。
授業が終わると、早足で班室へ向かう。
ただ、結局仲間が集まらないと何も出来ないので、他の班員が来るのを待ちながら班室の掃除をする感じになってしまうのだが……。
「あ、あのさ……ホイスちょっといいかな?」
「ん? なんや?」
いざ話すとなると少し緊張してしまうが、ホイスに手描きで召喚陣をやってみたいと言う話をする。初めは難しい顔で聞いていたホイスだが、段々とその可能性を考えたのか表情が真剣になってくる。
「せやかて俺は、あんま字とかキレイに書かれへんぞ。リュートはいけるのか?」
「俺だってあんまり得意じゃないけど、ポイントさえ押さえればイケルと思うんだ。とりあえず第2世代向けの召喚陣はなんとかなると思うんだけど……」
話をしていると、会話を聞いていたケーニヒが何やら興味を持ったようだ。
「へえ、面白いじゃないか。僕もそれ参加していいか?」
「え? ああ。もちろんです!」
「それにしてもなんでそんな事思いついたの?」
確かに、そこは気になるか。俺は、週末にゴーレムショップで練習用の召喚石を買いに行った時に、一緒に買ったゴーレム玩具が、版画的に召喚陣を作り起動させるタイプだったので、それで気がついた話をする。
「なるほどねえ、玩具もそういうので遊ぶのか。本当にゴーレム好きなんだね、リュート君は」
なんか、そう言われると恥ずかしい。子供用の玩具で未だに遊んでいる俺はこれが褒められているのか、馬鹿にされているのか微妙なんだだ。
「なんや。お前も召喚石買ったんだ。やる気やないか」
「あ、うん。飛行班も1年は自前で買って自主練するって言っていたし」
そう答え、買ってきた召喚石の箱を見せる。
「キーラの持ってきたのと同じやな」
「そうね。あ、でも私のと箱の色が少し違うよ。ほら。2って書いてあるし、リュート君のは3ってなってるからバージョンが違うのかな?」
「えっ???」
「あっ!!!」
「へ? な、何?」
なるほど。キーラの第3世代が起動しなかった訳が分かった。キーラの召喚石は第2世代用のやつだ。値段が少し高くなるが、俺は普通に第3世代対応の箱を選んでいたのだが。何も知らないキーラの父親は単純に安い第2世代対応の召喚石を買ってきたのだろう。
「じゃあ、私も第3世代召喚できるかもしれないねっ!」
嬉しそうに言うキーラにホイスがたしなめる。
「まあ、その可能性はあるけどな。ただせっかくの父親が買ってくれた召喚石やし、まずはこれを全部使って、少しでもスキルレベルを上げようや。それからでも遅くないで」
「うん。そうだねっ!」
「え? 今日は召喚陣やらないの?」
話の流れに俺は慌てたように口をはさむ。朝からずっと召喚陣での起動をやりたかったんだ。今日はむしろそっちをやりたいんだ。
「せやけどなあ」
「ケーニヒ先輩もやる気になってるんだよっ! ね。今日だけ! 今日だけ!」
「ううん。しゃあないなあ」
ホイスもきっと召喚陣を試したい気分はあるんだろう。同じゴーレムメイトとしての気持ちは解るんだ。しつこく頼むと首を縦にふってくれた。
今日はいつもより1人多い4人で第2体育館へ向かう。なんとなく先輩が居るだけで、飛行班が使う横を歩いていくのも気が楽な気がする。ホイスは……まったく気にしてなさそうだが。
俺は鞄から魔石泥と筆を出し、丸まらないように外に抱えていた紙を袋からそっと出す。紙も折り目などがあると、その部分の角度などの差で精度が悪くなるらしい。流石に何も見ずに書く自信はないので、マジックスペースに上がっていた召喚陣を何個かプリントアウトしてきた紙を横に開き、見ながら描き始める。
「ふんふん、召喚陣ってこういうのなのか。これが立体で召喚石に組み込まれているって考えると、召喚石ってすごいよね」
「……」
「なんや、お前もたいがい字が下手やな」
「……」
「あ、リュート君、もうちょっとまっすぐ線引いた方がいいんじゃない?」
「……」
「ああ、なんかラインが歪んでるな」
「……」
「どれどれ?……ううん。どのくらいの精度が求められるのかな。この線でも召喚できるか、それはそれで興味深いね」
「……」
イラッ。
「あのう……ちょっと静かにしてもらって良いですかね」
もう、ちょっと集中しないとまだ自信が無いんだから……。流石に皆も空気を読み取ったのか静かに見守る。やがて召喚陣が完成する。
「き、キーラ。これ。俺がはじめにやってみても良い?」
なんとなくキーラの起動練習がメインの気がするのだが、どうしても我慢できずにキーラに聞いてみる。
「良いよー。ていうかリュート君なんでそんな幸せそうな顔してるの?」
「ほんまやな。今まで見たことない顔やな」
「うんうん、分かるよ。召喚陣を自分で制作してのゴーレム召喚。ロマンがあるじゃないか」
「いや……普通だよ」
キーラはまだ補助式が使えないため、ホイスとケーニヒが補助に付く。ほんとは試しだから補助なしでも良いんだけど。せっかくの召喚だ。ホイスも参加したほうが召喚スキルのレベルアップに良い経験にはなると思うんだ。
「じゃあ、行きます」
俺は手のひらを召喚陣に向ける。魔力を召喚陣にコネクトしながら頭の中に起動式を紡ぎあげる。第2世代ならもう鼻歌交じりでも召喚はできる。……はずなのだが。何かおかしい。凄い抵抗がある。俺は抵抗に負けじと無理やり魔力を通していく。その甲斐もあり、ようやく召喚陣が触媒となり魔法陣の可視化が始まる。
だが仄かに光り描かれた始めた魔法陣もおかしい。いびつでまったく魔法陣の原型を留めていない。そしてその魔法陣も完成前に弾け飛んでしまう。
「……駄目だ」
「まあ、初めてだししょうがないよ。もう一度やってみるかい?」
「そう……ですね」
もう一度描書こうすると。キーラがおずおずと話しかけてくる。
「私、やってみようか?」
「え? キーラが?」
「うん、なんとなくリュート君の魔法文字って結構癖あるよね? 私こういうの割と得意なのよ」
「癖??? ……分かった。とりあえず一度やってみなよ。結構難しいんだよ」
まあ、俺でも失敗したんだ。素人のキーラに出来るとは思えない。だがそうすれば皆に召喚陣の難しさも分かってもらえるだろう。
筆を渡すと、キーラは見本を見ながらサラサラと描き始める。あれ? なんか描く手がよどみなく動くいていくぞ?
「おおお、上手いやないか。リュートと全然違うわ」
「そ、そんな違うかな」
「ほほう。これは才能だね。さっきのとかなり違うね」
「そ、そうですか?」
た、確かにキーラの描いた召喚陣は、俺のやつと比べてちょっとだけスッキリしてる気はしないでもないが……。この2人ちょっと褒め過ぎだな。
書き上がった召喚陣を前に、俺は少し緊張する。なんとなく失敗して欲しい気分が無いわけじゃないが。くそ。俺の描いたのとそんな違うか? そんな違わないと思うんだけど。
「……」
俺の思いは他所に、キーラの描いた召喚陣はあっさりとゴーレムの召喚を成功させる。
なんか、皆妙に優しく俺を慰めてくる。そんな悔しそうな顔してるか?
……やばい。
ちょっと泣きそう。




