23.週末のゴーレムショップ 1
週末になると俺は駅前の商店街にある、ゴーレムグッズの専門店に向かう。もちろん召喚石を買うつもりなのだが、最近の簡易補助式の魔道具等や、ゴーレム玩具と呼ばれる物にも興味はあったりする。
魔道具は学生の俺にはなかなか手の届くような物ではないが、白補助器と言われる補助式の入っていない物もある。これは術式が書き込まれていな補助器具で、自分でそこに補助式を刻印することで同じような作動をさせられる物だ。
普段家でゴーレムに踊りをさせたりしているやつは、それを購入して、既製のダンスゴーレムと呼ばれる補助式の魔道具にある術式を真似て自分で作ったんだ。それなら既製品を買うよりいくらかは安く済むんだ。
中等院時代は班活にも入らなかったため、よく学校帰りに店に寄ったりもした。当時のお目当ては大抵子供向けの玩具なのだが、第1世代の機構を利用した小さいキャラクターを召喚出来るセットなどがあり、お小遣いを工面して色々揃えていた。
でも、こういう適性のない子供でも召喚できるような第1世代のおもちゃとかならキーラも家で遊びながらゴーレムに慣れていく感じでいいかもしれないな。そんな事を考えながら召喚石が置いてあるコーナに向かった。
――あれ? パメラ???
レジのある場所の前の、召喚石の並んでいる棚の前で2人の女の子が石を選んでいた。俺はとっさに手前の棚の裏に隠れる。
チラリと横から見ただけなのだが、間違うわけはない。パメラだった。
なんで? ……いや飛行班なら召喚石を見に来ていてもおかしくないが……。しかし何故このタイミングで。……どうしよう。
俺は、予想外の事にパニックになりながらも必死に対応策を練る。
そう言えばパメラは1人じゃなかった。男と一緒じゃなかったのは良かった。もしそうならきっと泣く。泣ける自信はある。でも1人きりなら話しかけやすい気がするんだが、友達と一緒というのは俺にはかなりハードルが高い。今も2人でどれが良いかななんて話しているのが聞こえてくる。
はぁ。はぁ。はぁ
だめだ。緊張して過呼吸になりそうだ。2人の楽しそうな声を聞きながら棚の隙間から覗こうとするが背板のある棚だったために失敗に終わる。くそ。どうしよう。
――よし、やっぱり声をかけよう。
決めたのは良いがなんて声をかければ……<こんにちわ!>とかか? いや、ちょっと狙ってたような感じだとストーカーみたいに思われるかもしれない。<やあ、奇遇だねえ!>……キザ過ぎるか? 普通だ。普通が一番だ。<あれ? パメラさん?> うん。そんな感じが良いかもしれないな。よし。行くぞ……うん。行く。……行けよ俺!
……くそ。ダメだ。意気地無しめ!<あれ? パメラさん?>だぞ。
<あれ? パメラさん?>
<あれ? パメラさん?>
<あれ? パメラさん?>
……よし。脳内シミュレーションはもう大丈夫だ。
棚の影でうじうじしていると、「じゃあ、これでいいね」という声が聞こえてきた。そろそろ買うものを決めたようだ。まずい。このままチャンスが失われる。慌てて棚の影から飛び出し……なぜか息を殺して近づいていく。心臓はバクバクだ。
パメラは、いつもの制服でなく私服だった。七分丈くらいの薄手の体にフィットする感じのセーターに茶系のチェックのパンツを履いていた。やばい。私服のパメラさんも可愛いじゃないか。
棚から召喚石の入った箱を取り出していたパメラに声をかけようと近づく。声をかけようと深く息を吸い込んだときだった。
「おお。リュートじゃないか。久しぶりだなあ!」
レジにいた店のおじさんが俺に気がつき、大声で声をかけてきた。
げ……何ていうことを。
パメラは、え? と俺の方を振り向く。オヤジは俺の気持ちなど全く察すること無く大声で言葉を続ける。
「お前の欲しがっていたBUI BUI ゴレカーの勇者号が再販になったから一応抑えておいたぞ。買ってくだろ?」
ばっばかやろー! よりによってパメラの前でそれを言うんじゃねえよ。
俺は真っ白な灰になったまま、呆然とパメラの方を見る。パメラも少し驚いたような顔で俺を見ていた。うん。終了だ。これで良いんだ。これで……。どうせゴーレムオタクは1人で毎晩ゴーレムを召喚させてブイブイ言っていればいいのさ。
良い夢見させてもらったぜ……。アバヨ……青春。
「ぶいぶいごれかー?」
パメラが少し首を傾けて聞いてくる。
「え? いや。なんだろうね。ははは……」
「アニメだよね。うちの妹が見ていたなあ」
パメラの隣りにいた女の子が答える。まったく誤魔化せられない。うん。そう子供向けアニメのキャラだ。
適性を持たない子供でも初等院の高学年くらいに成れば、それを通して第1世代の簡単な車タイプのゴーレムを召喚できるというスグレモノの玩具なんだ。これ自体がゴレカーの形をしていてとても可愛いんだ。起動には召喚石を使わず、魔石泥と言われる魔力が含まれたインクの様な物を、付属する召喚陣が彫られた版画版を使って紙に転写し、それを召喚石代わりに使う。
玩具の中には普通の魔力をスキルの適性に近い魔力波長に変換する魔道具が組み込まれているため、適性やスキルのない者でもゴレカーを召喚することが出来る。
その魔力波長を変換する魔道具が初めて開発されたのは30年ほど前だ、当時はこれで適性やスキルを持たない者でもゴーレムが召喚できるようになると大騒ぎになったらしいが、それから何年経っても第1世代のゴーレム召喚にまでしか対応が出来ず、今では子供の玩具用魔道具として利用されている位のものなのだが……。
そんな話は今はかなりどうでも良い。ゴレカーの話題を終わらせないといけないんだ。
俺は必死に用意した言葉をひねり出す。
「や、やあ。奇遇だね」
「うん、リュート君はこのお店よく来るの?」
「えっと、そんなは来ないかな? ほら、班活で使う召喚石でも買おうかなって」
「そうなんだっ! 私達もそう、ほらっ」
なんかパメラは嬉しそうに買おうと手にとった召喚石を見せてくる。うん、話を聞いていたから分かっては居たんだが。……おおう。マジか、父親が置いていった起動練習用の召喚石と同じやつだ。ちょっと箱のデザインが新しくなってるが。うんうん。これは使いやすいよね。
「巻き貝印の召喚石は質も良いし、可視化も滑らかで気持ちいいよね」
「ほんと? どれにしようか悩んでいたんだけど、テレスペースでの評判が良かったから選んだの」
「へえ……」
う。よく考えたらパメラの前で安物の召喚石とか買うのってかっこ悪いかな? どうしよう。気取って少し良いのを買うか……いや。俺にそんな金に余裕は無いんだよな……まずい。
いや、だがよく考えてみてよ。お、俺たちが、つ、付き合うようになった場合。お金のない彼氏に幻滅されるより予め分かっておいてもらったほうが良いかもしれない。
そんな無駄な皮算用をしながら悩んでると再びオヤジが声をかけてくる。
「なんだ、珍しいな。お前が友達と居るなんて。それに召喚石だあ? そんなのも珍しいじゃねえか」
くそっ。黙れオヤジ! なんて事は言えない俺は引きつった笑いをオヤジに向ける。うん。もうカッコつけるのは諦めよう。
「すいません、質の悪い海外製のやっすい召喚石で、おすすめ教えて下さい」
「はあ? 召喚石は良いのを使えって、いつも言ってるじゃねえか」
「一般学生にそんな金は無いんで」
しぶしぶ教えてくれるオヤジに言われるまま、端っこに置いてある召喚石を手に取る。似たような箱が3種類置いてあり、その中から③と書いてあるものを選ぶ。これは召喚石の中に刻まれている立体召喚陣というものが対応する世代のナンバーだ。つまり、第3世代対応品。第4世代の対応品となると更に高くなる。練習ならそこまでいらないだろう。
手に取り見ると確かキーラが持ってきたのと同じ箱だと思われる。きっとキーラの親父さんも召喚石の値段を見て驚いたんだろうな。子供の遊び道具として考えるとかなりの割高だ。大人の金銭感覚はよく分からないがきっとこれを見て、初めて使うんだしこのくらいの値段ので良いだろうと思ったに違いない。
それでも一箱10個入で3000Gは学生にはキツイ。調子に乗って使っていればすぐに終わるものだし。
ちなみにパメラの持っているのは同じ様に起動練習用の魔力が少なめのやつなのだが、値段が3倍くらいするんだ。平気でこれを買っているのを見ると、……少し自分と比べてしまう。
会計しようとして気がつく。あれ、俺から会計するのはオカシイよな。
「ごめん、先に会計しようとしちゃった。先にどうぞ」
「え? 良いのに」
パメラがそう言うが、それでもと先に会計をしてもらう。 オヤジは普段俺に見せたことのない完璧な客対応で2人に対応している。「うんうん、これは良い召喚石ですよ。頑張って練習してくださいね」なんて言ってるのを恨みがましく眺めていた。
2人の会計が終わると俺が会計をするのだが、オヤジはそっとBUI BUI ゴレカーも袋に入れその金も請求してきた。
2つ合わせて5000Gと言う俺の一ヶ月のお小遣いの半分に相当する値段に一瞬目眩を覚えるが、後ろから2人の女の子から見られている今、俺は黙って怒りの目をオヤジに向けつつ、財布からお金を出した。
今月厳しいぞ……。




