20.顔を上げると
翌日、俺たち3人はケーニヒにあまり飛行班と揉めるなよと言われながら再び第2体育館へ行き、キーラの召喚練習をする。
今日は、飛行班は誰も来ておらず、少し気楽に召喚を楽しめた。
昨日のこともあってか、召喚されたピンクのゴーレムを見ても、俺もホイスも何も突っ込まずにいた。心のなかではやっぱりピンクはどうなんだ? とは思ってるのだが。きっとホイスもそうだろう。
キーラの魔力はあまり多くないようで、万全を考えるととりあえず2回位で終わりにする。実際はもう少し召喚出来るかもしれないが、キーラの父親が買ってくれた召喚石は10個と量も限られている。そのため大事に使おうというのもあるのだが。
それと、ホイスとしては第2世代を一度召喚するより、第3世代を一度召喚したほうがスキルレベルの上がりが良いため、早めに第3世代を覚えさせたいようだ。明日は1日勉強だと息巻いていた。
召喚を2回終えて、班室に帰ったが班活の時間はもう少しある。そこで今日も続きを調べてからそのまま帰ることを伝え、図書室へ向かった。
今日も人の少ない図書室で昨日の続きを調べ始める。昨日見てない本で何かないかなと探し、再びそれっぽいのを抱えて机に持っていく。見ていくと、書籍ごとに術式も説明の仕方も微妙に違うのだが、なんとなく共通点も見えてくる。それが楽しくて、俺は術式の海に沈んでいった。
――やっぱり第2世代に重ねようとすると、枕術式が食われちまうか。
魔力補充の術式は見ているとやはり、通常の術式より転写時に魔力を消費が必須になる事が多い。アンドリュー次式は補助式ではあるが、召喚術式に近い術式を使うため、ゴーレムに適性のある術者、もしくはかなりスキルレベルを上げた人間ではないと使いこなせないと言うのがあるのだが……魔力補充術式に関してはそういった人を選ぶ術式では無いのだが、この魔力消費がどう頑張っても第2世代の枕術式より多くなってしまうのだ。その魔力のバランスが召喚術式のバランスを壊してしまう。
そこら辺を何とかクリアする論文などが無いか調べるが、流石に高等院の図書に術式論文の様な専門家向けの様な物までが揃ってる筈もなく、俺は段々と行き詰まっていく。
ふう……あまり遅くなるとまた図書班員の人が来るからな。
キリのいい所で本を閉じてグーっと体を伸ば…………す。
へ?
………
へ???
顔を上げると向かいの椅子にパメラが座ってこっちを見ていた。口をパクパクさせながらなんとか「あ、あ」と音をひねり出すが、俺は言葉の構築に失敗する。
「こんにちは。……リュート君。なんか一生懸命勉強しているみたいだったから、邪魔しちゃいけないかなって……」
「え? な、なんで?」
「あ、ごめんなさい……集中しているみたいだったから……」
パメラが少し恥ずかしそうに言うが……いや、そういうのじゃなく。なんで? なんだよ、そのなんで? じゃなくて。俺は訳も分からずパメラを見つめたまま固まってしまう。
「今日、飛行班でこないだのレポートのグループごとの発表があったの。それで教えてもらった揚力の内容で発表したんだけど。とてもいい発表が出来たの」
「あ、ああ。それは、うん。良かったね」
「班活が終わった後に、もしリュート君が図書室に居たらお礼をしようかなって思って……」
お礼と言われても、そんな大層なことはしてないよな? なんだ? え? そんなだったか? むしろ自分のテリトリーと言わんばかりに調子に乗って話しすぎた苦い記憶しかない。
「え? いや、いやいや。ぜんぜん。何もしてないからっ」
「あ、大丈夫よ。他の人には言ってないから」
「あ、うん……いやっ、そういうんじゃなくて。僕は本を紹介しただけだし」
おいおい。僕? 今僕って言ったか? 俺落ち着け。落ち着け俺。
「あ、あのう。も、もう図書室閉まるから。そろそろ行かないとっ」
「そうね。その本は借りていくの?」
「え? いや。その……借りないです」
「そう? じゃあ戻すの手伝うわね」
な、何が起こってるの?
俺は何がなんだかよくわからないままに、パメラと2人で本棚に本を戻していく。分厚く重い本をパメラの細く白い指が棚に押し込もうとしているのを眺めながら、俺はパニックになっていた。
どどどど。どうしよう。どうすればいいの?
そんな俺の動揺はよそに、本をしまい終わったパメラは「じゃあ、帰ろうか」と軽く言ってくる。俺はただただ、言われるがままにパメラについて図書室から出ていった。
特に会話もなく、そのまま昇降口まで行く。さっきから俺の鼓動は超速で踊りまくっている。もうじき心臓が息切れを始めると思うんだ。
クラスが違うため、下駄箱が離れているのでパメラはそっちの方に行く。俺は混乱状態のままなんとか自分の下駄箱を見つけ、靴を履き替え、下駄箱の隅に設置されたMボード庫から自分のボードを取り出す。
もたつく手でボードを取り出していると、靴を履き替えたパメラがこっちに来る。
「へえ。リュート君、ボードで学校に来ているんだ」
「あ、はい。うん。そう。そんな遠くないから」
「近くて良いな。私はトレイン通学なの」
「へ、へえ。ほ、ほら。通学中のトレインで毎日一緒の車両に乗って、知り合うようなラブコメもたまにあるよね。いいよね夢があって」
……何を言ってるんだ俺は?
正門をくぐると、俺の家は駅とは逆の方になる。「家はこっち側なんだ」なんて話をすると、パメラはちょっと残念そうに。「私は駅に行くからこっちなの」と答える。
俺はド緊張のあまり、気がつくと逃げることしか考えていなかった。
「じゃあ……ぼっ僕、こっちだから、家」
「うん。……またね」
「え? ああ。そうだね。うん」
手を振りながら駅の方に歩いていくパメラを俺はぼーっと見つめていた。そのままパメラが角を曲がって見えなくなってもしばらく動けずに居た。
えっと……なんだっけ。
あ。家に帰るんだった。
俺は全速力で家に向かった。
◇◇◇
「リュート? リュート?」
「へ? なに? 母さん」
「もう……何? じゃないわよ。ぼーっとして」
「ええ? そんな事無いよ。普通さ」
「こないだは死んだ魚の眼みたいになっていたと思えば。今日は何? 情緒不安定なんじゃない? 大丈夫なの?」
「だ、大丈夫だよ。まったくもって問題ない。うん。元気さ」
「ほんと?」
う……そんな変か? うう……ちょっと胸のあたりが変な感じがするくらいだ。至って普通さ。最近母親が何やら心配性で嫌だな。なんの問題もないのに。
部屋に戻りベッドの上に寝転がっていると、少しづつ冷静になってくる。
……やっぱり失敗したっ!
何度もシュミレーションを繰り返しても、あの時に駅まで一緒に着いていくのが正解だったんじゃないのか? と言う答えになる。何をしていたんだ、あのときの俺。PJが最近駅前に首都で人気のパフェだかの店が出来たとか言ってたじゃないか。そんな気の利いた行動とか出来なかったのか?
……やっぱり、女性の扱い方も出来ず、気も使えないゴーレムやってる辛気臭い男ってイメージが付いちゃったかもしれない。
セカンドチャンスだったのに。
今度こそ……終わったかも……。