16.パメラ
――パメラ視点――
私の家は昔からゴーレムの召喚師が多く排出される家系のようで、兄に続き私も召喚師の適性が発現した。それが解ると、両親はとてもうれしそうにしてたのを覚えている。中等院時代に、ゴーレム班に所属していた兄に召喚師は貴重なんだと誘われ、そのままゴーレム班に入班した。初めは言われるがままと言った感じだったが、私もゴーレムの楽しさを知り特にそれに不満もなく過ごしていた。
兄は高等院に入ると、なぜか今までの作業ゴーレムをやめて飛行ゴーレムの班に入り活動しているようだった。飛行ゴーレムにも興味はあったが、なんとなく私は高等院に行っても作業ゴーレムをやりたいな、と考えていた。
やがて中等院のゴーレム班を引退し、受験生として生活していく中で入ってくる情報にやはりショパール州立高等院では作業ゴーレムは弱小院としての情報が入ってきて少し気持ちが揺らいでいた。
高等院の受験に合格すると、やはり兄は私に飛行班へ入るように声をかけてきた。
私は作業ゴーレムをやりたいと考えていると言うと、他の人と同じ様にゴレ班はやめたほうが良いと言う。オリエンテーションの時にその意味がなんとなく分かった。
飛行班と比べて明らかにゴレ班の雰囲気が違う。ヤジを飛ばしていたのが飛行班の先輩と知ると嫌な気分になったが。それでも私の心は飛行班の方に揺れていた。
クラスは違うが、幼馴染の子で、中等院時代にも一緒にゴーレム班に所属していた子と、少しだけゴレ班を覗いてみようということになり、次の日ゴレ班の班室を覗いてみた。
ゴレ班の班室は驚くくらいに散らかっていて。先輩たちは椅子に座って漫画などを読んでいた。私達の姿を見てブローヴァ訛りの男の子がすごい勢いで「なんや、入班か?」と言い寄ってきたが、私達は慌てて「すいません間違いました」と戸を閉めてしまった。
そしてその足で私はその子と飛行班に入ることを決めた。
飛行班の班活は、まず飛行ゴーレムについて知ることから始まった。私をはじめ殆どの新入班員は作業ゴーレムの経験はあるが、飛行ゴーレムの経験は全く無かった。それもそのはず。ゴーコンの飛行部門が高等院以上に設けられた部門だからだ。
中等院の時と同じで、兄は班長であったが特に私を贔屓してくれる等はしない。私も当然それが当たり前だとは思っている。ただ上級生たちは私が班長の妹であることを知っているからか優しくはしてくれるように感じるが。私としてはそういう特別扱いは正直迷惑でも有った。
新入部員は、始めゴーレムについての知識がどのくらいあるのかの試験的なレポートを書かされる。そしてそのレポートの成績を加味したグループ分けが行われた。
新入班員のうち、召喚師が3人いるということで3グループに分けられ、グループ単位でのレポートを課された。飛行ゴーレムが空中に浮くメカニズムについて書けということだった。
飛行ゴーレムには、バードゴーレムとビーゴーレムがあることは皆知っていたが、その違いについて細かく知っているものはグループ内に居なかったため、皆で図書館で調べ物をすることにした。
世の中には浮遊魔法の適性の強いエキスパートの人間は、生身で大空を自由に飛べると言うが。それを術式を介してゴーレムに行わせるのが飛行ゴーレムだというのが、私達の共通の認識だった。
かなりの書籍を揃え、レポートとしてまとめようとした時だった。
「昨日集めた資料なんだけど、見ると皆飛行ゴーレムの書籍しか無いんだよね」
「飛行ゴーレムのレポートだからそれで良いんじゃない?」
「そうなんだけど、一応浮遊魔法の単独の資料とか有ったほうが良いかなってちょっと思って。悪いんだけどさ、パメラさん何か探してきてもらってもいいかな?」
声をかけてきたのはグループで長を任されているシュウ君だった。成績順に分けられたグループで、このグループは成績上位者のグループだと言われていた。ということは現時点でゴーレムについての知識はシュウ君が1年では一番ということだ。
正直言うとこのお願いは、とっても嬉しかった。
自意識過剰と言われるかもしれないが、私はどうやら男性の好む容姿をしているらしい。昔から私の仕事を手伝ってくれるような男性は多く現れたが、こうして頼み事をしてくる男性は殆ど居なかった。
友達にも良く「美人は得ね」なんて嫌味を言われたりもしたが、きっと皆は私の外見だけを見て、私の心までは知ろうとしてくれていない。そんな感じがしていて、なんだかそれが時に苦痛に感じていた。
でも、何の気兼ねもせずに、こうして頼まれ事をされるのはすごく久しぶりに感じて、私はすぐにそれを了承して図書室に向かった。
図書室に行くと、昨日シュウ君の友達と言っていた男の子が何やら真剣な目で本棚を眺めていた。そう言えば昨日も何か難しい式の書いてある本を読んでいたのを覚えている。思わず私は「あら?」と声をかけてしまった。
その子は、私に声をかけられたのに戸惑っているように見えたが。私が書籍を探し始めると、突然声をかけてきた。
「な、何を探しているの?」
振り向くと、その男の子は顔を強張らせ、何か必死の感じで話しかけてきていた。今までも、たまにこんな感じで声をかけられる事があったのを思い出す。
――なんだか面倒くさいな……。
そう思ったが、なんか必死の顔を見ていると無視をするのも憚れる。シュウ君の友達と言っていたし、悪い子じゃないんだろうし。
「えっと。浮遊術式についての本なんだけど……」
そう答えると、その子はなんだか不思議そうな顔をする。
「え? なんで浮遊術式を?」
「なんでって、私達飛行班だもの」
「でも、鳥ゴーレムコンテストじゃ、浮遊術式使わないでしょ?」
「え?」
「え?」
私はこの子が一体何を言っているのか全く解らなかった。飛行班に向かって浮遊術式を使わないとか。馬鹿にされているのだろうか。
しかしどういう事か聞くと、その子は突然口を閉ざし、それは飛行班で教えてくれるだろうと答えた。でも、そんなのはずるいじゃない。言うだけ言って、黙りを決め込むなんて。
詰め寄って、問い詰めると。その子は困ったような顔で棚から一冊の本を取り出した。そしてそれを開いて説明を始めた。
その子は驚いた事に、ゴーレムの話を始めるとなんだかとても嬉しそうな顔で饒舌になる。初めに緊張しながら話しかけてきた姿から考えるとまるで別人のように。
「ほら、これを見て。翼の断面を見ると形状が上側と下側で違うでしょ? こうすることで風の中を進んでいく時に、この翼の先頭の場所から空気が強制的に別れさせられるんだ。そして再び翼の終わってる所で合流する。だけど、上側を通っていく空気の距離と、下側を通っていく空気の距離に差が出る。解る? ほら。上は湾曲が強いからより大きい距離を流れていく感じになるんだよ。この差で、揚力が発生するんだ」
話を聞いていて、私は初めてバードゴーレムとビーゴーレムの違いというのを知った。男の子は楽しそうに話し続け、話の内容はどんどんと専門的になっていく。飛行班に入っている訳でもない1年生の男の子だがその知識は異常な程だった。
「だから、鳥ゴーレムコンテストでは魔力消費の激しい浮遊術式じゃなく、飛行力学を何処まで無駄なく使えるかが争点になってくるんだ」
私もゴーレムが好きで色々と調べ、勉強して知識があると言う自信があったが。この子の前ではその自信が脆くも揺らいでしまう。そんな嬉しそうに語り続けてる姿を思わず呆然と見つめていると、相槌を求めてこっちを見た男の子は突然我に返ってしまう。
「あ、いや。ごめん……調子に乗って喋りすぎちゃった……」
再び最初に見たときのように顔を強張らせてオドオドする彼に、私は笑顔で答える。
「ううん。とっても参考になったわ。ありがとう。私はパメラっていうの、お名前教えてくれる?」
「え? ぼ、僕? えっと……リュートっていうんだ」
「ありがとう。リュートくんも飛行班に入ればよかったのに」
そう言うと、彼は気まずそうに答える。
「僕は、ゴーレムが好きなんだ」
「うん? 飛行班もゴーレムよ?」
「でも、飛行ゴーレムでは、ゴーレム理論はむしろ補助になるから。作業ゴーレムの方がゴーレムをやりたい僕には合うんだよ」
「……そっか」
「うん……」
そっか。リュート君はゴーレムをやりたいって目的があってゴレ班に入ったのか。なんとなくで飛行班に入った私とは思い入れが違うのね。
でもなぜかリュート君は自分がこの話を話したことは秘密にしてくれと言ってくる。勝手にネタバレして先輩に睨まれたりするのがちょっと怖いようなことを言っていた。
リュート君にお礼を言って、皆のいる部屋に戻りながら。私はなんとなくあの嬉しそうにゴーレムを語るリュート君の姿を思い出して笑ってしまう。
でも、飛行ゴーレムだって面白そうじゃない。なんとなく飛行班での活動が楽しみになってきたわ。