15.飛行ゴーレム
翌日。いつもの3人で昼飯を食べている。
「シュウ」
「ん?」
「あ、いや。……そう言えば飛行班の1年はいつも図書室に来てるの?」
「え? ああ。いつもじゃないよ。レポートの課題が出されて調べ物がある時とかだねえ」
「そっか……」
「……ん? ん~。おお~。なるほど。そうかそうか」
シュウが何かを思いついたのか、嬉しそうにニヤニヤし始めてる。PJも何だ? とばかりに興味津々の目でこっちを見る。
「な、なんだよ。なるほどって」
「いや。まあ、残念ながら今日は昨日調べた事を皆でまとめる予定だからさ、図書室に行く予定は無いんだよ」
「べ、別に残念じゃないだろ?」
話の見えてこないPJがしびれを切らせて聞いてくる。
「おいおい。俺はおいてけぼりか? なんだよシュウ。教えろよ」
「そうだなあ。リュートにも春が来たって所かな? しっかし。リュートも面食いだよな。あの子はライバル多いぞ?」
「な、何のことだよっ! ちょっと訳わからないよ」
「おおお。なんだリュート。飛行班の子にほの字か? うんうん。飛行班は女子も可愛い子揃ってるからなあ。セレナちゃんに、ステーシーちゃん……いや今年の1年で言えば真っ先に……おいおい。まさか……」
「ちょっと。やめろよっ! 名前なんて知らないよ」
「ほう。知らないって事は。やっぱりお目当ての子がいるんだな」
「んぐっ」
なんだか知らないが、こいつら勝手に盛り上がりやがって。だから、そんなんじゃないんだって。ただ。ちょっと……可愛いとは思ったけどさ。名前だって知らないんだぜ。苦虫を噛み潰したような顔で2人のやり取りを見ていたが。やがてこっちをみたシュウがニヤッと笑う。
「パメラ、って名前だよ」
「え?」
「パメラ。うちの班の子だろ? 青髪の。ただな、うちの班長の妹なんだ。ゴレ班だと兄貴が許すかなあ。ほら。髪の色が一緒だろ?」
「そう言えば……ってだからそんなんじゃ無いってっ」
「まあ、俺もまだ班で一緒になったばかりだからさ、もう少し仲良くなったら紹介してやるからさ。希望を持って待っていたまえ」
「希望って……」
「やっぱりパメラちゃんか。あの子はやばいな。既にこの学院のトップ3に名を連ねている。ていうかシュウは狙わないのか? 同じ班ならすぐに仲良く成れるだろ? リュートは……アクティブじゃなさそうだぜ?」
「いや、僕は中等院時代から付き合ってる彼女がいるからね」
「は?」
「なっ!!!」
突然の告白に俺とPJは言葉を失った。
今日もゴレ班は召喚等を行えないので、俺は再び図書室に居た。昨日借りた本は家に置いてきてしまっていたため、他の本を探す。結構難しい本が並んでいるが、背表紙を眺めているとどうしてもウキウキしてきてしまう。
――どれにするかな。――
「あら?」
その声に振り向くと、そこには昨日の……パメラがこっちを向いて立っていた。
「え? なんで?」
「なんでって?」
「あ、いや……シュウが調べ物は終わったから今日は空いている教室で集まってレポートを書くような話をしてたから……」
「あ~。そうなんだけどね。ちょっと足りないことがあったから。そのシュウ君にちょっと調べてきてくれないかってお願いされたの」
「シュウが? ……自分で調べに来れば良いのに」
これは……シュウの仕業か。きっとワザとだよな。くそっ。あのお節介が。
だけど……ここは感謝をしておこう。
パメラは、何かをつぶやきながら背表紙を眺めている。よし。ここはシュウのお節介に乗ってやろうじゃないか。バクバクと体中に鳴り響く鼓動に耐えながら俺は一歩踏み出す。
「な、何を探しているの?」
やっとの思いで言葉を絞り出すが、パメラは訝しげにこちらを見る。失敗したか? きっとこの子はモテてきただろうし。知らない男からの声かけには警戒してしまうのかもしれない。それでもなんでそんな事を聞くの? と言った表情をしながらもパメラは答えてくれた。
「えっと。浮遊術式についての本なんだけど……」
浮遊術式? なんだか意外な答えをされる。いや。飛行ゴーレムに浮遊術式が全く無関係というわけじゃないんだけど。飛行班には関係ないよな?
「え? なんで浮遊術式?」
「なんでって、私達飛行班だもの」
「でも、鳥ゴーレムコンテストじゃ、浮遊術式使わないでしょ?」
「え?」
「え?」
……
なるほど。通常飛行ゴーレムは高等院に入ってからやる。中等院でゴーレムをやっていたと言えば全て作業ゴーレムだ。俺のようにゴーレムオタクでもないと、飛行ゴーレムの基本なんて知らないのが普通なのかもしれない。それで、こういうレポートを書かせてまずは飛行ゴーレムに関する知識を覚えてもらうようなやり方をしているのか。知識でマウントを取って上級生の矜持も満たされる。
飛行ゴーレムと呼ばれるものには基本的に2つのタイプが有る。「バードゴーレム」と「ビーゴーレム」と言われるものだ。
ビーゴーレムは昆虫型の魔物の名前が付いているように、浮遊魔法を利用して、その場に停止するような飛行が出来るゴーレムだ。そのため災害時の救助や、テレビ等の上空からの中継などによく利用される。ただ、浮遊魔法は消費魔力が高いため、長距離の移動には向かない。
一方、バードゴーレムは浮遊魔法でなく力学的な揚力を利用した飛行をするゴーレムで名前の通り鳥のような形状を模し、翼を利用して飛行をする。浮遊魔法を使わないでの飛行をするため、魔力消費も少なく、海外などへの長距離移動などではこちらのタイプが使われることになる。
鳥ゴーレムコンテストでは、限られた魔力での飛行距離を競う競技であるため、当然名前のごとくバードゴーレムを使用する。
おそらくそういった知識もだんだんと上級生たちが新人班員に教えていくのだろう。もしかしたら部外者の俺が言っていい事じゃないのかもしれない? んぐ……失敗したのか。
「どういう事なの?」
失言をしてしまったと言いよどむ俺に、パメラは先程までの警戒した雰囲気が消え、どちらかと言うと興味本位な感じで聞いてくる。
「えっと。いや……もしかしたらそういうのは班内で色々教えていく予定かもしれないから」
「ええ? そんなあ……言いかけてそれは無いんじゃない?」
言いよどむ俺に抗議をするように、パメラが詰め寄ってくる。やばい。近い近い。パメラの整った顔が近くに寄り、俺はただただドキドキしながら、どうして良いか分からなくなっていた。
でも……これで知らないって突っぱねたら、知ったかぶりをするだけのツマラナイ男に見えちゃうかな? それじゃあせっかくのチャンスも悪印象だけで終わっちまう。困ったぞ。迷いながらも俺は本棚に並ぶ書籍に目を滑らせていく。
やがて、一冊の本に目をとめる。うん。誰にも言わないようにお願いすれば、きっとこの子は黙っててくれるかもしれない。
俺は棚からその本を取り出すと、パメラに説明を始めた。




