9.仮入班
寝れない……。
どうしても先生の言っていたことが頭をグルグルと回りなかなか寝付けない。タブレットを起動しても調べるのはウルリッヒ症候群の事。
もし自分が召喚式を使えなくなったら……。
くっそ。高1の俺にそんな事わかりゃしねえ。
周りを見渡せば召喚師の適正のあるヤツのほうが少ない。五元素の魔法に適正のある奴らだって、魔物や冒険者が跋扈していた様な時代と違う。今は登録して管理される時代だ。それを思う存分使いたくて軍隊に就職するやつも居るらしいが、このご時世戦争なんてない。訓練で使うのがせいぜいだ。
確かに、土木作業などのゴーレムを起動させるような道は閉ざされるが、本気で突き詰めれば術式開発の仕事だってある。今の時代。魔法が使えないことは仕事の選択肢が少し減るくらいの話だ。
……だけど。
……悔しいだろうな。
図書館で見せた、あんなのほほんとした笑顔。俺には作れるのだろうか。
俺は頭の中が落ち着かず。その夜はなかなか寝付けなかった。
その中で、自分はゴレ班に入りたいのか。ひたすら自問自答を続けた。
なんだかんだ言って隠れてゴーレムを召喚してしまう自分。でも、ゴーコンはやりたくないと言う自分。母親の事ばかり理由にしているが。本当はどうなんだろう。
母親の事をほんとに理由にするなら、今でもゴーレムで遊んだりするのは違うんじゃないか? 父親はゴーレム研究者だ。ゴーレム自体が母親の暗い思い出となるんじゃないか? ゴーコンは……俺と父親の思い出だから……自分のために……遠ざけようとしているだけなのか?
……。
「じゃあ、私は仕事に行くからね。ちゃんとお弁当忘れずに持っていきなさい」
朝、俺が朝食を食べている横でバッチリ化粧を終わらせた母親が出かけようとする。
「ねえ、母さん……」
「ん?」
「俺、ゴーレムやっても大丈夫?」
「え?」
母親は一瞬驚いたような顔をする。
だが、すぐにその顔をほころばせて答える。
「当たり前じゃない。あなた好きなんでしょ? ゴーレム」
「え?」
「お父さんが置いていった大量の召喚石だって殆ど使っちゃったんでしょ?」
「え? なんで?」
「なんでって、毎日の様に使い済みの召喚石がゴミ箱に捨てられれば解るわよ」
「あ……」
「そもそも使い済み召喚石は不燃ごみなんだからね。紙ゴミと一緒にしないでよ」
「ごめん……」
「ふふふ。でもね。子供の隠し事を調べるのは、母親の数少ない楽しみなのよ。引き出しの中に何が入っているか、とかね」
「ちょっと。やめてよっ! プライバシーの侵害だよっ!」
「ふふふ。あなたがしたいことをしなさい。それが1番の親孝行よ」
「もう……」
そう言うと、母親は妙に楽しそうに家から出ていった。
くそう……やっぱちゃんと机の引き出しには鍵を掛けないと……。
……でも、踏ん切りは付いたな。
いつもと同じ様に3人で弁当を食べていると、シュウが聞いてくる。
「そう言えば2人とも、昨日はどうだった?」
「俺かあ。俺は愛に生きることに決めた」
「……意味がわからないんだけど」
「マリサちゃんと2人で、この学院をより良いものへ導くために。手と手を取り合い。立ち向かっていくんだ」
「お、PJ決めたんだ。マリサも入るって?」
「ふふふふふふ」
PJが何やら気持ち悪い笑い顔を見せる。ドン引きの2人にPJがドヤ顔でマリアの声色を真似たように続ける。
「――生徒会って言われてちょっと不安だったんだけどぉ、PJ君とならなんか楽しそうね。――ってそう言ってくれたんだぜっ!」
「え? なに? 生徒会に入るの? 班じゃなくて?」
班に入るのかと思っていたらしいシュウが突然生徒会の名前が出てきたことに困惑している。
「ああ、生徒会に入るなら入班免除してくれるって先生がおっしゃられてな。あの先生、とぼけた顔してるけど、人物評価はちゃんと出来ているな」
「人物評価ねえ……まあ、皆班活忙しくて生徒会やりたがらなそうだもんな。人数絞れるの待ってたんじゃない?」
「おいおい、シュウよ。寂しいこと言うなよ。ええ? 俺を受け入れるだけの器を持った班が存在しなかった。それだけの話しよ」
PJは元々こんな感じだったが、今日のテンションは酷い。そのうちマリサに振られて生徒会なんて行かねえとか言い出しそうな不安もある。
「で、リュートは?」
「ああ……ゴレ班に入れって」
「え?」
「ゴレ班にって」
「よりによってゴレ班か、もしかして人足りなくて廃班とかの危機だったりするの?」
「そう言うんじゃないけど、入試の魔術言語とか点数良かったからとか、まあそんな感じ」
「そうか……で、どうするの?」
「とりあえず、体験ででも入班してみようかなって」
「ふうん。あ、家に中等院時代に買った、ゴーレムの基礎理論の本とかあるけど貸そうか?」
「うーん。とりあえず班に色々資料あるかもしれないから大丈夫かな」
「そっか。まあ必要になったら言ってね」
「ありがと」
ようやく気持ちは決まった。
放課後、意を決してゴレ班の班室に向かう。PJはマリサと一緒に生徒会に挨拶に行くとルンルンで出ていった。俺は1人で班室棟を彷徨っていた。
「ここか……」
班室棟の1階の一番奥に「ゴーレム班」と書かれた木板を見つける。だいぶ古いものなのか、年季の入った重厚な板に色あせた字がところどころ消えかかっていた。
トントントン
ノックをしてしばらく待つが何の反応もない。仕方なくもう一度、大きめにノックをする。すると「開いてるで~」とブローヴァ訛りの声で返事が聞こえた。
ガラガラと、少し立て付けの悪さを感じる戸をスライドさせると中に入る。
ぐっ……。
八畳間程の班室の中は驚くくらいに物が散らかり放題で、少し入るのに躊躇する。手前には何処かで拾ってきたような古びたベンチが向かい合いに置いてあり、真ん中にある小さな机を挟んで男女の2人が何かやっていた。
奥の方を見ると、椅子を2つ向かい合わて、片方の椅子に足を乗っけて何かを読んでいたらしい上級生が、不思議そうな顔でこっちを見ていた。
「なんや? 入班希望か?」
手前で女生徒と何か話をしていたらしい男が話しかけてきた。こいつは……。以前にシュウをゴレ班に誘いに来ていた男か。
「あ、ああ。体験入班しようかなと……」
「ん? なんや自分。2組のか?」
「ああ」
「……自分、ゴーレムには興味ないって言ってへんかったか? 冷やかしならやめとけよ」
ああ、確かにあのときはとっさにそんな事を言ってしまったかもしれない。不味いな。
俺たちのやり取りを見ていた奥の上級生が声をかけてくる。
「ホイス。良いじゃん。見に来たって言うんだからさ」
「先輩、こいつ前に俺が誘った時に、ゴーコンなんて興味ない言うてたんやで、どうせ幽霊班員でも受け入れてるって話聞いて来たに決まってるわ」
「いや、そんなこと……」
ホイスはあくまでも俺の入班が気に入らないようだ。だが当然か。自分の好きなものをバカにされたんだもんな。
どうしよう……。
だけど俺は俺で、悩んで決めてきたんだぞ。引き下がれない。
その時ガラガラと班室のドアが空いてケーニヒが入ってきた。
「ん? 君はリュート君じゃないか。そうか。入る気になってくれたか?」
「は、はい」
「うんうん。嬉しいよ。歓迎する」




