湧き上がる衝動がもたらす果てしない無限ループ
いつもの時間、いつもの聞き慣れたベルが鳴り響きます。ただそれだけで口の中にとめどなく唾液が溢れてくるのを感じます。意識せずとも、私の元へ運ばれてきたであろうアレが頭の中に鮮明な像を結び、心の内に眠っていた獣が目を醒ましてしまいます。ああ、まるで愚かなパブロフの犬のようではありませんか。
私にアレを差し出す彼の顔も、まるで葛藤する心を見透かして、嘲るような笑みを浮かべているような気がして、目を合わすことすらままならないのです。彼は、あくまでも自分の職務を果たしているだけで、全て馬鹿げた被害妄想に過ぎないと分かってはいるのですが……。
私が今から行う行為……それは食事というには、あまりにも病的で退廃的で冒涜的なものです。私の理性はその野蛮で愚昧な行いを忌み嫌い、否定しているのです。ですがひとたび視界にアレが晒された瞬間、ちっぽけな倫理観なんて粉々に砕け散ってしまいます。
ひたすら咀嚼を繰り返す間、味も匂いも一切感じません……ただ欲望に従い、貪り喰らうだけの生き物になり果ててしまうのです……。
全てが終わり、ようやく私は理性と正気を取り戻します。そしてまた押し寄せる後悔と焦燥の波に飲まれてしまいます。
結局、いつも通り震える手でペンを握り、一通の手紙を認めることにしました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
拝啓
残暑お伺い申し上げます。初秋の候、ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。
本日は一つ大事な提案のためにペンを執りました。そろそろ、この不毛な手紙のやり取りに終止符を打つべきではないでしょうか?
たとえ可食紙にフードインクを使用しているとはいえ、消化に良いはずはありませんし、無味乾燥な便箋と封筒を食べる行為は、とてもまともな動物の食事とみなすことはできません。絶対に牧草の方が何倍も美味しいはずです。
私はお姉様が手紙をお送りにならなければ、決してこちらから差し上げることはないと誓います。
どうか、今回こそ、この便りが最後になることを願います。
酷暑の折、夏バテなどなさいませんよう、くれぐれもご自愛ください。
敬具
令和三年 晩夏
八木 白乃
八木黒乃様