例エ 生マレ変ワッテモ
誤字・脱字、設定のミスはご了承ください。
―追ってくる。追ってくる追ってくる追ってくる。
―アイツが、やってくる。
―何度も。何度も何度も何度も。
―逃げないと。逃げないと逃げないと逃げないと。
―でも、どこへ?
* * * * *
突然だけど、前世の記憶ってどう思う?
特にラノベとかでよくあるようなアレ。
なんか前世の知識を活用して、いろいろチートしていくっていう。
そして、ハーレムやら何やらでハッピーエンド、的な。
でも現実はそんなに甘くない。
前世の記憶があるってことは、一度は死んだ記憶があるってことだ。
老衰とかならいい。
そういうゆるやかな死なら。
でも、それが凄惨な死だったら?
それこそ殺人鬼に殺された最後だったら、悪夢だ。
お察しの通り、私が見事その事例に当てはまる。
私は前世、ストーカーに悩まされていた。
外を出るときは友人などと一緒にいるようにしたし、警察にも相談した。
でも、終わらない。終わる兆しが見えることすらいっさいなかった。
よくわからない男に四六時中つけ回されるのは本当に恐怖だ。
毎日が疑心暗鬼の連続で。
体調も良くなかったし、それ以上に精神的な疲労がとどまることを知らなかった。
そんな日々が永遠と続いて―。
そして、最後にはストーカー男に刺されて死んだ。
本当にあっけない最後だった。
だけど、同時にこれで終われるという安堵があった。
そう。終われるはずだった。
こんな形で続くなんて、誰が想像できただろう。
そこからまたしても地獄が始まった。
だって、あのときの恐怖はいつまで経っても消えない。
何度も何度も繰り返し夢に見るほどに。
そして、もう一つ、私を恐怖のどん底に陥れている原因は―
あのストーカー男が私と同じく転生している可能性だった。
私に起きたことがあの男にも起きないなんて誰が言える?
しかも最悪なことに、もしあの男が転生していても顔が変わっているからわからない。
そのことがいっそう私を恐怖させていた。
本当に神様は残酷で、世界は私に優しくない。
私が転生した先は、いいとこのお嬢様で大きな家にたくさんの使用人がいた。
つまりは私のお世話をする人もたくさんいた。
小さい頃はまだ言葉もしゃべれなかったし、ただ恐怖で身をすくませながら必死に耐えていた。
しかし、少し大きくなって自分で意思表示ができるようになると、私の異常性は顕著になった。
誰にもなつかない。
誰かが近づくと恐怖で顔を強ばらせ、ひどいときは錯乱することさえある。
例え相手が実の親であっても。
医者に見せられたこともあった。
けど、何の解決にもならない。
当たり前だ。心の問題なのだから。
あまりのことに母は寝込んでしまい、それ以来家族は私を空気として扱うこととした。
寂しくないと言えば嘘になる。
だけど、もう誰にも怯えなくていいと思うとほっとした。
* * * * *
月日が経ち、私は16歳となった。
この世界の基準で言えば、そろそろ結婚とは言わずとも婚約ぐらいはしておくべき年齢だ。
にも相変わらず、私は誰とも関わらない日々が続いていた。
こんな一生がずっと続けばいい。
そう思っていた。
だけどある日、父が私に婚約話を持ってきた。
私としては断りたい限りだったが、一応つきあいとして参加しなければならないらしい。
私は仕方なく、顔合わせだけでも受けることにした。
お見合いの当日。
私は久しぶりにメイド達に手入れされていた。
本当は誰にも触れて欲しくないけど、ここで文句は言えない。
そうしてできあがった私は思わずため息が漏れてしまいそうなほど、きれいに磨かれていた。
父にエスコートされてお見合いの場所に着くと、私と同じくらいの男の子がいた。
綺麗な金髪に青い瞳の子だ。
しばらくボケッと彼を見ていると、私の視線に気がついた彼が私に近づいてきた。
本当に整った顔立ちをしている。
「あなたがフローリア・イアベス嬢ですか?」
フローリア・イアベスというのは、私の今生での名前だ。
「はい。では、あなたがシリウス・ハンバート様ですね」
いくら顔が整っていようが、私の中の恐怖心はなんら変わりない。
しかし、他家の前だ。
震えそうになる声を抑えながら、言葉を紡ぐ。
「堅苦しくならなくても構いませんよ。僕のことはどうぞシリウス、と」
「恐れ多いことですわ。でしたら、私のことも遠慮なく名前でお呼びになってください」
「ではそうさしてもらいましょう。フローリア」
そう言ってはにかむ彼は、私には少し輝いて見えた。
結果として、私とシリウスの婚約は成り立った。
私も彼なら大丈夫かな、という気持ちがあったし、家同士の利害からも一致していた。
さらに言えば、私も16で、生涯家族に養ってもらうわけにもいかず、そろそろ結婚を視野に入れなければいけなかった。
しかし、いくら理由を並べたところで私の恐怖は薄れない。
* * * * *
「フローリアは花が好きなのかい?」
婚約が成り立ってから一年が過ぎ、私たちは17歳になった頃。
シリウスが私に聞いてきた。
「?いいえ。別に好きでも嫌いでもありませんね。突然なんですか」
不思議に思いながらも彼の質問に答える。
「いや、フローリアはいつも一人で庭にいることが多いだろう?だから花が好きなのかなと思って」
「ああ、なるほど。しかし、庭に出ていたのは花が好きだからなのではなく、単にやることがないからですよ」
「ふーん」
どこか思うところがあるように彼が相づちを打つ。
しかし、彼に言ったことは本当だ。
実際、人間不信になった私は誰かと遊ぶ、という選択肢がない。
よって、勉強をするか本を読むかあとは庭に出てボーッとする以外にやることがないのだ。
「やることがないってことは、ヒマってこと?」
「まぁ、そういうことになりますね」
私の答えに彼は少し思案した後、こう言った。
「じゃあ、今度どっか行こうよ」
「は?」
いきなりのことに思わず淑女あるまじき声が出る。
しかし、彼はそんな私に気にすることなく、決まりだね、と満足そうにうなずいた。
* * * * *
数日後。
シリウスは恐ろしい速さで私の両親に話をつけたため、こんなにも速く出かけることとなった。
両親は目の上のたんこぶである私を引き受けてくれたシリウスに甘い。
大抵のことはなんだって首を縦に振る。
馬車に揺れること数時間後―。
シリウスが連れてきてくれたのは、綺麗な花々が咲き誇る湖のほとりだった。
花に興味がない私ですら感動してしまうほどの美しい景色だ。
「本当に綺麗な場所ですね」
「あぁ、知り合いに聞いてね。思わずため息が出るほどの美しい景色だから、一度来てみるといいと言われた。満足してくれたかな」
「はい」
その知り合いとやらの言葉がまったく誇張ではない。
そう思えるほどに綺麗だった。
なので、素直にうなづく。
その様子をシリウスは嬉しげに見つめていた。
そのあと、湖のほとりを散策した。
そこにはたくさんの花や生き物たちがいて、久しぶりに頬が綻ぶ。
前世で見た懐かしいものもたくさんあった。
しかし、時間というのはあっという間で気がついたら夕方になっていた。
「そろそろ帰ろうか。君の家族が心配する」
「そうですね。名残惜しいですが、帰りましょう」
その時だった。
一日中動いていたせいで疲れていたのだろうか。
私は小石につまづいてつんのめった。
それに気付いたシリウスが私を抱き留めて―
―私はシリウスを突き飛ばした。
突き飛ばされてしりもちをついたシリウスがびっくりしたような顔をする。
やってしまった、という思いが私の胸を支配する。
とっさに、恐怖のままにやってしまった、と。
今までお互いうまくやってこれたのに。
少しは大丈夫になったと思っていたのに。
全部、これでおしまいだ。
後悔というどうしようもない感情に、私はその場から逃げだそうとした。
だけど―
―そんな私の手をシリウスはつかんで言った。
「待って」
とっさに振りはなそうとする。だけど、女と男という力の差があるため、それは叶わない。
むしろより強く腕をつかまれる。
やめて。もう誰とも関わりたくない。
もう二度とあんな恐怖を味わいたくない。
そう思いながらも、私はおそるおそる振り返った。
しかし―。
シリウスは、振り返った私を引き寄せて抱きしめた。
一瞬何が起こっているのかわからなかった。
ワンテンポ遅れてその事実に気付く。
「大丈夫だから」
低く柔らかく確かに強い声。
あたたかなその声が、私の中にするりと入ってくる。
そうして、何度も何度も大丈夫、大丈夫と言いながら、警戒する小動物をなだめるように私の背中を優しくさする。
最初は抵抗していた私だったけど、途中からはされるがままになっていた。
うるさかった心臓の音が徐々に間をあけていく。
落ち着いた私を見て、シリウスが私と目線を合わせながら聞く。
「もう、大丈夫?」
色々といっぱいいっぱいになっていた私は、コクンとうなづく。
その様子を見たシリウスはほっと笑う。
「なら、よかった」
そう言って、また私の頭をなでると、先ほどの柔らかい笑顔とは一転して厳しい表情になる。
「ずっと不思議だったんだ。何が君をそこまで追い詰めているの?」
すっと背筋が強ばる。
あぁ、そのことを聞くんだ。
そうしたらもう、あなたは私と一緒にはいてくれなくなるのに。
だけど、私の考えを見透かしたようにシリウスは、
「大丈夫。なにがあっても君のことは置いてかないと約束するよ」
そう言った。
「…本、当…?」
「あぁ、本当だよ」
その言葉に私はどれほど救われただろうか。
あれほど人と関わりたくないと言いながら、私はもうシリウスにほだされきっていた。
私は泣いた。シリウスの胸にすがって。
泣いて泣いて泣いて、泣きながら全部のことを話した。
前世で起きたことのすべてを。
前世なんて突飛な話、信じてくれないかもしれない。
でも、それでも良かった。
シリウスは、私の要領を得ない言葉を全部聞いてくれたあと、
「信じるよ」
そう言ってくれた。
あたたかな感情が私の胸にあふれ出す。
そして、私の涙をぬぐうと―
「フローリア」
呼ばれた声に顔を上げると、
ふわりとわずかな風とともにシリウスの顔が近づいてきて―
―夕日の照らす湖のほとりで、私とシリウスは唇を重ねた。
* * * * *
数年が経ち、私とシリウスは結婚した。
あれ以来、前世の夢を見ることもなくなった。
完全に恐怖がなくなったわけじゃないけど、前よりはずっとマシになった。
そのおかげで、家族とも関係を改善できたし、友達もたくさんできた。
どれもこれも、すべてシリウスがいてくれたからこそだ。
そして、来年の春頃には新たに家族も増える。
「…よいしょっと」
仕事の書類をシリウスの書斎の机に置く。
妻が夫の仕事を手伝うことは少ないらしいけど、私は少しでもシリウスの力になりたくてやっている。
とはいえ、お腹の中に子供がいるとわかったときからは仕事の量は減らされているが。
「ふふ。本当に過保護な旦那様だこと」
相変わらずの愛情を惜しみなく注いでくれるシリウスに思わず笑みがこぼれる。
「さて、片付けなきゃ。…って、ん?」
書類を片付けようとしたとき、シリウスの机の引き出しが閉まりきっていないことに気付く。
どうやら、何かがはさまっているようだ。
「紙でもはさまっているのかしら」
そう言いながら、ごそごそとひきだしを開けようとする。
えいっ、とかけ声をかけながら、はさまっていたらしい紙を何度も引っ張るとなんとか引き抜くことに成功した。
しかし、それと同時に中にしまってあったものがいくつか散乱する。
「はぁ、ついてないわね」
ため息をつきながら、散らばったものをかき集めていたとき、一つのノートが目についた。
少し古ぼけたノートだ。
「何かしら、これ。仕事用じゃないわよね。…んーと、Diary…日記?」
表紙に小さくDiaryと書かれた日記らしきノートを手に取る。
そして、なんの気なしにパラパラとめくる。
「シリウスのかしら。日記書いているなんて聞いたことなかったけど」
小さい頃から書いているように見受けられるが、それにしても幼い頃から達筆だ。
それに日記といっても、日付も飛び飛びで何日も書いてないかと思えば、連続で書かれている日もある。
そのとき、一つの文章が目に入った。
「…っ、なにこれ」
そこには―
○月×日 晴れ
今日、転んだ拍子に前世の記憶とやらを思い出した。
なんだか不思議な気分だ。僕はシリウスであるはずなのに、✕✕としての記憶もある。
でも、人格的には✕✕に引っ張られている気がする。
○月×日 晴れのち曇り
前世を思い出してから一週間が経った。
人格は完全に前世の「僕」だ。シリウスの記憶もあるけど、それ以上に「僕」がある。
それとともに、前世の記憶も鮮明になってきた。
前世で好きだったあの人はいまどうしているだろうか。
○月×日 雨
父上が、婚約話を持ってきた。
相手はイアベス家のフローリアという僕と同じ歳の娘だ。
一応受けるけど、断るつもりでいる。僕には前世のあの人がいるのだから。
○月×日 晴れ
今日はお見合い当日。
ずっと憂鬱だったけど、彼女に会った瞬間そんなものは吹っ飛んでしまった!
そう、彼女だったんだ!
前世で好きだったあの人。前は恥ずかしくて遠くから見ていることしかできなかった。
最後は僕の気持ちを伝えたとき、応えてくれなくて思わず殺しちゃったけど、今ならわかる。
きっと彼女もいきなりのことに恥ずかしかったんだ。
だから、今生は受け入れてくれるよね。
カタン、と音がして私の手からノートが滑り落ちる。
そして―
「フローリア」
大好きだったはずの旦那様の声がした―。
普通の恋愛ものを書こうと思ったんです。
だけど、なぜかバッドエンドになりました。
皆さん、どうやってラブラブカップルを書いているんですか?
そもそも、恋人いない歴=年齢なのに、恋愛小説なんて書けるんですか?
誰か教えてください!(涙)