自覚
今日は天気が良いので、未唯ちゃんと中庭でお弁当を食べることにした。
篠原未唯ちゃんは、幼馴染みで家が近所でもあるので物心ついた頃からの付き合いだ。ふわふわしたセミロングの髪は少し茶色味がかっていて、猫の毛のような柔らかさでとても綺麗だと思う。一見すると大人しそうなイメージだけど、そうじゃないのを私は知っている。
同じく幼馴染の、遠野岳と一緒によく遊んでいて、それは今も続いている。親同士も仲が良いからだと思う。それにしても、高校までみんな同じ所に行くとは思いもしていなかったけれど…。腐れ縁?なんてね。
少ないベンチは先客がいる事が多いので、ビニールシートを持参している。木陰の場所が空いていたので、素早く陣取って二人でラッキーだと笑いあった。
光ごしの新緑の葉が、美しい。木漏れ日が地面に点々と落ちている。
ただそんな雰囲気に相応しくないものが、目の前にある。未唯ちゃんのお弁当だ。彼女自らが作っているそれは、一般的な女子高生のお弁当と一線を画している。アートだと言い張る彼女のお弁当はぱっと見真っ黒、今日はギザギザの歯に血が絡み付いた化物の頭部がクローズアップされていた。設定は動物を襲った後の口まわりで、残骸らしき毛までリアルに再現されている。
まぁ、これが教室でお弁当を食べない理由だったりするのだが。毎日のお弁当の画像をポストする彼女のSNSのアカウントには、コアなファンが結構な数いたりするから、不思議なものだ。
味は美味しいらしく、ニコニコ顔で化け物を食べる未唯ちゃん。そんな光景にも幼馴染である私は慣れたもの。ただ、同じ幼馴染でも岳は苦手らしく、お昼休みには絶対近づいて来ない。
友達と二人並んで目の前を通る、水嶋君とふと目が合う。だけど彼は恥ずかしそうにスッと目を逸らした。その後ろ姿をずっと目で追っていたら、未唯ちゃんが首を傾げた。
「最近、ひぃちゃん水嶋君見てるね」
未唯ちゃんは、私の事をひぃちゃんと呼ぶ。それこそ覚えてない程前からずっとだ。
「何か、目で追っちゃうんだよね」
お弁当の中身に目を移しながら、私は答える。卵焼きは後にとっておこう。
「それって、好きって事じゃないの?」
…………好き。好き!?その言葉が自分の中に入って来て、脳で処理されるまで、数秒かかってしまった。
「え?」
「えって、え?他に理由ってある?」
「だけど、見たいって思ってるだけだよ?」
出来る事なら、描かせて頂きたい。…断られたから無理だけど。
「見たいだけ?出来たら触りたい?」
彼の腕や筋張った手や指などを思い浮かべる。触りたいかと聞かれたら…。
「描きたいのが先だけど…出来たら触りたい…ね」
「多分、それは好きだって事だと思うよ?」
「そうなの?」
「…じゃあ例えば、がっ君を触りたいとか思う?」
「足を踏んづけてやりたいとか、背中を蹴ってやりたいとかは、よく思うけど。触りたいとは思わないかな。まぁ触ろうと思えば、いつでも触れるから」
こめかみをグリグリしてやりたいと思うのは、触りたいとは別の感情だと思う。
「まぁ、私もたまに鳩尾を殴ってやりたいとか思うけど…」
未唯ちゃんも言うなぁ…。
「それは置いておいて。だから、どうでも良い男には、そんなもんよ。」
…何気に岳に対して酷い良い様だけど、今はそんな事より…。
「逆に言えば、どうでも良くないから、そう思うんだよ」
どうでも良くない…?
「…だって、理由がないもの」
私は動揺を悟られない様に、視線を落とす。
「人を好きになるのは理屈じゃないよ?」
そうなんだろうか?
「そもそも描きたいって思ってるって事は、興味があるって事じゃないの?」
私が描きたいと思うものって何だっけ?大抵、美しいものだったり、好きなものだったり…。
「…あ」
そういえば、彼の背中が綺麗だと思ったのでは無かったか。
「この前の花の絵はどうして描いたの?」
綺麗だと思った。水滴を弾く花弁の色も、その輪郭も、散る間際の儚い様子さえも。
「苦しくなるくらい、好きじゃないよ?」
だから恋ではないのでは?と必死に言い訳を考えてみても、思考の結果は恋かも知れないと出てしまう。
「好きにも、段階があるんだと思うよ?」
「段階?」
「恋が穴だったなら、片足突っ込んだくらいかな?先に進むと、穴も深くなるし、容易に抜け出せなくなって苦しくなる…」
「ちょっと怖いな…」
観察した結果、彼は人が通る時にさりげなく譲ってあげたり、そういう当たり前の事を当たり前に出来る人だと思った。見ていて気付くのは、この人は優しい人だという事。その優しさを向けられてる人に対して、良いなぁって思う。
この間一緒に帰った時も、話しやすくて好感が持てた。自覚してしまったら、私はどうなってしまうのだろう?
片足突っ込んでしまった穴は、また深さを増していくのだろうか…。
お久しぶりです。遅くなってしまいました。
あなたが楽しんでくれます様に☆