形勢逆転
六月に入り、水泳の授業が始まった。男どもは浮き足立つ。水泳の授業って、数少ない共学の良い所だと思う。
「描かせて?」
今日もジッと見られている。美少女なだけに、目力がハンパない。僕は彼女の瞳を直視出来なくて目を逸らす。白い胸元が目に入って、更に目を逸らした。
「…遠慮させて頂きます」
アレは獲物を狙う猛禽類の目だった。そうすると僕はネズミあたりだろうか…。
「残念」
普通、水泳と言えば立場が逆じゃないかな?僕の方がじっくり見たいんだけど?見返すと視線が合うから、じっくり見られないんだよね。
ただ、足は綺麗だったかな…、胸もそこそこあった気がするって、しっかり見てるじゃないか、自分!と自分に心の中で突っ込む。文化部だからなのか、日に焼けていない肌は白くて、見てはいけないものを見てしまった気分になる。
話をする様になってから、君は僕の中で気になる存在になってしまっている。なのに、君ときたら、相変わらずで…。変な関係だなと思い、溜息をついた。
「モテてるね」
ニヤニヤ笑いながら、友達の五十嵐瑠偉が言う。同じ水泳部に所属している彼に、どうやら、さっきのやり取りを見られていたらしい。
「モテてるって感じじゃないんだけど。狙われてる的な?」
主に被写体として。ネズミの気分。
「可愛いから良いじゃん。捕まえてもらえば?」
「捕まえてもらうって、何かヤダな…」
「え、嫌なワケ?タイプじゃなかったり?」
贅沢なやつだなぁと瑠偉は呆れ顔だ。
「嫌じゃないんだけど…、むしろタイプなんだけど。なんかモヤモヤするんだよね。何でだろう?」
それは前から感じていた、居心地の悪さみたいな…。どうも言葉にうまく出来ない。
「う〜ん、それは航が追う側じゃなくて、追われる側だからじゃないのか?そもそも、そういう状況に慣れてないんだろ?」
何故かストンと腑に落ちた。そうかも知れないと。
「逆になれば良いんじゃないの?」
「…逆か。良いかも知れない。」
そっか、そんな簡単な事だったんだ。自分の口角が上がるのが分かった。
僕にも男としての意地がある。
捕食されるのをただ待つなんて、嫌だ。どうせなら、僕から捕まえに行きたい。やっぱり、追われるよりは、追いたいんだよね。
だから君が悪いんだ。僕に興味なんか持つから。
たとえ、君が被写体としての僕にしか、興味を持っていなかったとしても。
「追ってみるか…」
状況は何一つ変わっていないんだけど、立場が形成逆転するだけで、こんなにスッキリした気分になるなんて。
「…お前ってさ、意外と肉食系?見た目凄く草食そうなのに」
瑠偉は意外そうに、目を瞬く。
「草食系の男なんて、それ程数居ないと思う。潜在的な狩猟本能って、誰にでもあるんじゃない?」
「うん、まぁ、そうかもな…。特に男はな」
「狩猟、行くんだ?」
「行くよ」
この手で捕まえないと意味が無い。無理だって、諦めがつくまでは、諦めない。
「遠野クラスの男なら、黙ってても寄ってくるんだろうけどさ。俺たちみたいなのは、自ら行かないとな!」
「…そうだね」
瑠偉が例えに出した遠野岳君は、二年の中でイケメンで有名な人物だ。僕は一組、彼は三組なのでクラスは別れてしまったが、一年の時は一緒のクラスだった。サッカー部のエースで、顔も頭も良いとくれば、女子たちが放っておくはずがない。
「そう言えば遠野さ、二組の渋沢真子と付き合ってるらしいね」
渋沢真子は、クラスの中心にいる様な明るい性格の女子。顔も可愛い系だったと思う。
「え、前は別の子じゃなかったっけ?」
いつの話だよ?と瑠偉は呆れ顔で僕を見る。誰と誰が付き合ってるとか、興味無いから知らんわ!
「サッカー部のエースはモテるよなぁ…。あれこそ真の肉食系」
「よくそんな情報知ってるな…」
「一応、情報としては大事だろ?誰が誰と付き合ってるとかさ。知らずに告白したら、痛いじゃん。」
「まぁ、確かに…」
「情報通の瑠偉様と呼んでも良いぞ?」
ニヤニヤと笑って、自己アピールを忘れない。
「じゃあ、瑠偉様教えてください!」
ここは乗っかっておく。彼女の情報が知りたかった。
「高崎さんは、フリーだよ。今のところは」
「今のところ?」
「二組の津田が狙ってたケド、そろそろ諦めるんじゃないかって噂」
「マジで?何で?」
「さぁ?そこまでは知らないよ」
「何だ、役に立たないな。情報通なんじゃないの?」
「お前なぁ…。情報がタダだと思うなよ?」
「何?金取るつもり?」
「ガリ◯リ君で手を打とう」
「ちゃっかりしてるな」
帰りにコンビニで買う約束をさせられる。男同士で指切りなんて、気持ち悪いんだけど?
ジト目で奴を見ても、瑠偉ははどこ吹く風だ。
部活帰りのコンビニで、もちろんキッチリ奢らされた。その代わり、毎度あり!と笑顔で瑠偉は情報を話し出す。
「…噂だと、高崎さんって可愛いけど、取っ付きにくい性格なんだってさ。それで何人も諦めてるらしい。無視されたって男も、いるらしいし」
何故かその噂に違和感を感じた。
「そう?割と話しやすいけど…」
「そうなの?じゃあ、脈アリなんじゃない?」
ニヤニヤしながら瑠偉はガリ○リ君を齧る。僕も袋を開けた。
「あ、当たりだ!」
半分ぐらい食べ終えたところで、気が付いた。
「マジで?幸先良いじゃん!」
良いことあるかな?なんて気分が上がる。
「誕生日とか趣味とか知りたい場合は、追加料金で」
瑠偉が手を差し出したので、パチンと叩いておいた。
「…痛い」
「自分で聞くからいい」
全部人に頼るのもなぁなんて、強がってみたけど、本当は知りたかった。決してケチったわけではない。ホントだよ?
「あっそ。健闘を祈る」
部活と気温で熱った身体に、アイスの冷たさが心地いい。
だけど、駅までの道を瑠偉と歩きながら2本目のアイスを齧っても、不思議と心は冷静になれないままだった。
お読み頂きありがとうございます。
本当にぼちぼち書いてます。悪しからず。(笑)
ではまた☆あなたが楽しんでくれていますように♪