妹など、断じて好きじゃない。
俺は断じて、妹なんて好きじゃない。
妹なんてモノが可愛いのは2次元だけだ。
現実世界での妹など、可愛さのかけらもない。
例えば、ひと昔からの王道中の王道。ツンデレ系妹。
『お兄ちゃんなんて好きじゃないんだからねっ!』とか言いながら、何か困った事があると、『やっぱりお兄ちゃんが1番頼りになる。お兄ちゃん大好き』とか言ってくる。
こんなのは兄を都合の良い道具としか思っていない証拠だ。
あれは、2次元の可愛らしいキャラクターデザインをしてくれるイラストレーター様と、可愛らしい声を当ててくれる声優様がいるからこそ許されるのだ。
現実の妹など、基本的にはサボテンかよってくらいにツンツンしてるのがデフォルトだ。
見てみろ、俺の妹を。
朝から玄関で俺の顔を見るなり、途端に、
「ジロジロ見てこないでよ、気持ち悪い」
とか言ってくる。
その目には侮蔑の感情しかない。久しぶりの実家に帰ってきた兄に対する態度がこれとはいかがなものだろうか。尊敬などまるで皆無だ。
そして、さらに少し近づこうものなら
「ちょっと待って、お兄ちゃんなんか臭う」
とか言う。
そんなに勢いよく遠ざかるな!鼻をつまむな!
流石は現実の妹だ。容赦がない。
「ちょっと近づかないで。臭う」
「臭うとか言うな。傷つくだろうが」
「だって臭うんだもん。昨日お風呂入った?」
「入ったし」
「加齢臭?」
「加齢臭って歳じゃねーわ、そろそろ泣くぞ?」
「泣いたら動画撮ってSNSに上げよー」
「やめろし」
最近の女子高生はすぐ動画撮るし、すぐSNSに上げるから本当に怖い。
別に気にしてはいないが、取り敢えずフ●ブリーズしておくとしよう。
こんな舐めくさった態度の妹だが、一応妹を極めてはいるので、王道『ツンデレ』のデレの部分もちゃんと持ち合わせている。
今朝も俺の作った朝食を見て、
「ねえ、卵焼き甘いやつ?」
「甘いやつ」
「やった!さっすがお兄ちゃん。愛してる!」
とか、それは花が綻ぶような笑顔で言ってきやがる。
卵焼きくらいでそんな笑顔見せんなよ。そもそも、お前が好きだとかいうから甘い卵焼きにしただけで、俺はしょっぱい派だ。
こんなに単純では変な奴に捕まるんじゃないかと、一々心配しなくてはならないじゃないか。
別に可愛いから心配しているわけじゃない。断じて。妹を心配するのは兄としての義務だ。
俺はそう簡単に絆されない。俺は卵焼きのように甘くはない。
あと、愛してるとか簡単にいうなよ、女子高生。最近の女子高生は愛が軽すぎるぞ。
まだ他にもある。 例えば、甘えん坊系妹。
『お兄ちゃん、出来ないのー。やって?』とか事あるごとに甘えてくる系の妹。
何でも言われるがまま、手を貸していてはとんでもないわがまま娘が出来上がる。それがいずれ、家を出てよそ様に嫁ぐ事を考えると大変危険だ。
製造元として責任が取れないのなら、甘やかすべからず!
ああいう妹は、2次元だから素直で純粋なまま育っているにすぎないのだ。
見てみろ、俺の妹を。
ソファでスマホいじりながら、隣に座る兄に話しかけてくる。
「お兄ちゃん、今日休みでしょ?」
「休みだが?」
「駅まで送ってー」
それが人にものを頼む態度かよ。せめてこっち見ろよ。一瞬で良いからスマホから目を離せ。よくわからん気持ち悪い猫を育てんじゃねーよ。
舐め腐ってる。兄を都合の良い道具としか見ていない。
何が悲しくて妹のためにわざわざ車を出さなきゃならんのだ。休日は休む日なんだよ。
たまには家事とか休みたいから実家に帰ってきてるんだよ。
「やだよ、甘えんな」
「ねえ、お願い。今日雨じゃん?新しいカーディガン濡らしたくないのー」
「濡らしたくないなら古い方着ろよ」
「今日着たいの!」
「じゃあ、カッパでもかぶってけ」
「カッパとかダサいじゃん!」
少しは折れろ。何か妥協しろ。全部思い通りになると思うな。
後、勝手に人の足の上に寝転がるな。
普通逆だろ。膝枕される側じゃなくする側だろお前。いや、妹に膝枕されたいとかは別に思ってないけどな?
「重い」
「重くないし、45キロだし」
「え、軽っ…」
こいつの身長で45キロは軽すぎる。もう少し食事の量は増やすように母さんに言っておこう。
「…なんだよ。そんな見つめても絶対送らないからな」
「お兄ちゃん。これさ、膝枕とか言うけど、実質もも枕だよね?膝に頭乗せたら絶対硬いよね?」
「…確かに」
「まあ、いいや。ねえー、お兄ちゃーん。膝枕されてあげたんだから送ってよー?」
「…何だよ『されてあげた』って」
「え?膝枕して欲しいの?」
「していらん」
「膝枕いらないの?じゃあ、おっぱい触る?」
俺は思わず顔をしかめた。
ほんと、最近の女子高生の貞操観念の緩さは看過できん。この国の未来が不安になる。
「そんな凹んだ乳を触るくらいなら自分の乳触るわ」
「凹んでないし!」
「胸は俺の方がある説」
「うるさい、筋トレオタク」
「はいはい。もういいからサッサと行け。遅刻するぞ?」
「あ、やば!?おにいちゃーん」
「いーやーだー」
「おーねーがーい!」
「こら、抱きついてくんな」
「おねがいー!遅刻しちゃうよー」
しつこい。しつこいので仕方がない。
「…ったく。40秒で支度しな!」
「やった!お兄ちゃん愛してる!」
別に、服引っ張りながら上目遣いで甘えてくるのが可愛いからとか、じゃれて抱きついてくるのが可愛いとかそういう事ではない。
あまりにもしつこいから、こちらが折れてやったのだ。
これは兄の優しさだ。
それに雨だと薄暗いし、いつもより交通量多いし、濡れて風邪をひかれても困るだけ。
他意はない。
あと、愛してるとか簡単に言うな。ほんと軽い。軽すぎて信用ならない。
妹が現実だと可愛くない事例はまだまだあるぞ。例えば、ドジっ子系妹。
あれはダメだ。料理を一緒にしようものなら『痛っ!お兄ちゃん、指切っちゃた…』とか潤んだ目で見てくる。上目遣いだと尚悪い。
そういう時の2次元の兄は、『もう全部お兄ちゃんに任せなさい』とか言い始める。
あれは本当にダメだ。ダメな女製造機だ。
いや、今の時代は男も料理をするから、別に出来なくても問題はないのだが、かといって苦手な事にチャレンジしようとした妹の意思を無視して、俺に任せとけ発言はいただけない。
そこは兄として、絆創膏を貼りながら、『一緒に頑張ろう』と成長しようとする妹の背中を押してやるのが正解だ。
この時、間違えても指を舐めるみたいな、少女漫画のヒーローがやりそうなことをしてはいけない。
あれは、傷口からばい菌が入るから、ほんとやめなさい。イケメンだろうと許されない行為だ。
この点に関してみれば、俺の妹は優秀だ。
見ろ、俺の妹を。
車に乗り込んで早々に、ゲーム機を差し出してきて、
「はい」
「なんだこれ」
「ゲーム」
「見ればわかる」
「ミニゲームでポイント集めといて。ストーリーの方はやるから」
「なんで俺が?」
「私、ゲーム苦手なの」
「じゃあ、なんで買ったんだよ」
「ストーリー読みたくて」
「自分でやれよ。何が悲しくておっさんが乙女ゲーやらねばならんのだ」
「お兄ちゃん、ゲーム全般得意じゃん?私は乙女ゲーの選択肢だけはミスらないじゃん?分業制だよ。効率重視で行こう!」
とか、何か上手いこと言ってくる。
そもそも、自分でクリアする気などさらさらない。
チャレンジする気もない。故にドジも踏まない。
そう、自分でできる範囲がわかっているから、ドジを踏む事もないのだ。実に優秀だ。
あと、ゲームはちゃんと自分でバイトしたお金で購入している点はポイントが高い。
集る系妹でなくて良かったと心底思う。
しかしながら、現実の妹は本当に兄に対する敬意などカケラも持ち合わせていない。
何が悲しくて『妹が複数人の血の繋がらない兄を攻略するという乙女ゲーム』などやらねばならんのだ。せめて逆にしてほしい。
いや、それはそれで妹がいる身としてはやりづらい気もするが。
大体、こんな逆ハーレムが現実にあれば、家庭の中でド修羅場じゃないか。
家庭内に不和を持ち込む義妹など、俺は断じて認めない。
血の繋がらない妹で思い出したが、アレは最悪だ。良くある義理系の妹。
例えば、両親の再婚とかで、ある日突然兄妹になるやつ。
定番の展開では、義理だからと安易に恋愛関係に発展するが、そんなもの現実にはほぼあり得ない。
例えば、我が家のように妙齢の子どもを持つ親が、自分の子どもとは異なる性別の子がいる相手と再婚するなんてケースもそうそうないだろう。
もちろん息子としても親の恋は応援したいと思っている。親だって恋愛するのは自由だ。
だから、当時卒業を控えた大学生だった俺は、親の再婚を機に家を出た。
そしたら、何故か義妹が「一緒に住みたい」と泣きついてきた。
なぜだ。16才の花の女子高生にとって22の大学生とかオッサンだろ?義妹が嫌がるだろうと思って家を出ると言ったのに、何故そんなオッサンを引き止める?
理由はわからんが、俺は月に一度は実家に帰る事を約束して、なんとか俺は同居を回避した。
世の中の少女漫画の義兄諸君はその辺がなっていない。
息子としては親の恋愛を守るためにも、義妹と一線を越えるなどあってはならないのだ。いくら義妹が可愛かろうと、徹底的に線を引くべきだ。
よく聞きたまえ、二次元の義兄諸君。
いくら妹が攻めてこようとも断固として拒否しろ。拒絶しろ。決して絆されるな。
これは兄としてと言うより、人としての義務だ。
見ろ、俺を。
義妹だろうと毅然とした態度で接することができる。
「着いたぞ。駅」
「お兄ちゃん。今日の晩御飯何?」
「母さんに聞けよ」
「え、お義母さんが今日はお父さんとデートだって言ってたけど」
「まじかよ、聞いてねーよ」
「ついでだから朝帰りを勧めておいた」
「生々しいんだよ。余計なことすんな」
「ねえ、お兄ちゃん。今日の夜は二人きりだよ?」
「…だから何だよ」
義妹がシートベルトを外し、顔を近づけてくる。
そして、耳元で囁く。
「手、出しても良いよ?」
義妹は、若さゆえに周りが見えていない。
だから義兄に恋などするのだ。
こいつは一目惚れだと言うが、一目惚れされるほどの容姿ではないことなど俺が一番よく知っている。
もしかしたら、今はちょっと大人な男がよく見える年頃なのかもしれない。
今の義妹の目は少し曇っているのだ。
年齢を重ねれば、色んなものが見えてくるようになる。
例えば大学に進学したり、就職したりして、関わる人間が変わると、世界の見え方も変わる。そのうち、義兄の存在など気にも留めなくなる。
いつしか、義兄に恋をしていたことなど、ただの黒歴史となる。
俺は義妹が可愛い。幸せになって欲しいと思ってる。だから決して絆されない。
義妹がこんな血迷ったことを言うのは今だけだ。
だから俺は言う。
「義妹(お前)など断じて好きじゃない」
***
「晩飯食べたら俺は帰るからな!」
車を降りた私にお兄ちゃんが言う。
「じゃあ、ご飯前に既成事実作る」
「残念なのは胸囲だけにしとけ、阿呆」
「阿呆じゃないもん!成績は平均値だもん!」
「はいはい、わざとかと言うほど毎回中央値だもんな。帰り何時?」
「…また連絡する」
「ん。じゃあ気をつけてな」
「はぁい」
去っていくお兄ちゃんの車を見送り、私は駅のホームへと向かう。
お兄ちゃんは、帰りも迎えに来てなんて言ってないのに、当たり前のように帰宅予定の時間を聞いてくる。
私のために甘い卵焼きを作ってくれるし、私が夜中に会いたいと言えば、次の日の早朝には実家に帰ってきてくれる。
私のことを『好きじゃない』『好きにならない』と言うくせに、何だかんだと私に甘い。
そんな、優しくてずるい人。
そして、私がお兄ちゃんのことを好きなの知ってるくせに、知らない女の人の匂いをさせて帰ってくる、少し残酷な人。
「絶対落としてやる」
良い感じの女の人がいるのは知ってる。
でもまだ彼女じゃないらしいし、入り込む隙はあると思うの。
義兄だろうが関係ない。
好きなものは好きなんだからしょうがないじゃない。
絶対逃さないんだから。
若さ故に突っ走る系妹から、兄は逃げ切れることができるでしょうか?