表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

3分読み切り短編集

百年の恋

作者: 庵アルス

 百年の恋も冷める――――熱烈に傾けていた愛情が、スっと消える⋯⋯そんな瞬間があるだろう。

『私服がダサい』『食べ方が汚い』『店員に横柄な態度を取る』『過去の恋人の話を平気でする』などなど、例えは古今東西、多岐に渡る。

 そんな話題をテレビでやっていて、しかしふと疑問に思った。

「百年の恋が実る、とは言わないよね」

 私の、半ば独り言のそれに、母は「あー、そうねぇ」と読みかけの雑誌から顔を上げて返事をした。

「そもそも、百年の恋の元ネタってなんだろう」

 実在の人間が、百年もだれかを想い続けるのは不可能だ。どれだけおませさんな子供の恋だとしても、きっと寿命が尽きてしまう。

「あぁ⋯⋯なんだっけ、ほら、お墓に花が咲くやつ?」

「え、墓に花⋯⋯?」

「ほら、えぇっと、『月が綺麗ですね』の人の」

「夏目漱石の?  ⋯⋯あっ、『夢十夜』!」

「それ!」

 あー、すっきりしたー、と母は晴れやかな表情だが、急に謎解きをさせられた私は却ってモヤモヤしている。

「それっぽいけど、あれは恋が実る話ではなくない?」

「えー? じゃあ違うかぁ」

 なんだろうねぇ、と母はつぶやく。雑誌を閉じて、思ったより真剣に考える様子の後、

「百年の恋って云うくらいだから、百年以上前からあった言葉よねぇ」

 そんなことをのたまう。私は二の句が継げなかった。

 例えは例えであって、百年生きていようといまいと使う語句なのだが⋯⋯突っ込むべきかを迷った。

「上がったよー」

 そこに現れたのが、湯上りの父だった。対面式のキッチンにて、冷蔵庫から麦茶を出して飲んでいる。

「ねぇパパー、百年の恋ってさぁ、元ネタわかる?」

 母が顔を上げて問いかけた。それで伝わるわけがないと、私は一連の流れを説明した。

「あぁ⋯⋯、なんだっけ」

 父は冷蔵庫からチーズかまぼこを出して、麦茶と一緒に持って来ながらつぶやいた。

「え、知ってるの?」

「ほんとの宗教だったか原始宗教だったか⋯⋯人は死んだら百年後に生まれ変わるっていってね」

「⋯⋯あ、おばあちゃんから聞いたことあるかも」

 父の実家に行った折り、親族の法要が近く、祖母がそんなことを口にしていた覚えがある。その直前にテレビで、生まれ変わりの謎にまつわるオカルトな特集を見た私は、話半分以下に聞いてしまったのだが。

「百年待ってでも結ばれたい、そう想うほどの恋を、百年の恋って云う⋯⋯って言われたなー」

「おぉ」

 私は拍手した。これほどまでに、しっくりくる説明もないだろう。

「じゃあさ、パパは生まれ変わってもママと結ばれたい?」

「もちろ――――」

「ママはいやでーす」

 え、と私は驚き、父は慄いた。

「自分の分しかチーかま持ってこないパパはいやでーす」

 ツンと顎をそびやかす母に軽く謝って、父はいそいそと冷蔵庫にチーズかまぼこを取りに行った。

2020/10/09

生まれ変わるなら異世界がいい(違う)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ