百年の恋
百年の恋も冷める――――熱烈に傾けていた愛情が、スっと消える⋯⋯そんな瞬間があるだろう。
『私服がダサい』『食べ方が汚い』『店員に横柄な態度を取る』『過去の恋人の話を平気でする』などなど、例えは古今東西、多岐に渡る。
そんな話題をテレビでやっていて、しかしふと疑問に思った。
「百年の恋が実る、とは言わないよね」
私の、半ば独り言のそれに、母は「あー、そうねぇ」と読みかけの雑誌から顔を上げて返事をした。
「そもそも、百年の恋の元ネタってなんだろう」
実在の人間が、百年もだれかを想い続けるのは不可能だ。どれだけおませさんな子供の恋だとしても、きっと寿命が尽きてしまう。
「あぁ⋯⋯なんだっけ、ほら、お墓に花が咲くやつ?」
「え、墓に花⋯⋯?」
「ほら、えぇっと、『月が綺麗ですね』の人の」
「夏目漱石の? ⋯⋯あっ、『夢十夜』!」
「それ!」
あー、すっきりしたー、と母は晴れやかな表情だが、急に謎解きをさせられた私は却ってモヤモヤしている。
「それっぽいけど、あれは恋が実る話ではなくない?」
「えー? じゃあ違うかぁ」
なんだろうねぇ、と母はつぶやく。雑誌を閉じて、思ったより真剣に考える様子の後、
「百年の恋って云うくらいだから、百年以上前からあった言葉よねぇ」
そんなことをのたまう。私は二の句が継げなかった。
例えは例えであって、百年生きていようといまいと使う語句なのだが⋯⋯突っ込むべきかを迷った。
「上がったよー」
そこに現れたのが、湯上りの父だった。対面式のキッチンにて、冷蔵庫から麦茶を出して飲んでいる。
「ねぇパパー、百年の恋ってさぁ、元ネタわかる?」
母が顔を上げて問いかけた。それで伝わるわけがないと、私は一連の流れを説明した。
「あぁ⋯⋯、なんだっけ」
父は冷蔵庫からチーズかまぼこを出して、麦茶と一緒に持って来ながらつぶやいた。
「え、知ってるの?」
「ほんとの宗教だったか原始宗教だったか⋯⋯人は死んだら百年後に生まれ変わるっていってね」
「⋯⋯あ、おばあちゃんから聞いたことあるかも」
父の実家に行った折り、親族の法要が近く、祖母がそんなことを口にしていた覚えがある。その直前にテレビで、生まれ変わりの謎にまつわるオカルトな特集を見た私は、話半分以下に聞いてしまったのだが。
「百年待ってでも結ばれたい、そう想うほどの恋を、百年の恋って云う⋯⋯って言われたなー」
「おぉ」
私は拍手した。これほどまでに、しっくりくる説明もないだろう。
「じゃあさ、パパは生まれ変わってもママと結ばれたい?」
「もちろ――――」
「ママはいやでーす」
え、と私は驚き、父は慄いた。
「自分の分しかチーかま持ってこないパパはいやでーす」
ツンと顎をそびやかす母に軽く謝って、父はいそいそと冷蔵庫にチーズかまぼこを取りに行った。
2020/10/09
生まれ変わるなら異世界がいい(違う)