O.D.
何故泣いて居るの?と君が訊く。其れが分かれば泣いてなんか居ないと私は云う。意固地になって私は君から注がれていた視線を殺した。つまり私は恐れていた。このまま君と向き合う事さえしなければ君に棄てられる事は無いと思い込んでいた。失うのが怖いから手に入れようとしない、何ていうのは至極愚かな話で、生きる事を放棄するのと同義語であるが私の返事で頭をテーブルに突っ伏してしまった君は何処かリヴァー・フェニックスに似ていたし、後ろの棚に並ぶ写真の中こちらに笑いかける君の顔はジェームズ・ディーンにも似ていた。君はそう…何とも形容し難い儚さを纏っていた。直ぐにでもハリウッドのH字に登って行ってしまいそうな、そんな感じ。かと言って私の束縛を正当化する物は何処にもないが。気の遠くなるような沈黙が続いたが27時だと伝えるワインハウスの声で我に返った。ショッキングピンクの象は相も変わらず街を練り歩いているし、此処は13階だというのに絶え間なく窓をノックする音が聞こえる。隣人はいつだって般若心経を唱えて何かから身を守ろうとしているし、現に君はもうその形を留めていない。私は君の手を掬いあげて、これが最後だとでも言うように涙に濡れた君の頬を拭った。瓶の中身はとっくに底を突いていた。最後の最後になったって愛してるのそのたった一言がどうしても云えなかった。愛してるの代わりに私はごめんねと云った。すると君の美しい顔はぐにゃりと醜く歪んでまるで雪でも掴んでいるかのように君は溶けていった。嗚呼これが本当の終わりなんだなと何処か他人事の様に考える私を他所に世界は何事も無かったかのように動き続けている。視界は涙のせいか、なんなのか、焦点を合わせようとはしなかった。
泣き疲れて、そのうち微睡みが訪ねてきた。もうこれで最後なのは分かっていたから拒否はできなかった。開き切っていた目をゆっくりと閉じるとまだそこで君が笑っているような気がした。
パブ〇ンでODしかけた時に見た夢を元にしました。