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水滸前伝  作者: 橋邑 鴻
第九回  小将軍 神臂もて妖邪を排し 宋保義 宿魔の性を萌芽せしこと
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見えない絆

 ──何かが違う。


 朱仝と雷横を見送り、再び広間に戻って宋江と酒を酌み交わす晁蓋の胸の片隅には、ずっとそんな思いが燻っている。


 ただ、その源泉が分からない。


 花栄が青州に戻ったと告げた後の、宋江の慌てぶりは不自然極まりないものだったが、むしろそちらの方は大して気にもしていない。

 本当に迎えの使者が来たのか、或いは単に花栄が自発的にここを発ったのかは定かでないが、大方、送り出したはいいが、忘れていた雷横に会わせるという約束を今になって思い出したとか、その程度の事であろう、と晁蓋は踏んでいる。


 無論、実際にはとてもそれどころじゃない、すったもんだがあった上での事だが、晁蓋がそれを知り得る立場にない事を思えば、その推論は「正解」と言っていい。さすが、長い付き合いだけの事はある。


 だが、正誤はともかく、晁蓋の胸に燻る違和感にはそうした「解」がない。

 いや、源泉の分からないその違和感は、まだ「問い」にすらなっていないのだから、そもそも「解」などなくて当たり前だ。


 何が違うのか。

 おそらく何も違わない。強いて挙げれば「迎えた結末は変わらないが、辿る過程が違った」という事になろうか。


 戻った途端、馬の世話を命じられて愚痴を零した宋清も、花栄の帰郷を知って一瞬、喰って掛かった雷横も、宋江が声を掛けるや素直に従った。雷横に喰って掛かられ、慌てた宋江が持ち出した不自然な言い訳の矛盾を晁蓋が指摘すれば、朱仝は宋江の肩を持った。


 血を分けた兄が弟を窘め、兄弟同然の付き合いをする年長者がグズる年少者を宥める。

 何もおかしくはない。


 人徳だけが突出した宋江は、武もさる事ながら、知の方もそれほど得意としていない。

 物の例えに古人の言葉を引き合いに出したかと思えば的外れだったり、思い付きで講じた策が思い通りに運ばない事も珍しくない。そんな事は周囲も承知の上だから、晁蓋がそれを指摘すると間に入って「まあまあ…」と宋江の肩を持つ。

 いつもの光景だ。


 しかし、晁蓋が似たような光景を以前に見た時とはその過程が違う。


 宋清にしても雷横にしても、言い分は当人達に理があったのだから、普段ならもう少し駄々を捏ねても良さそうなものが、今日は()()にすんなり引き下がった。

 朱仝にしても、晁蓋の方が遥かに筋の通った事を言っていたのに、一も二もなく仲裁に入った。


 それを当人達に聞いたところで「たまたまですよ」と言われれば、晁蓋にそれを覆す根拠はない。「そうでしたか?」と言われれば、返す言葉もない。

 とぼけたり白を切ったりというのではなく、本人達にはその自覚すらないように見えた。


 それはまるで、四人が見えない「何か」で繋がれてしまったかのような。

 そしてその四人と自分とが、見えない「何か」で仕切られてしまったかのような。


 以前と何が違うのか。

 目に見えない「何か」が違う。つまり、目に見える部分は何も違わない。


 自覚すらない当人達に問うたところで、その行為の無意味さは誰の目にも明らかである。或いは宋江などは、そうして気に病む晁蓋の姿を石塔に結び付け、また騒ぎ立てるのかもしれない。



【いっそ、目に見える変化として現れてくれれば、まだ対処のしようもあるんだが。「何となくそう思う、そう見える」じゃ話にならんな】



 自虐めいた笑みを零し、晁蓋は出された酒を口に運ぶ。その胸に去来するは──



【これが石塔の呪い…か?ハッ、馬鹿馬鹿しい。あれだけ大層な仕掛けを施してながら、いざ触れてみれば、あるかどうかも分からんような猜疑心を湧かせるだけなんて、下らんにもほどがある。


 宋弟(宋江)の過保護に()てられ、俺もいよいよ焼きが回ってきたか。

 身を案じてくれるのは有り難いんだが…困ったもんだ】



「それはそうと晁哥(晁蓋)。私も一つ、晁哥に相談しようと思っていた事があるんですが…聞いていただけますか?」

「…ん?ああ、勿論だ。適切な助言が出来るかどうかは保証しないがな」


 いつになく神妙な面持ちで投げ掛けられた宋江の問いに、冗談めかして答えた晁蓋であったが、その表情に浮かんだ笑みは、宋江の「相談」によって一瞬で吹き飛ばされた。



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



「…ごふっ!?何…!?!?げふっ、げふっ」

「ちょ…大丈夫ですか、晁哥?」


 丁度、口に含んだ酒を飲み込むところで相談の核心とかち合い、()せ返った晁蓋は口に残った大半の酒をぶちまけた。


「『大丈夫か』も何も…えっふ…あるか!何を考えてるんだ…お前はっ!?!?げふっ、げふっ」

「そうだよ兄さん!いきなり何言い出すの!?」


 よほど変な所に酒が入ったものか、晁蓋はしばらく()せ続け、慌てて席を立った宋清がその背を(さす)りながら続く。


「保正(晁蓋)、如何なされた?大丈夫ですか?」

「ああ、父上。丁度いいところに。父上に話す前に、と思って晁哥に相談したんですが、この際ですから父上も一緒に聞いていて下さい」

「…?何を?」


 晁蓋のただならぬ様子に顔を出した宋忠が席に着いたところで、宋江は改めて切り出した。


 宋忠と親子の縁を切りたい──と。


「何だと!?!?」

「宋弟、馬鹿も休み休み言え!何だ、藪から棒に!?」

「父上、晁哥も落ち着いて下さい。何も思い付きでこんな事を言っている訳ではありません。それに、周りの胥吏達がこうした事を行っているのは、二人も御存知でしょう?」

「そりゃ話に聞いた事くらいはあるが、だからって宋弟が真似する必要が何処にある!?」


 それから宋江は、いかに自分の考えが素晴らしいかを延々と語る。というか、別に宋江の発案でも何でもなく、単に周囲の胥吏達を見て「なるほど」と思ったものを得意気に語っている、というだけの事なのだが。


 要するに、発想は宋江の屋敷にある隠し部屋と同じだ。


 胥吏は戴く官僚との相性によって簡単に職を追われてしまうものだし、或いはその際に罪を着せられ、遠流となる事もあれば、酷い時には命を奪われる事さえある。

 隠し部屋はそうした折に身を隠すためのものだが、官僚の機嫌次第では累が当人だけでなく、一族にまで及ぶ事も珍しくない。


 身一つで潜むのなら隠し部屋で事足りるにしても、まさか一族郎党揃って隠し部屋に籠り続ける訳にはいかないし、かといって、ただ一人のために一族が揃って罪を被るというのでは、あまりにも馬鹿げた話だ。それが謂れのない罪ともなれば尚更である。


 そこで、万が一のそうした事態への備えとして、予め親兄弟と世帯を別にし、更には知府州なり知県なりに上申して戸籍を抜き、正式に親類縁者との縁を切ってしまう胥吏達が少なくない。元々、胥吏には長くその地に住み、その地の事をよく知っている者が多いものだが、殊にそうした先祖代々の土地屋敷を持つ者に多い。


 もちろん、正式に縁を切るといっても、所詮は紙の上の事だから、普段はあまり目立たぬよう疎遠を装うにせよ、万が一の時には周囲も裏から手を回し、当人の罪を軽くしてやろうとするにはする。

 とはいえ、それで確実に(・・・)無罪放免を勝ち得るかといえば、当然そんな事はないので、いよいよは口を揃えて「アイツとはもう縁を切っていて、我々には関係ない」と罪を当人一人に負わせ、周囲は巻き添えを逃れようという訳だ。


 些か薄情なように見えなくもないが、むしろ罪を得た本人にとってもその方がありがたい。

 そこで命を取られてしまえば元も子もないが、どうにか命を拾って流刑なり何なり刑期を全うした暁には、職は失っていても、取りあえず故郷に土地屋敷は残せるのだから。

 一蓮托生よろしく、一族総出で罪を得た挙げ句、先祖代々の土地屋敷まで他人の手に渡ってしまったところに無一文で放り出される、では目も当てられない。


「特に何事もなく済みましたが、今朝のような事もありますし、これから先もどんな些細な事で謂れのない罪を着せられ、父上に迷惑を掛けてしまうかも分かりません。それを防ぐ為にも、形だけは親子の縁を切っておいた方が、互いに安心ではありませんか」

「何を言っとるんだ、お前は…面倒事を避けようと言うのなら、何よりもまず、誰彼構わず屋敷に連れ込む、その性格の方を改めんか。それで事は済むわ」

「人を助けるのに選り好みをしろ、と言うのですか?」

「当たり前だろうが。良からぬ事を企む者にまで手を差し伸べ、それで己が災難に遭ってたら世話はない」

「人を選んで手を差し伸べるなど、好漢のする事ではありません!」

「お前が好漢でなければならないなどと、いつからそんな決まりが出来た!?多少、周囲から『及時雨』などと持ち上げられ、(おだ)てられとるからといって調子に乗りおって。お前なんぞがしゃしゃり出らんでも、天下に好漢は間に合っとるわ。誰に頼まれた訳でもない片田舎の押司風情が、何を一丁前に好漢を気取っとるか、馬鹿たれが」


「随分とまあ歯に衣着せもせず、遠慮なくブッタ斬るもんだ」と、卓の向かいで晁蓋は苦笑を堪え、僅かに肩を竦める。



【しかしまあ、突然あんな事を言われれば誰だって驚く。血を分けた間柄での事だし、俺がとやかく言う事でも…んん!?】



 取りあえず会話が一段落つくまでは、と素知らぬ振りを通そうと決め込んだ辺りで、晁蓋はふと、ブッタ斬られて口を尖らせる男から、チラチラと送られる視線に気付いた。

 早いところ助け船を出せ、と言うのだろう。



【…いや、何でだ!?太公(宋忠)の気が済んだら、俺も続いてやりたいくらいだってのに。ついさっき俺にどやされたのを、もう忘れたのか?


 前々から自己中な物の捉え方をする嫌いはあったが、それにしたってよくこの状況でそんな結論に辿り着いたな】



 どうしたものかと僅かに逡巡した結果、晁蓋は未だ息の整わないような素振りで、これ見よがしに顔を(しか)め、少し待てとばかりに軽く右手を上げて応えると、椀に残る酒を迎えにいった。

 平たく言うと、助けを求めて船縁(ふなべり)に手を伸ばす義弟を見捨てたww


 見捨てられた側が諦念の溜め息を零した事はさておきとして──


 晁蓋の胸にはどうにも釈然としない、新たな思いが芽生えていた。


 といって、宋忠の言葉に賛同し、一緒になって諌めようというのではない。むしろそこに関して晁蓋の考えは真逆と言ってもいい。


 宋忠の考えそのものは理解できる。それを否定しようというのでもない。


 宋忠には先祖代々、自分まで続いてきた土地屋敷があるのだ。それを平穏無事に後世へ繋ぎたいと願うのは人情として当然であって、何ら非難や謗りを受けるべき事ではない。が、身内に不始末があれば、それも容易に叶わぬ願いとなり果てる。

 だから宋江に「行いを改めろ」と言うのだ。それもまた人情の自然というものである。


 しかし今、巷間には悪辣な為政者や資産家などが撒き散らす理不尽が満ち、その理不尽によって平穏な暮らしを奪われる者も多い。

 まして、義に篤い者がそんな理不尽に臨めば、何をか言わんやであるから、いっそ江湖(こうこ)(世間、渡世)を流離(さすら)う者の中にこそ、人物は潜んでいるとも言える。


 なればこそ、好漢との繋がりを求める者達は、そうして謂れなき罪を得た咎人や、宛てもなく国土を流離(さすら)う者の中に、義士との友誼を求める訳だ。

 滄州(そうしゅう)の柴進も、晁蓋も、もちろん晁蓋の目の前で剝れっ面を晒している男も。


 好漢との友誼を求めながら「得体が知れぬから」「脛に傷持つ者だから」と相手を選り好んでいては、そもそも出会いの機会を自ら捨てているも同然である。


 晁蓋とて代々東渓村に住み、父から譲り受けた保正の地位と土地屋敷を持つ。しかし、宋忠と違って晁蓋には妻子がなく、その財を譲る相手がいない。


 立場が違えば考え方も違って当然で、それも踏まえず、ただ(いたずら)に自分と異なる意見を否定しても仕方がない。個人の主義主張に正も誤もないのだから。

 宋忠には宋忠の、晁蓋には晁蓋の考え方があるという、ただそれだけの事だ。


 晁蓋が宋忠の言葉に賛同できるところがあるとすれば、強いて「片田舎の押司風情が」という部分であろうか。


 のべつ幕なく、手当たり次第に手を差し伸べる宋江の博愛精神は、確かに素晴らしい事ではあるけれど、それが掃いて捨てるほどの財を持つ家に生まれた訳でもない、国家からの禄を得ている訳でもない、一介の胥吏の行いである事を思えば、やはり晁蓋から見ても「やり過ぎ感」は否めない。


 しかし、それとて誰に強制されている訳でもなし、宋江が自ら進んで行っている訳だし、他人に施すばかりで自分は借金で首が回らない、なんて事でもないのだから、それを改めろというほどでもない。


 では、何が晁蓋の胸を騒がせているのかというと、それは宋江の「相談」そのものだ。


 胥吏達が宋江の言うような事をしているのは晁蓋も知っている。

 実際にそのおかげで財産を守ったという話も聞いた事がある。


 だが、いくら財産を守るためとはいえ、親子の縁を切ろうというのだ。他の誰が真似をしようと、少なくとも晁蓋の知る宋江は、絶対にそんな事を自ら言い出すような男ではない──はずだった。

 それが今日に限ってどうした事か。


「前々から考えていて、たまたま今日、切り出しただけだ」と言われれば、やはり晁蓋にそれを覆す根拠はない。

 これからも宋江が江湖の好漢と交わりを持とうと思うのなら、確かにそれも宋忠や宋清を巻き込まないための、一つの予防線として理に適っているのかもしれない。


 それでも晁蓋には、どうしても彼の知る宋江像とその発想を結び付ける事ができない。


「宋弟、お前の考えは分かった。が、さすがにそれはない。考え直せ。大体、唐突が過ぎるぞ。太公のお怒りも(もっと)もだ」

「晁哥。何も『今日、明日にも』などと言っている訳ではありません。折を見て、形の上だけでも私の籍を抜いておこうという事です。こんなにいい策はないではありませんか」

「良し悪しの問題じゃない、お前らしくないと言ってるんだ。『孝義の黒三郎』の異名は飾りじゃないんだろ?」

「何を言うんですか!?私ほど父上に孝を尽くそうと考える者は他にいませんよ!そして、これこそが正しく子として父上に孝を尽くす、最善の道ではありませんか」


 一人、ドヤ顔を炸裂させる宋江に、晁蓋は深い溜め息を零して右手で顔を覆う。

 と、その手を下ろして振り返ると、


「四郎(宋清)、お前も何か言ってやれ」

「四郎、お前は余計な口出しをするな。大体、これはお前の為でもあるんだぞ?」

「宋弟。『余計な口出し』って事はないだろ。家族の話なんだから」


 腕を組み、右手を顎に当てて暫し「ん~~…」と悩ましげな声を洩らした宋清は、


「まあ、兄さんがそこまで言うんなら…」

「おいおい」

「兄さんも、一度こう(・・)と決めたら曲げないですからねぇ」

「何を他人事(ひとごと)みたいに…」

「勿論、諸手を挙げて賛成、っていうんじゃ全然ありませんけどね。けど、兄さんもすぐにすぐって言ってる訳じゃありませんし。今は言い出した手前、強情を張ってますけど、日を置いて落ち着けば、また考えが変わるかもしれませんから」

「誰が強情っりか!」



【宋弟だ…】

【お前以外に誰がいる!?!?】

【兄さんですけど何か?】



 押司さんよ。

 一人「イチャモン付けられた」みたいな顔でプリプリしてらっしゃるが、さすがに全方位から、じっとりとした視線の飽和攻撃を浴びてる今だったら、皆の心の声に気付くくらいは…ああ、はい、できませんよね知ってます。


「あー、もういい」


 業を煮やしたように会話を打ち切ったのは宋忠。

 立ち上がり、隣に座る宋江の顔に一瞥をくれると、


「全く…保正、申し訳ない。我らを案じて駆け付けていただいたというに、こんな下らん話に付き合わせてしまって」

「あー、いやいや、それは構いませんが…」

「こんな話、親身になって聞いてもらう価値もありゃあせん。四郎の言う通りです。誰に何を吹き込まれたか知らんが、少し頭を冷やせばすぐに忘れますよ」

「別に誰からも何も吹き込まれてなど──」

「そうか。そんなに(わし)を父と思うのが堪えられんと言うなら、あとはお前の好きにすれば良いわ」


 深々と拝礼し、慌てて立ち上がった晁蓋の返礼を受けると、宋忠は室から出ていってしまった。


「父上、誰もそんな事は言ってま──晁哥、ちょっとすいません。父上!」


 後を追った宋江と、二人を案じて更に後を追った宋清を見送り、一人、客間に残された晁蓋は、再び深い溜め息を零して椅子に腰を下ろす。


 室の外から届く親子の会話を遠くに聞きつつ、手酌でチビチビと酒を()りながら皆が戻るのを待つ晁蓋の胸には、やはり違和感が宿る。


 また宋弟の言う通りに事が進んだな、と。



【仮に宋弟の提案が容れられたところで、俺と宋弟の関係は何が変わる訳でもないが、太公と四郎は紙の上とはいえ赤の他人になるんだぞ?てっきり太公と一緒になって反対してくれるものとばかり思って四郎に話を振ったが、ああもあっさり受け入れるとは…


 確かに宋弟の言う事も孝行の一つとして、傍からは美談に見えなくもない。四郎の言い分にだって全く理が無い訳じゃないし、兄の言葉だから渋々ながらも従ったと言うのなら、それも確かにそうかもしれんが…


 朱小哥といい雷小哥といい、一体どうなってる。

 以前、会った時から今日までに、何が変わったってんだ…】



 結局、宋忠が客間に戻る事はなく、戻った宋江と宋清は、晁蓋を一人残して室を出てしまった非礼を懇切丁寧に詫びた。


 その姿には何の違和感もなく、何も以前と変わらない。


 ようやく晁蓋の胸中には、形としての「問い」が生まれた。


 いつもと何も変わらない光景と、形としてはっきり胸に宿った問い。

 両者はいつしか漠然とした疎外感、寂寥感を晁蓋に与え、そしてそれは年を経るにつれ、より明瞭に、より鮮烈なものとなって晁蓋を悩ませる事となる。


 目に見えぬモノ(・・)を宿す者と宿さぬ者。


 その目に見えぬ「解」を、晁蓋は遂に得る事はなかった。


 周囲の制止を振り切ってまで、縁も所縁もない河北の農村に向かい、命を散らす事となるその日まで、遂に──

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