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水滸前伝  作者: 橋邑 鴻
第一回  鄭郎君 元宵節に夢幻を伽し 王矮虎 小路に想錯を詰らるること
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村外の攻防

【マ・ジ・で、ムカつくっ!!


 何であんな奴が「白面郎君」なんてチヤホヤされてんの!?

 何であんな奴がモテんの!?!?


 何であんな奴の事、好きになっちゃったのよ…】



 参道を抜け、林を左手に見ながら、李柳蝉は鄭家村に向かう。


『怒髪、天を衝く』(※1)とは、正にこの事だ。



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 李柳蝉のまだ長いとは言えない人生は、常に鄭天寿と共にあった。


 李柳蝉は旧姓を王、産まれてしばらくの姓名は王柳蝉だった。


 父親は鍛冶職人で、他州から単身この鄭家村に流れ着き、居を構えた。そして、鄭家村の住人だった母と結ばれて柳蝉が産まれた。


 だが、李柳蝉に王姓であった頃の記憶はない。

 姓が王から李に変わったのは彼女に物心が付くずっと以前、両親を病で亡くし、養女として母方の祖父に引き取られた時の事だ。


 だが、その祖父も娘夫婦を同時に失って気落ちしたものか、その後間もなく他界してしまう。残された祖母は途方に暮れながらも、李柳蝉を養うために僅かな畑を守る傍ら、隣家である保正──鄭延恵の屋敷で婢女(はしため)(※2)として働くようになった。

 とはいえ、幼子一人を残したまま長々と家を空けられる訳もない。鄭延恵にしてもそんな事は重々承知の上で、進んで李柳蝉を預かる事にしたのだが、鄭天寿の一家が鄭延恵を頼って青州にやって来たのも、丁度この頃の事である。


 ほどなく鄭天寿の両親も他界してしまうが、鄭延恵が実子に恵まれなかった事もあり、二人は実の子同然に人生の大半を同じ屋根の下で暮らす「兄妹」となった。


 ちなみに、その「妹」である李柳蝉の、良く言えば天真爛漫で溌剌な、悪く言えば明け透けで遠慮のない性格は、鄭延恵との生活によるところが大きい。

 何しろ怒られないのだ。「兄妹」喧嘩の悪者は常に鄭天寿、「兄妹」がイタズラをしても、鄭天寿には特大の雷が落ちるのに、李柳蝉のイタズラには「それを止めなかった」とやはり鄭天寿に雷が落ちる。


「鄭天寿が可愛がられなかった」という事では決してないのだが、では、二人が「分け隔てなく」可愛がられたかと言えば、それを知る周囲の誰もが微妙な顔で言葉を濁すくらいには、李柳蝉が溺愛されているのは確かである。


 いつの時代も男親というのは…。


 それはさておき──


「昔はもうちょっとマシだったのに…」


 怒りの冷めやらぬ李柳蝉が(ひと)()つ。


 鄭家村にも若い世代がいないではない。

 だが、李柳蝉と同世代となると鄭天寿ともう一人、鄭天寿より一つ年上の女性がいるだけだ。当然、李柳蝉もよく知っている。


 一時期、鄭天寿はその女性と結婚するのではないか、と噂になった事がある。理由は言わずもがな、鄭天寿がちょっかいを出していたからだ。


 李柳蝉にしてみれば複雑だった。


 付き合いの深さでいえば鄭天寿には遠く及ばないものの、李柳蝉にとっては「姉」と呼んで何ら違和感のない存在である。それが「(あによめ)」に変わったところで、三人の関係性にどれほどの変化が現れるはずもない。

 李柳蝉から見てもお似合いだと思えたし、仮にそうなっていたとしても李柳蝉は祝福していただろう。


 しかし一方で、成長するにつれ李柳蝉の鄭天寿に対する感情が変わってもいた。


「兄」である事は間違いない。まあ、最近ではその前に「残念な」とか「面倒な」という枕詞が付くのだが、それでも「兄」は「兄」だ。

 と同時に、掛け替えのない存在にもなっていたのだ。

「兄」としてではなく「異性」として。


 その瞬間を、李柳蝉ははっきりと覚えている。


 それは、李柳蝉が何とはなしに自分の将来を想像していた時の事。

 彼女の未来は二種類しかなかった。


 鄭天寿と共に歩むか、生涯独り身を貫くか。


 鄭天寿の愛情を一身に受け、子を産み、幸せな家庭を築ければ、などと一頻(ひとしき)り身悶えた後、李柳蝉は溜め息交じりに肩を(すく)めた。


 何せ相手はあの性格である。結婚したからといって途端に大人しくなるとは、長い付き合いの李柳蝉からしてみれば到底思えない。

 元より男性が正妻の他に(めかけ)や愛人を持つ事など、珍しくも何ともない。となれば、鄭天寿と結ばれるにしても「妹」である李柳蝉は愛人なり何なりとして側に置いてもらい、正妻は他に誰か外から貰い受けた方が、世間体的にも妥当と言える。

 その上で、他の女性達と良好な関係を築ければ、それなりに円満な生活を送れるはずである。


 李柳蝉にとっては、鄭天寿の「唯一」でなくとも「一番」でなくとも良かった。

 側に居られるのであれば。


 してみれば、そのまま「妹」として鄭天寿の世話を焼きながら生きていくという人生も、李柳蝉にとっては立派な選択肢の一つ、のように思えた。


 が、それはつまり李柳蝉が鄭天寿ではない誰かに嫁ぐという事だ。


 形はどうあれ「嫁ぐ」のでなければ、ただ鄭天寿の世話を焼くというだけでは、李柳蝉が独り身を貫く理由にはなり得ない。

 世話を焼くだけなら、誰かに嫁いだとしても同居するなり村に居を構えるなりすれば十分間に合うからだ。それに確たる理由もなしにいつまでも独り身でいるのは、この御時世にあまり褒められた話ではない。


「それじゃあいっそ金持ちにでも嫁いで、アイツを悔しがらせてやろうか」などと戯れに、ほんの戯れに思いを巡らせようとしたところで、李柳蝉の思考は止まった。


 鄭天寿以外の男性に嫁ぐ?

 鄭天寿以外の男性に身体を許す?

 鄭天寿以外の男性の子を産む?


 寒気がする。虫酸が走る。吐き気がする。

 想像するだに(おぞ)ましい。


「生理的に受け付けない」という言葉があるが、正しくそれだろう。

 そんな人生を送るのなら、尼にでもなって一生独り身でいる方が遥かにマシと思えた。


 李柳蝉にとって鄭天寿以外の男性とは、たとえ友人や知人として、或いは相性によっては親友として付き合う事はあっても、身体を許し、子を()すなど、想像する事にすら嫌悪を催すような存在だったのだ。


 それはつまり、裏を返せば…。


 そうして、李柳蝉は鄭天寿を「兄」としてではなく「異性」として慕っている事を自覚した。


 だが、李柳蝉はその後も自らの気持ちを表に出すような事はせず、あくまで鄭天寿とは「兄妹」の関係を続けた。

 そして鄭天寿に想いを告げられ、李柳蝉が正式に許嫁となったのが数ヶ月前の事だ。


 李柳蝉にしてみれば嬉しかったのは当然の事だが、同時に驚きもした。


 自分を選んで欲しいという気持ちは、もちろんあった。

 だが、やはり血の繋がりがないとはいえ「妹」である自分よりは「姉」の方を選ぶのではないかという、半ば諦めの気持ちも持ち合わせていたからだ。


 今になって思えば、なぜ自分が選ばれたのか、本当のところは李柳蝉にもよく分からない。


 鄭天寿が「姉」に愛想を尽かされ、李柳蝉で妥協したという事かもしれない。

 李柳蝉を可愛がる鄭延恵が、彼女の心中を察して鶴の一声を発した可能性もある。


 ──鄭天寿が李柳蝉の気持ちを察し、応えてくれた?


「あのアホに、そんな気の利いた真似なんか出来る訳ないし」


 ハッ、と李柳蝉は鼻で嗤う。


 ──最初から鄭天寿は李柳蝉を選ぶつもりだった?


 少し考え、李柳蝉が出した結論は「無くはない」という、何とも曖昧な物だった。


 李柳蝉が鄭天寿からプロポーズされた日。

 鄭天寿はふざける事も揶揄(からか)う事もなく、真摯に、まっすぐに、李柳蝉に対して想いを告げた。

 その言葉、その姿に、李柳蝉は感極まって涙し、鄭天寿を信じて生きていこうと心に誓った。


 その誓いから僅か数ヶ月にも拘らず、李柳蝉が「鄭天寿が自分を想ってくれていたのではないか」という自問に「無くはない」などという曖昧な自答を導き出してしまった理由は、それからの鄭天寿の行動だ。


 いくら何でも幼稚すぎる。

 もはや故意と言っていいレベルだ。


 好意を向ける相手の気を引くため、わざと困らせたり意地悪をする心境は李柳蝉にも分かる。

 李柳蝉だって、最近まで散々に我儘を言っては鄭天寿を困らせていたクチだ。

 ただ、そうだとしても最近の鄭天寿は度が過ぎている。


「あのボンクラ、ホント分別がないんだから」


 大体、どれほど思い悩んだと思っているのか、と李柳蝉は溜め息を零す。


 李柳蝉が許嫁と決まり、三人の関係は微妙に変わった。

「姉」は鄭天寿と李柳蝉の婚約を祝ってくれはしたものの、以降、李柳蝉との関係はギクシャクしている。

 おそらくは鄭天寿と「姉」の関係も同様で、詳しく聞きはしないが、少なくとも李柳蝉は二人が親しげに話している姿を、ここ最近見掛けた事がない。


 その原因の全てが鄭天寿と李柳蝉の婚約ではないのかもしれないが、一因となっているであろう事は容易に想像がつく。

 その事に対する(わだかま)りは、今も李柳蝉の心に残っている。


 そんな経緯があって、そして鄭天寿自身もそこに気付いていないはずがないのに、それでも尚、多くの女性達にちょっかいを出している鄭天寿の神経が、李柳蝉には理解できない。


 だが──


 今、李柳蝉の胸にふつふつと湧き上がる怒りの源泉は他にもある。

 いや、正確に言えば「そこではない」のだ。


 今の時代、この国では男女が婚約や結婚をするにあたり、女性達の意志が反映される余地はない。

 男性が女性を選び、双方の家長、詰まるところは父兄がそれを認めれば、その婚姻は成立する。


 或いは互いの家同士で話が纏まってしまえば、いっそ新郎となる男性の意志すら必要としない。まして女性が配偶者を選ぶなど以ての外、社会通念上とても許される事ではない。


 もちろん道観で鄭天寿と戯れていた女性達にしても同様だ。

 色々と言い寄ってはいるが、彼女達に配偶者として鄭天寿を「選ぶ」権利はない。


 仮に言い寄る男を袖にして独り身でいたとしても、いずれ彼女達の父兄の眼鏡に(かな)った男が現れれば、彼女達はそれを拒めない。だから、それまでに鄭天寿に「選ばれたい」のだ。

 実態はどうであれ、少なくとも世間体としては、そうして彼女達の家長にそれを認められた事にしなければ、周囲からどんな目で見られるか分かったものじゃない。


 要するに、鄭天寿が彼女達と結婚したいと、或いは愛人として迎えたいと強く主張したとして、それを拒絶できるのは鄭延恵であり、彼女達の家長なのであって、少なくとも李柳蝉が口を挟む事では決してない。

 そして、そんな事は李柳蝉だって百も承知だ。李柳蝉が鄭天寿を異性として慕っていながら、その気持ちを秘めていたのも、正にそこに尽きるのだから。


「鄭天寿が女性達と戯れてるところを見たから怒ってるのか」と問われれば、そんなものは当然そうに決まっている。理屈がどうあれ、ムカつくもんはムカつくに決まってはいるのだが、しかしそれ以上に今、李柳蝉の心を沸き立たせているのは、男だからとか女だからとかそういう事ではなく、もっと別の次元の、言ってみれば「人」としての信義に関わる事で怒っているのだ。


「ホントあの(ろく)でなし、今日という今日は──」

「あの、柳蝉さん?そろそろ俺の話を聞いてもらってもいいかな。ってゆーか、さっきから俺を指すと思われる心の声がダダ洩れで、もう俺の心が傷だらけなんですけど…」


 そういえば道観を出てすぐに追い付いた割には、ずーっとシカトされてんな、閨閣公子(けいかくこうし)よww


「もう村も近いしさ、一回止まろっか?うん、一回落ち着こう」


 李柳蝉に歩みを止める気配はない。

 このまま村に入られれば、鄭天寿の敗北は必至だ。


 基本、鄭天寿は村人の視線などどこ吹く風だが、伯父の鄭延恵にだけは頭が上がらない。


 ただでさえ元宵節の支度で忙しい中、家を抜け出している。

 そして、鄭延恵は李柳蝉を目に入れても痛くないほど可愛がっている。

 それが分かっている李柳蝉は、鄭天寿の事で腹に据えかねると鄭延恵に密告(チク)る。


 二人の喧嘩はまず間違いなく鄭天寿に非があるのだが、いつにもまして今回は、誰がどう見たって鄭天寿が悪い。それを鄭天寿自身が一番よく分かっているからこそ、このまま李柳蝉を村へ入れる訳にはいかない。

 こんな事が鄭延恵の耳に入れば、ちょっと怒られるどころか、下手をすれば当分村から、いや、最悪家から出られなく可能性すら、十分すぎるほどにある。


「…村が近いから何なの?」


 李柳蝉が参道を出てから初めて反応した。


「おっ!?…あー、いや、ほら、俺が悪かったから。ちゃんと謝るからさ。なっ、一回止まろう?」

「『鄭郎が悪かった』ってそんなの当たり前じゃない!他に誰がいるのよ!?アタシ!!!?」

「いやいや、そんな事思ってないから。ってゆーかさ、声、もうちょっと落とそっか。そんな大きな声じゃなくてもちゃんと聞こえる──」

「敢えてよっ!!」

「敢えて!?!?」


 李柳蝉にしてみれば、直接村で騒ぎ立てなくても、この騒ぎが鄭延恵の耳に入りさえすればいい。むしろ自分の口で喚き立てるよりも人伝に届いた方が、李柳蝉の体裁としては遥かにいい。

 すでに村もだいぶ近い事だし、日も沈み始めているとはいえ外はまだ明るい。村の住人と顔を合わせる可能性は十分にある。

 村外に出た住人が二人の口論を目撃し、鄭延恵に伝われば李柳蝉の勝利だ。


 一方の鄭天寿からすれば、当然それを阻みたい。この先の平穏な暮らしが懸かっている。

 村の住人と出会う前に一刻も早く李柳蝉の怒りを解き、何事もなかったかのように村に帰るために、鄭天寿は持てる知略の全てを振り絞らなければならない。


 だがそこで、鄭天寿は自分のミスを思い出して悔いる。


 昼間すでに、一度李柳蝉を怒らせているではないか。それがあっての今だ。並大抵の作戦ではこの難局を乗り切る事はできまい。

 まかり間違えば、昼間の失態がすでに鄭延恵の耳に入っている可能性も無くはない。


 では、もはや手遅れだろうか。いや、そんな事はないはずだ。

 耳に入っていたとしても「ちょっと喧嘩をした」程度の話で、李柳蝉もまさか鄭天寿にキスされそうになったと、鄭延恵に泣きつくような事はすまい。


 今はあったかどうかも定かではないような事で頭を悩ませている場合ではないのだ。最短で最善の策を立て、この強敵を説き伏せなければならない。


 …みたいな顔してるけど、悠長にあーでもないこーでもない考えてるより、まず李柳蝉を立ち止まらせる方が先決じゃね?鄭天寿さんよ。

 村がどんどん近付いてるぞ?


「ちょ、ちょっ、待っ…一回止まろう。なっ?止まってちゃんと話そう」

「何でよ?別に歩きながらだって話は出来るわ」

「いや、やっぱほら、歩きながらだと落ち着かないしさ。一回ちゃんと顔見て話そう?」

「…今は鄭郎の顔見たくない」



【くっ、やはり「敵」は手強い。こうなったら昼間のように強引に攻めるのもありか。

 しかし、それこそ昼間怒らせた原因だ。強引に立ち止まらせても、警戒されて効果は薄いだろう。

 返す返すも昼間の失策が悔やまれる】



 …だから、そんな分析とか立ち止まらせた後でいいんじゃね?


「分かった。じゃあ、歩きながら話そう」


 おん?大丈夫か?なまじ的外れな講釈は傷口を広げる──


「そもそも、俺が他の女の子達と話してるのを、柳蝉が怒るのっておかしくね?」


 あいーーたたたたぁ。

 そっちじゃNEEEEEE!

 お前って奴はホント…返す返すも「御愁傷さま」だな。


「別にすぐにすぐ愛人とか持とうなんて思ってないけどさ。もし俺が将来そういう気になったら、その度に柳蝉はそんな怒んの?気持ちは分かるし、それだけ想ってくれんのは嬉しいけど、むしろ柳蝉が白い眼で見られるよ?」


 ド正論だ。相手の素性などによってはそういう事もあろうが、それでも夫がそう決めれば妻はそれに従うしかない。


 というか、正式に李柳蝉を娶った暁には良き夫であろうと誓う鄭天寿にとって、これは最後の手段だ。

 愛人を持たない事が良き夫の条件かどうかは価値観の問題だが、少なくとも現時点で鄭天寿には生涯、李柳蝉以外の女性を愛人として囲うつもりはない。



【でも、今はそんな悠長な事を言ってる場合じゃないしなー。一刻も早く「敵」の進軍を止めなきゃなんないし。

 ま、ちょっとくらいの嘘なら全然問題ないっしょ。とにかく「敵」の興味を引いて、立ち止まらせなきゃ話になんないんだから。


 とりま当面の危機さえ凌げれば、後はどうとでもなるしね。

 しばらく大人しくして、その間に機嫌を取って丸め込んじゃえばいいし。


 布石も打ったしな。

 将来、愛人を持つかもしれないと匂わせたうえで「すぐに愛人を持つつもりはない」と宣言したからな。

 元々、愛人なんて持つつもりないんだから、このまま暮らしてけばそれだけで「敵」の信用を得られちゃうって訳だ。


 …ん?コレ、おまけに「あんまり駄々をこねたら、俺が他の女に走っちゃう」って意識を「敵」に持たせられるんじゃね?


 キタコレ!


 そこまで考えての事じゃなかったけど、先々を見据えりゃ結果的にかなり効果アリでしょ。

 実は俺、商才だけじゃなくて策士の才能とかもあんじゃね?

 

 楽勝だな、コレww】



 …などと、見当違いの推測で導き出された結論に勝利を確信する鄭天寿。


 テンパってると自分に都合良いように考えちゃうよね。

 分かる分かるww


 そんな事は李柳蝉だって百も承知だ。


 大事な事なので二回言いました。

 ま、とっくりと李柳蝉の言い分を聞き給えよ。


「…はあ?」


 李柳蝉が立ち止まり、怒りと呆れと悔しさの入り交じった表情を浮かべて鄭天寿を睨み付ける。

「してやったり」と鄭天寿は神妙な表情を保ちつつ、心中ほくそ笑むが…


「ねぇ、ホントさぁ…バカなの?死ぬの??」

「…っ!!お前、いくら何でも言い過ぎ──」

「アタシが怒ってるのはね、鄭郎が約束を破ったからよっ!!昼間だってちゃんと言ったじゃないっ!?アタシだって今日の事を前から楽しみにしてたんだからっ!!それが何!?!?愛人がどうとか、アタシの心が狭いみたいな事言って!愛人でも何でも好きなだけ作ればいいじゃないっ!!どーでも良いわよっ、そんなのっ!!」


 ようやく己の浅はかな失言に気付いた鄭天寿。


 策士さんよ。コレ、どうしましょうかねー。

 立ち止まらせはしたけど、どう見てもさっきより状況が悪化してますけどねー。


「えっ、と…うん、ですよね。それは…ホント、ごめん」


 …弱っっ!!


 敗色濃厚なポンコツ策士の戦いは尚も続く。

※1「怒髪、天を衝く」

『史記(藺相如伝)』。原文は『怒髮上衝冠』(「髮」は「髪」の旧字)。訓読は『怒髮(どはつ)(のぼ)りて(かんむり)()く』。元々は「天」ではなく「冠」だったようです。文字通り、怒り狂って某金髪の戦士達のように髪が逆立ってしまう訳ですが、「冠」が「天」に変わった時期も謂れも不明のため、本文では日本で馴染みのある「天」を使用しています。

※2「婢女」

女性の召し使い。下女。


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