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水滸前伝  作者: 橋邑 鴻
第八回  晁保正 東渓村に天王と成りて 宋時雨 行客の老叟に魅入らるること
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石塔

 昼食を終えた後、従卒を引き連れた朱仝と晁蓋は、轡を並べて渓谷の東岸を進む。


「あー…小哥(朱仝)よ」

「何ですか?」

「さっきは、その…すまなかったな。みっともないトコを見せちまって」

「いーえ、お気になさらずに。私だって東渓村の住人だったら、きっと哥兒(晁蓋)と同じ気持ちになってたと思いますよ?」


 元々、竹を割ったような性格の晁蓋であるから、一時のいざこざなど引きずるタイプではない。が、さすがに今回のキレっぷりは度が過ぎていて、先ほどのイタタな姿が思い起こされるだけでも、恥ずかしいやら情けないやらといったところな上、せめて相手が赤の他人であったならいざ知らず、見知った仲の朱仝に、それも思う存分見せつけてしまったというところがまた、余計にバツが悪いと見え、馬上で正面を見据えたまま視線も交わせずにいる。


 その様子に朱仝がクスっと笑みを零せば、それがまた照れ臭かったのか、晁蓋は殊更大袈裟な素振りで辺りを見回すと、


「し、しかし、その消えた道士風情の男達ってのも、ちょっと探した程度で目に付くような痕跡を残してくもんかな。もし、今回の件がその男達の仕業だとしたら、相当な腕前の持ち主だぞ?」

「確かにそうかもしれませんね。しかし、可能性は低くてもやれるだけの事はやってみた方が、このまま指を咥えてバタバタと怪我人が出るのを見てるよりは、余程いいんじゃありませんか?」

「小哥、勘弁しろよ。もういいだろ、忘れてくれ」


 くつくつと笑いを嚙み殺す朱仝に、晁蓋が弱った顔を浮かべたり、冷ややかな視線を投げ掛けたりと繰り返す内、対岸には西渓村の家々が見えてくる。


「いい気なもんだ」


 ぼそりと聞こえた呟きに朱仝が顔を向ければ、晁蓋の視線の先には谷底で水を汲む父子の姿。


「哥兒。別に西渓村の住人が悪い訳じゃありませんよ」


 そんな事は晁蓋にだって分かっている。

 雨がなく、流れが穏やかであれば、水深は深い所でも膝下程度、川幅は3mほどしかない。谷そのものの幅だって、最も狭くて橋が架けられている辺りの5mほど、広いところで15mもあれば十分にお釣りがくるような規模である。

 だからこそ谷底へは届かぬよう、隣を進む朱仝でさえ聞き取れるか否かの声量だ。


「分かってるよ。そういえば小哥、ウチに来る前に西渓村の少し先まで調べてきたと言ってたな」

「ええ、あの林に差し掛かった辺りまでですね。まあ調べたと言っても、川沿いを歩いてきた程度ですけど」

「そうか。俺も林の先には…どころか、そもそもあの林にすら行った事はないんだが、あの先に踏み入ってまで、何かの仕掛けをするとも思えんがなぁ」

「私もそう思います。寧ろ東渓村に仇を為すのが目的なら、西渓村を出た男達が、こちらの岸に向かってたとしてもおかしくはありませんね」

東渓村(こっち)の住人にも、たまたまそいつらを見掛けたって奴がいてくれれば、はっきりするんだがな」


 渓谷の東岸にも林はあるものの、西岸のように渓谷すれすれまで迫っているという事はなく、騎乗したままでも谷に沿ってしばらく進めはするのだが、進んだ先に何がある訳でもないのは西も東も同じであって、進めば進むほど手入れのなされていない荒れ地となっていく。


 四人で周囲に目を配りながら、尚も先へ進んでいると、対岸の家々が後方へ過ぎ去った辺りで、再び晁蓋が口を開いた。


「ところで…仮にその男達の施した術の痕跡が見つかったとして、小哥はどうするつもりだ?」

「『どう』と言われましても。何もしませんよ」

「んん!?」


 怪訝な視線を向ける晁蓋に対し、朱仝は涼しい顔で言葉を返す。


「我々はそういった類いに関して門外漢じゃありませんか」

「いや、そりゃそうだが…」

「仮にそういった痕跡が残ってたら、まずは知県閣下を通じてそれ相応の道侶に意見を窺い、その道侶の助力を仰ぐなり、我らだけで対処するなりはそれからの事でしょう。なまじ素人が手を出して、より深刻な事態を招いてしまったら、それこそ目も当てられませんよ?」

「しかし、その間この沢に入れないとなったら、井戸の無いウチの村は生活が立ち行かんぞ。いや、ウチだけじゃない、西だって似たようなもんだ。畑に撒く水はまだ溜池を使えば済むが、飲み水や煮炊きの水はそうもいかん。さっきの父子を見ただろ?」

「暫くは十分に注意していただくしか…」

「簡単に言うけどなぁ。注意なら皆してるさ。まあ、事故が収まってまだ10日そこそこだってのに、子連れで沢に下りてたさっきの奴らはどうかと思うが…それはそれとして、注意をしてても事故が起きるから困ってるんだろ?」

「それはまあ、そうなんですが」


 互いに難しい顔を浮かべながら乗騎を操って更に進むも、二人の目当てでありそうなものは何も見当たらない。


「どうしましょうか。そろそろ引き返しますか?」

「んー…もう少しだけ進んでみるか」


 このまま進んだところで晁蓋に何か宛てがあるのかといえば、そんなものはもちろんないのだが、かといって引き返したところで宛てなどあるはずもないのだから、結局のところは進もうが戻ろうが「当たり」を引く確率は同じである。

 この渓谷沿いに「当たり」が存在するのであれば、という前提での話だが。


 左手に広がる林の中を朱仝が眺め、右手の渓谷を晁蓋が見下ろし、無為とも思えるような時間だけがただ過ぎていき、晁蓋の口から再び愚痴が衝く。


「ったく、あの野郎。面倒(くせ)え事に巻き込みやがって」

「哥兒…」

「分ぁーかってるよ。別にアイツをどうこうしようなんて思ってない。愚痴くらい大目に見ろよ」


 窘めるように朱仝が見遣(みや)れば、晁蓋の顔にはありありと苛立ちが満ちている。が、それを誤魔化すように悪態をつき、何の気なしに彷徨わせていた晁蓋の視線は、ふと対岸の一点に留まった。


「どうされました?」


 手綱を引いて馬を止めた晁蓋にやや遅れ、朱仝も手綱を引く。その間も晁蓋の視線は対岸の一点を捉えて離さない。


「小哥、アレ何だと思うよ」

「…?どれです?」


 晁蓋に促され、朱仝も対岸へと目を向けるが、僅かに位置がずれているためか、朱仝からは晁蓋の視線が何に釘付けとなっているのか分からない。馬を下がらせ、晁蓋と並んだところで朱仝が改めて視線を向けると、確かに()()は在った。


 沢沿いの林は密度が下がり、僅かに開けた場所の更に奥、木々の隙間から覗いているのは青い物体。

 明らかに自然物ではない。


「柱…いや、塔でしょうか」

「『当たり』かな…?」


 いくら朱仝に現時点で対処を講じるつもりがないとはいえ、このまま遠目に見ただけで引き返すという選択肢はない。とはいえ、これから確認に向かうというのもなかなか面倒な話だ。


 何しろ西渓村の家々など、もはや影も形もなく、藪深く、木々が濃いからと、朱仝達が捜索を切り上げた場所ですら遥か彼方である。西岸に戻って今、見ている場所を目指すのなら、その遥か彼方から藪を分け、木々を避け、(かち)で進むより他ない。


 ちょっと林に分け入ったくらいでは到底、気付けなかったのも当然と言えば当然──どころか、初めからあの場所にあの物体があると知っていなければ、むしろ気付く方が不自然極まりない距離なのだから、先ほど見つけられなかった事を今さら云々しても始まらないが、道中の苦労を思って朱仝の気が滅入ってしまうのも仕方がないところだ。


 片や晁蓋の方には、そもそも「戻る」という選択肢からしてない。滅入った気持ちを奮い立たせ、朱仝が「とにかく一旦戻って、行けるトコまで馬で行きましょうか」と提案しようと思った時にはすでに馬を下り、何やら渓谷内をキョロキョロと窺っている。


「哥兒、どうしました?」

「んん…お!」


 何かを見つけた晁蓋は下りた馬を従卒に預け、てくてくと歩き出す。そのまま14、5mほど進み、後に続いた馬上の朱仝を見上げると、


「小哥、見ろ」

「…?」


 渓谷の内に視線を促された朱仝であったが、馬上からでは晁蓋が指し示しているものがよく見えず、馬を下りて渓谷の縁から下を覗き込む。と、すぐ足下には急斜面の中から、埋まっている巨石の半分ほどが顔を出し、そこへ二つの岩が寄り添っていた。

 丁度、谷底へ向かって階段のように。


「…?これが何で…哥兒、まさか!?」


 朱仝が驚くのも無理はない。


 ここから下りて谷を渡ればいい、と晁蓋は言いたのであろう。そのくらいは朱仝にだって分かる。

 しかし、谷底まで5mほどとはいえ、足場に使えそうな岩は三つしかない。単純に計算したって一つの段差は1m以上ある訳だし、下りるだけならただ飛び降りれば済む話だが、それを登って戻るとなると些かキツい。


 おまけに、対岸は視界の端から端まで全て切り立った崖である。多少、勾配が緩やかに見える場所もあるにはあるが、こちらのように足場として使えそうな岩がある訳でもない。


 何よりも──


 今は東渓村の住人に事故が続いている時だ。その原因を求めてこの場所に来た。それを一番分かっているはずの晁蓋が、渓谷の内に怪しげな物を見つけたというのならまだしも、わざわざ下りる必要のない谷底に下り、挙げ句、怪我でも負ったら本末転倒もいいところである。

 いや、怪我ぐらいで済んでくれればよほどマシであって、まかり間違って命を落としでもしたら、それこそ本末転倒どころの話ではない。


「哥兒、いくら何でもそれは──あっ!!」


 朱仝が止める間もあればこそ、至極真っ当な諫言などどこ吹く風とばかりに、晁蓋は渓谷へとその身を躍らせた。そしてピョンピョンピョンと、見る間に谷底まで到着するや、尚も啞然と眺める朱仝を尻目に、何の躊躇もなくザブザブと流れを渡っていく。


「全く、しょうがないなあの人は!」

「あ、ぁあの、朱都頭。我々はどうしたら…?」

「あーっと、そうだな…この距離なら声も届くし、向こうでまた考えるから、取りあえずここに居てくれ」

「わ、分かりました」


 馬を預けた従卒二人に指示を出し、仕方なく後に続いた朱仝が沢へ下りた時には、すでに晁蓋は川を渡り終え、向こう岸で登れる場所を探している。

 溜め息を一つ零して、これまた仕方なく朱仝が川を渡れば、晁蓋は丁度、東岸から見た物体の正面辺り、僅かに勾配が緩い場所を目掛けて勢いよく走り出したかと思うと、二、三、斜面を蹴って崖の上に手を掛け、ぐんと身体を持ち上げるや、苦もなく登り切ってしまった。


「ほれ、小哥。手を貸してやるから」


 崖の上から一人、気持ちのいい笑顔を投げ掛ける晁蓋に、下から見上げる朱仝は両手を腰に当て、ほとほと呆れ顔である。


「哥兒…もうちょっと後先考えて行動して下さいよ」

「何言ってる。ちゃんと考えてるよ。お前、一旦街道まで戻って、西渓村からここに来るつもりだったんだろ?こっちの方がよっぽど早いじゃないか」

「そういう事じゃなくて…まあ、何事もなかったから良かったですけど」


 晁蓋の方法に倣い、晁蓋の手を借りて朱仝が崖を登ると、二人は揃って林の奥へと向かう。


 果たして、()()はそこに在った。その傍らに立ち、二人は思わず息を吞む。


 大雑把に下草を刈って形作られた5mほどの円の中心には、倒れないようにするためか、基底部を大きめの石で取り囲まれた石造りの塔。


 いや、畏まって「塔」などと呼ぶような代物でもない。

 申し訳程度に整えられた表面には凹凸も多く、特にコレといって形状的な意匠がある訳でもない。

 石塔なんて洒落た名で呼ぶくらいならよほど石柱の方がピンとくる、といった感じの趣きだが、何の事はない、要するに「太さが一抱えほどの長い石の塊」である。それをただ立ててあるだけだ。

 というか、石塔だろうが石柱だろうが、呼ぶ人が呼びたいように呼べばいいだけの話なのだから、呼び方は別に何でもいい。


 東岸からの眺めでは腰ほどの高さに見えていた石塔は、こうして間近で見れば優にその倍、朱仝の背丈ほどもある。

 無論、目測を誤ったとか、まして東岸で見た物とは別の石塔だったなどというオチではない。その理由は二人にもすぐに分かった。


 石塔は上下ではっきり色が分かれていて、下が青く上は黒い。そのため、遠目には黒い部分が光の加減もあってか木々の影に溶け込んでしまい、青い部分だけしか認識できなかったのだ。早い話が錯覚や眩惑の類いである。

 確かに二人が頭の中で思い描いていた石塔は、渓谷を渡って目を離した()()の僅かの隙に、全く別の姿へと変貌を遂げてしまったが、タネが推測できるのだから殊更驚く事でもない。


 それが分かっていて尚、二人は立ち尽くし、言葉を失ってしまうほどの動揺を禁じ得ないでいる。

 タネによって引き起こされた結果ではなく、タネそのもの──上下で分けられた石塔の色によって。


 石塔の上半分が黒い理由は単純明快だ。


 数え切れぬほどに貼り付けられた、札、札、札…

 僅かに淡い黒地に、二人が見た事もない紋様や文字が墨で記されたそれは、符籙(ふろく)(魔除け)か呪符か。いずれにせよ、石塔の上部は夥しい数の札によって、一片の隙間なく覆い尽くされている。


 何とも「奇怪」と形容する他ない。


 諺にも『風あらざれば木は揺れず、船動かざれば水は濁らず』(※1)とあるように、人の世は「全ての現象には原因や理由がある」という大前提の元に成り立っている。故に人は目の前の現象に理由や理屈を求め、それを結び付ける事によって心の平穏を保つ。

 頭でイメージしていた石塔と、実物の丈が倍くらい違っていても、二人が驚かずにいられるのは、正にその理由が推測できたからこそだ。


 逆に、推測できるからこそ心を乱される事もある。

 過去に凄惨な事件があって、長く住み手がない廃墟の至る所に札が貼られていれば、人は勝手に「ああ、そういう事ね」と理由を想像し、実際に何かを体験した訳でもないのに、理由と札を結び付けて怯えたりする。

 石塔の上部を目の当たりにした二人の驚きはそれに近い。


 二人がこの場所に至った経緯を思えば、石塔や得体の知れない札の意味は理解できる。きっと「そういう事」なのだろう、と。

 そしてまた、道術や法術といった類いに無縁な二人から見ても、異常と思えるような札の数は、貼り付けた者の感情を如実に表している。その執念や、いっそ怨念とも呼べるような感情が容易に推察できるからこそ、二人の心中は激しく揺さぶられた。

 人の世が「現象には理由がある」という前提で成り立ち、人に思考力や想像力といった能力が備わっている以上、二人の狼狽は誰にも責められまい。


 しかし、人間は「人」である前に「ヒト」である。人智を超えた現象への畏怖──即ち、生物の根源的な感情と比べれば、所詮、人の世の理など物の数ではない。

 故に、この奇怪な石塔を「奇怪」たらしめているのは、実は上部ではなく下部の方だ。上部を「想像できるからこその奇怪」とするならば、下部は正しく「想像の及ばない奇怪」と言える。


 上部とは対照的に、石塔の下部は札の類いを一切纏っていない。

 その最たる特徴は、相反する二つの風合いを同時に放つ、色付けられたと思しき青い肌。


 それは仄暗い蛋青(たんせい)(※2)のようであり、また仄かに発光する淡藍(浅葱色)のようでもあり…


 いかに大宋国広しと言えど、その様相を端的に言い表せる者はそう多くない。


 いや、いない。

 おそらくこの石塔を生み出した者でさえ、その様を万人が納得できるような一言で表現する事はできまい。


 この国にはこの石塔の異様さ、面妖さを表せる言葉自体がないのだ。

 表現する手段がない存在を強いて表現するとなれば、そのための新たな語句を生み出すか、後は表現する者が知る、それを表すに最も近しいと思われる言葉で表現するしかない。


 だから今、言葉もなく佇んでいる二人が石塔を前に抱いた最初の印象も、やはり「奇怪」の二文字である。


 仕方がないのだ。それ以外に表現のしようがないのだから。


「小哥、どう思うよ」

「……」


 問われた朱仝は答えない。


 石塔の印象が「奇怪」から「奇怪極まりない」に変わった辺りで、朱仝は考えるのを止めた。


 考えている内に意識が宇宙へ飛ばされてしまった訳でも、飛ばされた意識が戻ろうとすると凍り付いてしまう訳でも、それで戻ってくるのを諦めてしまった訳でもない。

 所詮どんな言葉を並べようと的確には言い表せないのだから、表現の巧拙に拘ったところで、はっきり言って無駄無駄無駄である。


 あ、無駄無駄無駄はもうちょっと後の…いや、そんな事はこの際どうでもいい。


 とにかく今、朱仝の脳裏には様々な思いが去来し、その中からどれを拾って言葉にすべきかが全く定まらない。



【何なんだ一体、この奇怪極まりない石塔は。


 この石塔が東渓村に災いを招いてるとして、ここまで執拗に札を使う必要があるのか?

 この石塔を消えた男達が置いたのだとすれば、何がその者達をここまで駆り立てたのか…


 これを一体、どう処理すべきか。

 知県閣下への上奏はするにしても…さすがにこれは俺達の手に余るかもしれん】



「小哥!」

「…え?あ、ああ、すいません」

「どうするよ?」

「そう、ですね…そもそもこれを置いた者達は、何処からどうやってこの石塔を調達したんでしょうか?」

「んん?そんな事は知らんよ。ここら辺に落ちてたか、川岸から引っ張り上げたか…何なら川を鎮める目的か何かで、昔からここに祀られてたのかもしれんし。まあ、さすがに他所(よそ)からここまで担いで来たって事はないだろうが」

「西渓村の保正からそんな話は聞きませんでしたが…」

「いや、そんな事は別にどうでもいいだろ?これからどうするんだ、って聞いてるんだが」

「…取りあえず一度、西渓村に行きましょう。これが元からここに在った物か、誰かが新たに置いた物か、保正に聞けば何か分かるかもしれません」


 溜め息を一つ零して僅かに恨みがましい表情を浮かべた晁蓋は、しかし、すぐにそれを消し去り、再び石塔に視線を向けた。

 腕を組み、何かを考えるように左手で鬚(顎ひげ)を撫でながら、視線も向けずに朱仝に語り掛ける。


「じゃあ、今の内に西渓村まで馬を回しとくよう、向こう岸の従卒達に言っといた方がいいんじゃないか?」

「あ、なるほど。そうですね、伝えてきます」


 朱仝は晁蓋を一人残して林を出るのだが──


 朱都頭よ。あんたはもう晁保正の気質を忘れちゃったのかね?


 そんな簡単に口車に乗っちゃいかん…

※1「風あらざれば木は揺れず、船動かざれば水は濁らず」

中国の諺。「物事には必ず理由がある」の意。第5回「仙女さまはお見通し」後書き参照。

※2「蛋青」

「鴨蛋青」とも。「鴨」はアヒル「蛋」は卵の事で、アヒルの卵が淡い青色(緑色?)である事から「(アヒルの卵のような)淡い青色」の意。

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