元宵節
「お詫び」
「活動報告」でもお知らせ致しましたが、清風鎮の人口に関して、原作『水滸伝』に直接的な記述はないものの、その内容から想定される数字とはかなりの相違がありましたので、2021.9.12の修正で大きく変更しています。修正前は「4,000~5,000人」でしたが、現在は『水滸伝』に即した形で「15,000人ほど」としています。修正前にお読みいただいた方には大変申し訳ありませんが、謹んでお詫び申し上げます。
鄭家村はそれほど大きな村ではない。
戸数は30ほど。人口は150人にも満たない。
当然、自給自足など望むべくもなく、近隣の清風鎮がなければ、立ちどころに困窮してしまう。
いや、ただ生きていくだけの食糧なら、鄭家村だけでも事足りる。
しかし、衣服や住居の調達・補修などは、各家でできる事はたかが知れているし、できる者が助け合うにしても限度がある。
そもそも、その材料からして清風鎮を頼らなければ揃わない。日用品や雑貨なども同様である。
娯楽ともなれば、村には酒家(居酒屋)が一軒あるのみ、鄭天寿が『三國』の講談を聴いたのも清風鎮の勾欄(※1)だ。
そんな鄭家村であるにも拘らず、なぜか道観はある。
いや、厳密には鄭家村の中ではない。
その道観は鄭家村と清風鎮を結ぶ道沿いにあり、双方の住人が利用するのだが、清風鎮よりも鄭家村の方が遥かに近いため、いつしか「鄭家村の道観」という事になったようだ。
「人が生きていくために信仰は必要不可欠か」と問われれば、答えは人それぞれであろうが、鄭天寿にとってその道観は、いや、道観の門前で楽しむアレは、生きていく上で必要ではなくとも、日々の生活の潤いではある。
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村を出た鄭天寿は、右手に林を見ながら小路を進む。
いつもはそれほど人通りの多くない田舎道だが、今日は清風鎮から多くの人が訪れては林に消え、林から出て来ては清風鎮へと向かっていく。
人々が行き交っている場所が、林の奥に建てられた道観への入口だ。
入口を曲がれば、参道の両脇には灯籠を架けられた架(※2)が立ち並ぶ。無数の灯籠が道観へと連なる様は、なかなかに壮観である。
日が暮れて灯籠に灯が点されれば、宵闇を照らして一層、賑わいに華を添える事だろう。
今日は正月15日、元宵節。
春節(※3)を経て最初の満月の日を祝う、この風習の起源は漢代にまで遡るが、時代が下るごとにその規模はより盛大に、期間もより延びていった。
今では15日の佳節(本祭)を跨ぐ5日間に亘って新年の喜びを分かち合う、この国の年中行事となっている。
もちろん、この道観とは比ぶべくもないとはいえ、鄭家村でも元宵節を祝っている。各家庭は門前に灯籠を飾り、村の中央に在る広場には、各家から持ち寄られた灯籠が堆い山を成していた。
村の保正を担う鄭天寿の家は一段と豪勢で、門前には灯籠架が建てられ、広場の灯籠山にも多くの灯籠を供出している。
また、元宵節は道教とも縁が深い。
道教の三元神の内、上元天官が正月15日と結び付けられている事もあり、故に元宵節はまた、上元節とも呼ばれる。
おまけに、今上陛下は「道君皇帝」と称されるほど道教に精通、傾倒されているのであるから、こんな片田舎の道観など言わずもがな、都に至っての賑わいは推して知るべしである。
そんな元宵節だからこそ、鄭天寿も佳節の差配に余念がない伯父や、せわしなく働き回る作男を尻目に屋敷を抜け出し、李柳蝉を怒らせてまでこの道観へ潤いを求めに来たという訳だ。
保正の跡取りとも言うべき鄭天寿など、本来なら率先して手伝わなければいけない立場なのだが。
「いやいや、コレは小遣い稼ぎの為であって、決して疚しい気持ちは…」
…などと、彼は誰にともなく言い訳をほざいてらっしゃるが、それはこの際放っておこう。
昼間の賑わいもさる事ながら、夜の参道にはまた格別の趣がある。
両側にずらりと立ち並ぶ灯籠の灯りに照らされる中、カップルで仲睦まじく袖寄せ合わせれば、まるでキャラを忘れたどこぞの師匠よろしく、周囲の誰も彼もが「あまーーいっ!!」と叫びたくなるような空気を撒き散らす事、請け合いだ。
何を隠そう、鄭天寿と李柳蝉も「二人で観に行こう」と、それこそ去年の内から今夜の約束をしているくらいである。
…ん!?
「あー、今日の約束って…」
これまで鄭天寿は、李柳蝉と二人きりで夜の灯籠祭りを見た事がない。
二人が幼かった内は言うまでもなく、鄭天寿が成長したここ数年も、鄭延恵や作男らが、言わばお目付け役として同行していた。
とりわけ李柳蝉を実の娘のように可愛がる鄭延恵が、嫁入り前の身に何かあったら、と断固反対していたのだ。
しかし、今年は晴れて婚約も済ませ、あまり遅くならない事を条件に、初めて二人きりで夜の灯籠祭りを見に行くお許しが出た。鄭天寿が鎗棒の腕を身に付け、下手な破落戸に絡まれても李柳蝉の身を守れるようになったという事もある。
そこで、まだ日のある内に待ち合わせ、夕暮れから宵の口に灯籠祭りを観に行こう、と約束していたのだ。
それなのに──
時間がまだ早いとはいえ、一人鄭天寿は他の女の子達と祭りを楽しんでくると言う。
李柳蝉も怒る訳だ。
「んー、どうすっかなー。折角、来たしなー…」
…「折角」もクソもないが?
「ま、いっか。暗くなる前に帰れば」
うん。サイテーだ、コイツは。
「何と言っても本番は夜だしぃ…」とか何とかほざきながら、鄭天寿はルンルンと音が聞こえそうな足取りで道観へ向かう。
「「鄭郎」」
「鄭郎君」
「鄭阿哥(鄭お兄ちゃん)」
鄭天寿を呼び止める四人の声。
「鄭郎」と呼んだ二人組の年上の女性。
「鄭郎君」と呼んだ年上の女性。
「鄭阿哥」と呼んだ年下の女性。
「あら、御機嫌よう。にしても…相変わらずあざといわねー、妹さんは。『鄭阿哥』だなんて」
二人組の一人が先制攻撃。
「どーも。呼んでるんじゃなくて、鄭郎君がそう呼ばせてるんです!それを『あざとい』だなんて…」
そう、すでに鄭天寿にはいるのである。本人曰く「全世界の男の夢」を叶えてくれている少女が。その上で尚、許嫁にまでそれを求めているのだ。
しかも、呼ばれているのではなく、呼ばせているというところに、一際タチの悪さが光る。
ゲス男、ここに極まれり。
「…?『鄭阿哥』は『鄭阿哥』でしょう?」
小首を傾げ、真顔で妹ちゃんが聞き返す。素ならまだしも、狙っているのならこの妹ちゃんもなかなかのモンだ。
「寧ろそちらの方が如何かと思いますけどね。そんなに肌を露にして…」
姉妹のお姉さんが反撃。
二人組のもう一人は、これ見よがしにそこかしこを見せつけているという訳ではない。
見せつけていないのではない。これ見よがしでないのでもない。
見せつけているし、これ見よがしでもあるのだが、それが「そこかしこ」ではない、というだけだ。
首から胸元に掛け、裂織り襟をはだけて晒されている、深い谷間の主張は甚だ激しく、その「そこかしこでないソコ」だけで、妖艶と呼ぶに相応しい雰囲気が十分に醸し出されている。
「あら、ごめんなさいね。大きいもんだから普通に着てもこうなっちゃの。まあ、あざといのはお互いさまという事で、ね♪」
…そんな訳なくない?隠そうと思えばフツーに隠せるはずですけど。自分で「あざとい」とか言っちゃってるし。
妖艶なお姉さんは胸元を強調しながら更に続ける。
「それに鄭郎は巨乳好きなのよ?鄭郎の許嫁ちゃんだってなかなか大きいんだし、こうやって着れば喜んでくれるんだから」
最近の李柳蝉をどこかで見掛けた事があるようだ。
そして鄭天寿の性癖がまた一つ晒された。
「いや、別に好きって訳じゃ──」
「羨ましいんなら、貴女もしてみれば?」
「別に『羨ましい』なんて一言も言ってませんわ!」
今にもギスギスと音が聞こえてきそうな中、
「えっと…まあ、ほら、こんな所で立ち話もなんだから…ねっ?」
よし、貴様には今日から「白面郎君」改め「強心臓」の綽名を授けてやろう。
表情もにこやかに「強心臓」こと鄭天寿は女性陣を道観へ誘う。
参道を抜け、五人で道観の門前まで進むと、そこはかなり広範に整地された広場となっていた。中央には灯籠の山が築かれ、広場の周囲を灯籠架が囲んでいる。
広場には露店や屋台もいくつか出ていた。
その主達の中には鄭天寿の顔見知りも多い。
「おっ、来やがったな?『閨閣公子(※4)』」
「羨ましいね、全く!」
露店の主達から、羨望とも嫉妬とも取れる声が次々と飛ぶ。
「『閨閣公子』は止めて下さいよ、人聞きの悪い」
「おい、自分の周り見てみろ。人聞きが悪いも何も、まんまじゃねーか」
まあ、この程度の軽口を叩き合えるくらいには打ち解けている。
「許嫁のお嬢ちゃんに知れたらどうなる事やら…」
「ちょっ、と…それはマジで洒落になんないから」
鄭天寿の狼狽に、露店商達は小気味良く笑う。
彼らにとって鄭天寿は目の敵にする相手ではない。
そもそも同業ではないので商売敵ではないし、鄭天寿の扱う銀細工は趣味で作ってるような物だから、値段もかなり良心的だ。無論、最初にその細工がお披露目されるのは女性陣と決まっているが、そこで売れ残れば彼らも家族への手土産としてよく買っている。
それに、鄭天寿から買った物でなくとも頼めば手入れをしてくれるし、多少の傷なら補修もしてくれる。
何より鄭天寿も含めて、露店商達にとってはお客さんだ。
彼女達は全員清風鎮の住人である。
清風鎮の人口はおよそ15,000人ほど。祭りの規模もこの道観とは比べ物にならない。
単に祭りを楽しむだけなら、彼女達がこの道観に来る必要は全くない。
それをわざわざ足を運ばせているのが、鄭天寿の存在なのである。
といって、彼女達はただ鄭天寿に会うためだけに道観を訪れている訳でもない。
そもそも銀細工など、そう頻繁に壊れて買い換える物でもないし、鄭天寿の商品は有り金を叩いて買うような代物でもなく、一頻り鄭天寿との会話を楽しんだ後は、普通に灯籠見物もすれば、他の露店で買い物もする。
そして当の鄭天寿はといえば、品物が売れれば女性陣から強請られるままに、他の露店で散財させられたりもしている。
言ってみれば、持ちつ持たれつという関係だ。
鄭天寿は趣味と実益と日々の潤いを兼ねて、女性陣はイケメンとの楽しいひと時を求めて、露店商達にとっては少しでも金を稼ぐ機会を、とりわけ可愛い許嫁を持つ身でありながら、その上、更に女性を両手に侍らせ、この世の春を謳歌している若造の財布をスッカラカンにしてやろうと狙いを定めて、といった按排である。
ふぅ、と一つ溜め息をつき、鄭天寿は参道に程近い、予め決められていたかのように空けられている一角に、持ってきた莚を敷いた。
「今日はどんなのがあるの?」
「ん?いつもとあんまり変わんないよ?釵とか髪留めの環とか…」
妹ちゃんは纏わり付くように鄭天寿に尋ねると、そのまま一緒にしゃがみ込んで莚に広げられた銀細工を品定めする。
「ふーん…」
妖艶なお姉さんが持っていた布切れを莚の前に置き、鄭天寿の正面で膝をつく。
両手を膝に置き、僅かに前傾姿勢となって品定めをして…いるようで、実はまるで見ていない。
上目遣いで鄭天寿を見つめ、両腕で挟み込んだ胸をこれでもかとアピールしている。
その内、膝の上に置いた両手を更に前に──
「ちょっと!いくら何でもやり過ぎよ!」
さすがに二人組のもう一人のお姉さん…メンドいな、もう普通のお姉さんでいっか、が慌てて止めに入った。
「あら、残念」
「それで、よくウチの妹を『あざとい』なんて仰いましたね。そちらの方が余程じゃありませんか」
「あら、気付かなかった?鄭郎ったら釘付けだったわよ。ねっ、鄭郎♪」
悪戯っぽいウィンクと共に、妖艶なお姉さんが微笑み掛ける。
「はは。いや、まあ…御馳走さまです」
「鄭郎!?」
「鄭郎君!?」
照れるでも否定するでもなく、笑顔で応える鄭天寿に驚いたのは、普通のお姉さんと姉妹のお姉さん。
「次からは私も…」
「あら?こんな着こなしで鄭郎の気を惹けたからって、羨ましくないんじゃなかったの?さっきは勧めといて何だけど、妹ちゃんの教育にはあんまり良くないわよ?」
「貴女には言われたくありませんっ!!」
姉妹のお姉さんと妖艶なお姉さんがバチバチと火花が散らす中、あざといのか無垢なのか妹ちゃんは、
「ねえ、阿哥。阿哥は胸の大きい女の人が好きなの?」
「んー、どうかなぁ…まあ、嫌いじゃないかな?」
ちょっと前に「別に好きって訳じゃない」ってほざいてたのは、どこのどいつだ。
「じゃあ…」
妹ちゃんはモジモジと何かを言い澱んでいる。
「ん?」
「えっとね、将来ね、私の胸が大きくなって、ああいう風に服を着たらね…喜んでくれる?」
「そりゃ勿論♪」
「鄭郎君っ!!」
「ほら、御覧なさい。貴女があんな事言うから…」
自分の姿を棚に上げ、姉妹のお姉さんを窘めたのは妖艶なお姉さん。
「ってゆーか、さ…」
と、鄭天寿は妹ちゃんの手を取り、ジッと顔を見つめると、
「今でも十分可愛いよ?それに今日だってこうして会いに来てくれたから、それだけでもホントに嬉しいよ」
…オイ、その辺にしとけ。見ろ。妹ちゃんの顔が今にも蕩け落ちそうだ。
これから先の人生の方が遥かに長いってのに、こんなトコで戯れに昇天させるんじゃない。
「呆れた。ホント、鄭郎ってば誰でもいいのね」
溜め息交じりにそう呟いたのは普通のお姉さん。
「そんな事ないよ」
鄭天寿はおもむろに立ち上がり、普通のお姉さんの手を取るや、
「俺は、俺の事好きでも何でもない娘を、無理矢理どうにかしようとは思わないよ。こうして会いに来てくれるからこそ、その好意に出来るだけ応えたいだけさ」
「あっ♡鄭郎…」
手を取り、間近で見つめる鄭天寿の顔を、普通のお姉さんは瞳の中に「♡」マークを浮かべ、うっとりと見つめ返している。
っていうか、今この男は「自分に好意を寄せてくれる女性は、手当たり次第に遠慮なく頂きますありがとうございます」って言ったんだが…このお姉さんも相当だ。
「要するに…鄭郎の事が好きな女性なら誰でもいい、って事ね?」
妖艶なお姉さんが立ち上がる。
いいぞ、言ってやれ。この不届きなイケメンに、ガツンと一発カマしてやるのだ!
「その理屈で言ったら、鄭郎があの許嫁ちゃんと結婚すれば、私はすぐにでも愛人になれるわね♪」
妖艶なお姉さんは、両手で絡め取った鄭天寿の左腕をその深い胸の谷間に埋めると、鄭天寿の耳元に顔を寄せ、そっと囁いた。
…違う、そうじゃない。
そんな事を言って欲しいんじゃないんだ…
「あ、いや、それはまた別の話で──」
「そんな自己主張の激しい人では、いつか鄭郎君の家庭を壊してしまいますよ。もっと慎ましやかな性格でなければ。例えば、えと…私とか」
「慎ましやかな性格の人は、自分から愛人として売り込んだりしないわよ」
妖艶なお姉さんや。確かにその通りっちゃその通りですけども。
でも、そういう事でもないんだ。
普通のお姉さんは未だにうっとりと鄭天寿を見つめてるし、妹ちゃんは妹ちゃんで未だ夢見心地の御様子だし…。
そして二人のお姉さんは、鄭天寿を間に言い合いを続けてる。
五人の会話に聞き耳を立てる周囲の露店商達は、止めには入らずとも、鄭天寿がこの場をどう着地させるのか興味津々だ。
何ならここで四人から三行半を突き付けられでもしないか、と冷やかし半分の期待を込めて。
「大体、愛人って言ったって、鄭郎は家や生活費を工面してまで面倒を見る気は更々ないのよ?何だかんだ言っても、結局は許嫁ちゃんが大事なんだから。私達を相手にしてるのはただの遊び、気晴らしなの。あとは『小遣い稼ぎの金づる』ってトコかしら?」
「えっ!?」
「いや、言い方っ!!てか、俺そんなサイテーじゃないよ!?」
サイテーだが、何か?
「でも、私は別にそれでいいの。家やらお金やら鄭郎の世話にならなくたって、気晴らしに時折会いに来てくれて、愛する人の子供を産めれば、それで十分なんだから」
…うん、妖艶なお姉さんはダメだ。自分で「遊ばれるだけ」って分かってんのに、今から遊ばれる気満々じゃねえか。
「で、貴女はどうなの?大方『礼に則った、清く、正しく、美しいお付き合いを』とか思ってるんじゃない?単なる体だけの関係なのに、そんなの相手に求めたら、よっぽど不和の因になると思うけどね」
頑張れ、姉妹のお姉さん。今こそ三行半を──
「いやいや、皆ちょっと話が飛躍し過ぎてるよ?俺まだ結婚もしてないし…」
うるせぇ!お前は黙ってろ、クソ閨閣公子。
「それに、こうして皆と話してる時間が楽しいし、好きなんだよね。癒されるっていうか…」
「…許嫁の方がいらっしゃるのにですか?」
うん?何か雲行きが…
「あー、いやまあ、そうなんだけど…アイツも、もうちょっとお淑やかになってくれればねぇ」
「まぁ…」
あぁ、コイツ正真正銘のアホだな。今そんな話を持ち出したら…
「分かりました」
「…ん!?何が?」
「私も鄭郎君とお会いしてる時間は楽しいですし、鄭郎君にそれを望んでいただけるなら、いつか妹共々お世話にならせていただきます」
ホレ見ろ。姉妹のお姉さんが、しれっと妹ちゃんを巻き込んで愛人宣言しちゃったよ。
何て言うか…もうカオスだ。
「あら、いいの?本当に、ただただ体だけの関係よ?そういうの嫌いなんじゃないの?」
「うぅ…でも、私と会ってる時間を癒しだと言ってくれましたから。私で良ければいつでも癒して差し上げますね」
「あー、えっと…愛人の話はともかく、その気持ちは嬉しいよ」
「ふふっ…♡」
姉妹のお姉さんも陥落した。
「それとさ…」
鄭天寿が少し困惑したような、哀願するような笑みを浮かべて続ける。
「そう頻繁にみんなと会える訳じゃないから、せめてこういう時くらいは楽しく過ごしたいんだけど…ダメかな?」
鄭天寿が止めの一撃を放った。
「ズキューン♡!!」という音とともに、女性陣の胸に「何か」が突き刺さる。
普通のお姉さんが妖艶なお姉さんを窘め、妹ちゃんが姉妹のお姉さんを怒り、姉妹のお姉さんはなぜか鄭天寿に対して罪悪感を覚え、妖艶なお姉さんは「仕方ないわね」という表情で姉妹のお姉さんと和解する。
「ねえ、阿哥。私、また夢のお話聞きたいな」
「ん?いいけど、最近あんまり夢を見なくなっちゃってね。前と同じ話になっちゃうかもしれないけど…それでもいい?」
妹ちゃんのリクエストに、鄭天寿は僅かに困惑。しかし…
「うん。私、阿哥のお話好きー」
「そう?じゃあ、えーっとねぇ…」
…だと思ったよ。
結局、何事もなかったように和気藹々と楽しむ五人を見て、周囲の人々の脳裏には同じ言葉が浮かんだ。
【【【何だ、コレ?】】】
ホント、それな。
※1「勾欄」
講談や芝居等、色々な演目を楽しめる娯楽施設。
※2「灯籠を架けられた架」
「架」は架台。灯籠を飾るための架台。灯籠架。
※3「春節」
旧暦の正月。
※4「閨閣公子」
造語。「閨閣」は所謂「ハーレム」。「公子」は、本来は貴族や高貴な家柄の子息を指す事が多いが、ここでは単に「若旦那」ほどの意。ハーレム王子。