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水滸前伝  作者: 橋邑 鴻
第五回  北辺の道士 宿魔の士を憂い 黒衣の仙女 恣意もて此を扶くこと
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閑話休題「禁軍(2)更戍法と将兵法」

これまでの閑話休題の中では、最も本編と関係の薄いお話です。

興味のある方は一読いただければ幸いですが…そもそも興味を持っていただける方がいるのかww

相変わらず(ry

 道士(以下「道」):はぁ~、疲れた疲れた。全く、あのB(自主規制)と話してると、気疲れして困るわ。


 仙女(以下「仙」):おい!聞こえとるんじゃ、この腐れ道士が!


 道:うぉわっ!!


 仙:なぁ~にが「うぉわっ」じゃ、わざとらしい!何じゃ、(なんじ)そろそろ生きる事に疲れてきたか?望みとあらば、今すぐにでも(なんじ)の世界を破滅させてやるが?


 道:そんな訳なくねえ?


 仙:なら、言葉遣いに気を付けんか。大体、何で(われ)がこんな下らんコーナーに呼ばれとるんじゃ。どうしても(われ)の有り難い高説を賜りたいと言うのなら、もっと壮大なテーマを用意せんか。


 道:例えば?


 仙:例えば!?えーっと…だからアレじゃ、ホラ…あーっと…そう、例えば天地の成り立ちについてとか──


 道:聞き終わる前に俺の寿命が尽きちまうよ!


 仙:じゃから!そういった類いの話でもないのに、(われ)の手を煩わせるでないと言っておる。どうせなら(なんじ)の愛しい弟子と仲良くヤれば良いではないか。


 道:書き方っ!!いや、今回のテーマは年代的に本編よりだいぶ前の話だし、そういう話を登場人物が語るのはそぐわないんじゃねえか、って事らしいんだが…


 仙:何処ぞの小娘と違って、(われ)は本編に登場しておるわっ!!


 道:「何処ぞの小娘」ってのが誰の事を言ってんのか分かんねえけど、それ以前にまず娘々(にゃんにゃん)()物じゃねえじゃん。


 仙:屁理屈を捏ねおって!大体、年代が云々と言うが、このコーナーはこれまでにも過去はおろか、未来の話までさんざっぱらしてたではないか。何の為にわざわざ前書きに「メタい」と断りを入れとるんじゃ。


 道:はいはい、仰る通りですけどもね。まあ、もうコーナー始まっちゃったんだしさ。そろそろ本題に入んねえと、いつまで経ってもお帰りいただけねえよ?


 仙:…チッ!(われ)は人界のとある国、とある時期の軍制になぞ興味は無いからの。いちいちコメントを求めるでないぞ?チャッチャと始めてチャッチャと終わらせるが良い。


 道:舌打ちっ!!…はぁ、まあいいか。さて、まず今回のテーマだが「更戍(こうじゅ)法」も「将兵(しょうへい)法」も『水滸伝』やこの小説の舞台である宋王朝で、実際に採用されてた禁軍の運用制度だな。


 仙:当たり前じゃろうが。何で縁も所縁もない国の軍制をいちいち説明せねばならんのか。


 道:制度の歴史は「更戍法」の方が古く、宋の建国当初からおよそ100年ほどの間、禁軍は更戍法によって運用されてた。更戍法の特徴は、率いる兵数によって部隊が「()」「(えい)(又は指揮(しき))」「(ぐん)」「(しょう)」という四つに分類されてる事で、最小単位の「都」の兵数がおよそ100人、次の「営」が「五都」、つまり「都」が五つ集まったもので500人ほど、同様に「軍」が「五営」でおよそ2,500人、最も規模の大きい「廂」は「十軍」でおよそ25,000人もの大軍になる。


 仙:大軍?ハンッ!たかが25,000ばかりで笑わしおる。(われ)の手に掛かれば、ものの数秒で壊滅させてくれるわ。


 道:その後、更戍法は廃止される訳だが、それが神宗(宋朝第6代皇帝)陛下の御世、1074(煕寧七)年の事とされてるから、この小説の舞台からは30年以上も前の話だな。で、その更戍法に代わって導入されたのが、当時の宰相・(おう)安石(あんせき)が推進した「将兵法」という制度だ。


 仙:30年以上()とは…何とまあ、人間の生とは儚きもんじゃの。(われ)にしてみれば「つい今しがた」じゃな。


 道:…いや、娘々(にゃんにゃん)さ。


 仙:何じゃ?


 道:ちょいちょい放り込んでくる自慢?みたいのが、さ…ずっとそんな感じでいくの?


 仙:…チッ!うるさいのぅ。聞けばいいんじゃろうが、聞けば!


 道:舌打ちっ!!…ったく。で、と。「更」に「改める、入れ替える」、「戍」に「(主に軍が)守る、守備する」って意味があるように、更戍法ってのは任地に赴いた将も兵も、数年おきに異動となる制度だった。しかし、兵にしろ将にしろ、漸く上官や部下に慣れたと思ったところで、新たな任地に異動させられる訳だから、上下の信頼関係なんてモンはとても築きようがない。その証拠に、当時の禁軍を表した「将は兵を知らず、兵は将を知らず」なんて言葉が伝えられてるくらいだからな。内地ならまだしも、北方や西方で国境の警備にあたる者にしてみれば、いざ事が起こった時に、命令を出す側も受ける側も互いを信頼出来てない状態じゃ、とても戦どころの話じゃない。そういった弊害を抱え、また実際に軍としての戦闘力の低下を招いたと言われる更戍法だが、実は弊害でも何でもなく、そもそもは意図的にそういった状況を作り出す為に生み出された制度だったらしい。


 仙:ほう…?


 道:これもいつか話が出るのかも知れんが、前朝の唐代には地方に「節度使(せつどし)」という官職が置かれてた。その節度使が軍閥化し、唐の滅亡から宋建国に至るまでの間、各地の節度使達が次の帝位を巡って争った為、大いに国が乱れた。俗に言う五代十国時代だが、そうした経緯から、地方に派遣された将兵が再び軍閥化し、国を乱す力を持たないよう、将も兵も敢えて同じ地に長く駐留させない更戍法が、太祖(宋朝初代皇帝)陛下によって制定されたという訳だ。


 仙:ふ~ん。ま、とっくに廃止された制度の話を延々と、わざわざ御苦労な事であるな。で?こっちの小説ではその後の「将兵法」やら何やらが採用されてると?


 道:いや、違うぞ?


 仙:えぇ~…


 道:ま、正確には「分からない」んだがな。


 仙:おいっ!!


 道:しょうがないだろ、資料が少ないんだから。一応、流れ的には1074(煕寧七)年に更戍法が廃止され、代わって将兵法が導入された。ここまではいい。多くの資料に見えるからな。宰相の王安石は兵制だけじゃなく、民政についても改革を進め、多くの新法を導入したんだが、その後、新法派の王安石が朝廷から退く事になっても、神宗陛下の御世では新法が堅持されてた。ところが、その神宗陛下が崩御なされると、途端に兵制・民政問わず「元の法(旧法)に戻すべきだ」という動きが出た。それが1085(元豊八)年の事で、将兵法の導入から見れば11年後の事だ。


 仙:ハンッ!たかだか10年やそこらで国の在り方を二転三転させるとは。全く以て人間というのは…


 道:まあ、制度自体の問題か、或いはそれを運用する為政者側の問題か、ともかくこの頃には新法の評価が芳しくなくなってたのは確かなようだがな。そこで旧法派の司馬(しば)(こう)という人物が宰相に登用され、王安石が導入した新法を片っ端から廃止して──


 仙:おい、コーナーの趣旨からズレまくっとるぞ!禁軍の話は何処へ行ったんじゃ!?


 道:丁度、今から本題に入るとこだよ。宰相に就任し、新法を廃止しようとしてた司馬光は、就任の翌年に病死してる。で、こっちの作者なりに調べてみたらしいんだが、司馬光死後の将兵法については、資料によって記述に違いがあって、正確なところが分からなかったようだ。


 仙:アホか。歴史的な事実なんじゃろう?資料によって記述が違うなんて、ある訳なかろうが。


 道:ある資料じゃ「将兵法は司馬光によって廃止された」とあったり、別の資料じゃ「将兵法廃止には反対の声が多く上がり、名目上は将兵法が存続した」とあったりして、結局のところ将兵法が廃止されたのか、廃止されたとしたら更戍法に戻ったのか、それとも新たな兵制が導入されたのか、その辺りの事に触れている資料が見当たらなかったんだとさ。


 仙:ほ~ん。確かこの小説には原作があるんじゃったの。原作の方ではどう書かれてるんじゃ?


 道:『水滸伝』では細かな軍政や兵制についてまで触れられてない。しかし、こっちの小説を書くにあたって、あやふやなままで話を進めてくと、その内あっちにもこっちにも矛盾が出てくる可能性があるだろ?現に禁軍が更戍法の下に運用されてる設定でこの小説を書き始めたのに、途中でその更戍法が廃止されてたのを知って作者が愕然とした、ってのはまあ内緒の話だ。


 仙:(われ)の知った事ではないわ。単に作者の力量不足というか、準備不足じゃろうが。


 毅:そりゃまぁそうだが。しかし、史実がどうであれ『水滸伝』がどうであれ、この小説での禁軍の在り方が決まってないんじゃ、話を書きようがないからな。そこで史実にも原作にも則してないかもしれんが、この小説では独自の兵制が設定されてるって訳だ。ま、内緒ついでの話をすると、更戍法での運用が続いてれば、色々な資料にかなり詳細な記述があって困らなかったんだが。


 仙:なるほどの。ちなみに、将兵法での兵の運用はどういった感じなんじゃ?


 道:……


 仙:…?何じゃ?


 道:いや「興味ない」って言ってた割には、ずいぶん喰いつきがいいなー、と。


 仙:白痴(たわけ)が!(なんじ)一人ではしんどかろうと思って、気を遣ってやっとるんじゃ、こっちは!帰って良いのなら今すぐにでも帰るわ。後は一人淋しく、ひたすら改行も無しに後書きまで文字で埋め尽くすが良い!


 道:メタいっ!!


 仙:とにかく、(われ)はとっとと終わらせて、とっとと帰りたいのじゃ!早く話を進めんか。


 道:はいはい。更戍法では「都」「営」「軍」「廂」の四種編成だったが、将兵法では「隊」「部」「将」の三種編成に変わったらしい。導入に際しては、宋の全土に92の「将」が置かれ、その「将」ごとに正将一名、もしくは正副各一名の将を置いた。これが恐らく将兵法を「置将法」とも称する所以だ。「将」は更戍法でのように、およその兵数が決められてる訳じゃなく、各「将」によってバラつきがあったようだが、およそ7,000~8,000人を境にして正将一名が置かれるか、正副各一名の将が置かれるかが決められた、とする資料もあったな。また──


 仙:おい、将だらけで訳が分からんぞ?特に「将に将を置く」とか、紛らわしい事この上ない!


 毅:しょうがないだろ、そういう制度だったんだから。


 仙:…チッ!とゆーかこの前、何処ぞの武官が禁軍の駐留する「軍」とやらについて喋っておったじゃろうが。あの話は何だったんじゃ。その呼び名が「将」に変わったという事か?


 道:だから舌打ちっ!!…ま、いいや。「軍」ってのは禁軍駐留地の、行政区分上の分類だよ。で、ここで言ってる「将」ってのは部隊の単位だ。つまり、禁軍が92の部隊に編成されて、宋全土の「軍」に配備されたって事だな。まあ、そこから更に各府州にも配備されるって話みたいだったが。


 仙:ああ、そういう事か。


 道:将兵法のもう一つの特徴は、更戍法のような数年ごとの異動がなくなり、各「将」に置かれた正副の将が、その地の兵に訓練を施したようだ。大体、どの資料を見ても書かれてるのはこの程度だが、少なくとも導入当初は「将は兵を知らず、兵は将を知らず」なんて揶揄された更戍法時代より禁軍の戦闘力が向上した、と評価してるものが多いな。


 仙:左様か。じゃがまあ、制度の詳細が分からんのなら、他に書く事もなかろう。そろそろ終わるか?


 道:だからまあ、全てを見通す娘々(にゃんにゃん)サマのお力添えをいただければ、このコーナーももうちょっと充実するんだがなぁ…(チラッ)


 仙:こんな下らん事の為に誰が手を貸すか、白痴(たわけ)め。(われ)を何と心得るか!


 道:…でしょうね。ま、お力添えいただけないんじゃ仕方ないな。さて──


 仙:何じゃ、その言い種は!まるで(われ)の所為でこのコーナーがショボくなったとでも言わんばかりじゃな、おお??大体そんなものは、作者があちこち探し回ってネタを拾ってくるもん──


 道:はいはい、そうでしょうとも、娘々(にゃんにゃん)の仰る通りでございます。さて、参考までに『水滸伝』の方を見てみると、具体的な記述はないものの、どっちかって言ったら将兵法に近いような印象じゃねえかな。


 仙:別にどっちでも良かろう。更戍法であろうが、将兵法であろうが、いずれでもなかろうが、その程度の事で小説の価値が変わる訳でもあるまいに。


 道:まぁな。で、こっちの小説の方だが、こっちも将兵法をベースにした軍制になってるようだな。といっても「隊」「部」「将」の詳細が分かんねえからそこら辺は不採用で、軍官の異動は定期じゃなく、必要に応じてその都度決められる、って感じ?で、地方禁軍は府州や行政区分としての「軍」に属し、具体的に語られるかどうかは知らんが、設定上は前回の閑話休題に名称だけ出てきた「兵馬都監(へいばとかん)」と、あとは「団錬使(だんれんし)」が「『将』毎に正副各一人ずつ置かれる将」的な扱いになるんじゃねえかな?


 仙:何でどっちも疑問形なんじゃ…まさか、まだ決まってないとか言い出すつもりではあるまいな?


 道:いや、そんな事はねえと思うけど。ただまあ、あくまで将兵法はベースってだけで、実際には『水滸伝』に沿った設定になってると思うぜ?『水滸伝』じゃ兵馬都監や団錬使は各府州ごとに置かれてるみたいな書き方されてるから、たぶんこっちでも同じだろうし。てか、娘々(にゃんにゃん)が『んーな事はどっちでもいい』って言ったんじゃん。だいぶ時間掛かると思うけど、今から細々説明するか?


 仙:だが、断るっ!!!!


 道:でしょうね。まあ史実はともかく、こっちの小説の事はわざわざここで説明しなくても、話が進んで必要があれば、その都度本編の中で書かれるだろ。さて、この小説よりずっと以前に廃止されてる更戍法だが、この小説ではその中から一つだけ軍職が採用されてる。それが「都頭(ととう)」だ。


 仙:うん?そういえば前回の閑話休題でも、そんな名前が出てきたの。


 道:更戍法下の運用じゃ、最も兵数の少ない部隊を「都」と称してるが、読んで字の如く、その「都」を率いるのが都頭だ。言ってみれば小隊長だな。もう何度も紹介されてるが『水滸伝』に登場する都頭は、盗賊の捕縛なんかの任務にあたる「巡捕都頭」を指してて、禁軍の部隊長として登場する肩書の中じゃ「提轄」か「校尉」辺りが最も低いと思われる。実際に提轄と校尉がどのくらいの地位だったのかは分からんが、こっちの小説じゃ中級武官って事にしたもんだから、そうなると更にその下の武官が必要になるだろ?最初は史実に沿った名称を使おうと思って調べてはみたらしいんだが、将兵法の方は詳細が伝わってないから名称が分からず、それで更戍法から都頭を拝借してきたって事らしいな。


 仙:アホくさ。そんなもん、二つの役職に上下を付ければ済んだ話ではないか。


 道:まぁな。


 仙:…で?


 道:『で』?いや、都頭に関しちゃこんなトコだけど?…ああ、そうそう、更戍法から都頭の名称を拝借した事にはなってるけど、実際に将兵法下で使われてた可能性がないって訳でもない。ま、軍の編成で「都」が廃止されてんのに「都頭」も何もあったもんじゃないとは思うんだが…何しろ詳細が伝わってないもんだから。さすが娘々(にゃんにゃん)、こんな事までお見通しとは。


 仙:アホか!そんな事を言わせる為に、いちいち催促する訳なかろうが!この程度ならわざわざ回を立てんでも、物のついでに前回、書いてしまえば良かったではないか。こうして独立した回を設けとるぐらいなんじゃから、他にも何か書く事があるんじゃろ?


 道:いや、唐突に「都頭だけは更戍法から拝借してきましたよ(仮)」なんて書いたって、まず更戍法が伝わらねえじゃん。


 仙:…おい、待て。もしやこのコーナー、たかが小隊長の由来を説明する為だけに、延々と講釈を垂れてきた訳ではあるまいの?


 道:いやほら、最初は更戍法に基づいて禁軍を書こうと思ってたら、この小説の頃にはとっくに廃止されてて、使えなくなったって話したろ?で、都頭だけはこっちの小説に登場させる訳だから、その説明ついでに、折角調べた更戍法についても講釈垂れちまえ、って事みたいだな。いやー、娘々(にゃんにゃん)が居てくれて助かったわー。一人で進行してたらどうなってた事かww


 仙:何をいい顔で草を生やしとるか、こんな下らん事のために(われ)を呼び付けおって!(なんじ)の講釈も大概じゃが、こっちの作者は最早、病的じゃな!そうと分かれば用はない、(われ)は帰るっ!!


 道:あ、そうそう。あと何度か娘々(にゃんにゃん)にお出まし願う予定らしいぞ?


 仙:二度と出るかっ!!

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