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水滸前伝  作者: 橋邑 鴻
第五回  北辺の道士 宿魔の士を憂い 黒衣の仙女 恣意もて此を扶くこと
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仙女さまは身も蓋もない

「私怨なのは重々分かってる。それでも──」

「ん、分かってるなら構わん。行ってくるが良いぞ?」

「…ん!?」


 意外な仙女の言葉に、道士は目を丸くする。


「じゃから…弟弟子でも何でも好きに捜してこい、と言っておるのじゃ」

「…いいのか?」

「何じゃ、止めて欲しかったのか?」

「いや、そういう訳じゃねえけどさ。俺はまたてっきり──」

「私怨で動くなどけしからん、とでも?」


 二本の指に左のこめかみを預けながら、仙女は悪戯っぽく笑みを浮かべる。


「何、私怨なら構わん。寧ろ国の為に(まつりごと)を正すだの、民の為に魔教とやらを壊滅させるだの、大層な綺麗事を並べようもんなら、(なんじ)の身体を消し炭にしてやろうかと思ってたくらいじゃ」

「危ねぇ!俺の命、風前の灯だったんじゃねーか!」


 冗談めかして仙女は語る。

 しかし、気分次第で仙女が本当にやり兼ねない事を知る道士は、心の底から胸を撫で下ろした。


「国の為、民の為と働いたところで、アレやコレやと押し付けられ、無能な輩には依存され、用が済めば結局は使い捨てにされるのがオチじゃ。その点、私怨を晴らすと言うのなら、弟弟子との因縁にケリさえつけば、それで(なんじ)は満足なんじゃろ?さっさと見つけて、さっさと俗世とは縁を切る事じゃな」

「ああ、分かってるさ。目的を果たせば、すぐにまた山に籠るつもりだよ」


 道士としても、縁も所縁もない者のために汗を流すつもりはない。

 しかし、今回は──


「で?(なんじ)が俗世に出張(でば)る間、今の弟子はどうするつもりじゃ?」

「あーっ、と…」

「…?」

「んー、だからまあ、その、何だ…」

「…何じゃ?」

「いや、ほら、アレだ。放っといても何するか分からんからな。だからまあ(連れてこうか)と思ってな…」


 あ。ピンと来ましたね、仙女さま。


「ふはははは、聞こえんな。まるで聞こえん!」

「うっ…いや、だから…てか『まるで聞こえん』って事ぁねえだろうよ」

(なんじ)がはっきり言わんからいかんのじゃ!ほれ、(われ)に聞こえるよう、ちゃんと言ってみよ。(なんじ)が旅をする間、弟子をどうするって?」

「だぁから…連れてくんだよ!旅に!」


 あらー。仙女さま、今日イチのニヤケ顔がとっても素敵でいらっしゃるww


「ムッハー。そうかそうか、連れて行くか。んー、分かる。分かるぞ!離れ離れになるのが寂しいんじゃろ?一人、置き去りにするのが心苦しくて仕方ないんじゃろ?うむ、連れて行くが良い!」

「だぁーっ、うるせえ!んな訳ねーだろうが!だから言いたくなかったんだよっ!!」

「何を照れておるか。別に師匠と弟子が連れ立って旅をするくらい、珍しくも何ともなかろうが。うむ、これは(なんじ)らの保護者として、逐一道中の様子を監視、いや、観察せねば──」

「ざけんな、誰が保護者だ!大体、何、堂々とノゾキ宣言してんだ。ぜってー見んじゃねえ!」


 そこで「ハッ!!」と何かに思い当たった様子の仙女サマ。

 左手に預けていた頭を起こし、右手を口に当て、僅かに顔を背けながらもチラチラと道士に視線を送り、声を潜めるような素振りで聞こえよがしにはっきりと、


「そうか、そういう事か…(われ)に見られたくないという事は、それはもう四六時中くんずほぐれつ、(われ)に見せられぬ行為をするつもりだ、と宣言したも同然──」

(ちげ)えわっ!!んーな宣言、する訳ねーだろうが!」

「そ、それもそうじゃな。(われ)とした事が…」

「ったく…」


 道士さん、安心するのはまだ早い。


「いちいち『する』前にそんな宣言をする必要もないの。いや、スマンスマン」

「『する』が(ちげ)えんだよっ!!何なの、ホント今日マジで!?!?」


 素なのか、イジり倒してるだけなのか。

 ここはまあ、単にイジってるという事にしておこうww


 と、思いきや…


「『何なの』も何も、(われ)は至って普段通りじゃ。ただ、まあ何て言うかのぅ…」

「…何だよ?」

「いやもう、男と女が普通に睦み合っても、面白みに欠けるじゃろぅ?大体、その辺りは(われ)の得意分野じゃからな。以前、黄帝(こうてい)(※1)とやらに性技を授けてやったのは(われ)ぞ?知らんのか」

「『面白み』って何だ!?いや、それ以前に3,000年以上も前の話を『以前』の一言で片付けるのもどうかと思うが…」

(なんじ)らの国でその後に王となった者の多くが、その黄帝とやらの子孫を名乗っておるんじゃろ?という事は、今の(なんじ)らの国の繁栄は、正しく(われ)のお陰という訳じゃな。ほれ、思う存分敬って良いぞ?」

「それとこれとは話が全然違うだろうが!」

「じゃが、男と女の目合(まぐわ)いなぞ、今更まじまじと見たところで感慨も何もないわ。ここは一つ、(なんじ)らが先駆者となって『師匠×弟子』モノの時代を開拓していくのじゃ!」

「ヤっベーわ…何言ってんのか、さっぱり分かんねえ」

「チッ、贅沢な奴じゃのぅ。分かった分かった、解釈違いだと言うのであろう?まあ、好みはそれぞれじゃからな。よし、ではまず『弟子×師匠』の道から究めていくが良い」

「同じじゃねえか!」

「違うわ!さっき説明したじゃろうが。(なんじ)(われ)の有り難い金言を何と心得とるんじゃ!」

「有り難みの欠片もねえわ!」


 うーん、コレはイジってるんじゃない事も無きにしも非ずかも…?


「はぁ、つまらん奴じゃのぅ。仲良き事は、善き事哉と言うではないか。弟子と二人、仲良く旅をして、より一層親睦を深めれば良いと言うに」

「はぁ…何かどっと疲れたわ」

「まあ…言われてみれば、確かに(なんじ)の言う通りか。未だ俗世への興味を捨て切れん弟子を一人にすれば、何を仕出かすか分からんからの。首に縄を掛けられんのなら、側に置いておく方が安心と言えば安心か」

「まぁな…ったく、あの野郎。面倒な事に巻き込みやがって」

「…ん?」

「…何だ?」


 仙女さまは再び何かに気付いた御様子。


「『巻き込まれた』?(なんじ)は寧ろ当事者であろうが。巻き込まれたのは(なんじ)の弟子で…!」

「あ…」

「そういえば、(なんじ)が弟弟子を捜す目的が、何となく腑に落ちなかったのじゃ。嫌がらせを受けたといっても、(なんじ)に妖魔が宿った訳でもなし、確かに(なんじ)が原因で弟弟子が愚行に走ったのであれば、責任を感じても不思議はないかと、納得するにはしたが…」

「う…」

(なんじ)…自分が嫌がらせを受けた事にではなく、それで弟子に妖魔が憑いてしまった事にムカついて…しかも、妖魔の件自体、(なんじ)が切っ掛けであったかもしれんから、責任を感じて自ら弟弟子を成敗して、やろう、と、ぷ…ふふ…」

「ぐ…」

「あーっはっはっはっ…!!!!」


 腹を抱え、両足をバタつかせ、それはもう遠慮なく笑う仙女さまと、ひたすらそれに耐える道士さんの図ww


「クソっ…」

「あっはっは…そうかそうか、弟子の事は行く末を案じとるだけかと思うておったが、正しくその弟子の為に落とし前を付けてやろうという事であったか。『師匠バカ』の(なんじ)らしいではないか。それは確かに『私怨』じゃな!」


 目尻に滲んだ涙を指で拭いながら、仙女はどこか満足気な眼差しで道士を見つめた。


「それならそうと、最初から言えば良かろうに。別に邪魔立てしたりせんわ。(なんじ)の臍曲がりも大概じゃな」

「言う訳ねえだろうが!さんざっぱら笑いやがって…」

「アホか。(なんじ)の弟子への愛が溢れに溢れて、何かもう恋する乙女みたいになっとったぞ?笑うに決まっとろうが!」

「何、自信満々に言ってんだ…」


 道士は縁も所縁もない者のために汗を流すつもりはない。

 しかし、今回は──

 縁も所縁もある者が巻き込まれたのだ。


「とにかく!仮に妖魔を宿すのが天命だったとしても、あの野郎が絡んでんのはたぶん間違いねえ。見つけ出してブッ飛ばしてやらん事には気が済まねえ」

「愛しい弟子の為に、の?ぶぷー、くすくす」

「うるせえ!」


 道士は気付いていないが、すでに耳まで真っ赤である。それがまた仙女にはツボのようだ。


「ぷぷ…しかし、一口に弟弟子を捜すと言っても…ふふ…そう簡単に見つかるもんか、の…ふ…?」

「まあ、わざわざ山東まで出張(でば)って来てるみたいだからな。取りあえず出向いてみて、二人連れの道士を捜せば何とかなるだろ」

「『道士』?…ふ、ふふ…魔教とやらに宗旨替えしたんじゃろ?」

「魔教にも僧衣はあるんだろうが、人前に出るなら道衣の方が怪しまれずに済むからな」

「そんなもんかの。何なら(われ)が今から、その弟弟子の居場所を見つけてやっても良いぞ?」

「えっ、マジか!?」


 ようやく笑いの治まった仙女の言葉に、道士は一瞬色めき立つ。

 しかし──


「いや、一応聞くが…タダじゃねえんだろ?」

「旅が終わるまで(われ)の監視付きじゃ!」

「頼む訳ねーだろうが!てか、今あの野郎の居場所が分かったところで、こっちの移動中に向こうも移動したら意味ねえじゃねえか」

「チッ、クソ。バレた…」

「死んでも頼むかっ!!」


 からからと一頻(ひとしき)り笑い倒すと、仙女は再び二本の指に左のこめかみを預け、道士へ優しい微笑みを投げ掛ける。


「まあ、(なんじ)の事じゃから大して心配はしておらんがの。一応、改めて忠告してやろう。龍虎山で(なんじ)と弟弟子の間に何があったとしても、その因縁が結果的に妖魔を解放する事になったとしても、全ては天命に定められていた事じゃ。殊更に(なんじ)が責任を感じる必要はない」

「今回、旅に出るのも天命で、目的を果たそうが、果たせずに終わろうがそれも天命、か」

「旅の結果が気になるのであれば、特別に教えてやっても良いぞ?」

「それはマジで止めてくれ。やる気失せるから」

「ん?それ()?という事は、(われ)の監視の方はもう一押しすれば何とか──」

「なるかっ!!お詫びして訂正申し上げる!どっちも、ぜってーすんな!」


 (いき)り立つ道士の姿に、仙女はくつくつと笑いを噛み殺し、


「所詮、人の身でどれだけ天の御心を推し量ったところで、抗う事など到底出来んわ。それくらいの心積もりでおらんから、何処ぞの阿呆みたいに、たかだか腐れ道士一人に出会ったくらいで捻くれて、人生を諦める羽目になるのじゃ」

「『腐れ道士』ってのが誰を指してんのかはともかく…しかし、人生を諦めるのも天命だった、って事だろ?」

(われ)からすれば、の。良きにつけ悪しきにつけ、過ぎた事を悔やんでも仕方あるまい。人は過去を受け入れるしかないんじゃから、起こるべくして起こる未来も受け入れればいいのじゃ。過去とは未来の事じゃからな」


 仙女の言葉に、道士は僅かに戸惑う。


「何だ、その禅問答みたいなのは?宗旨が違うぞ?」

「アホか。未来が現在を経て過去になるのであろうが!人が今際(いまわ)の際にその生を振り返れば全て過去でも、その一生を産まれた時に見れば全て未来じゃ。後はその人間が生を受けてから死を迎えるまでの、何処にいるのかというだけの話であろうが。()して人間なぞに未来の事など分からんのじゃから、何か嫌な事があっても『そういう時もある』と、時にすっぱり諦めるくらいが、人間如きには丁度良いのじゃ」

「ああ、そういう…でもまあ、現実から逃げたところで何も始まらんしな」

「そういう事じゃ。じゃから、()()()()()()()()()()()()()()()()ところで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ところで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ところで、皆、天命に導かれたというだけの話じゃ。後からそれを悔いたところで、どうなる訳でもあるまい」

「ああ…って、何か()()に例えが具体的だな?」

「何、ただの物の例えじゃ。他意はない」

「…ふーん?ま、気負わず気楽に、って事ね。その忠告は有り難く頂いておくとするか」


 道士は軽く口元を綻ばせて笑みを浮かべるが、


「全く…(なんじ)くらいのモンじゃぞ。(われ)の言葉をそんなノリで受け流すのは」

「別に受け流しちゃいねえよ。娘娘(にゃんにゃん)の有り難いお言葉は常に心に留めてるって」

「ハンッ!良く言うわ…おっ、そういえば(なんじ)、一振りの宝剣を持っておったの?」

「ん?持ってるけど…何だよ、急に」


 あまりにも唐突な問いに、道士は面食らった様子で問い返す。


「その内、弟子にくれてやるのか?」

「んー、いつかは渡そうと思ってるが、あんま早く渡しても弟子(あいつ)調子に乗りそうだしなぁ…」

「丁度良いではないか。今度の旅で譲ってやれば」

「は?俺の話、聞いてた?『いつか』渡すんだって。今度の旅で渡すつもりなんてねえし、何より弟子(あいつ)にはまだ(はえ)えよ」

「別に(なんじ)が側に付いておるんじゃから、譲ったところで心配もあるまい。どうせ(なんじ)にとっては、ただの飾りじゃろ?」

「言い方!『宝剣』だよ!」


 とは言うものの、実は仙女の言う通り、道士にとってその剣は有っても無くてもあまり変わりがなかったりする。


 文字通りただのナマクラで、霊験も何もあったもんではない、という事では決してない。

 道士が龍虎山を下りた後、修行で宋の各地を流浪していた時期に、とある地で仕えた師から、才能と清廉を見込まれて譲り受けたその剣は、然るべき者が振るえば、風を呼び嵐を巻き起こす、正に「神剣」と呼ぶに相応しい代物である。


 それがなぜ、仙女から飾り物のような不名誉な扱いをされているのかといえば、それはもう言うまでもなく、宝剣に頼らずとも、道士の能力が人としての領域を遥かに超越してしまっている、という点に尽きる。


 実際、道士は師が宝剣を振るう場面に立ち合い、数々の秘技を目の当たりにした上で譲り受けたのだが、そうでありながら自らは一度も宝剣を使った事がない。


 そもそも己の身一つでどこまで道術を極められるか、という目的を持って道士は修行に励んできたのだ。邪な者の手に渡るくらいならと譲り受けはしたが、だからといって、宝剣の力によっていかなる奇跡を引き起こしたところで、道士にとっては全く意味がない。


 が、道士に意味はなくとも、それを弟子に譲るとなれば、意味を持つ可能性は大いにある。

 ただでさえ今の世に憤りを感じている弟子にそんな物を持たせたら、いよいよもって余計な事に首を突っ込みかねない。


 いや、百歩譲って「いつか」を今度の旅にしたとして、仙女の言う通り道士が側についているのだから、そんな心配もないとは言える。それは確かにそうなのだが、しかし、一方で道士にはまた別の不安が芽生えていた。


 そういう事──つまり、力ある者が独善的な正義感に酔って俗世間に関わる事を殊更に嫌う仙女が、なぜ思い立ったようにそんな話を始めたのか。


 弟子にそんな気質がある事は、つい先ほど話したばかりだ。道士が側にいるとかどうとかの前に、そもそも宝剣など与えない方が仙女の道理に(かな)っているのは、火を見るより明らかである。

 それでいて仙女は、道士がいつかは譲るつもりでいた宝剣を、今度の旅で譲ってやれと言う。という事は──


「何じゃ?(われ)の言葉は有り難く心に留め置くんではなかったのか?」

「いや、そうだけどさ…?」

「何、危機管理というものは、あらゆる事態に対応出来てこそ、初めて役に立つのじゃ。人間の…何と言ったか…まあ、名はどうでも良いが『()を知り己を知れば、百戦(あや)うからず』(※2)という言葉を遺した者がおるじゃろう?」

「『孫子』だな」


「史上、最も優れた軍略家は誰か」と問われ、万人を納得させる一人を挙げられる者は、おそらくこの世に存在しないだろう。それこそ10人に問えば、10人の名が挙げられてもおかしくはない。


 時代が違えば武器が違い、武器が違えば戦術も変わる。

 評される側の生きた時代背景によっても採るべき戦略は変わるし、その当時は大層誉めそやされていながら、後年の評価が低いという事だってままある。


 呂尚、呉起、楽毅、范蠡(はんれい)孫臏(そんぴん)、張良、韓信、曹操、李靖(りせい)、楊業…


 無論、ここに挙げた者達が全てという訳では決してない。

 名にし負う名将、名参謀はまだまだいるし、乱れた世にあって全土を統べた王朝の始祖達は、優れた軍略を持ち合わせていたからこそ、その偉業を成し遂げられたと言える。


 それに、どれだけ戦場で敵を打ち破る策を持ち、また実際にどれだけの敵を打ち破ろうとも、それはその策を実現させる国力と兵站の維持があってこその話なのだから、戦場での功績はなくとも、そういった観点から漢の蕭何(しょうか)などが挙げられたとしても何ら不思議はない。


 人によっては、それこそ『三國』の諸葛亮や陸遜なども挙げられようが、要するに、ある偉人についての評価は、評価する側の価値観──詰まるところ「好み」が反映される傾向が多分にあって、意見が分かれて当然と言えるのだ。


 道士の言う『孫子』を著した孫武も、当然のごとく候補として名が挙げられて然るべき人物である。


「史上、最も優れた軍略家は孫武である」と聞けば「そうだ」とする人も「いや、孫武よりも誰それの方が優れている」という人もいて、やはり意見は纏まらないであろうが、それをもって「孫武は無能である」と断じる人間はまずいない。


 そう、()()には。


「彼我を知った程度で『百戦(あや)うからず』とは片腹痛いわ。真に必勝を期して戦に臨むというのなら、当日の正確な天候や風向きなど、人智の及ばぬ現象についても知っておかねば、必勝の策など立てようもあるまい」

「まあ、兵法や軍略にも通じてる娘娘(にゃんにゃん)から見れば、物足りねえのかもしれねえけど…俺はそっちの類いは門外漢だが、要するに、そういった部分も含めて予め予想しとけ、って事なんじゃねえの?」

「ハンッ!それこそ思い上がりも甚だしいわ。仮にそこまで予想して戦に備えたところで、(われ)が気まぐれに雷の二、三発も喰らわしてやれば、果たしてそれでも『百戦(あや)うからず』などと言っておれるかの?」


 仙女は身も蓋もない言葉を放った。

※1「黄帝」

中国神話上の為政者「三皇五帝」の内、五帝の最初の一人(ただし、五帝の顔ぶれには諸説ある。また、黄帝を三皇に含む説もある)。中国医学の始祖としても崇拝されている。

※2「彼を~殆うからず」

『孫子(謀攻篇)』。原文は『知彼知己、百戦不殆』。訓読は本文の通り。意味は読んで字の如し。『不知彼而知己、一勝一負。不知彼不知己、毎戦必殆。(自軍を把握していても敵情を知らなければ、勝敗は五分五分である。自軍も敵情も知らないままに戦えば、常に敗戦の危機に晒される)』と続く。

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