仙女さまと道士さん
調子に乗って「後書き」がアホみたいに長くなってしまいました。
暗い、ただただ暗い世界で、その男は瞑目していた。
そこは何もない、所謂「無」の世界。
ややもすれば、肉体はおろか、精神までもその侵食を受けて無に帰してしまいそうな、深く濃密な幽暗の世界。
その一面の深い闇の世界で、肩まで伸びた頒白(※1)、対照的に周囲に溶け入ってしまいそうな漆黒の道衣(※2)、そして、まるで時が制止し、細波の一つも無い静寂の湖面のような面差しを携え、男は瞑想に耽っていた。
暫しの間、趺坐(※3)のまま身動ぎもせず瞑目していた男は、やがてそれに飽きたかのように、ゆっくりと両手を掲げる。
「んっ…んっ、んん~」
「何とも気の抜けた声じゃな。まさかとは思うが…汝、寝てたんではあるまいな?」
暗闇の中、気安い口を叩いたのは、いつからか男の前に現れ、肘掛け椅子に腰を下ろして右足を上に組み、左の肘掛けについた頬杖の拳に頬を預けたような姿勢の女性。
そこに椅子が在れば確かにその通りなのだが、女性の身体の下に椅子は無い。
見えない、のではない。文字通り「無い」のだ。
つまり、椅子に腰を掛け、肘掛けに頬杖をついて、というのは正確ではない。
姿勢は正しくその通りだが、女性は暗闇に腰を掛け、暗闇に肘を置いている。
女性に声を掛けられながら、しかし男にそれを気にする素振りはまるでない。
組んだ足はそのままに、左手で右の肘や二の腕を掴んで身体を捻り、腕を替えると今度は身体を左右に曲げて、と凝った身体を気ままにほぐす。
マイペースな男の様子に女性は軽く舌を打つと拳から頬を離し、
「この腐れ道士め…吾を呼びつけておきながら、良い根性をしておるのぅ?」
ようやくその男──道士は目を開くが、尚も首根に手を当てて肩やら首やらをほぐすのみ。
一向に改まらないその態度に、女性はそこに無いはずの肘掛けを腹立たしげに両手で叩く。と同時に、こめかみがピキッと震えた。
「用も無いのに気安く呼びつけるでないわ!汝に用が無ければ、吾は帰るぞ!」
「いやいや、ちょっ、待った待った!何だよ、久しぶりに会ってみりゃ、今日はまた随分と御機嫌斜めじゃねぇか。歳か?」
「喧嘩を売っとるのかっ!!!?よし、上等じゃ。それほど売りたいのであれば、遠慮無く買うてやるわ!吾の力を以てすれば、人の世を灰燼に帰す事など赤子の手を捻るよりも容易く──」
「ちょ、ちょっ…だから待てっつーの。冗談っ、冗談だよ!この程度でキレんなって、もぉー」
口ではそう言いつつも心から慌てる風はなく、むしろ道士はどこか楽しんでさえいるかのように、苦笑を浮かべて熱り立つ女性をあやす。
道士は歳を揶揄するが、女性は「老女」どころか「年増」と呼ぶのも憚られるような外見だ。
その上、美しい。それも、比類無きほどに、である。
≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪
玲瓏たる雪肌は無明の深淵に却って鮮やぎ、薄く艶やかな唇は清洌な吐息を隠す。
僅かに吊り上がる、凛々しさに気品を兼ね備えた双眸は、四海の真理を遍く見据え、袖口に覗く玉指は白蛇の如く、神々しくも艶やかに蠢く。
撓わな酥胸(※4)を携えた嫋やかな肢体こそ、身に纏う深黒の曲裾(※5)以て闇に紛れるも、宙空には奇しくも金糸の刺繍、縁取と、龍鳳を成す髻(※6)の金釵が鈍く輝き、真闇にその輪郭を描く。
傾城傾国の居住まいは桀紂の両妃(※7)など何をか言わんや、月兎と戯る姮娥(※8)も羨み、戦陣に威を奮う龍吉(※9)も頌える。
然もあらん、たとえ蟠桃園(※10)の饗宴に在ろうとも、その美貌は西王母(※11)の御稜威(※12)を幾許も穢すまい。
≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪
「大体、何じゃ。歳の話であれば、汝の方こそ人生も疾うに半ばを過ぎておろうが」
「んー、最近はもう歳を数えるのも止めたんだがな。確かそろそろ80…ん?いや、もう過ぎてたか…?」
「なぁーにが『80も過ぎた辺りかな?』じゃ、ふざけるでないわっ!!どう見ても40そこそこではないか!会う度に思うとったが、どうなっとるんじゃ汝の身体は!?いつになったら歳相応の見た目になるんじゃ!」
「意外ともうならねえのかもな。ま、修行の賜物じゃねえか?」
道士はおどけて、にかっと笑う。
「修行?ハンッ!何じゃ、下らん。どんな人体の神秘が明かされるのかと思えば…」
女性は呆れたように両の掌を上に向け、大仰に肩を竦めて首を振ると、
「さてもまあ『人間』とは、どいつもこいつも欲に塗れて無駄な努力をするもんじゃの。たとえどれほど厳しい修行を積んだところで、得られるのは長寿まで、不老の域になぞ永劫届かんというに、全く…理解に苦しむわ」
「単なる修行の副産物だよ。別に長寿を求めて修行してる訳じゃねえ。そんな事くらい──」
「あー、知っとる知っとる。汝がそんな俗っぽい考えを持っとらん事くらいは、な。ただの冗句じゃ。これしきの事でムキになるでないわ」
さも面倒臭いといった表情で、女性はヒラヒラと右手を払う。
「ま、修行でも何でも好きに励めば良いわ。汝の気が済むまでの…おぉ、そうじゃ。そんな汝に、一つ吾から有り難い異名を授けてやろう」
「異名?」
訝しむ道士に対し、女性は得意気に大きく頷いた。
「汝のような男の事をな、汝の異国の言葉で『年齢ちーと』と呼ぶそうじゃ…ん?『顔面ちーと』じゃったかの??まぁ、どちらでも良いわ。ほれ、好きな方を選ぶと良いぞ」
ニヤニヤと揶揄うような笑みを浮かべる女性に、道士はちょっと引き気味の御様子。
「いやいや…いくら俺でも、いきなり異国の言葉を持ち出されて『はい、そうですか』とは、さすがにならねえよ?その前にまず『ちーと』って何だよ」
「ん?知らん!」
渾身のドヤ顔を炸裂させる女性に対し、道士が深い溜め息を一つ。
「知らねえのかよ…どっちも勘弁してもらいてえが、特に『顔面ちーと』の方はなぁ…」
「何じゃ?」
「いや、何ていうか…響き?っつーの…?」
「また、どうでも良い事を…まあ良い。では、汝は今日から、遠慮なく『年齢ちーと』を名乗るが良いぞ」
「どうでも良かねーわ、異名だろ!?響きや語感が悪くてどうすんだよ…てか、どっちも『嫌だ』って言ってんじゃねえか!」
「ハンッ!贅沢な奴じゃのぅ…というか汝、何様のつもりじゃ!吾が直々に賜ってやろうというに、なぁにを下らん理由でケチを付けくさっとるんじゃ。『謹んで頂戴致します』と、大人しく受け取る事くらい出来んのか!?」
「謹んで御辞退申し上げる」
「…いつか天罰を下してやるからの?心しておくが良い」
「この程度の事で、いちいち天罰なんか下すんじゃねえよ!」
互いに我が強く、喧々囂々の応酬はいつ果てるとも知れない。
どちらも一歩も退かず主張は平行線を辿っていたが、一頻り言いたい事を全て言い終わったのか、女性は暗闇の中に立ち上がる。
「さて、と…いつまでも汝に拘ってるほど吾も暇ではないのだ。そろそろ戻るぞ?」
「いや、まだ話が終わってねえけど?」
「ほれ見よ。やはり吾の知性溢れる異名を無下に断るのが忍びなくなったんじゃろぅ?よくよく考えもせずに断るから──」
「そういうこっちゃねーよ!てか、終わってねえも何も、俺の話はまだ始めてもいねえよ!」
「ハンッ!」と一つ悪態をつき、女性は呆れたように視線を外した。
「何の話か知らんが、開口一番に出てこんようでは、それこそ大した内容でもあるまい。大方、汝の国の為政者が悪辣でどうとか──」
「娘娘」
声音の変化に気付き「娘娘」と呼ばれた女性が視線を戻すと、いつの間にか居住まいを正していた道士はそれを正面から受け止めた。その真剣な面持ちに、女性は「ふうっ…」と一つ溜め息を零し、不承不承といった様子で再び闇中に腰を下ろす。
「娘娘」とは、女神や仙女に対する呼称だ。
詰まるところ今、闇の中に腰を下ろした女性は正しく崇め、敬うべき存在であるのだが、そうと分かっていながら、良く言えば親しげで、悪く言えば随分と気安い、要するに馴れ馴れしい物言いを遠慮なく発し続ける道士も、なかなか肝が据わっている。
ここは道士の精神の世界。
深く深く瞑想し、一心に神経を研ぎ澄ませて仙女と意思の疎通を図った末に、ようやく光儀(※13)を賜る訳だが、無論そう簡単に成し得る事ではない。
道士に言わせれば、それこそ事もなげに「修行の賜物」の一言で片付けられてしまう。
それはそうなのだろうが、しかし、長年修行に明け暮れたところで、大多数の人間がその境地に至る事なく、人生の終焉を迎えてしまうのもまた事実。
それを容易く、少なくともこうして気安く話ができるほどには、回を重ねて仙女と気脈を通ずる彼が、道士として突出した素質、才能を有している事は火を見るより明らかである。
仙女とは無論、神仙たる存在であるから、そもそも人間などという下等な存在の前に、おいそれと顕現してやる筋合いはない。
まして才能も信心もなく、努力を惜しんでいながら、何か困った時にだけ「神頼み」と称して助力を得ようとする輩など論外である。
でありながら、仙女がこうして道士の祈りに応えているのは、道士のその類い稀な才能と、これまでの修行を認めればこそ、そして何よりも、道士に私心がない事を認めているからだ。
仙女が語った通り、神仙たる存在の力をもってすれば人間の社会など、それこそ塵芥を払う程度の労力で跡形もなく壊滅させ、およそ「文明」と呼ばれるような物のない、有史以前の姿に引き戻す事ができる。
特別な労力などなくとも、人間が戯れにクモやアリの巣を破壊できるように。
そんな存在が邪念を持った悪党に力を貸せば、どれほど悲惨な結末を迎えるか。想像するまでもない。
いや、邪であるか否かなどこの際どうでもいい。
いつの時代も人の世の争いなど、誰もが自らを正義として御旗を掲げ、従わぬ者を悪と見做して行われる。当然、悪と見做された側も自らの正義を掲げて戦っているのだから、正邪の線引きなど有って無いようなものだ。
あえて正邪を付けるのであれば「勝った方が正義」という事になる。
それに、正義として迎えられ、崇められていた者が時を経て変質し、或いは邪念を覆い隠していた被膜が剥がれ、周囲に害悪を撒き散らす存在に成り果てる話など、枚挙に遑がない。
そしてまた討ち滅ぼされる。
新たな正義の名の下に。
全く下らない。
だから仙女は人の営みに極力関わらない。関心がないと言ってもいい。
遥か昔にはそれなりに人間社会との関わりを持っていた仙女であるが、しかし仙女が特定の何者かに付くという事は、その時点でその陣営は所謂「勝ち確」になるという事だ。
だから、仙女が人間界に関わる際は、自らの価値観に照らし合わせ、慎重に相手を選りすぐった。
だが、それも束の間の事だ。
人の心は移ろい易い。
一度は勝った側を正義として祭り上げていながら、新たに現れた正義が優勢と見るや、忽ち古い正義を悪として駆逐する。
仙女と人間では根本的に時間に対する価値観が違いすぎるのだ。
人の世の100年も500年も1,000年でさえも、永久の存在である仙女にとっては、言ってみれば刹那も同然で大差がない。
その刹那の時の中で容易に正邪が入れ替わる人の世は、仙女から見ればあまりにも無節操で、故に関わりを持つ意義すら見出せなくなっていった。
『逐鹿』(※14)の輩はそれも人の業や性、或いは「人間の摂理」などと臆面もなく言い放って自らを正当化する。
学者や歴史家などと呼ばれる者達はそんな輩を、いや、いっそ人の世を正当化するために、都合の良い屁理屈を拵え、したり顔でそれをほざく。
だが、それを「人間の摂理」だというのなら、仙女が関わる相手を選りすぐる行為など、いよいよもって無意味だ。
容易に正邪が移ろう人の、人の世の今の有り様など、どれだけ見たところで無意味、無価値に決まっている。
無意味な物に関心を持つ事ほど、無意味な事はない。
だからこそ興味がないのだ。
当然、興味がない人の世に、そして人にも、仙女は何も求めない。
自身に信仰を捧げたいのなら捧げればいいし、他に信ずる対象があるのならそちらを信じればいい。罵りたければ好きなだけ罵ればいい、とさえ思っている。
とか何とか言いつつ、その日の虫の居所によっては、それはそれは手酷い竹篦返しを繰り出したりもするのだがww
そんな仙女にとって、ほとんど唯一と言っていい「人」との繋がりが、道士とのこの時間だ。そして、何だかんだと悪態をつく割には、存外心地が良いらしい。
万物を見通す仙女であるから、人間の本質などいとも容易く見抜ける訳だが、とにかくこの道士には富を集めるだとか、栄達を極めるだとか、世界を統べるだとか、そんな俗物が抱きそうな我欲がまるでない。だから、こうして気兼ねのない時間を過ごしたところで、それを吹聴されたり、あまつさえ道士の名声を得るためのネタとして利用される心配もない。
仙女が戯れに「そんな事をすれば、即座に汝の身体を塵に返してやろうと思っていたわ」と、戒めとも笑えない冗談とも取れる言葉を吐いたところで、道士は苦笑の一つも浮かべるくらいで涼しい顔である。
もっとも、それも道理だ。
俗物には笑えなかろうが、そもそも道士には端からそんなつもりがないのだから。
そして、仙女もそれを分かっている。分かっているからこそ、こうして呼び掛けに応じているのだ。
だからといって道士が全くの無欲であるかというと、実はそういう訳でもない。
少なくとも、厳しい修行を積んで心神を鍛えようとする、自己の向上欲はある。
それくらいだろうか。
いや、まだある。曰く──
「座りっ放しで腰が痛ぇから、何とかしてくんねえか」
だの、
「歳を取って眠りが浅くなったから、どうにかなんねえか」
だの…
どれも他愛ない。そもそも本心ですらない。
そんな他愛ない冗句に、仙女は時に笑い、時に呆れながら悪態を返す。
片や道士にとってのこの時間は、道楽や暇潰しのようなものだ。
仙女のように力ある存在との接触を図る時、大概の者はそこに何らかの目的がある。何のかんのと綺麗事を並べ立てはするが、結局はその目的を達するための単なる手段として仙女に縋る。
道士は違う。
自らの修行の成果として瞑想に耽り、仙女と意思の疎通を図る。
仙女との交流によって何かを得ようというのではく、仙女と交流する事自体が目的なのだ。だから、仙女には何も求めない。
持って生まれた性格かやたらと口が悪く「敬う?何ソレ、美味しいの?」みたいな顔で平然と毒を吐くところは玉に瑕だが、道士の明け透けなその態度は、少なくとも腹に一物を抱えながら、外面だけが良いような輩と比べれば、仙女にとって遥かに心地がいい。
そして、もう一つ。
「弟子の事、かの?」
再び闇の中に左の肘を付き、中指で左のこめかみ辺りを押さえながら、仙女は聞いた。
醜く、卑しく、浅ましい。
仙女にとって人間の評価など等しくこの程度だ。その仙女が驚くほどに我欲が少ないこの道士には「溺愛」と言っていいほど愛して止まない弟子がいる。常日頃から弟子の成長を喜び、言う事を聞かないと愚痴を零し、自分の事は何を言われてもどこ吹く風であるのに、戯れに仙女が弟子を貶せば、目の色を変えて怒る。
その様子を傍から見れば、仙女でなくとも一目瞭然なのだが、道士はあれやこれやと屁理屈を捏ねて、なかなかそれを認めようとしない。
「人の世では親が子を溺愛する様に、嘲りを込めて『親バカ』と呼ぶそうじゃが…それで言うと、汝は差し詰め『師匠バカ』といったところかの?」
仙女は知っている。
だからこそ、自らのために何一つ求めない道士が今、こうして目の前に居るのだ、と。
端正な口元を僅かに緩めて問い掛ける仙女に対し、道士は黙して答えない。
それが問いに対する否定でない事も、仙女は知っている。
何の事はない。
図星を指され、照れているのだ。
「まあ、とりあえず話してみい。力は貸さんが、聞くだけは聞いてやるでの」
仙女は上機嫌に語った。
※1「頒白」
白髪混じりの頭。胡麻塩頭。
※2「道衣」
道士が着用する服。
※3「趺坐」
足を組んで座る事。
※4「酥胸」
柔らかな胸。
※5「曲裾」
和装でいう小袖のように衽を持ち、上下が別れていない丈の長い服。分類上は「深衣」という形態に属し、衽が無く左右の襟が真っ直ぐな物を「直裾」と呼ぶそうです。
※6「髻」
頭の上で髪を束ねたところ。髷。
※7「桀紂の両妃」
「桀」は古代中国・夏王朝の最後の王、「紂」は同じく殷王朝の最後の王を指し、「両妃」は桀王の寵妃・妺嬉、紂王の寵妃・妲己を指す。どちらも類い稀な美貌で王の寵愛を受けた。
※8「姮娥」
中国神話上の仙女。道教では月の女神とされ、それ故か肖像画は兎を抱いた姿で描かれる事も多い。「太陰星君」などとも呼ばれる。正式な尊称は「月宮黄華素曜元精聖后太陰元君」…と仰るそうです。
※9「龍吉」
『封神演義』に登場する龍吉公主。作中では西王母(※11)の娘で、美貌の持ち主。
※10「蟠桃園」
西王母(※11)が管理するとされる天界(または仙界)の桃園。「蟠桃」は3,000年に一度だけ実を付ける仙桃とされ、食べれば不老長寿が得られる、とってもありがたい桃。
※11「西王母」
中国神話上、最も有名で最も重要な位置付けの仙女。一般的には俗称の「王母娘娘」と呼ばれ、他にも「金母元君」「西霊聖母」「西王金母」など様々な尊称があるようで、『封神演義』作中では「瑤池金母」と称されています。不老長寿を司り、道教においては全ての仙女の上に位置しています。ちなみに正式な尊称は「上聖 白玉亀台九霊太真無極聖母 瑤池大聖西王金母 無上清霊元君 統御群仙大天尊」と仰るそうですが…とても覚えられません。
※12「御稜威」
「御威光」「御威厳」「御威勢」などを意味する尊敬語。
※13「光儀」
「他人の来訪」を敬った表現。本文の場合、他人ではありませんが…。
※14「逐鹿」
『史記(淮陰侯伝)』。原文は『秦失其鹿 天下共逐之』。権力が好きな人。又は、権力を求めて争う人。第2回「塩」後書き参照。




