結義
結論から言えば、鄭天寿が再び謹慎を喰らう事はなかった。
鄭天寿が李柳蝉を丸め込んだ、というよりは、李柳蝉がやろうとしている事に対して鄭天寿と王英に協力を強い、その代価として二人の行状を黙っていてやった、という方が近い。
そして鄭家の庭では今日も王英が李柳蝉に付き合い、不満げな表情の鄭天寿がそれを眺めている。
李柳蝉はといえば、袖を細身に仕立てた衫(※1)の上から鞣し革の坎肩(※2)を羽織り、いつもの裙子を袷の褲子(※3)に履き替えて、脛に鮮やかな紅色の脚絆、足には鞣した革の靴と、その装いは見るからに勇ましい。
普段は左右の鬢の上で僅かに束ねて風に靡かせる髪までも、今は後ろでふわりと一つに纏める気合いの入りようで、正に「男装の麗人」と呼ぶに相応しい出で立ちである。
「精が出るな、柳蝉」
裏庭に顔を出した鄭延恵に声を掛けられ、李柳蝉が手を休める。
「はい、大伯さま。あら、燕哥兒(燕順)も。ごきげんよう」
拝礼する李柳蝉に燕順も礼を返す。
「ああ…少し見ない間に随分、王弟(王英)と打ち解けたな」
「…そうですか?私は稽古に託つけて、キッツい一撃をお見舞いしてやりたいと思ってるだけですけど」
「小姐さん、そういう事は思ってても胸に秘めといてくれ…」
王英が頭をポリポリと掻いて独り言つ。
李柳蝉が王英にせがんだのは棒術の稽古だ。
道観での一件の日、追い付いた鄭天寿も丸め込んだ李柳蝉は、渋る鄭延恵を三人掛かりで説得し、王英に師事する形で棒術の鍛練を始めた。
以来、王英は毎日鄭家に通い詰め、李柳蝉に稽古をつけている。
「しかし、何でまた急に棒術を習いたいなど…」
「それは…身体を動かすのは好きですし、それに以前、少し棒を扱ってみて思った以上に楽しかったので…この前説明して、お認めいただいたじゃありませんか」
呆れと不安と不満を混ぜた自らの問いを、呆れと面倒臭さとやや鬱陶しさの混ざった答えで返す李柳蝉に、鄭延恵は盛大な溜め息を零す。
「王小哥(王英)、お願いしますぞ?まだ嫁入り前の身ですからな。万が一にも怪我などさせぬよう」
「心配ねっすよ、鄭保正。怪我どころか、こっちは満足に手も出させてもらえないんすから、脅され…どわっ!?」
「私が素人なので、最初は私だけが打ち込んで、王帥哥(王英)には受けてもらうだけの約束なんです。ふふふ」
李柳蝉が「余計な事を言うな」と繰り出した一撃を王英が危うく防ぎ、その様子を少し離れた縁台に腰掛けた鄭天寿が「約束っていうか脅迫だったけどね」と、内心呆れながら白い眼で見つめる。
李柳蝉が棒の鍛練を始めた理由はただ一つ。「稽古に託つけてキッツい一撃を入れてやる」ためだ。鄭延恵への説明は、鍛練を認めてもらうために取って付けた方便に過ぎない。
何の事はない、冗談めかしてとぼけたように振る舞っていながら、その実、本心を語っていた訳である。
ただしその相手は道観で痴態を晒した女誑しの許婚の方であって、稽古をつけてくれている女好きの小男など、はっきり言って物のついでではあるのだが。
無論、鄭天寿はといえば鄭延恵と同じ説明、という名の脅迫で丸め込まれている。
道観で女性達と戯れる鄭天寿を眺め、沸々と怒りが込み上げた李柳蝉であるが、まさかブッ飛ばしてやりたい当の相手に師事する訳にもいかないし、そもそも教えを乞うために頭を垂れる事自体、癪に障る。
といって鄭延恵は武の人ではないし、燕順は多忙な上、すでに教養面での教えを受けている。
となれば、残る選択肢は毎日のように村へ顔を出す女好きの小男しかいない。甚だ不本意ながらも、物のついでは伏せたまま王英に師事した李柳蝉であったが、習ってみればコレがなかなか面白い。
生来、深窓に育った訳でもなし、畑に出れば鋤や鍬を振るい、収穫した物も自分で運んでいたのであるから、男勝りとは言わずとも腕力や握力、脚力はそれなりにある。
それを力任せに全力で棒を振り回すから、すぐにくたばってしまうのであって、王英からその力加減を学べば、構え、振り、止め、突き、払う、といった基本的な所作を、拙いながらも一通りこなせるまでには扱えるようになった。
李柳蝉がこうも短期間に腕を上げた理由は服装の工夫にもある。
そもそもが女性用の衣服はゆったりしていて激しい動きには向かないものだが、それより何より、教わる相手は王英なのだ。武芸の鍛練に励めば汗もかくし、大きく踏み込み足を広げるような所作もある訳で、その度に「衣服が肌に貼り付いたら…」「裾が乱れたら…」とドスケベな師の目を気にしていたのでは、いつまで経っても上達など見込めない。
衫を細身の袖に仕立て直したり、鍛練の間は裙子ではなく褲子を身に付けたりなどは動き易さを求めた結果であるが、ではその褲子を袷にしたり、衫の上から坎肩を羽織ったりというのは、偏に王英の視線を気にせず鍛練に没頭するためである。
話を聞いた当初「どうせ思いつきだし、そこまで上達する事もないだろう」と高を括って面白半分に引き受けた王英が「このまま続けていけば、聞かされた目的も存外あっけなく達成してしまうのではないか」と危機感を覚え、鄭天寿のために鍛錬を手加減してやろうかと真剣に考えるほどの成長ぶりだ。
「まあ、怪我をしない程度にやるというのであれば構わんがな。それはそうと、天寿。燕小哥(燕順)がお前に話があるそうだ」
鄭天寿に視線を移す鄭延恵。その表情は心なし晴れやかである。
燕順が庭に出て縁台に歩み寄ると、鄭天寿は立ち上がり言葉を待つ。
「鄭保正には既に話したのだがな…鄭郎、我ら(燕順・王英)と兄弟の契りを結ばないか?」
「えっ!?」
鄭天寿が驚いたのは、それを想定していなかったからではない。
まるで幼い頃から共に育ってきたかのように気心が通じ合う王英は言うに及ばず、江湖に名を馳せ、武芸に優れ、義侠心に富んだ燕順は、いまや鄭天寿にとって人生の手本とも言うべき存在となっている。
折を見て自ら申し入れようと思っていた言葉が、その燕順の口から出てきたのだ。
鄭天寿に驚きこそあれ、不満のあろうはずがない。
「あー、いや、何、気が乗らんのならはっきり断ってくれても──」
「い、いえ、決してそんな事はありません。その内、私から願い出るつもりでいたので…」
「では…」
「はい。哥兒がこの身をお見捨てでなければ、どうか私の四拝(※4)をお受け下さい」
鄭天寿が自分と同じ気持ちであった事を知った燕順は大いに喜んだ。
しかし、すぐにも拝礼をしようとする鄭天寿を制したのは鄭延恵である。
「これ、天寿よ。道端で意気投合した訳でもないのに、お前はまたせっかちだな。折角、皆が顔を揃えているのだから、きちんと場を整えてからでも遅くはなかろう」
「これは迂闊でした。伯父さんの言う通りですね。すぐに席を設けますので、暫しお待ち下さい」
鄭延恵が作男達に命じると、早速庭に宴席が設けられ、上等な酒と共に煮込んだ牛肉や羊肉、野菜や果物が次々と運ばれた。
棒の鍛練もお開きとなり、一旦、室へ戻った李柳蝉が身嗜みを整え、再び庭に戻ればいよいよ万事支度は整った。しかし、当の李柳蝉はやや浮かない顔つきである。
庭を囲む梅の木々達は、今日この時に合わせたかのように満開を迎え、風にはらはらと花弁を舞わす様は、まるで三人の結義を祝っているようだ。
咲き狂う梅花、そして鄭延恵と李柳蝉が見守るなか、燕順、王英、鄭天寿は酒を酌み交わし、鄭天寿が口を開く。
「何て言うか、今更のような気もしますが…」
少し照れ臭そうな鄭天寿であったが、すぐに表情を引き締める。
「改めて燕哥兒、王哥兒。どうか私の四拝をお受けいただき、哥哥と呼ぶ事をお認め下さい」
鄭天寿が恭しく燕順、そして王英へ四拝し、ここに三人は義によって兄弟となった。
「鄭弟、これからもよろしくな」
「燕哥(燕順)。今まで通り『鄭郎』と呼んでくださいよ、面映い」
「そうそう、兄弟になったからってそんな肩肘張って構える事ぁねえさ。なっ、鄭郎!」
「王弟、お前も弟が出来たんだから、ちょっとはその適当な性格を改める気はねえのか!?」
「いやいや、燕哥。俺が急に真っ当な性格になったら、天地がひっくり返っちまうぜ?」
「お前って奴ぁ全く口が減らねえな。じゃあ天地がひっくり返ってもいいから、少しはお前の言う『真っ当な性格』に変わってみやがれ!」
燕順と王英の軽口に鄭天寿の表情が緩む。
「柳蝉」
三人の様子を鄭延恵と共に微笑ましく見守っていた李柳蝉だが、鄭天寿に促されると途端に顔を引き攣らせた。
李柳蝉は鄭天寿の許嫁であり、言ってみれば嫁も同然である。そして今、鄭天寿は二人の兄を持った。という事は…
「今までも師として教えを受けてるけど、これからは『義兄』としても礼を尽くさなきゃダメだよ」
そういう事だ。
鄭天寿の言う事はもっともであるし、李柳蝉も頭では分かっている。しかし、物心ついた時から側に居る「兄」に対してさえ、慕ってはいても敬って接しているかと問われれば疑問符がつくのだから、知り合ってまだ間がない男性を義兄として敬えるかどうかは全く別の話だ。
いや、燕順はいいのだ、燕順は。
世情に聡く、礼節を弁え、時に優しく時に厳しく、そして我儘を言っても駄々を捏ねても、少し困った顔を見せつつ温かく見守ってくれる燕順は、見て呉れが良く自分を思ってくれてはいるが、女誑しの度が過ぎる「兄」と比して、李柳蝉が思い描く理想的な義兄の姿である。
問題はもう一人の方だ。
確かに腕は立つ。今は教えも乞うている。しかし、相性が甚だよろしくない。相手もそれを感じているだろうが、感じていながら最近はそれを楽しんでいる節さえある。それがまた李柳蝉には腹立たしい。おまけに精神年齢も幼稚極まる。
李柳蝉が王英の生い立ちを知れば、多少は見る目も変わってくるのだろうが、そもそも知る気がないのだから仕方がない。お手上げだ。
この国で「礼節」がいかに生活の根幹を為し、人々の思考と行動の拠り所となっているかなど、言われるまでもなく李柳蝉は百も承知である。が、それをもってしても尚、王英のどこを敬えばいいのかと、李柳蝉は不満を禁じ得ない。
李柳蝉が庭に戻ってから浮かない顔をしていたのは、他でもなくこの事態を予測していたからだ。
「小蝉(李柳蝉)、気持ちは分かる。しかしな、鄭郎が哥哥と慕う者をお前が蔑ろにする姿は…俺達は見慣れてどうという事もないが、やはり傍目に見ればあまり気分の良いものではないと思うぞ」
不服そうな李柳蝉の心中を察し、燕順が優しく諭す。
「小姐さんよぉ…」
言葉を引き継いだのは、首の後ろを掻きながら、さも面倒臭いといった表情を浮かべる王英。
「俺は別に今まで通りでも良いんだぜ?『女だから、妹だから』って自分の感情を押し殺す必要はねえと思ってるし、そもそも人の好き嫌い、合う合わねえは理屈じゃねえからな」
「しかし、二哥(次兄、王英を指す)…」
割って入ろうとする鄭天寿を、王英が手で制する。
「だがな、哥哥の言う事も尤もな話だ。いくら俺や小姐さんが気にしねえって言ったところで、それを知らねえ連中から見りゃあ、結局、世間の常識と相容れねえのは俺らの方だからな」
「そんな事…あんたに言われなくたって分かってるわよ」
「俺が言いてえのはな、我を通すんなら周りから陰口を叩かれたり、白い眼で視られたとしても、そうやって堂々としててくれよって事さ」
王英の言葉は理に適っている。
批判を浴びるのが分かっていながら我を通し、その結果、批判されたと困惑したり憤慨するのは筋が通らない。批判される事は最初から分かっていたのだから、それが嫌なら最初から我など通さなければいい。あまつさえ世間の方を非難するなど、お門違いも甚だしい。
「俺は小姐さんのその竹を割ったような性格、嫌いじゃねえぜ?だから、俺とは合わねえってんなら、今まで通りに接してくれても一向に構いやしねえんだが…敢えて『そうしてくれ』と頼まねえのは、そんなモンは鄭郎や小姐さんに不快な思いをさせてまで貫かなきゃなんねえ代物じゃねえからな。だからまあ…そこら辺を踏まえた上で、後は小姐さんが決めてくれりゃあいいさ」
李柳蝉は気付いた。
言外に、自分の言動には責任を持てと言われている事に。
自分の言動がどんな結末を招くのか良く考えろ、と言われている事に。
そしてどんな結末を迎えようと、そんなつもりではなかったと言い訳したり、こんなはずではなかったと取り乱すような見苦しい真似はするな、と言われている事に。
鄭天寿らのように態度を改めろというのではなく、改めないなら改めないなりに責任を負うという事を自覚した上で決めろ、と王英は言っているのだ。
王英は王英なりに「兄」として、この新しくできた「妹」を思いやっているのだろう。
考えてみれば当たり前の話だ。男性だから、女性だからという括りを外れ、一人の人間として行動をすれば、自ずと責任は付いて回る。
しかし、男女の倫理観が懸け離れたこの世界では、まずその垣根を越えて物事を捉える事が難しい。
そういった固定観念の希薄な王英だからこそできた忠告だろう。
片や李柳蝉は釈然としない表情である。
一人の人間として自分の意思を尊重してもらえる事は素直に喜ばしいのだが、それが鄭延恵でも燕順でもなく、王英の口から出たという事に納得がいっていないというだけの話なのだが。
何と言うか…報われないな、王英どん。
ともかく、李柳蝉の腹は決まった。
「柳蝉。お前はまだ正式に天寿と婚礼を挙げた訳ではないんだから、今はまだ師として仕えるだけでも良いんだぞ?王小哥とは毎日のように顔を合わせているんだから、天寿との輿入れ迄に打ち解けていけば──」
「いいえ、大伯さま」
見兼ねた鄭延恵の出した助け船を遮り、李柳蝉が燕順の前に進み出る。
「哥兒。私と義弟の許嫁ではなく、妹として契りを結んでいただけますか?」
「ん?あ、ああ、勿論構わないが…」
李柳蝉が燕順に対し深々と四度拝礼する。燕順の答礼を受けると、意を決したように王英の前に立つ。そして──
「私の四拝を受けて頂けますか?」
「…ああ、勿論だ」
少し驚いた様子の王英を尻目に、李柳蝉は恭しく四度頭を垂れて拝礼した。
李柳蝉は「妹」となる事を選んだ。
弟の許嫁は嫁も同然であり、つまりは妹も同然であるが妹ではない。だからそれは二人に対し「兄」として接すると決意した、李柳蝉なりのケジメのようなものだ。
たかが相性が悪い、気が合わないという程度の事、王英の言う通り、鄭天寿や親しい者達に周囲からの白い視線を浴びせてまで意地を張るほど、大層な理由ではないのだから。
「いやー、遂に俺にも小姐さんから『哥哥さん』と呼ばれる日が来たかぁ。何なら今ちょっと呼んでみるか?」
「またお前はすぐ調子に乗りやがって。偶にまともな事を言ったかと思えば…」
「その前にお聞きしたい事があるのですが、宜しいですか?」
燕順、王英が揃って李柳蝉を見れば、王英の軽口などなかったように、表情は全く緩んでいない。
「先ほど王哥(王英)は『周囲を不快にさせてまで我を通すのは如何なものか』と仰いましたが…燕哥、聞けば王哥は清風鎮で手当たり次第に女性へ声を掛けているとか」
「ん?ああ、まあ…」
「赤の他人であればどうという事もありませんが、こうして兄妹となった今、そんな醜態を兄が晒しているのは妹として大変不快なので、是非ともお止めいただきたいのですが?」
「えっ!?いや、それはほら、さ…」
「はっはっはっ、全く以てその通りだな、小蝉!」
「それとも、周囲を不快にさせてまで譲れない事なのですか?」
「ぐっ…」
狙い澄ましたかのような会心の一撃にぐうの音も出ない王英と、対照的に傍らで笑いが止まらない燕順。鄭延恵と鄭天寿はやれやれといった表情だ。
格好をつけて放った特大ブーメランが、まさか放ってすぐにここまで綺麗に戻って来ようとは。
「い、いいだろ、別に!俺にはまだ嫁もいねえんだから」
「それなら尚の事、お止めになられた方が。女性と見れば誰彼構わず声を掛ける男性に、娘や妹を輿入れさせようと考える方が現れるとは思えません。今の今まで独り身でいながら、そんな事にも考えが及ばないのですか?」
「言葉遣いを丁寧にすれば、相手を傷付けて良いって訳じゃねえからな!?」
感情的に罵声を浴びせるのではなく、理路整然と正論で斬り伏せる。
それが李柳蝉なりに導き出した、王英との付き合い方のようだ。
挑発的な言動を浴びせ、感情的になる李柳蝉の様子を見て楽しもうとする王英の術中にハマり、わざわざ喜ばせてやる必要はない、という事なのだろう。
やり込められて剥れる王英を、李柳蝉がドヤァっと見下ろしている。
「てか、さっき哥哥があんま蔑ろにすんなって言ってたじゃねえか!もう忘れたのかよ!?」
「燕哥は『傍目に見ていて見栄えが悪い』と仰ったのですよ?今ここに、赤の他人は居ないじゃありませんか」
「ん、何?って事は、外じゃ『哥哥』として優しく接してくれんの?」
「そうですね…確かに外でこんな調子では、口さがない人達からどんな陰口を叩かれるか分かりません」
「じゃあ──」
「ですから、外では赤の他人のように、馴れ馴れしく話し掛けないでいただいて結構ですよ?」
「切ねえっ!!」
「はっはっはっ。諦めろ王弟、お前の負けだ。口先の勝負じゃ、お前は一生敵わん」
完膚無きまでに兄を言い負かして御満悦の妹と、その妹に言い負かされて完全に拗ねてしまった兄の図ww
「柳蝉、いい加減にしないと怒るよ」
「あら、本当に仲が宜しい事で」
「柳蝉!」
「はぁい。じゃあ、鄭郎は王哥の相手を宜しくね。私は燕哥のお酌をさせてもらうから」
さすがにやり過ぎたと感じたのか、李柳蝉はそそくさと燕順の側にすり寄っていった。
「何か…すいませんね、二哥」
「鄭郎…お前だけだ、俺の味方は。今日はパアッと飲もうぜ」
日の高い内に始まった宴席はいつ果てるとも知れず、四人は梅花に見守られながら深夜まで兄妹の絆を深めたのだった。
※1「衫」
ブラウス。シャツ。実際には、宋代における女性の一般的な服装は「襦裙」と称されていたようで、「裙」が下衣(スカート)を意味するため、上着は「襦」と表記する方が適当かと思われますが、『水滸伝』の作中では頻繁に「衫」が用いられている(「襦」が用いらていれる場面もある)ため、「水滸前伝」でも「衫」を用いています。ちなみに『水滸伝』の作中で「衫」が用いられているのは、本としての『水滸伝』が成立した明代に、女性の服装が「衫裙」と称されていた事に関係しているかと思われます。根拠は全くありませんが…。
※2「坎肩」
ベスト。チョッキ。元々は袖の無い防寒具を指す言葉だったようですが、現代では(シャツやブラウスのように)袖を持つタイプも含まれるようです。
※3「褲子」
ボトムスとしてのパンツ。ズボン。
※4「四拝」
四度拝礼する事。義兄弟(義姉妹)の結義に際しての拝礼回数については「八拝」の場合もあるようなのですが、この小説においては「四拝」で統一しています。