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水滸前伝  作者: 橋邑 鴻
第二回  王矮虎 私闘を耀して挨雷し 清風三傑 梅花の下に義を交わすこと
20/139

辛辣(物理)

前回のあらすじ

燕順「やれやれだぜ…」

 少し時間は戻って鄭家の裏庭。


 鄭家の庭は板塀と、その内側に梅の木がぐるりと周囲を囲って目隠しとなっていながら、圧迫感を感じさせない造りだ。

 理由はやはりその広さからくる解放的な雰囲気であろうか。


 気候のせいか今年は梅花の開きが遅く、未だ八分咲きといったところである。


 その庭先では梅花の馥郁とした香りに包まれながら、家の中の騒動など知る由もない鄭天寿が銀細工造りに没頭していた。


「おっ、やっぱここに居たか」


 その声に鄭天寿が振り返れば、視線の先には腕を組み、柱に(もた)れ掛かってこちらを眺める王英の姿。


「ああ、王哥兒(王英)。いらっしゃい」

「相変わらず見事なモンだな」

「いやあ、本職には敵いませんよ」

「そりゃあそうだろうよ。本職じゃねえんだから」


 庭に置かれた机には数々の銀細工が並べられている。鄭天寿は謙遜するが、その出来映えは本職にも引けを取らないだろう。

 だが、その中に鄭天寿が丹精を込めて作り込んでいる一品がない事を、王英は知っている。おそらく鄭天寿の懐だ。


「一人ですか?」

「いや、燕哥(燕順)と一緒に来た。今は小姐(ねえ)さんと保正のトコだろうな」


 王英の声は軽やか、そして表情はにこやかで、見るからに御機嫌だ。

 あまりに御機嫌で、顔なんかもう何て言うか、ツヤッツヤのテッカテカだ。


 そんな時は決まっている。


「また柳蝉を揶揄(からか)ってきましたね?」

「はは、バレたか」


 呵呵と笑って王英は庭に出ると、鄭天寿の隣に腰を下ろした。

 縁台に腰を掛けたまま、鄭天寿は大きく一つ伸びをして手を休める。


「で?今日は何をしたんです?」

「何、鄭郎に用があんなら一人で勝手に捜せ、ってな感じで(あしら)われたモンだからさ。んーじゃあ、そのついでに小姐(ねえ)さんの部屋に入っちまっても怒んなよ、ってな」

「哥兒、まさか…」

「する訳ねーだろ!出禁になっちまうわ」


 どうやら燕順が散財する必要はないようだ。


「好きですねー、柳蝉と戯れるのが」

「うるせえ、贅沢モンが。あんな可愛い()に思う存分、慕われやがって」


 拗ねるような嫉妬のような態度で愚痴をぶつける王英に、鄭天寿は苦笑いで応える。


「そうですね。じゃあ、哥兒のお気持ちを裏切らないよう、この前の話はなかった事にしましょうか?」

「ちょっ、おまっ…それとこれとは話が(ちげ)えだろうが」


 元宵節からそろそろひと月経つ。それに合わせて謹慎が解かれるのではないか、と鄭天寿は踏んでいる。

 無論、鄭天寿の勝手な憶測だが。


 そこで王英と示し合わせて道観に繰り出し、清風鎮の女の子達を誘って楽しいひと時を過ごしましょう、という訳だ。


 一人で村を出れば怪しまれる。しかし、今回は王英がいる。

 毎度、王英の(おとな)いを受けているのだから、今度はこちらから訪ねる事にすれば、王英が苦手な李柳蝉が付いてくる事もないだろう。

 それに万が一、道観で女の子達と楽しんでいる姿を李柳蝉に目撃されても、王英にせがまれたからと言い訳もできる。それは王英も了承済みだ。


 もう一つの予防線が銀細工。

 単に王英と二人で女の子達と戯れていたら、それこそただの合コンだ。

 しかし、そこに銀細工があれば、それはあくまで小遣い稼ぎなんだ、と言い張れる。


 懐に意匠を凝らした(かんざし)を忍ばせ、李柳蝉が側にいる時はじっくりと時間を掛けてそれを加工し、目の届かない時に他の細工を仕上げる。


 そうして完成した銀細工達をこのまま埋もれさせてしまうのは、いかにも勿体ないではないか──などという謎理論を、容疑者Aは後に供述したとか何とか。


「俺がどれだけ楽しみにしてると思ってやがる。泣くぞ?良いのか?大の大人がマジ泣きすんぞ??」


 共犯者Bには恥も外聞もへったくれもないww


「いや、冗談ですよ、冗談」

「このヤロ…あのなぁ、世の中には言って良い冗談と悪い冗談ってのがあってだなぁ──」


「散々、その『言って悪い冗談』とやらで騒動を引き起こしてきた張本人が何を言っているのか」と半ば呆れながら、ありがたい講釈を「はいはい」と聞き流す鄭天寿。

 その後も二人は周囲を気にしつつ、声を潜めて来るべき日に向けた計画を練っていく。


 それが一通り纏まると、王英は今から目を輝かせてその日が待ち切れない御様子。うずうず、そわそわと落ち着かない。立ち上がり、納屋に立て掛けられた棒を二本持って庭の中ほどへ進むと、一本を自らの肩に立て掛け、もう一本を握って「んっ」と鄭天寿に差し出した。


「ちょっと一勝負しようぜ。お前も座りっ放しで、身体が凝り固まっちまったろ」

「はは、そうですね」


 鄭天寿と王英の手合わせは最近の日課になりつつある。無論、いつぞやのような真剣勝負とは比ぶべくもない、鍛練と暇潰しを兼ねた程度のものだが。


 だが、今日の王英はいつにも増して気合い十分である。

 そして鄭天寿を気遣う素振りも、ただの口実だ。気が逸ってジッとしていられないのだろう。

 文字通り「血湧き肉踊る」というヤツだ。


「鄭郎、(たま)には何か賭けようぜ」

「賭け、ですか?」


 コキコキと手首を鳴らし、首を左右に振ってほぐしながら王英が(けしか)ける。


「良いですけど…何を賭けます?」

「俺が勝ったら鄭郎はその日、月老(※1)に徹して、とにかく俺を褒めちぎってくれ」

「えぇ~…俺がお膳立てしたのにですかぁ?」

「良いだろ、別に!お前にはもう小姐(ねえ)さんがいんだから。お前みてえな奴がいるから、俺が女に(あぶ)れちまうんだよ!」


 さすが謎理論の先駆者だ。自己責任の転嫁にも迷いがない。


「はあ…じゃあ、俺が勝ったらどうするんです?」

「ん?そうだな…んじゃ、鄭郎が勝ったら村を出る時ぁ、いつでも俺をダシに使って良いぜ?」


 その言葉を聞くや、それまでダラダラとやる気なさげに棒を弄んでいた鄭天寿は、瞳の奥に妖しい光を宿らせ、大きく一つ棒を振って構えを取る。


「良いですね。俄然、()る気が出てきました」

「…ヤベ、ちょっと餌がデカ過ぎたか?」


 鄭天寿の様子に、王英も気合いを入れ直して構えを取った。


「約束は守って下さいよ?」

「お前もな」


 庭の中央で己の欲望を丸出しにした二人が対峙する。鄭天寿が呼吸を計り、今、将に打ち掛からんとしたその時──


「ちょい待て!」

「…!?」


 構えを解かぬまま王英が顎で視線を促す。その視線の先には銀細工の並んだ机。


「しまっといた方が良いんじゃねえか、それ?」


 鄭天寿はすぐに王英の意図を察した。

 もし、打ち合いの最中(さなか)に李柳蝉が現れ、見た事もない銀細工が机に並べられているのを目にすれば、勘の良い李柳蝉の事だ、鄭天寿の計画など一瞬で看破され、監視の目が厳しくなるだろう。

 それではここで雌雄を決する意味がない。


 鄭天寿が手早く銀細工を麻袋に入れて隠し、仕切り直した両者は再び対峙する。


 互いの煩悩を賭けた、世にも馬鹿馬鹿しい真剣勝負の幕が切って落とされた。



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



「何、いけしゃあしゃあといい汗かいてんのよ?」


 李柳蝉が裏庭に顔を出したのは、何度目かの小休止の時だ。

 元々、伯仲した腕前を持つ二人である。互いの技量を存分に発揮するも、勝敗は決しなかった。

 特に今日は両者共、気合いの入り方が尋常ではない。普段は勝負が長引けば引き分けとしてお茶を濁したりもするが、今日に限ってそんな気配は更々なく、休憩を挟んでは死闘を繰り広げていた。


 煩悩パワー、恐るべし…。


「おっ、小姐(ねえ)さん…どした?元気ねえな」

「アンタの所為で、結局アタシが怒られたからよっ!!」

「…?何があったの?」


 王英と別れてからの経緯を、李柳蝉が興奮気味に身振り手振りを交えて捲し立てる。

 言葉遣いを咎められた事はともかく、その切っ掛けが王英だった事に苛立っているようだ。


 というか、そもそも李柳蝉は怒られてなどいない。

 あの程度の小言で「怒られた」と感じている事自体、いかに普段から鄭延恵に怒られていないかがよく分かる。


「あっはっは、そりゃあ良い!みっちり(しご)いてもらえよ?」

「何がおかしいのよ!ってゆーか、アンタこそ燕哥兒(燕順)に『気遣い』ってものを教わってきなさいっ!!」


 ギャンギャンと言い争いを続ける二人を尻目に、一人ほくそ笑むのは鄭天寿。

 根っから口の悪い李柳蝉を燕順に師事させ、言葉遣いや清淑さを仕込んでもらおうと思っていたところだ。

 問題はどうやって宥めすかしてそれを本人に認めさせるかだったのだが、思わぬ形で実現したのだから「瓢箪から駒」とはこの事だろう。


「あー、ムカつくっ!!鄭郎、ちょっとその棒貸して!」

「えっ、ちょ…何すんの!?!?」

「あんまりムカついたから、アタシも身体を動かして発散したいのっ!!」


 まごつく鄭天寿の手から()手繰(たく)るように棒を奪うと、李柳蝉は見様見真似で棒を構えた。


「ちょっと、柳蝉…」

「まあまあ、良いじゃねえか。ホレ、小姐(ねえ)さん打ってきな」

「哥兒、煽らないで下さいよ」

「あら、そう?ただ思いっ切り振り回すだけのつもりだったけど、それじゃあお言葉に甘えようかしら?」

「柳蝉、怪我するから!」


 見て学ぶ、とはよく言ったものだ。ここ最近、鄭天寿の鍛練を間近で見るようになっていた李柳蝉は、構えだけならなかなか様になっている。

 だが、優に李柳蝉の身長を超える長さの棒である。ただ振り回すにも全身の筋力を使うし、その力加減は見て学べるものではない。

 何より、人を相手に打ち込むという事は──


小姐(ねえ)さん、しっかり力を入れて握れよ?中途半端に握ってると手を痛めちまうからな」


 振った棒を防ぎ止められれば、その衝撃は手が受ける。その衝撃に耐え、或いは受け流すという感覚も、経験により身体で覚えていくものだ。


「御忠告どうも」

「柳蝉、止しなって」

「鄭郎、大丈夫だって。俺が上手く受けるから」

「はぁ!?受けないで躱しなさいよ!それくらい出来るでしょ!?」


 …どうやら李柳蝉には「棒を受け止められる」という発想自体、(はな)からなかったらしい。


「こっちが『はぁ!?』だわっ!!単に俺を甚振(いたぶ)りてえだけじゃねーか!」

「柳蝉、いくら何でも無茶振りが過ぎる──」

「あら?『矮脚虎』なんて綽名(あだな)されるような人が素人の、それもか弱い女が扱う棒の一つも躱す自信がないのね。それは大変失礼致しましたわ」


 いとも簡単に李柳蝉の口車に乗せられた王英のこめかみに「ビキッ」と青筋が浮かんだ。


 チョロ過ぎる…


「はぁっ!?!?出来るわっ!!余裕だっつーのっ!!」

「ほら鄭郎、出来るって」

「いや、出来る出来ないの問題じゃないよ…哥兒もそんなムキにならないで」

「心配すんな、鄭郎。ここで退いたら沽券に関わる。俺の威厳を見せつけてやるさ!」


「いや、相手が素人の柳蝉なんだから、哥兒の心配なんてする訳ないでしょ?俺は柳蝉を心配してんの!煽ってないで止めて欲しいんですけどね。大体『哥兒の威厳』って何ですかソレ?美味しいですか??」などとは、三人の中で最も大人な精神年齢を持つ鄭天寿は聞いたりしない。

 元より李柳蝉はやる気だし、こうなっては流れに任せるしかないか、と諦め顔の鄭天寿は王英から棒を預って距離を取る。


「じゃあ、いくわよ~っ」


「棒を振る」というよりは「棒に振られる」といった感じで、足取りも覚束ぬままに右へ左へと棒を払う李柳蝉。

 当然、啖呵を切るだけあって、王英は造作もなくそれを躱していく。


「ちょっとっ…一回くらいは…えいっ…喰らいなさいよっ!!」

「嫌に決まってんだろーがっ!!いくら小姐(ねえ)さんが非力だからって、そんだけ思いっ切りブン回してる棒に当たりゃあ『ちょっと(いて)え』くれえじゃ済まねえよ!」

「だから…言ってんのよっ!!」

「知ってたよ、チクショウめっ!!」


 そうこうする内に李柳蝉の手は限界を迎え、棒を投げ出し両手を膝に付いて一呼吸を入れる。


「ほら、柳蝉。もう気が済んだろ?」

「そうそう、ちょっとは気が晴れたか?」


 息一つ乱す事なく、両手を腰に当てて歩み寄った王英は、鄭天寿と共に宥めるのかと思いきや、


「ま、このまま続けて何百、何千と打ち込まれたところで、当たりゃしねえけどな!」

「むぅー、もうちょっとだけ…!!…それはそうと鄭郎、あんまりあたしの足元見ないでよね」

「足元?何、急に…見てないよ、何で?」


 もじもじと恥じらうように裾を整える李柳蝉。


「だって、今日は風もあるし…打ち込む時に裾が捲れて…見えちゃうもの」

「だったら尚更…!!…あー、いや、うん。分かった、見ないよ」


 突然、乙女のように恥じらい出した李柳蝉など、鄭天寿にしてみれば「違和感の塊」みたいなものだが、そこは付き合いの長い彼の事、容易にその意図を察した。

 そして、全くピンときていないマヌケも見つかったようである。すでに「次こそは見逃すまい」と、鼻息も荒く目を爛々と輝かせている。


 この期に及んで尚、李柳蝉を挑発するような物言いのマ…王英にムッときた鄭天寿は、悪戯心から李柳蝉の企みをあえて黙っていてやった。


「今度こそ当ててやるわ」

「おう、やってみな」


 仕切り直して構えを取る李柳蝉と、やや距離を取って身構える王英。

 構えた棒を高く振りかざして数歩間合いを詰めると、李柳蝉は大きく踏み込んで渾身の一撃を放つ。


 案の定、李柳蝉の裙子(くんす)(※2)の裾が捲れ、その白く(つや)やかな生足が王英の目に飛び込んで…というところで、突如、李柳蝉がぐらりと体勢を崩す。


「ほれみろ、言わんこっちゃねえ。大人しく止めときゃ良かったのに…」などと呑気な事を考える暇もあればこそ、王英はすぐにその光景の不可思議に気付く。


 李柳蝉どころか、景色の全てが回っている。というか、何か身体が落ちているような…


()っったっ…!!」


 回っているに決まっている。李柳蝉の生足にばかり意識を向けたせいで、地を這うように振られた棒の事など全く思考の埒外へ弾き出され、思い切り足を掬われたのだから。

 王英はそのまま背中から落ち、気付けばすでに李柳蝉の手から伸びる棒が、鼻先に突き付けられていた。


「えっへん。ざまあ見なさい」

「プっ、くく…哥兒、油断…っ…し過ぎですよ…フフ」


 勝ち誇る李柳蝉と、笑いを堪えながら歩み寄る鄭天寿。

 だが、王英に後悔はない。普段お目にかかる事のできない、李柳蝉の(つや)やかな生足が見れた、いや、正確には見えたような気が──


「…へぶっ!!」

「柳蝉っ!?!?」

「ん?なんか急にニヤニヤし出してムカついたから。どうせ変な事でも考えてたんでしょ?」


 脳内で先ほどの光景を思い起こし、思わずニヤついた王英の額を李柳蝉が棒で小突いた。


「冤罪もいいトコだ!俺はただ、小姐(ねえ)さんの白くて綺麗な足を思い浮かべて、()だだだ…」


 もはや口をきく事もなく、まるで不快な虫けらでも潰すかのように、李柳蝉は遠慮なく王英の胸に棒を突き立てた。


「いや、別に…()でで…小姐(ねえ)さんにキツく当たられんのも、そこまで嫌って訳じゃねえが…あだだだ…いくら何でもコレは辛辣過ぎんだろ!?穴が空いちまうよっ!!」


 王英がじたくたと抗い、両手で棒を押し返そうとすればするほど、それに負けじと体重を乗せる李柳蝉。


()ででで…小姐(ねえ)さんにそんなブッとい()を力ずくで突き立てられたら…俺の…大事な(トコ)が裂けて、血が出ちゃう…これ以上されたら、ホントにおかしくなっちゃうからっ…もう…もう、それ以上激しく突いちゃ…ら、らめぇ~っ!!」


 …随分、余裕あんなオイ。


「ほぎゃーっ!!悪かった、今のは俺が悪かったから!空くっ、マジで穴空くっ…鄭郎!お前も見てねえで助けろっ!!」

「柳蝉、もうそろそろ──」

「ダメよ。こんな機会、滅多にないんだから。徹底的に懲らしめてやらなくちゃ…」


 ぐりぐりと棒を突き立てる李柳蝉の顔には、うっすらと恍惚の笑みが浮かび始めている。

 早く事態を収拾しない事には、こちらも新たな扉が開いてしまいそうだ。


「随分と楽しそうだな、柳蝉?」

「ええ、大伯(おじ)さま。とっても!」


 …ん?大伯(おじ)さま??


 李柳蝉が恐る恐る屋敷の方を顧みれば、そこには引き()った笑みを浮かべながらも、怒りでこめかみを震わせる鄭延恵と、目の前で繰り広げられている光景に、呆れるやら情けないやらといった風に右手で顔を押さえる燕順が。

 李柳蝉が慌てて棒を投げ捨て、おずおずと取り繕う。


「あのっ…いえ、コレは違うんです。だから、その…ねえ、鄭郎?」

「えぇ~、俺ぇ!?俺はちゃんと止めたじゃない…」

「ちょっと!こんな時くらい庇いなさいよ、許婚でしょ!?」

「俺は元宵節の夜、許嫁に売り飛ばされましたけどねー」

「うっ…」

「おぉ、(いて)ぇ…そうだぞ、小姐(ねえ)さん。泣いて許しを乞う俺を見下しながら『徹底的に躾けてやる』って、あんなブッとい()を突き立ててきたクセに──」

「アンタは黙ってなさいよっ!!」


 年長者二人の事などまるで気にも留めず、責任の(なす)り合いを始めた三人の姿に、鄭延恵の口からは深い溜め息が漏れた。


「柳蝉!話があるからちょっと来なさい。天寿、王小哥(王英)も一緒に」

「「「はぁい…」」」


 そのまま広間に連行される三人。

 しかし、事情聴取の後に軽い小言を聞かされたのみで釈放され、コレといった制裁を受ける事はなかった。


 その陰には事情聴取に立ち会った燕順の、必死のとりなしがあった事は言うまでもない。

※1「月老」

月下老人。男女の仲を取り持つ神。仲人。

※2「裙子」

スカート。

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