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水滸前伝  作者: 橋邑 鴻
第一回  鄭郎君 元宵節に夢幻を伽し 王矮虎 小路に想錯を詰らるること
12/139

巷に満ち溢れた例のお約束のアレ

前回のあらすじ

はい、お薬出しときますねー。


「待ってくれ、王帥哥(すいか)(※1)!」


 李柳蝉を背に庇いながら、鄭天寿が王英を手で制する。


「コイツの言った事は謝る。まず怒りを鎮めてくれ」


 しかし、王英の表情は鬼気迫り、構えを解く気配はない。


「ダメだな。気の強え女は嫌いじゃねえが、さすがに『死ね』と言われて笑って許せるほどお人好しじゃねえ」


 王英が今、こうしてここに在るのは、故郷で15年もの間、暴虐の嵐を必死に耐え抜いてきたからこそだ。

 李柳蝉の一言は、その15年の忍耐を鼻で嗤ったに等しい。


「口の悪さはコイツの悪い癖なんだ。帥哥が気分を害した事は謝るし、俺からも後でキツく言っておく。だから構えを解いてくれ」


「悪い癖」と言うくらいだ。この男も普段から「柳蝉」というこの娘の明け透けな性格に振り回されているのだろう、と王英は推察する。



【知りゃあ知るほど興味をそそられる女だ。少なくとも、思ってる事を隠して何を考えてんだか分かりゃしねえ、そこらの女よりぁよっぽど良い。

 とはいえ、さすがに「死ねばいい」は度が過ぎてるわな。その辺りを弁えられりゃあ申し分ねえんだが…。


 てか、言われてムカついてんのは俺だろうが。何でキツく言うのはテメエなんだよ。それじゃあ俺ぁただの言われ損じゃねえか。

 どうせなら俺が家に連れ帰って、一発キツいのをカマしてやんよ。


 どのくらいキツいのをカマすのかって?

 それは家に帰ってからのお楽しみさ。


 ぐへへ】



 王英ほどの熟練妄想脳をもってすれば、面で怒りを露にしながら、モザイクなしでは表現できないような、ムフフな映像を脳内で繰り広げる事など造作もない。

 が、そんな卑猥な気配を察知してか、鄭天寿の陰から首だけ出して様子を窺っていた李柳蝉は、身震いして再び鄭天寿の背後に隠れた。


 それを追って王英が視線を鄭天寿に移す。


「帥哥、とにかく話を──」

「鄭、っつったか?」


 投げ掛けられた言葉を制し、王英が鄭天寿を見据える。


 王英の目には、鄭天寿もなかなか(じつ)のある男のように映っている。

 最初の経緯はともかく、現在の状況に限って客観的に見れば、ここに至った非は明らかに李柳蝉にある。だが、それを一方的に責め立てるでもなく、共に責任を被って頭を下げるという。


 世間には普段から偉そうな口を叩いていながら、いざ何か問題が起きた時にはひたすら他人に責任を(なす)り付け、自己弁護に走る人間の何と多い事か。

 世間を渡り歩き、それを肌で知る王英にしてみれば、それだけでも十分に好感を抱くに値する。


 といって、単に気の優しい好青年というだけでなく、武の心得も持ち合わせている。それは構えを見れば分かる。

 鄭天寿の構えには澱みがない。棒の扱いに不慣れな人間が苦し紛れに虚勢を張ったような姿では決してない。

 その上に許嫁が公言するほどの女好きときている。


 出会い方は最悪だったが、互いに腹を割って話せば何とも馬が合いそうではないか。


 多少なりとも二人の人となりを知り、鄭天寿の真摯な態度を受け、妄想の中でこれでもかと李柳蝉に対して鬱憤を晴らした王英の怒りは、幾分収まってきてはいる。



【つってもな…このまま「ごめんなさい」「はい、さようなら」ってんじゃ、ただ二人の絆を深める手助けをしたみてえで、何ともつまんねえ話だ。

 何より、こんなイイ女をみすみす諦めちまったら、どうにも寝覚めが(わり)ぃわな。


 どのみち、この「柳蝉」って()が俺に(なび)く気配はなさそうだし、そんならせめて男の方の本性だけでも見極めてみるか…】



 王英は一計を案じる。


「ここで引き下がれってんなら条件がある」

「…条件?」

「ああ。俺にその()を一晩貸しな。俺が一晩みっちり説教して、足腰立たなくなるまで躾けてやるよ。お前は『回れ、右』して、とっとと帰んな」

「……!!」



【さて、この男はどう出るか。


 こんなクソみてえな脅しで臆病風に吹かれ、許嫁を捨てて逃げ帰るようなら完全に俺の見込み違いだ。そんな腰抜けと付き合いを持ったところでしょうがねえ。「貸す」ってんだから遠慮なく「お持ち帰り」させてもらえば良いか。


 いや…んーな奴、どうせ金輪際、顔を合わせる事ぁねえんだ。バカみてえな口約束をバカ正直に守って、わざわざ一晩で女を返してやる必要すらねえ。時間を掛けて、じっくり口説き落としてやらぁな。


 ま、そんな夢みてえな話、ある訳ゃねえが…。


 無難に考えりゃ「女を庇いながら対峙する」か「女を逃がして対峙する」の二択だろうが…前者はちょっと、な。

 多勢に囲まれてんならともかく、1対1でわざわざそれを選ぶ奴ぁ、女にいいトコ見せたがる見栄っ張りか、よっぽど自分の腕に自信を持ってるか、そうでなけりゃあ単なる馬鹿だ。


 となりゃあ残るは後者だが、女を逃がした後で下手に出るか、真っ向から立ち向かって来るか…それでこの男の性根は知れるな】



 王英さんよ、解説乙。


「ふざけないでよっ!!誰がアンタなんかと──」


 再び鄭天寿の背後から首だけ出して罵ろうとする李柳蝉を鄭天寿が制した。


「帥哥、アンタの言葉をそのまま返すよ」

「…あぁ?」

「いくらこっちに非があるからって、今のはさすがに聞き流せないな。アンタこそ『回れ、右』して、とっとと失せな」

「…ハッ。ただ女の尻に敷かれてるだけの優男かと思ったが…そんな顔も出来んじゃねえか」


 鄭天寿の両の瞳には、怒りの炎が燃え盛っている。


 見ず知らずの男から、最愛の許嫁を慰み物として差し出せと言われたのだ。

 多勢を相手にしていようと鄭天寿にそんな気は更々ないが、今は1対1である。

 これを「ナメられている」と言わずして何と言うのか。


 だが、鄭天寿の怒りを目の当たりにしながら、王英は上機嫌だった。


 それはそうだ。あえて挑発したのだから。

 そして、鄭天寿はその理不尽な挑発に対して憤る気概を持ち合わせていた。

 王英の心中が「生まれて初めて理想の女に出会った」という興奮に取って代わり「生涯の友と呼べる男に出会ったかもしれない」という高揚感で満たされていく。


「帥哥。二度と俺達に近付かないと、今ここで誓いなよ。そうすれば──」

「そりゃあ出来ねえ相談だ」


 王英に李柳蝉を諦め切れない気持ちがない訳ではない。

 しかし、今はむしろ二人の仲を温かく見守ってやりたい気分だ。そんな約束を呑む訳にはいかない。


「柳蝉、先に村に戻ってな」

「…嫌よ」

「柳蝉!」

「嫌だってば!」


 鄭天寿の背で李柳蝉は駄々を捏ねる。


「あたしのせいでこんな事になったんだもん。あたし一人で帰るなんて出来ない。それに…」

「…何?」

「アタシだってムカついてんだからっ!!アイツが打ちのめされるとこ見なきゃ気が済まない!」

「けど、俺が負けたら柳蝉が──」

「さっき『大丈夫』って言ったじゃない」


 ふーっ、と鄭天寿が溜め息を一つ漏らす。


「…ん、分かった。危ないから少し離れてな。あと、相手に集中してると柳蝉まで気を回せないかもしれないから、もし何かあったらすぐ言えよ?」

「うん」


 王英が仲間を潜ませている可能性も無いではない。

 鄭天寿にとって今、最も優先するべきは、王英を打ち負かす事ではなく、李柳蝉と共に村へと戻るという事に尽きる。王英にかまけている隙に李柳蝉を質に取られでもすれば目も当てられない。


 李柳蝉に注意を促した鄭天寿は、再び王英と向き合った。

 その様子を見ながら、王英は振り上げた拳の下ろし方を思案する。


 ここでネタバラシをするか否か、だ。


 いや、ネタバラシ自体は簡単だ。

「お前を試すために敢えて怒らせたんだぜ」と頭を下げればいいだけの話だが、問題はそれを受け入れてもらえるかどうかだ。

 何せ、ちょっかいを出したのも、怒って喧嘩を吹っ掛けたのも王英が先である。互いの信頼関係などまるでない今、その言葉を簡単に信じてもらえるか甚だ疑わしい。


 先ほどまでとは、立場が逆転し──!!


「アンタに帰る気がないんなら、俺が力ずくで帰らせてやるよ」


 王英の逡巡を察した鄭天寿が音もなく踏み込み、右から左へと棒を薙ぎ払った。

 完全に油断していた王英だが、本能的にそれを紙一重で躱し、大きく後退(あとずさ)って間合いを取る。


「そんな一撃など躱して当然」とばかりに表面上は平静を装う王英も、内心では一片の躊躇なく振り抜かれた鋭い一振りに驚きを禁じ得ない。

 あと少し踏み込みが深かったら、或いはあと少し棒が長かったら、間違いなく王英の身体は今、地に横たわっていたはずだ。


 相手の気性を確めるために軽く挑発したつもりが、どうやらドデカい地雷を踏み抜いてしまったらしい。


 そう悟った王英は、腹を括る。


 事ここに至って対決は避けられそうにない。それ自体は王英の自業自得なので致し方ない。

 だが、仮に負けるにしても、一方的に()されるのはだけは何としても避けなければならない。そうでなければ、この先「矮脚虎」の名は、情けない男の代名詞として物笑いの種となるだろう。


「力ずくね。やれるモンならやってみな」


 気合いを入れ、王英は棒を構え直した。


 ≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪


 元宵の天穹を(まば)らな星空が覆い、晩霞は既に西方へ去りゆく。

 雲間には月影も(さや)けく、指呼の(うち)に息を凝らす両雄を燦然と照らす。


 再び機先を制するは鄭天寿。


 黙するままに虎顔(※2)を突き、初手を躱され尚怯まず、間合いを詰めるや愈々(いよいよ)盛んに棒を繰り出す。


 先刻、不意を衝かれた王英も、腰を据えて(あい)(たい)すれば、難無く棒の動きを見極めて、躱し、止め、払い、鄭天寿の攻撃を造作も無く受け流す。


 尚、攻め立てんと鄭天寿が右から繰り出した棒を王英は苦も無く躱し、その隙を王英が利さんとすれば、鄭天寿は前脚を軸に身体を旋回させて後脚を飛ばし、その勢い()て再び王英と正対す。


 時に突き、時に打ち、時に薙ぎ、時には自らの体躯を以て、一陣の旋風の如く王英を攻め立てる鄭天寿の様は、まるで怒れる白麒(びゃっき)(※3)のよう。


 片や王英は間合いを詰められ守勢に回るも、只の一撃も喰らう事無く、易々と鄭天寿の攻撃を往なし続ける。

 体を捌き、棒で受け、押し返し、眈々と獲物の挙動を見定めるその様は、正に「虎」の異名に相応しい。


 白麒が間合いを詰めれば矮虎(わいこ)(※4)は離れ、機を見て矮虎が打てば白麒は距離を取り、また打ち込む。


 麒虎(※5)の相食む傍らで、佳人は玉兎(月に住むウサギ)を抱くが如く、胸に指組み死闘に見入る。

 良人(恋人。鄭天寿の事)を案じて(ひそ)む花容は西施(※6)が倣い、塵寰(じんかん)に下れる主と(たが)う瑶台(※7)に閉月(※8)の理は(あた)わず、宵闇に断雲を衝きて雪体を照らす。


 その視線の先で麒虎の実力は正に伯仲、互いに死力を尽くすその闘いは、煌々たる元宵の月影の下、何時果てるとも知れず。


 ≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪


 鄭天寿が足を狙って払った棒を、王英が棒を地に突き立てて防いだ時、それは訪れた。


 鄭天寿の棒が、激戦の衝撃に耐えきれず真っ二つに折れたのだ。


 元より道端の朽ち掛けた枝を即席の棒に仕立てた物だから、それも致し方ないところではある。


 体勢を崩した鄭天寿に対し、王英が好機とばかりに突きを放つ。

 しかし、すぐにその判断を後悔した。


 鄭天寿は慌てるでもなく折れた棒を投げ捨て、突き出された棒を右の脇に挟み込むと、王英が引き抜く間もなく、ぐっと握り締めたのだ。


 絶え間なく続いていた攻防に、初めて膠着が訪れる。


「鄭郎っ!!」


 投げ掛けられた李柳蝉の言葉に、鄭天寿が軽い目配せで応える。

 あわよくば片手でも挙げて格好の一つも付けたいところだが、さすがにそこまでの余裕はない。


 一方の王英は絶好の好機を漫然と繰り出した攻撃によって潰してしまった事に後悔しつつ、鄭天寿の膂力(りょりょく)に驚嘆していた。


 普段から車夫として荷を引く王英である。

 仕事柄、必然的に腕力や脚力は鍛えられるし、王英自身もそれなりに自負はあったのだが…互いに引き合う棒はびくともしない。


「なかなかやるな、()()

「お褒めに与ったのは光栄ですけど…アンタにそんな呼ばれ方をされる筋合いはないね」

「仕方ねえだろ。こっちはまだ、お前の名を聞いてねえんだがら」

「…そうでしたっけ?」


 互いに僅かに息を切らしつつ、手に込めた力を緩める事なく言葉を交わす。


「どうだ、ここらで一つ小休止といこうじゃねえか」

「…別に構いませんが?」

「んじゃ、()()()で俺が下がるから手を放しな」

「お断りします」

「何でだよっ!!今の今『別に構わねえ』っつったのは何処のどいつだ!」

「手を放したら、俺が圧倒的に不利になるからに決まってるじゃないですか」

「俺が一旦下がるっつってんだろ。その間にまた棒っ切れでも拾ってこい!」

「そんなに得物の優位が欲しいんですか?」

「…あぁ?」

「まあ、さっきまで俺がだいぶ不利な状況でも互角にやり合ってましたからね」

「ざけんなっ!!そう思うなら、いくらでも(なげ)え棒っ切れを拾ってくりゃいいだろうが。それで文句ぁねえだろ!」

「っていうか、そっちが手を放せば済む話じゃないですかね?」

「ああ、なるほどな…って、済まねーわボケっ!!何言ってんだ、テメエ!」


 互いに気心が知れたような、真剣とも冗談とも取れる掛け合いを続ける二人。


 アレか?互いに死力を尽くして闘った者同士には友情が芽生えるっていう、巷に満ち溢れた例のお約束のアレか??


「私の心からの祈りを返せ」とばかりに、半ば白けた様子で李柳蝉がそれを眺めている。


「大体、この棒は(はな)から俺の得物だろうが!何でテメエにくれてやんなきゃなんねえんだよ!」

「小休止を言い出したのはそっちじゃないですか」

「…?それと得物に何の関係があんだよ?」

「『提案を受け入れてくれてすまねえな。コイツはその礼だ』…的な?」

「マジか、こいつ…」


 脱力し、危うく棒を手放しそうになる王英。

 そして、先ほどの光景を思い出し、人知れず同情する。


 そりゃあ、堪忍袋の緒が切れて説教の一つもカマしてやりたくなるってもんだ。

 あの小姐(ねえ)さんも、この男に振り回されて相当鬱憤が溜まってたんだろう、と。


小姐(ねえ)さんからも、何か言ってやってくれ!」


 勝手に仲間意識を持ち、根拠のない期待を胸に王英は李柳蝉に助けを求めるが、


「アンタが放せば良いんじゃない?」


 鮸膠(にべ)も無く見捨てられたww


「知ってたよ、チクショウめっ!!」

「プっ…くく…」

「テメエが笑ってんじゃねえよ!てか、いつまで続けんだコレ!」


 はぁー、と鄭天寿が溜め息を一つ洩らす。


「…本当に一息()くんですね?」

「おう。少なくとも、お前が得物を持つまでは打ち掛かったりゃしねーよ。それに、見ろ」


 王英が視線を空に促す。

 先ほどまで煌々と輝いていた満月が半分ほど雲で覆われ、気付けば辺りは漆黒の闇に包まれ始めている。


「どのみち、あの月がまた出てこねえ事には、勝負が始めらんねえだろ」

「…分かりました」


 息を合わせて二人が離れ、それを見た李柳蝉は小走りに鄭天寿の元へ駆け寄った。


「大丈夫?怪我はない?」

「うん、大丈夫」


 棒を右肩に立て掛け、それを抱え込むようにしながら王英が両手をほぐす。


「全く…勘弁してもらいてえよ。小姐(ねえ)さん、アンタも苦労してそうだな」

「否定はしないけど、アンタに心配される筋合いはないわ」

「うん、さっきも言ったけどさ…ちょっとくらい否定してもバチは当たんないよね?」

「…うるさい」


 口では突き放すような物言いをしつつ、李柳蝉は両手をほぐす鄭天寿の袖にそっと寄り添う。

 その二つの影を羨ましくも微笑ましく見ていた王英だが、忘れていた小休止の目的を思い出し、鄭天寿に声を投げ掛けた。


「お前、姓名…いや、姓は『鄭』か。名は?」

「……」

「あ?…んだよ、今さら黙秘かよ」


 姓名を知られ、付き纏われやしないかと躊躇う鄭天寿だが、よくよく考えれば鄭家村は目と鼻の先である。ここで名を隠したところで、王英がその気になれば素性が知れるのは時間の問題だ。

 ならばいっそ、多少なりとも世に知られ始めた「白面郎君」の綽名(あだな)が王英を物怖じさせる可能性に賭けた方が、まだ期待できる。


「天寿」

「…あ?」

「姓は鄭、名は天寿ですよ」


「そんな物に物怖じするくらいなら、そもそもあの場面で声なんか掛けて来ないか」と自嘲的な笑みを浮かべながら、鄭天寿は自らの二字名を告げた。

※1「帥哥」

「帥」は「粋な」や「スマートな」を表し、直訳すれば「イケメン」や「色男」の意ですが、あまり親しくなかったり、見ず知らずの男性などへの呼び掛けにも用いられるそうです。単に「(お)兄さん」くらいの意ですが、姓を付けているのでここでは「王さん」。比較的新しい言葉のようで、確認した限り『水滸伝』で用いられている場面はなく、そもそもこの時代(宋代)には存在すらしていなかった言葉のようなんですが、便宜的に用いています。

※2「虎顔」

造語。「虎のような顔」ではなく「虎の顔」。王英の顔を指す。「虎」は王英の綽名(あだな)「矮脚虎」より。

※3「白麒」

造語。「白き(雄の)麒麟」。「白」は鄭天寿が色白である事から。「麒」は「(麒麟の)雄」を表す。「麒麟」は実在の首が長い「キリン(giraffe)」の事ではなく、某ビール缶などに描かれている中国の想像上の霊獣。ちなみに、麒麟の「麟」は当然「(麒麟の)雌」を表す。

※4「矮虎」

チビ虎。王英の綽名(あだな)「矮脚虎」より。『水滸伝』作中でも、王英は度々「王矮虎」と呼ばれる。

※5「麒虎」

造語。「(雄の)麒麟と虎」。鄭天寿と王英の事。

※6「西施」

春秋時代の(えつ)(国名)の美女。中国の四大美人の一人。「胸を患い、痛みに顔を(しか)める西施の姿が儚げで美しいと評判になり、それを知った醜女がその真似をすれば自分も美しく見られると思って真似をしたら、却って気味悪がられた」という故事から「(西施の)(ひそ)みに倣う」という言葉が生まれた。

※7「塵寰に~」

「塵寰」は「俗世間」で、ここでは「人間界」の事。「瑶台」は一般的に「玉などで飾られた美しい御殿」を意味するが「(天体としての)月」も表す。「主である月の女神・姮娥(こうが)(嫦娥(じょうが)とも言う)が人間界に下り立ったのかと、月(の御殿)でさえも見間違える」というほどの意。

※8「閉月」

美人の例え。「閉月羞花」。「閉月」は、架空の人物とされながらも中国の四大美人に挙げられる『三國志演義』の貂蝉(ちょうせん)を指し、「貂蝉のあまりの美しさに、その姿を見た月が雲に隠れてしまった」という逸話がある。

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