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水滸前伝  作者: 橋邑 鴻
第十一回  曹刀鬼 道程を迷いて財貨を失し 宋金剛 勇を奮いて同道すること
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雲裏金剛

【ホラな、だと思ったよ…

 世の中、そんな(うめ)え話がある訳ねえじゃねえか。


 大体コイツらにしてみりゃ、俺を生かしとく義理も筋合いもねえ…どころか、俺の口から「旅の商人相手に、荷ぃ一つ奪うだけでも四苦八苦するようなチンケな賊」なんて噂が広まりゃ寨の沽券に関わんだから、ここで口を封じようとするに決まってんだろうが。


 さて…


 せめて師匠(林冲)の名だけは辱めねえよう、最後にもうひと暴れ──】



「大王ぉ、それじゃあ話が違うぞぉ~?さっき『いいだろう』って言ってたでしょお~?」


 曹正が覚悟を決めて棒を持つと同時に、宋万が怪訝な顔で意を唱えた。


「フン、そいつがどうしても俺には降りたくねえって言うから、それならそれでいいって事だよ。下らねえ事言ってねえで、とっととそいつを始末しろ」

「下らなくないぞぉ~」


 宋万が落ちた棒を拾って地に突き立てる。眼光鋭く、怒りも露に鄧虎を睨み付けるその様は綽名(あだな)さながら、正に仏法の守護者たる金剛力士の化身いったところ。


「『荷を差し出せばぁ命は取らない』って言うからぁ、曹帥哥(曹正)を説得したんだぞぉ~。それを信じてぇ曹帥哥も泣く泣く荷を諦めたのにぃ、それはいくら何でもぉ卑怯が過ぎるんじゃないかぁ~」

「『大人しく』差し出せば、だよ!怨みを残したまま生かして山を下ろす筋合いなんざねえ!」

「おい金剛(宋万)、どけ!お前が出来ねえなら俺ガペッ──」


 イキがった手下の一人が、戒刀をクルクル回しながら無造作に歩み寄る。油断し切ったその顔に向け、曹正が棒を繰り出そうとした直前、手下は後方へ吹き飛んだ。

 二度、三度と地に弾んでから止まった身体は、そのままピクリとも動かない。見れば首から上が、見るも無残な方向にへし曲がっている。


 驚く曹正の面前で、手下の額へ繰り出した棒を再び地に突き立て、屹立したのは宋万。


「よくもおいらの顔にぃ泥を塗ったなぁ~?」

「金剛!テメエ、裏切る気か!?」

「先にぃ曹帥哥とおいらを虚仮(こけ)にしたのはあの男だぞぉ~」


 わらわらと武器を構えて周囲の手下達は殺気立つも、宋万は怯む事なく、悠然と鄧虎を睥睨する。それに慌てたのは、むしろ鄧虎の方だ。


「馬鹿か、テメエは!獲物を()ってから荷ぃ奪うのも、奪ってから()んのも同じだろうが!」

「同じじゃないぞぉ~。おいら信義を軽んじる奴がぁ何よりも嫌いだからなぁ~。その荷もぉ帥哥に返してやれぇ~」

「クソッ…おい、テメエら!この荷ン中には腐るほど銭が入ってる。金剛とそこの若造を始末した奴には、たっぷり褒美をくれてやるから、纏めて息の根を止めてやれ!」

「「おおぉーっ!!」」


 ぶら下げられたニンジンに、手下達は一斉に沸き立つ。対して、曹正と宋万も改めて棒を構えるが、落ち着いたものだ。


「なぁ、宋帥哥(宋万)。いいのか?」

「何がだぁ~?」

「いや、さっき『短いけど世話になってるから、仲間がやられんの見てらんねえ』って言ってたしさ。手を貸してくれるのは助かるけど、却って帥哥の方が江湖の評判を落としちまう事になんねえかな、って」

「あぁ~、それならたぶん大丈夫だよぉ~。そんな事よりぃ早いトコ全員ブッ倒そぉ~。面倒な事になるぞぉ~」

「「死にさらせボケがぁ、オラァッ!!」」


「何が面倒なのか」と曹正が聞き返す間もなく、周囲の手下達が襲い掛かる。


 言うまでもなく、多勢を相手にした際に不利を強いられるのは、死角となる背後にまで注意を払わなければならなくなるからだ。言い換えれば、背後からの攻撃を気にせずに済むのなら、彼我の有利不利は大きく縮まる。


 つい先ほど出会ったばかりでありながら、互いに全幅の信頼を寄せて背を預ける曹正と宋万の様は、まるでずっと以前から気心を通わせているようでもあり、また目に見えない「何か」で繋がれているかのようでもあり…


 いずれにせよ、修行の辛さに仏道を外れた僧侶崩れや、多少の威名に引き寄せられた破落戸(ごろつき)風情の寄せ集めなど、今の二人には物の数ではない。


 互いに襲い掛かってきた手下を一人、二人と一瞬で倒し、残る手下達に備えて棒を構える。と、包囲の外から──


「大王!?待って下さい、何処に…!?!?」


 曹正がチラと見遣(みや)れば、なんと荷を肩に担ぎ、その重さで足取りも覚束ない様子の鄧虎が、奮闘する手下達を置き去りにして、広場の奥から霧に霞む山道へ逃げ込もうとしているところだった。


「あの野郎…!」


 ふと曹正が目を落とせば、丁度、足元には倒した手下の戒刀が落ちている。隙を見てそれを拾った曹正が、腕が抜けるほどのフルスイングで鄧虎目掛けて投げつければ、戒刀はグルグルと宙で回りながら、困惑しつつも痛む足を引きずって鄧虎の後を追う監寺の脇をすり抜け、一直線に鄧虎の元へ。

 が、運悪く担いだ荷を掠め、僅かに鄧虎の脇腹を傷つけたようには見えたものの、足を止めるまでには至らず、そのまま鄧虎の姿は霧の中に消えてしまった。


「チッ、クソっ」


 そう一つ舌を鳴らした曹正であったが、とにもかくにも手下達の包囲を崩さなければ、追い掛けようにもままならない。

 一旦、鄧虎の事は頭の片隅に追いやり、気合も新たに棒を構え直す曹正に対し、親玉から捨て石のように扱われた手下達は見るからに士気が下がり、もはや勝負は決したも同然である。


 片や、裏切った宋万に対している手下達の士気はまだ高い。


「なぁ~、止めとけぇ~。あんた達じゃおいらに敵わないぞぉ~」

「うるせえ、この裏切りモンが!」

「おぅよ、きっちり落とし前つけたらぁ!」

「おいらは止めたからなぁ~。どうなっても知らないぞぉ~」


 とはいえ、士気だけで実力と膂力(りょりょく)の差が埋まれば、苦労はないのだがww


 襲い掛かれば襲い掛かった順に打ち倒され、怯んでいても宋万の巨体からは想像もつかない軽やかな身のこなしで順に倒され、あっという間に手下達は全滅してしまった。


 宋万が曹正を顧みると、丁度、曹正も手下達を片付け終えたところで、二人は顔を見合わせて息をつく。


「ふぅ、帥哥が手を貸してくれなかったら、今頃どうなってたか…礼を言うよ」

「どうって事ないよぉ~。おいらこそぉあんな卑怯な手でぇ帥哥を騙したみたいになっちゃったからぁ、帥哥に謝らないとぉ~」

「いいっていいって、そんな事は。帥哥はちゃんと反対してくれたし、こうして助けてくれたじゃねえか。それで十分だよ」

「…そぉ~?」

「しかし、まあ『金剛』って綽名(あだな)も確かに頷けるが…なぁんか味気ねえっつーか。もうちょっとヒネりがあってもいいと思うんだがなぁ」

「おいらぁ元々『雲裏金剛(うんりこんごう)』って呼ばれてたんだよぉ~。でもぉ、長いからってぇここじゃあ簡単に『金剛』って呼ばれるようになったのさぁ~」

「おぉ『雲裏金剛』か。そりゃ言い得て妙だな」


 宋万を見上げる曹正は呵呵と笑う。


「雲裏」の「裏」には表裏の「裏」と共に「中」という意味もある。そして「金剛」とは無論、仏教の護法神の事であるから、つまり「雲裏金剛」とは「雲を衝くほど巨大な金剛神」という訳だ。

 曲がった事を嫌い、敵する者をバッタバッタと打ち倒すその様は、正に仏門を守る仁王の生き写しである。


「しかし、金剛サマも容赦ねえなぁ」

「何がぁ~?」

「いや、俺はまだ打ちのめしてやっただけだが…ま、別に可哀想とか、そういうんじゃねえんけどさ」

「…あぁ~。襲ってきたから身を守っただけだぞぉ~」

「…そうか?帥哥からも打ち掛かってたような…いや、まぁいいか」


 どのくらい容赦がないのかと言うと、曹正と対していた手下達の中には、まだ呻き声を上げている者もいるのだが、宋万にやられた手下達は軒並み…


『返事がない。ただのアレのようだ』


「ところでぇ、帥哥の方はいいのかぁ~?」

「ん?何が??」

「帥哥がいいならぁ、おいらは全然いいんだけどぉ…」

「うん、だから何が?」

「荷を取り戻さなくてもいいのかぁ~?」

「…あっ!!」

「この上には関があってぇ、もし閉じられたらぁ、その先には追い掛けられなくなるぞぉ~」

「マジか!?」

「だからぁ、随分のんびりしてるなぁって──」

「思ってたんなら早く言ってくれよ!」


 棒を抱え、曹正が慌てて頂上に向かって走り出すと、宋万もそれに続く。


 一旦、戒刀が鄧虎を掠めた辺りで様子を見ると、地には僅かに血痕が残り、そこから頂上に向かって点々と続いていた。見る限り、それほど深手を負わせた訳ではなさそうだ。

 しかし、相手も5,000貫の荷を負っての山登りである。


「次の関がどんくらい離れてるか知らねえけど…まだ、間に合いそうか?」

「二の関までぇそんなに距離は無いからなぁ~。急げば何とかぁ」

「よっしゃ…って、別に帥哥は付き合ってくれなくてもいいんだぜ?一度はアイツの下についてたんだし、気まずくねえか?」

「ん~、もう今更じゃないかぁ~?それにぃ、諺にも『人を救うなら無事を見届けるまで』(※1)って言うだろぉ~」

「そっか。じゃ、行くか」


 二人は揃ってまた走り出す。


 道中には所々に銅銭や小粒銀が散らばっていた。曹正の投げ付けた戒刀が荷を傷つけたため、そこから零れ落ちたのだろう。傷つける場所によっては、重さでその傷が裂け、荷を丸々回収できる可能性もあったのだが、残念ながら今回は当たり所が悪かったようだ。



【全く、昨日からこっち、どんだけツイてねえんだよ…】



 ひとまずそれらには手を付けず、二人は先を急ぐ。


 うねうねと山道を進み、どれほどの間もなく霧の中から二の関が現れた。

 その手前には鄧虎に見捨てられた、残るもう一人の姿も。


「おい、っざけんな!まだ閉めんじゃねえっ!!」


 棒を杖に代え、必死に身体を前へ進める監寺の悪態に曹正が視線を先に飛ばせば、関門が徐々に閉まっていくところ。


 監寺に目もくれず二人は関を目指すが、あともう少しというところで門は完全に閉じられてしまった。すぐに内側から閂を掛ける音が洩れ伝わる。


 堂々たる関の体躯は、裾に立てば見上げるほどだ。門楼(もんろう)(※2)こそは無いものの、高さは宋万と比べても優に三倍近くはあり、構えた門は幅が数尋、高さで宋万の倍ほどある。

 急峻な石積みの(かき)は、どう足搔いてみたところで乗り越えられそうな代物ではない。


 何とか内から門を開けさせようと、曹正は関の前で一頻(ひとしき)り罵詈雑言を浴びせてみるのだが、閂を外す気配がまるでないまま、虚しく時間だけが過ぎていく。


「くっそー。なあ、どっかに関を避けられる抜け道みたいなのはねえのか?」

「う~ん、この関の上に出る小道なら無い事もないんだけどぉ~」

「おっ、マジで?」


 色めき立つ曹正に対し、宋万は難しい顔を崩さない。


「けどぉ、一旦、谷を完全に抜け切る所まで山を下りてぇ、そこから足場の悪い中をまた登ってこなきゃならないぞぉ~」

「いや、それでもここでウダウダしてるよりは──」

「それにぃ、この関から一の関までは近いからなぁ~」

「はい!?上にまだ関が…あ、さっきから言ってた『二の関』って、そーゆー意味だったのか!」


 そうなのです。


鄧虎(あいつ)だって裏道の事は分かってるんだしぃ、怪我もしてるからぁ、たぶん往復してる間にぃ一の関へ逃げ込まれてると思うぞぉ~」

「マジかぁ…ちなみに、一の関の方に裏道は?」

「聞いた事ないなぁ。その前にぃ、ちょっとここを離れた方がいいんじゃないかぁ~」

「ん?そうか?」

「関には少ないけど弓が置いてあるしぃ、上には擂木(らいぼく)(※3)や砲石(※4)、灰瓶(かいへい)(※5)なんかの備えが──」

「だから!あるなら早く言ってくれって!」


 そんな事を話している矢先、関の上には何人かの男が現れ、砲石や擂木を飛ばしてきた。

 罵詈雑言を並べて相手を怒らせる事はできたようだが、さすがの二人もこれは堪らない。


 取りあえず関から距離を取るため、やむなく二人が来た道を引き返すと、先ほど追い抜いた辺りからどれほども動いていない場所に腰を下ろし、不貞腐れた様子で天を仰いでいる監寺がいた。


「よぉ。お前らも締め出されたか。(ざま)ぁねえな」

「うるせえ。親玉に清々見捨てられた野郎が、何を言ってやがる」

宋万(そいつ)が寝返んなきゃ、何もかも丸く収まってたんだよ!」

「ほぉ~。じゃあ、足の骨を砕かれんのも(はな)から予定通りでした、ってか?」


 チッ、と一つ舌を鳴らし、首座は顔を背ける。


「おい。どっかに関の裏へ抜けられる道はねえのか?」

「ある訳ゃねえだろうが。()の関の上に出るだけなら──……」


 監寺さん、その話はもう宋万さんがしたので、割愛という事でいいですか?


「帥哥ぁ、どうするぅ~?どうしても荷を取り戻したいならぁ、向こうから関門を開けてぇ出てくるのを待つしかないけどぉ、いつになるか分からないぞぉ~」

「う~ん…」


 曹正とて荷はもちろん取り戻したい。

 とはいえ、荷と一緒に銭と食料まで奪われてしまったから、再び鄧虎が顔を出すまで野宿で過ごす訳にもいかなければ、一旦は山を下りてみたところで、何度も様子を窺う為に宿を取り続ける訳にもいかない。八方塞がりだ。


「どうせならテメエでテメエをふん縛って、誰かに連れてきてもらえ。あんだけ好き勝手暴れたんだ。手土産としちゃあ十分だろ。喜んで寺(宝珠寺)まで招き入れてもらえるぜ?」

「あ?何だよ、急に」


 ハッ、と一つ監寺は鼻で嗤い、


「使い捨てにされてまで、奴に義理立てしてやる筋合いはねえ」

「てか『誰か』って誰だよ。まさか、足をへし折られたどっかの監寺サンが、借りを返して取っ捕まえた、なんて筋書きじゃねえだろうな?」

「チッ、口の減らねえ…知るかよ、旅の坊主でも何でもテメエで勝手に捜せ」


 一言多いのは師匠譲りなので、それは言わないであげて下さいww


 ともあれ、よくよく考えてみれば、それも悪い案ではない。

 肉屋に限った話ではないが、商売人が客に荷を届ける際、裸で持ち運ぶのは不便であるから、荷を縛って持ち手とする事は普通にある。が、届けた先で縛っている縄を切らなければ荷が使えないとなると、それはそれでまた不便であるから、普段から縄を扱う生業に携わっている者は、わざわざ刃物やら何やらを用意せずとも、縄の端を引っ張るだけで結び目がほどける、俗に「活結頭(かっけつとう)」などと呼ぶ結び方を知っているものだ。無論、曹正も例外ではない。


 鄧虎からしてみれば、曹正は言うに及ばず、裏切り者の宋万も憎くて堪らない相手ではあるだろう。その二人が縛られた状態で連れて来られたとなれば、確かに関を通されて宝珠寺まで侵入できる可能性は高い。

 油断してノコノコと鄧虎が現れたところで、二人を縛った縄をほどけば、虚を衝かれた鄧虎に為す術はないだろうし、頭を討ちさえすれば、大半の手下達もすぐに降りはするのだろうが、最大の問題は「では、二人を取っ捕まえた役を誰にやらせるのか」という点だ。


「おいらも駄目だしなぁ~。誰かに頼むしかないぞぉ~」

「それとも、命を危険に晒すような覚悟は持てません、ってか?」

「覚悟はあっても説得力がねえんだよ。俺らを引っ立ててくる役を誰に頼むにしたって、そもそもそいつが俺らを取っ捕まえる理由がねえじゃねえか」

「知らねえよ。食い逃げでも、酔って暴れたでも、適当な理由を(こしら)えりゃいいだろうが」

「ざけんな。こちとら酒の為なら周りの迷惑なんざ屁とも思わねえような生粋の酒呑みでもなけりゃあ、テメエの気分次第ですぐに暴れ出すような荒くれでもねえわ。どっからどう見たって堅気一筋で商いに励んできた、善良な旅の商人だろうが」

「テメエ、何しれっと図々しい事()かしてやがんだ!?どっからどう見ても善良な旅の商人は、人様の足を平然と砕き散らしたりゃしねえわ!」

「それに取っ捕まえたからって、何で俺らを寺に引き渡す必要があんだよ?」

「うるっせえなぁ。こっちは良かれと思って策を出してやってんだろうが。気に入らねえならテメエで考えろや、クソが!」

「まあまあ、二人ともぉ~」


 問題はまだある。

 誰に頼むにしても、よほど信用できる者でなければ連行役は頼めない。


 何と言っても命を預けるのだ。連れてくるところまでは誰でもできるだろうが、いざ鄧虎を前にして怖気づき、身動ぎもできなくなるような小心者では困る。

 まして、はした謝礼欲しさに、そのまま二人を売り飛ばしてしまうような、義理もへったくれもない者に連行役を任せてしまったらお話にならない。それでは命をドブに捨てるも同然である。


「どうするんだぁ、帥哥ぁ~」

「ん~…二人じゃ関を破りようがねえってんなら、ここであーだこーだ考えてても、しょうがねえしなぁ。一旦、山を下りてから考えるか。宋帥哥、案内してくれよ」

「んん~?何処にだぁ~?」

「宿があって人心地がつけりゃあ何処でもいいよ。道に迷って昨日の朝からずっと山ン中を彷徨っててさ」

「そりゃあ大変だったなぁ~」


 疲れた顔を浮かべて曹正は山道を下り始める。ところが、それに続く足音がない。

「ん?」と曹正が振り返ると、


「…何のつもりだ?」


 宋万が監寺に向けて手を差し出している。


「監寺は行かないのかぁ~?山を下りるまでなら背負ってってやるぞぉ~」

「おいおい…」


「どこまでお人好しなんだ」と言い掛けた曹正であったが、思い返してみれば、宋万と監寺の間に軋轢のようなものはない。強いて挙げれば宋万が裏切った事くらいなもので、それならむしろ負い目を感じていて不思議でないのは宋万の方だ。


 寨に加わってまだ間もない身でありながら、仲間が次々にやられていくのを見ていられなかったぐらいである。「お人好し」なのではなく、それだけ「義理堅い」という事なのであろう。


「嫌ならぁ無理にとは言わないけどぉ~。曹帥哥も構わないだろぉ~?」

「んん。俺がとやかく言う事でもねえしな。宋帥哥の好きにすればいいさ」

「監寺ぅどうするぅ~?」


 監寺の態度を見れば、これまでも散々、宋万に対して威張り散らしてきたであろう事くらいは容易に察せられる。その相手に情けを掛けられるというのも、相当にバツが悪いものだ。


「……」


 気まずげな顔で暫しの間、考えていた監寺であったが、結局は差し伸べられた宋万の手を取り、一緒に山を下りる事を選んだ。

※1「人を救うなら無事を見届けるまで」

中国の成語、諺。「殺人須見血、救人須救徹(或いは「救人須救徹、殺人須見血」)」の一部。やるからには徹底的に。第十回「豹子頭」後書き参照。

※2「門楼」

城壁の上に築かれた楼閣を「城楼(じょうろう)」と言い、その中でも門の上部に築かれた楼閣を指す。

※3「擂木」

城壁の上などから、取り付いた敵に向けて落とすための丸太。

※4「砲石」

用途は擂木(※4)と同様。城壁の上などから敵に投げるための石。

※5「灰瓶」

灰を詰めた瓶。敵に投げつけて目潰しに用いる。

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