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水滸前伝  作者: 橋邑 鴻
第十一回  曹刀鬼 道程を迷いて財貨を失し 宋金剛 勇を奮いて同道すること
111/139

二龍山

一ヶ所だけ「監寺」とすべきところが「首座」となっていましたので修正しました。

「青州三山」


 青州南部に蔓延(はびこ)る賊徒の巣窟で、とりわけ悪名高き三つの(ねぐら)をそう称するようになって、かれこれ久しい。


 とはいえ、一括りに「三山」と言っても、全ての寨が順風満帆に勢力を伸長させている訳ではない。

 青州禁軍の征討によって壊滅的な損害を被った清風山(せいふうざん)は、新たに戴いた寨主の下、ようやく復興への道のりを歩き始めたばかりで、今も尚、三山に挙げられはするものの、実情は果たしてどうかとなると、残念ながら疑問符の付くところだ。


 その清風山とは対照的に、軒昂な寨勢を誇っているのが、三山の中では最も歴史の浅い二龍山(にりゅうざん)である。


 元々、二龍山は物騒な評判と縁遠く、ただ頂上に宝珠寺(ほうじゅじ)という仏寺が門を構え、仏道を究めんとする僧達が修行に励む閑静な山だったのだが、ある日、首座(しゅそ)(※1)を務めていた(とう)()という者が、突如、欲に駆られて還俗し、長老(※2)以下、殺す者は殺し、追い出す者は追い出し、従う者は従えて、あっさり宝珠寺を乗っ取ってしまった。

 以来、仏寺としての体裁だけは保ちつつ、迷い込んだ旅人を襲っては財貨を奪い、気ままに山を下りては周辺の州県から兵糧を借り、慕容知州以下、青州首脳部の頭を大いに悩ませている。


 二龍山は険峻な山々に周囲を囲まれ、山頂へと至る道は一筋しかない。その上、その一筋しかない道中には、巷間で「たとえ10,000の軍勢でも破れない」と噂される、堅牢な二つの関まで築かれている。


 青州側も賊徒の蛮行をただ眺めていた訳ではなく、これまでにも幾度となく討伐の兵を差し向けてはいるのだが、あまりにも守備側にあり過ぎる地の利は、その悉くを跳ね返してきた。

 結果、近隣のならず者や無法者のような、官に反感を持つ者達は挙って二龍山に加わり、最近では首座の後釜に鄧虎の息子・(とう)(りゅう)を据えて寨主の座も益々盤石、青州に隠れもない三山の一として地位を確立していった、という訳である。


 その二龍山の麓側の関に、慰労のためか、数十の手下達と酒盛りをする鄧虎の姿があった。

 そこへ、更に麓側から一人の手下が戻ると、鄧虎の側にすり寄って耳元で告げる。


 一人の若い旅人が山に迷い込み、こちらに向かっています、と。



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 曹正が曲がり角へ近付くにつれ、岩肌の奥に隠されていた景色が姿を現す。


「…何だ、こりゃ?」


 眼前に広がるのは、明らかに人の手で(なら)されたと分かる開けた空間。広さは20m四方といったところか。

 だが、ここは峰でも山頂でもなく、残念ながら「今度こそ下山できますように」という曹正の願いは儚く散った。それは広場の奥を見れば分かる。


 曹正は広場の入り口、即ち今しがた歩いてきた谷の出口に立つ。が、谷がそこで途切れている訳ではない。

 谷を成していた両側の岩肌は左右に分かれ、ぐるりと広場を取り囲むと、曹正の正面、広場を挟んだ向こう側で再び頂に伸びる谷を成し、霧の中へと消え入っている。

 つまり、この広場は上から下ってきた谷の途中に在って、丁度「中」の字のような地形になっている訳だ。


 げんなりとした面持ちで溜め息を零し、曹正が改めて広場を見渡せば、いくつもの木材や切り出された石塊が置かれ、すぐ左右には、すでに岩肌と同じくらいの高さにまで石が積まれている。


「こりゃあ山門──いや、関か?造ってんのは…」


 そこまで分かっていながら、続く曹正の行動はあまりにも軽率が過ぎた。


 確かに願望が期待外れの結果を迎えれば誰だって落胆はするし、その状態で頭を働かせるのが面倒に感じる気持ちも分からなくはない。分からなくはないのだが、だとしても道中では何者かの気配を感じ、目前にはこれだけ明々白々と人の手が入った光景が広がっているのだから、今、自分がどんな状況に置かれているかくらいは、少し考えを巡らせれば想像はできたはずなのだ。


 無論、そこに思い至ったからといって、曹正が身に降り掛かる不運を避けられた保証はない。「時すでに遅し」だった可能性も十分すぎるほどあるのだが、すぐに(きびす)を返してその場を離れていれば、この後に待ち構える未来を回避できた可能性だって十分にあった。


『じゃから…「その場を離れていれば」もへったくれもないわ!』という高尚な理屈はさておきとして──


 ともかく曹正は何かに魅入られたように、その広場の更に先を目指して足を踏み入れてしまった。


 あと僅かで広場を抜けようかというところで、突如それは訪れる。


 目前の谷の奥から届いた、けたたましい銅鑼の音。



【…っ!!ヤベエっ!!】



 旅の経験など皆無と言っていい曹正も、噂だけなら嫌というほど聞いた事がある。

 近頃は宋の各地、とりわけ山東であちこちに賊が出没している、と。


 曹正が事態を察した時には正真正銘、後の祭りであって、慌てて戻ろうと振り返ると、石積みの陰から手に手に棒や戒刀(かいとう)(※3)を携えた男達が10人ほど現れ、(たちまち)ち広場の入り口を塞がれてしまった。



【…仏僧!?】



 見れば男達は揃って袈裟を纏い、剃髪しているのか、揃いの黒い頭巾から髪を零す者は一人としていない。だが、薄ら笑いの浮かぶ顔を並べ、見下すように獲物(・・)を眺めるその様は、およそ品行方正、無欲恬淡といった精神の欠片も窺えない、正に低俗下劣といった趣きである。

 どこからどう見ても、ありがたい説法をお聞かせいただけるような状況ではあるまい。


「あ、あーっと、手前は開封から来た旅の者ですが、もしや無断で寺院の敷地に立ち入ってしまいましたか?もしそうでしたら、どうかお許し下さい。実は道に迷ってしまいまして…山を抜ける道筋を教えていただければ、すぐにでも退散致しますから」


 拝礼した曹正は奢らず、かといって(へりくだ)り過ぎもせず、努めて平静に語り掛ける。

 尊大は言うに及ばず、度が過ぎた謙遜というのも、それはそれで見る者の不快を誘うものだ。今はわざわざ喧嘩を吹っ掛けるような真似をしている場合ではない。


 それが奏功したかは定かでないが、男達は何をするでもなく、ただニヤニヤと嘲るように笑みを浮かべている。曹正が更に言葉を継ごうとした時、今度は奥の谷から15人ほどの集団が現れた。

 振り返った曹正が声を掛ける間もあればこそ、一団の中から、やはり僧衣を纏った10人ほどが曹正の元に駆け寄ると、そこへ谷を塞いでいた者達も加わり、曹正を遠巻きに取り囲む。遅れてその輪へ三人が歩み寄ってきた。


 細身の禅杖を手にした中央の男こそ、この寨を束ねる鄧虎である。

 僧衣を纏い、黒い頭巾から零れる髪も、豊かに蓄えられた(ひげ)(口ひげ)も真っ白で、パッと見は五十路に足を踏み入れていようかというところ。


 向かって右は棒を携え、僧衣と黒い頭巾を纏った、歳の頃で30代半ばほどの小太りな男。

 しかし、並んだ三人──どころか、この場の誰よりも曹正の目を惹き付けているのは、棒を地に突き立て、悠然と構える左の男だ。


 離れていて尚、見上げるほどの巨体は優に2mを超えている。中背の曹正と並んで立てば、頭一つ半か二つくらいは違うのではあるまいか。

 黒い頭巾を被ってはいるものの、丈の合う物がなかったものか僧衣は纏わず、粗末な麻の上下を身に着けているのだが、それも袖は肘先、裾は膝下までしか届いていない。



【師匠(林冲)なら20人やそこらに囲まれたぐれえじゃ、どうって事ぁねえんだろうが…】



 面は尚、平然と構えているものの、曹正は心中、焦燥を禁じ得ない。


 いくら林冲から鎗棒(そうぼう)の手ほどきを受けたとはいえ、その実力は自他共に認める「なかなか」の曹正であるから、破落戸(ごろつき)も二、三人が相手ならともかく、一度に20人はさすがに荷が重すぎる。


 とはいえ、この苦境を打開するための方策も無いではない。


 古人に曰く、

『賊を(とりこ)にせば先ず王を(とりこ)にせよ』(※4)


 つまり、荷が重すぎて担げないのなら、担げる荷を一つだけ選べばいいのだ。それは曹正も重々分かっているのだが…



【一斉に襲い掛かられたら終いだ。それまでに何とか真ん中の親玉を仕留めてえトコだが…右の野郎もそれなりに腕は立つんだろうが、ヤベエのは断然、左の方だな。あんな奴とまともに打ち合っちまったら、ソッコーで腕がバカになる。その前にケリを付けちまわねえと…】



(わけ)えの。ここへ何しに来た?」

「…長老でいらっしゃいますか?」


 胸に秘めた乾坤一擲の気概を(おくび)にも出さず、曹正は穏やかな笑みを浮かべて拝礼し、直ったところで鄧虎に歩み寄る。


「止まれ!」


 それを制したのは右の男。もうあと1、2歩、鄧虎に近付ければ、一足飛びに哨棒を叩き込めるというところだった。

 それに応じて左の男が鄧虎を庇うよう、僅かに身体を寄せる。


「手前は開封の商人で、姓を曹と申します。この山東へは商いの為に参りましたが、道中、図らずも道に迷ってしまいまして。知らぬ間に貴寺の聖域を侵してしまったのでしたら、謹んでお詫び申し上げます」


 曹正の目論見は半ば瓦解した。それでも、曹正は恭しい態度を保ちつつ、一縷の望みに懸けて一瞬の隙を待つ。


「ほぉ、商いでなぁ」


 拝礼から直った曹正が見遣(みや)れば、まるで煩悩に(まみ)れた心奥が洩れ出たかのように、鄧虎は口元を卑しく歪めていた。


「じゃあ、その背に負った荷ン中は、商いの元手がたんまり詰まってるって訳だ」

「この荷に大した物は入っていませんよ。乾糧(ほしいい)や干し肉、替えの衣服や草鞋くらいで、旅人なら誰もが持っているような物ばかりです」

「ほざけ。元手もねえのに、どうやって商いをしようってんだ?」

「その気になれば、どうとでもなります。というか…手前の荷の中身が、長老と何か関係がありますか?」


 フン、と一つ鼻白み、鄧虎は右の男に目配せを送る。と、右の男が、ずいと一歩前に出て、


「山を下りたきゃ、道を教えてやってもいいぜ?」

「はい。有り難うございます」

「ハッ、いけしゃあしゃあと…だが、タダって訳にゃあいかねえな」

「これはまた異な事を…たかだか道を教えるだけの事で、金を取ろうと仰るのですか?」

(わり)ぃか?テメエも商売人なら、何かを得る為に対価が必要な事ぐらい知ってんだろ」

「それは商いだからでございましょう?振る舞いから首座か監寺(かんす)(※5)とお見受け致しますが、市井に生きる手前でさえ、道を教えたくらいで見返りなど、露ほども求めようとは思わないのに、仏門に身を投じ、徳を積まれたお方が何とも欲深い事をお考えになる。それとも貴寺の役僧は、生業として山で迷った旅人に道を教えているのですか?」

「チッ、口の減らねえ野郎だ。大王、とっとと身ぐるみ剥いじまいましょうや」

「まあ、待て」


 苛立ちも露に右の男が曹正に歩み寄ろうとするも、鄧虎は泰然と呼び止める。


「おい、(わけ)えの。棒切れ一本を手に随分イキがっちゃいるが、この人数相手に五体満足で山を下りれると思ってんのか?」

「ええ。囲みを解いていただければ、すぐにでも。先ほどそう申し上げましたが?」

「フン、いい根性してやがる。どうだ、商いなんぞすっぱり諦めて、大人しくその荷を差し出しゃあ、命は助けてやってもいいぜ?何なら俺の下で──」

「お断り致します」


 曹正は即答した。


「手前とて故郷の期待を負って旅に出ましたから。それを裏切って、こんな所で大王気取り(・・・・・)の山賊風情に、膝を折る訳にはいきませんよ」

「何だと、テメエ!」


 (いき)り立つ右の男には目もくれず、曹正は鄧虎に刺すような視線を飛ばす。


「大王」とは無論、国やそれに準ずる領地を統べる者に対しての呼称であるが、また「賊徒の親玉」を指す呼称でもある。

 すでに相手から最後通牒を受けた以上、そして曹正にそれを受け入れる意思がない以上、今さら遜り、相手を持ち上げてやる理由もない。


 これは曹正にとって最後の賭けだ。


 どうせ放っておいても、もうどれほどの間もなく絶望的な戦いが始まる。可能性など皆無に等しかろうが、万が一でも巨漢に守られた鄧虎が、この挑発に乗って身を乗り出してくれば…



【まあ、こんな安い挑発に乗るバカもいねえだろうが、これでダメなら──】



「そりゃ~賢くないぞぉ~」

「…!?」


 およそ剣呑なこの場の空気に似つかわしくない、随分と間延びした太い声。

 この広場に立ち入り、初めて巨体の口から声が発せられた。


「…賢くねえ??」

「そぉだぁ~」

「いきなり何だ『金剛』!新入りが口を挟むんじゃねえ!」

「でも、(さい)監寺ぅ~。さっき大王が荷を渡せばぁ命までは取らないって言ってたからさぁ~。なぁ~、曹帥哥ぁ(曹正)。その荷がぁどれほど大事なモンか知らないけどぉ~、荷ぃ一つと命を秤に掛けるなんてぇ馬鹿げてるぞぉ~?」


 おっとりとした口調には似つかわしくないような内容と、それを伝えるに相応しい真剣な面持ち。

 どうやら「荷を寄越せ」と言っているようだが、その口調には他の者達が吐く言葉に透ける「金臭さ」と言おうか、金に目が眩んだ浅ましさ、いやらしさのようなものが全くない。

 早い話が「金剛」と呼ばれた男は曹正の身を案じ、こんな所で命を捨てるような真似をするんじゃない、と怒っているのだ。


 思いもよらぬタイミングで、思いもよらぬ相手から、思いもよらぬ叱責を、思いもよらぬほど呑気な口調で浴び、曹正は思わず頬を緩めた。


 だが、ここは曹正も譲れない。


 仮に命を拾ったとしても、鄧虎らの口から「全くの無抵抗で荷を差し出し、命乞いをした」などと噂が広まれば、曹正の声望は地に落ちる。武を生業としてる訳じゃないんだからそれも仕方がない、と見る向きも無くはなかろうが、信用が何よりもモノを言う世界の中で、その噂は聞く者の心証があまりにも悪い。


 自分一人がそう見られるのは、まだ受け入れもしよう。それで商いに障りが出たところで、ある種の自業自得と納得できなくもない。

 しかし、その手の噂は同時に「師」の名声までをも貶める。曹正にとって、それだけは絶対に受け入れられない。


 或いは誘いを容れ、手下に収まる道もあるにはある。それなら、まさか鄧虎も己の手下を悪しざまに罵るような噂は流すまいが、代わって流されるのは悪しざまでない噂だ。


 一流の武芸者には敵わずとも、市井の旅人や行商人など物の数ではない曹正が、進んでだろうと渋々だろうと()()に励めば、その姓名()は寨の威勢を誇示する手段として、大いに吹聴されるだろう。


 賊の威勢を称える噂が、市井の者の耳に聞き心地のいい訳がない。


 しかも、曹正は5,000貫もの大金を託されているのだ。

 まだ開封を発って、ひと月と経っていないというのに、賊徒としての曹正の噂が広まれば、最悪「商いを騙って集めた大金を手土産に、自ら賊の元に馳せ参じた」などという、不名誉極まりない尾鰭が付く可能性すらある。


 しかし、その噂が広がって真に不名誉極まりないのもまた曹正ではない。


 ここまで曹正を育て、送り出した父母。

 曹正のために何くれとなく世話を焼いてくれた林冲や董博。

 曹正を信じ、金を託してくれた人々。


 およそ曹正のこの旅に関わった者達にとって、これほど不名誉極まりない話はない。その上、これほど胸クソの悪い話もない。「好い面の皮」とは正にこの事だ。

 そして彼らは、その噂が消え去るまでの間、延々と肩身の狭い思いを味わう事になる。


 もはや「おめおめと顔を見せに戻れない」などと言っている場合ではない。二度と開封府城に足を踏み入れる事はできまい。


 今、曹正の背は5,000貫という大金だけでなく、郷里の人々から託された信頼も同時に負っている。

 ここで鄧虎の誘いを容れるのは、その信頼を足蹴にするのと同じだ。たとえ、それで命を拾ったとしても、郷里の人々への顔向けなど、生ある限りできたものではない。

 そんな人生を送るくらいなら、ここで命を落とす事になろうとも、曹正は戦う事を選ぶ。


「なあ、金帥哥」

「…??」


 覚悟を決めて曹正は語り掛ける。が、当の「金剛」と呼ばれた男は不思議そうな顔を浮かべ、ただキョロキョロと辺りを見回すばかり。


「いや…アンタだよ、アンタ。『金剛』って呼ばれてたじゃねえか」

「んん~?おいらかぁ~??おいらの姓は(そう)だぞぉ~。『金剛』は綽名(あだな)だよぉ~」

「あ、ああ!そうか、すまんすまん。なあ、宋帥哥」

「何だぁ~?」


 曹正の覚悟を知ってか知らずか、宋という男は相も変わらず、おっとりとした声を返す。


「ありがとよ。見ず知らずの俺の事を案じてくれて」

「おい、テメエ。何、余裕ブッこいてんだよ。調子ン乗ってんじゃねえ」

「ちょっと黙ってろ、監寺サンよ。今、宋帥哥と喋ってんだろうが」

「この野郎…」

「崔監寺ぅ~。折角、曹帥哥がぁこっちの誘いに乗ってくれそうなんだからさぁ~。そんな言い方しなくてもいいでしょお~」


 苛立った崔という監寺は棒を構え、今にも曹正に飛び掛からんばかりの形相である。それに怯むでもなく曹正は、


「だが…すまねえな」

「んん~?」

「帥哥にはバカげて見えるのかもしれねえが、俺にも譲れねえモンがあってね。気持ちだけ有り難く受け取っとくよ」

「帥哥ぁ、そりゃあ──」

「金剛、黙れ!大王、もういいでしょう!?」

「ああ。若造に江湖(こうこ)(世間、渡世)の厳しさを教えてやれ」


 大王の言葉に、周囲の僧達も一斉に身構える。

 それを待つ事なく、曹正は哨棒を握る手に力を込めた。

※1「首座」

仏寺(禅寺)に在籍する僧の第一位。筆頭僧侶。

※2「長老」

老齢の僧侶に対する敬称。この小説では、専ら仏僧に対する敬称としています。

※3「戒刀」

僧侶が持つ刀。

※4「賊を擒にせば先ず王を擒にせよ」

『前出塞(其六)』。原文は『擒賊先擒王』。訓読は本文の通り。意味は読んで字の如し。『射人先射馬(人を射んとせば先ず馬を射よ)』(第三回「威勢の良い追剥ぎ(意訳=雑魚)」後書き参照)から続く。

※5「監寺」

仏寺(禅寺)で僧侶や院内の諸事を監督する役僧。

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