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ラブカクテルス その94

作者: 風 雷人

いらっしゃいませ。

どうぞこちらへ。

本日はいかがなさいますか?

甘い香りのバイオレットフィズ?

それとも、危険な香りのテキーラサンライズ?

はたまた、大人の香りのマティーニ?


わかりました。本日のスペシャルですね。

少々お待ちください。


本日のカクテルの名前はロングロングでございます。


ごゆっくりどうぞ。



私は鏡に映る自分の姿をマジマジと見た。

やっぱり短か過ぎるよな。

試着室のカーテンを開けると、そんな私を待っていた母親と店員が黄色い声を挙げた。

私は腰に両腕を当てて、なんか短か過ぎて嫌だこのスカートと訴えたが、それを店員が横から口を出してきて、

今はこれくらいが普通ですし、お若い時にしかこういったファッションなんて楽しめないのですからいいと思いますよ。綺麗な足がより魅力的に見えるので素敵ですし、私達の頃なんてしたくてもできなかったですものね。

私はそんな、ただ調子を合わせて笑顔でしゃべる大人に苛立ちを覚えた。

なんでこんな姿が素敵なんて言えるのだろうか。

私はわざわざ自分の足を、他人に見せる事なんかないと思い、もう少しスカートの丈を伸ばすと言い出してみたが、今はそんなサイズが特注だと、まるで非難される勢いで二人の反対を受けたが、私は首を傾げた。

私が言っている事は間違っているのだろうか。

そんな表情の私をヨソに、二人はお互いに自分達の意見が正論だと納得しあって私に攻撃を続けてくる。

私はそれを初め黙ったまま聞いていたが、二人のしつこい愚痴にも似た説得に埒が明かない

ために、これを着るのは私だと主張し、履きたければ自分達でどうぞと、トドメを射した。

二人はとりあえず黙ったものの店員の目は確かに、最近の若いのは手がやけると言っていた。

私はそれを何の考えもなしに、ただ金になるから売れと言われたから売っているこの店員が、この短いスカートを履いている姿を想像して、思わず吹き出してしまった。

それを見た店員は苦笑いをしながらも巻き尺を手に取り、私の腰からそれを伸ばして膝の上で一度止めると、

この辺りがよろしいですか?と聞いてきた。

私は首を横に振ると店員は、ほんの少しそれを伸ばして、また、これくらですか?と作り笑いを投げ掛けてきたので私は、

いえ、もっとです。と少し膨れっ面で答える。

店員は膝下、踵、脛と下げる度に、私がイチイチ振るのが面倒に思えてきたその顔を深く覗き込みながら、終いに表情をひきつらせるくらいの驚きへと変えて、いよいよクルブシがみえなくなった辺りでようやく私が縦に振った首に声を上げた。

それに吊られる様にして母親までもが目を剥いて声を上げたが、私はそれに動じることなく満足気な顔でそれの出来上がりに心を馳せた。

きっと他にはない、素晴らしいスカートになる事は間違いなかった。



二週間程してその理想的な制服が届いた。

早速それを履いて父親に自慢しにいくと、なんだかそれを懐かしそうな顔でしばらく眺めた父は、

似合っていると褒めてくれた。

さすがに見る目が他のバカな大人と違う。

しかしこの新しいセンスが分かるなんて父は大したものだ。

私は関心しながらも照れ笑いを浮かべ、いつものように父の肩を強めに揉んだ。

そんな私の手を父は大きいその手で、いつものように包んだ。


いよいよ登校初日となったが、母は私が家を出る直前まで考え直さないかと、わざわざ用意したあの短いスカートを私の前に差し出したが、断固たる私の姿勢にはさすがに折れて、結局心配そうな表情で私を送り出すしか術はなかった。

そんな母親の気持ちをも気にも止めずに私は、行ってきますと、自分でもなんて元気がいい返事なんだと関心する勢いで飛び出した。

新たなる生活の始まり、お気に入りのスカートを履いてスタートを切ったのだった。



駅の階段は予想外に苦労する羽目になった。

何しろ裾が床を掃除でもするかの如く引きずり、仕方なく手繰り上げながら上がる事を余儀なくされ、やっとの想いで飛び乗った電車の席に座ろうにも、またもや裾が自らを汚そうとわがままをするので、しょうがなく立ち上がるしかなかった。

しかしその時に偶然前を通り掛かった年配のご婦人が、私がわざわざ彼女のために席を譲ったのと勘違いしてお礼を言ってきた。

私はいえ、どうぞと言い返すくらいで、そこをそそくさと立ち去ったが、その後ろから微かにありがとうとまた言われて、何だか朝から少しいい気分になった。

そして目的の駅からバスに乗って学校まで行く間に、私には凄い数の視線が集中し、予想通りの展開に満更悪い気分でもなく、どうせならと自分がモデルにでもなったつもりでその視線達に応えるかの如く私は闊歩した。

そして校門に着いていよいよ初日の第一歩を踏もうとしたところで私を呼び止める、正確には、おい待ての失礼で野蛮な引き留めを受けて、記念すべきそれを邪魔された。

その野蛮な声の方を睨み付けるように振り返ると、そこにはいかにも私は体育の先生ですと、そのジャージに書いてあるような大男が腕組みをして仁王立ちしていた。

その大男は堂々と私のスカートを指差したかと思うと、何だそれはと鬼の表情で言い放った。

私はそのひどいダミ声に顔をしかめて、その大男にこのスカートに何か問題があるかと聞いた。

すると大男は周りをよく見てみろと怒鳴るので、私はキョロキョロした後に、なんだヤラシイ大の大人の男はそんなに若い女の足が見えていないのが不満なのか。

そう言った私に大男は顔を真っ赤にしながら興奮し、何だとっと吐き捨てると肩を掴んできた。

私は反射的に悲鳴を挙げると、大男は我に返ってその手を引き、しかしそれならと校長室へ来るように私をまた怒鳴り飛ばした。

私は上等だと思った。

こんなザコ相手にしても仕方ない。

この学校で一番偉い奴と決着をつけた方が後々楽だ。

もし校長がわかる大人でなければこの学校とも残念だが、今日までの話だ。

大男の背中に着いて校内に入ると、野次馬のトンネルが校長室まで続き、初日早々から学校は大騒ぎとなった。

たかだかスカートの長さ程度でこれか。

私は呆れるとともに、くだらないこの学校でいったい何が学べるというのだろうかと、不安になるのだった。

そしていよいよ親玉とのご対面となった。

二階に上がった丁度真ん中であろう、飾り気もないベージュのノッペリとした扉に大男は気を使った軽いノックをした。

奥から品のある女の人の返事がし、それにかしこまりながら扉は大男に開けられた。

やけに奥行がある部屋には正面に大きな窓があり、校庭全てが見渡せるようだ。

そしてその窓の少し手前に寂しそうな木製の机と椅子があり、唯一この部屋で色がある一輪の黄色い花が、透明なガラスの小瓶にまるで申し訳ないと言わんばかりにその机に飾られていた。

あの声の主は、そんな部屋の隅にある本棚の前で、一冊の分厚い本を開いていた。

私はその姿を見て顔がニヤケてしまったが、それがだんだんと笑いになり、大男はそれに驚いて私に黙れと言ったが、その声に負けないくらいの大きな声で私は校長先生に向かって挨拶をした。

お早うございます。

90度におじぎで曲げた体を起こして校長先生の方を見ると、そこにはここに私が来るも全てわかっていたような、見覚えのある顔が、おおらかに笑っていた。

そんな二人の間にある空気も読めない大男は、早速校長先生に私のスカートが校則にそぐわない事や、初日の登校だというのに秩序と風紀を乱しているなど、得意な顔で報告し、それに対しての処分を仰いだ。

しばらく黙ったまま読んでいた本を元の位置に戻した校長先生は、静かに私達の前に来ると私のスカートを少し見ながら、これのどこが校則違反になるのかを大男に尋ねた。

大男は少し困ったように、あまりにも周りの生徒より目立ってしまう長さですし、どこが悪いと申しますとと、まるで怒られている子供のような顔を青くし、そんな姿を正すように校長先生は、私は今の生徒達が履いているスカートの方が淫らで不自然だと思います。

しかもこの生徒は風紀を乱すような子とは到底思えません。

なぜならこの生徒は今朝、電車の車内で見知らぬ私に席を譲ってくれた程優しい心がある生徒だからです。

大男は、その迫力のある校長先生の言葉に圧倒され、私はそのセリフに少し照れながらも、勘違いですとは言えずに微笑むしかなかった。

そんな私の肩に手を伸ばし、私に校長先生は、ようこそ我が学校へ。と言った後、小声で私の耳元でこう言った。

実は私も昔はそれくらいの丈のスカートを履いていたのよ。と。



私は娘のスカートを見て懐かしくなった。

そういえば昔、初恋の相手があんなスカートを履いていたな。

放課後皆でロックンロールを聞きながらツイストなんて踊ったっけ。

懐かしいロングロングタイムアゴーな思い出だ。



おしまい。


いかがでしたか?

今日のオススメのカクテルの味は。

またのご来店、心をよりお待ち申し上げております。では。

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