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霊群の杜  作者: 柘植 芳年
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ウワーグワーマジムン

夕方の四時を過ぎても、沖縄の空は青い。


那覇市内でレンタカーを借りて移動することになった。勿論運転は俺。⋯この旅行中、オリオンビールを飲めないことが確定した、俺だ。


小学生の頃だったか⋯初めての沖縄旅行から帰って興奮気味に、沖縄の空は本州より青が深く感じた!という話を奉にしたところ

『赤道に近い低緯度地域の方が青が濃くなる。太陽光の入射角度がほぼ直角になると酸素や窒素による青い光の散乱が少なくなるからねぇ⋯青いよ、そりゃ』

身も蓋もない回答をして奉は読みかけの本に戻ってしまった。そんな事を思い出す。

「やっぱり、空が青いんだよなぁ⋯」

誰に言うともなく呟いた。

「そりゃ青いっしょ、空なんだから。あ、ほら!『よーんな』ですよ」

道路に白く『よーんな』と書いてある。何だこれは。

「ゆっくりって意味ですよ。安全運転オナシャス」

中学生はネタ探しに手一杯で、空なんか見る暇はないらしい。

「―――聞き忘れてたけど、別荘って、どんなところ?」

窓の外を眺めていた縁ちゃんが、ふと振り返った。

「沖縄ならではの古民家ですよ!えっと⋯イメージ的には⋯あ、あれなんか近いかも!」

そう言って窓の方に身を乗り出して指を差したのは、石造りの家屋によく似た⋯あぁ、うん⋯。


「ほう⋯破風墓ねぇ」


助手席の奉が満足げに微笑んだ。

「お墓じゃん!納骨堂じゃん!!」

「あ、いや形が似てるって意味で墓に寝泊まりするということでは」


「君ならやりかねないじゃん!」


この一日で痛感したのだろうな。

「古民家に似ているのは致し方ない。破風墓はかつて沖縄で行われていた風葬の名残でねぇ、あの石室の中に遺体を安置、風化させる「シルヒラシ」という場所がある⋯シル(体液)をヒラス(減らす)、すなわち長い時間をかけて乾かすという意味だねぇ。そこに遺体を安置して、数年後に骨を丁寧に洗う洗骨という」「そんな蘊蓄要らないから!!」「安心しろ、今は風葬や洗骨は衛生上の問題で廃止されている」「当たり前だから!まだ風葬やってたら今夜の便で家に帰るから!!」

蓮はハハ、と軽く笑って窓の外を流れていく破風墓の群れを見送った。

「泊まるとか絶対嫌ですよぅ。あの中、遺骨でギッシリですよ」

「⋯⋯げ」

「で、7月の清明祭ん時に墓の前にご馳走持ち寄って皆で食事会をするんです」

「なんか⋯詳しいね」


「俺の親戚連中、八割がた沖縄ですから!!」


―――まじか。

「え?⋯もしかしてさ、あの⋯別荘ってさ」

「ばあちゃん家です!!」

超笑顔でとんでもない事を言い放った。⋯久しぶりの沖縄で知らない婆さん宅に突撃⋯俺の沖縄旅行。

「あ、でも安心してください!ばあちゃん、最近一人暮らし無理になって伯父さんとこに世話になってるから、誰もいないんですよ。なんか⋯急にマブイが抜けたように動けなくなって⋯」

⋯⋯マブイ。

「⋯そりゃ、心配だな」

「だから別荘として使い放題!」

「おい」

少しは身内の心配しないのか。ブレないな。

「⋯大丈夫なんだろうな。他の親戚が使ってるとか」

「あー、電話してっから大丈夫です!伯父さんが『どぅしぐわー、使やーい』って」

「何も分からん」

「お、そろそろだ。ここからはナビしますよ。荷物置いたら買い出し行きます」

「頼む」

少しだけ、空の青が薄くなって朱が混ざり始めた。




宵闇が混ざり始めた山腹の薄暗がりに、その屋敷はぽつりと佇んでいた。赤瓦、というのだろうか、レンガのような薄茶色の瓦の平屋。⋯おお、俺は沖縄に居る。⋯だが。

「ここです!広いっしょ?」

「⋯広いね。ただ⋯ねぇ、聞いていい?」

「何でも聞いて下さい、縁さん!」


「なんで、灯りがついてるの?」


「⋯⋯⋯え?」

縁ちゃんと⋯蓮の顔も凍りついた。

「え?え?だって伯父さん、使やーいって⋯待って待って、ちょっと待って」

さすがの蓮にも焦りが見え始めた。

「家を間違えた、とか?」

「ないない、そんなのないです!だってほら、これオカンの旧姓!!」

『具志堅』と書かれた表札が石造りの門に埋め込まれている。

「具志堅かよ⋯よりによって⋯」

あの無駄に明るいボクサーが頭をよぎった。

「はい。俺、両親が離婚したら迷わず父についていきます」

具志堅、蓮。

「なんか連絡忘れがあったんですかね⋯沖縄だし」

沖縄県民に謝れ。

「不審者とか入り浸ってたら嫌だなぁ⋯ちょっと、着いてきてくださいよぅ」

「あぁ⋯じゃ、奉も」

「奉さんは大丈夫です!」

蓮はきっぱりと言い放った。⋯戦闘要員として心許ないがお前、言い切るなぁ。

「俺たちがヤバそうだったら縁さんと車で逃げてください。通報も頼みます」

⋯⋯⋯へぇ。

縁ちゃんをちらりとみると、目を瞠っていた。⋯正直、俺も少し驚いた。こんな幼い顔をして、こいつ意外と漢気があるじゃないか。

「俺は未成年なのでヤバいの居たら真っ先に逃げるから、ビキ兄ィが頑張って下さい。鎌鼬で」

⋯⋯⋯へぇ。

「⋯⋯まあ、何とかするけどよ」

念の為、小さく鎌鼬と呟く。耳の後ろに小さいつむじ風が巻き起こった。



石造りの門を押し開け、薄闇にぼんやり浮き上がる飛び石を踏んで、玄関脇のブザーを押した。

「蓮ちゃん、けーたんなー!みーんなでぃ、まーちょったよ!!」

ビビる程の大声で、俺の父親くらいの年齢の、異様に目がパッチリしたおじさんが叫んだ。

「ふぁっ!?」

「とぅむだちとぅ、沖縄にめーそーりーる ちゅぃーてぃ、ちむぐくる でぃ きーむぃたしが、うぃーなーぐしーよびーち ぐぅーよ!!」

え?え?何て?

「あの⋯伯父、です。友達連れて沖縄に来ると聞いたから歓迎したくて皆呼んだ、と⋯」

蓮が気まずそうにチラチラと後ろを見る。⋯どうも伯父さんの口調から歓迎の雰囲気を察したのか、縁ちゃんは恐る恐る近づいてきていた。

「むちむん、ぬーまん、あびーさびら!さー、めんそーれ、めんそーれ!!」

もう何も分からん。

「えっと、ご馳走用意したから入って、だそうです⋯」

「⋯ありがとうバイリンガル」

別荘には蓮の親戚の八割を占めるという沖縄勢が勢揃いしていた。

―――俺の沖縄旅行。



「あふぁ!ちゅらかーぎーむぃーとぅ ちょーびるやー!かなさぐゎーかな?でーじ ちむぐくる でぃ むぃーそーりょー!」

伯父さんの奥さんだろうか、中年の女性が甲高い声を張り上げた。

「ち、ちげーる!うっさやっさ!」

蓮が顔を真っ赤にして手を左右に振る。⋯あぁ、なんか⋯縁ちゃんの事でからかわれたな。

「はいりーはいりー!むちむん、ぬーまん くぅーよ!!」

後ろにいた伯父さんが超笑顔で俺たちを琉球畳敷きのだだっ広い部屋にグイグイ押し込んだ。部屋には既に出来上がった20人ばかりの老若男女がひしめき合っていて、俺たちの姿を認めるや否や、飛びかかるように取り囲んだ。

「みーがにーぬ うにーさん、 ふーむんちゅんどー!」

奉が数人の女に取り囲まれた。何だこの状況は。何も分からん。

「⋯気に入られています。眼鏡のお兄さんがイケメンであると」

そんな気がしていた。一々翻訳せんでいい。

「くとぅぬ うにーさんや、さきーばんない ぬまーんどー!」

何処となく蓮に似た男が泡盛を持って俺の肩をぼんぼん叩いている。⋯絶対泡盛飲ませる気だ。

「こっちの兄さんは酒強そう、だそうです」

「明日運転あるから飲めないと伝えてくれ」

蓮が何か呪文めいた言葉を伝えると、男はひゃぁ、みたいな声を出して仰け反った。

「あちゃー、うんてぃん すんどぅや?ほーじゃ、コーラぬまやー?」

「あ、それで⋯」

ジョッキになみなみ注がれたコーラを手渡された。

「蓮くん、ひさかたぶぃやしが、とぅくいぬエイサーうどぅてぃくれー」

肩掛けがついた太鼓とバチが運ばれてきたが、蓮は手を横にブンブン振って拒否した。




大勢の宴会でしか使わないような長テーブルが2列置かれ、ラフテーやゴーヤーチャンプルーなどがずらりと並んでいた。

「今どぅきの わかむんや、ジューシーなんか食まらんはずやさ、ポーたま ちくてぃきたさぁ」

年配の目がギョロっとした女性が、大皿に卵焼きと焼いた分厚いスパムを米で挟んで海苔を巻いたやつを大量に載せて持ってきた。⋯絶対旨いやつだ。

「やった、ポーたま好き」

んふ、と縁ちゃんが笑った。⋯良かった、なんか順応したらしい。奉は⋯酒や豚肉をグイグイ勧めてくる女の群れに埋もれて死んだ目をしている。あれはもう放っておこう。

「ジーマミー豆腐、しちょーるやー?冷蔵庫でちゅめたくしとーるよー」

ジーマミー豆腐と冷蔵庫が分かった。

「わあ、食べたいです!」

JKの順応力よ。ジーマミー豆腐をすくって食べる可愛いJKにつられて、何人かの男衆がうぞうぞと集まってきた。

「ちゅらかーぎー みーくゎ ば連れてぃきたさぁ。けーこーんすんどーや?」

蓮の奴が、彼らを集めて頭を突き合わせ、小声で何かをごにょごにょ呟いている。すると奴らは得心したように大きく頷いた。

「あんしぇー、わったーや いびちいな てぃーうぃー せーらんふーが えーやしぇー!」

ガハハハハと車座が盛り上がったが、一連の話が何一つ分からない。蓮がデレデレしているという事は縁ちゃん絡みだろう。

それにしても⋯改めてテーブルを見渡すと、豚肉を使った料理が本当に多い。前に置かれた味噌汁⋯にも、豚肉がどっさり入っていた。豚汁的なものか?しかし甘い。

「イナムドゥチです。お祝いの時に食べる汁物ですよ!伯母さん、奮発したなぁ」

「⋯あぁ、なんか⋯俺たち何でこんなに歓迎されているんだ」

「分かりません!なんか、宴会がしたかったんじゃないすか?」

細かい事情をこいつから聞き出そうとした俺が馬鹿だった。もう何でもいいからとっとと食べて、隙を見て別の部屋に退散してしまおう。とりあえず絶対旨いやつを頬張る。ラフテーも旨い。天ぷら⋯らしきものは、衣が妙にフワフワしていた。こういうものだろうか。断面に見える紫色のやつは、紅芋だろうか。

「サーターアンダギー、あがとーるよー!いっぱいあんでぃ、どぅんどぅん 食びて!」

大きいザルいっぱいに揚げたてのサーターアンダギーが盛られて、ドンと置かれた。⋯すかさず、奉が2つキープした。紫色のやつは、紅芋だろうか。すかさず周りの女たちがサーターアンダギーを奉の取り皿に山盛りし始めた。

「にーにーや、あまーむん好きやっさー、いきが じょーとー やっさー!」

「むる いきが あいびーん!」

「ふーむん ちゅんどー!」

「⋯⋯二階で食ってきていいか」

「奉さん、ここ平屋です!」

奉は、がっくりと肩を落とした。奴にはとことん合わない空間だろう。⋯俺は空気と化す『フツメン』という才能を持っている。イカの天ぷらうめぇ。



「カチャーシー 始まるよー!みーんな、たっちゅんどー!!」



伯父さんが三線を掻き鳴らしながら大声で叫んだ。すかさず他の親戚連中が立ち上がり、三線と共に叫ばれる『ハイサイオジサン!』という声に合わせて両手を上げてかき混ぜるような手つきで振り回して踊り始めた。⋯な、何だ、俺も飛び上がるように立ち上がって、恐る恐る両手を上げた。蓮は当然として、縁ちゃんまでも既に当たり前のように両手を上げてリズミカルに踊っている。⋯JKの順応性よ。奉は⋯立ち上がることすらせず、ひたすらサーターアンダギーを食っていた。偶に誰かの膝がぶつかっていたが、構わず食べ続けている。⋯俺は奉にも、縁ちゃんにもなれず、ただ無様に両手を上げてよろよろと彷徨っていた。



⋯皆で片付けと洗い物を終えた頃には夜の10時を回っていた。ようやく終わった⋯安堵と疲労感で俺はもう、倒れそうになっていた。蓮が突如分裂して一斉に襲いかかってきたかのような騒動だったな⋯。

「きゅーは、うじゃまさびたやー!ぐちそーぬ ぬくりむんは、冷蔵庫にいりちょーるから、朝めーしにかみてぃいぃちぇー!ブルーシールもいりてぃあんどー、あとぅでかみてぃいぃちぇーな!」

最後まで残って片付けをしていた伯母さんは、そう叫んでハイテンションで去っていった。

「にふぇーど! ゆみち、ちぃつけてぃ けーりょ!」

そう叫んで蓮が、ぶんぶんと手を振った。⋯朝メシとブルーシールは聞き取れた。

「早々にエライ目に遭わせてくれたねぇ⋯」

残っていたポーたまとサーターアンダギーをガツガツ食いながら、奉が怨嗟の声をあげた。

「もー。いいじゃん、1食浮いたんだし。先にシャワー借りるねー」

「はっ⋯はいっ⋯」

シャワーに一々過剰な反応をする中学生。

「シャワー浴びるのは構わないが⋯少しの間、風呂場から出るなよ」

ポーたまを平らげた奉が、すいと立ち上って縁側の方へ向かった。そして、開け放たれていた掃き出しのドアを全て閉めた。そして緊張でガチガチになっている中学生を振り返った。

「⋯この家、いつから空き家だった?」

「えっと、多分半年くらい」


「成程⋯少々、まずいねぇ」


奉がガラス越しに何かを眺めている。

「なんか居るのか?」

俺も覗いてみるが、何も見えない⋯気がする。風呂に向かい掛けていた縁ちゃんは、固まったまま動かない。

「明かりを消してみろ」

神妙な表情で、蓮が明かりを消した。⋯完全な暗闇の中、生垣の向こうに、青白い煙のような光⋯が、蹲っていた。いや、丸い獣が、佇んでいた。青白い光が浮かび上がらせるのは、成形された石で囲われた、小さな砂場くらいの場所。花壇というには少し、囲いが高いような。

「なんだ、あれは」



「―――ウワーグワーマジムン」



蓮が押し殺した声で呟いた。⋯こいつ、こんな声を出す事があるのか。その顔を覗き込むと、滂沱の汗が流れていた。

「⋯なんだい、知ってるのか」

「伯父さん達が『ばあちゃんは、マジムンに股をくぐられた』って」

青い煙のような塊は、目を凝らしてみると徐々に『豚』のような形を取り始めた。

ウワーグワーマジムンは、聞いた事がある。沖縄で『マジムン』といえば先ず、この妖怪が出てくるからだ。それは小さい豚の形をしていて、隙を見ては人の股をくぐる。くぐられた人間は、マブイ(魂)をとられて死んでしまうか、命は助かってもマブイが無いから意識が戻ってこない。⋯アヒルの形をとる『アヒラーマジムン』や、山羊のような見た目の「ヒージャーマジムン」⋯どれも、人間の股をくぐって、もしくは飛び越えて魂を取る妖だ。


「急に弱ったからそんなこと言ってるんだろうって、別に信じてなかったんですけど」

本当にいるなんて⋯と、蓮は息を呑んだ。

「あの石垣みたいな囲い、『フール』だろう」

奉がぽつりと呟くと、蓮が小さく頷いた。

「ばあちゃんが居た頃は花壇にしてたみたいだけど、今は何も⋯」

「なるほど、それが供養になっていたんだねぇ。だがそれが無くなり、あれらの怨嗟が再燃したと」

「フールって何?」

縁ちゃんが恐る恐る、俺の後ろから顔を出した。

「豚小屋兼、便所だ。かつてはあの上に板を渡して穴を穿ち、そこから用を足すと豚小屋に直接落ち、それを豚が食い、豚の糞は肥料に使われ、育った豚を祝い事の時に人が食べる⋯というな。沖縄の宴会で豚肉が出がちなのは、当時の慣習の名残なんだよねぇ⋯」


い、今その話をするか!?豚肉で散々もてなされた後に!?


「ウワーグワーマジムンの発生には諸説あるが、共通しているのは『フールから生じる』『夜道に現れる』というところだねぇ。足を斜交いにして股をくぐらせない、という対処法は沖縄の住人なら誰もが知っているだろうし、ここを出なければ問題はないよ。ただ、風呂は少し離れた場所にあるから、廊下を明るくしておくといい」

やがて、青白い光の塊がふらり、と石垣を離れた。⋯ここから離れるのか。少しだけホッとした。

「―――根城にしていた廃屋に、灯りが戻った。ここではマブイをとれない⋯ということなら、とれるマブイを探すだろうねぇ。ここから離れて、夜道を歩く人間を探すだろうよ」


「⋯⋯⋯⋯伯母さん!?」


蓮の顔色が変わった。

「俺ちょっと出てきます!」

止める暇もなく、蓮は玄関を飛び出した。

「待てって!危ないから!!」

シューズをつっかけて蓮を追いかける。⋯思ったより早い。

「足を交差したらいいんでしょ!大丈夫です!」

「いや普通に夜道が危ない!」

街灯すら間遠に配置されただけのほぼ闇だ。見上げれば星が綺麗だろうが今はそれどころではない。

「あっそうだった、この辺ハブ出ますよ!戻ってくださいよ!」

「なんとかマジムンもハブもヤバいだろうが!」

突如、蓮が立ち止まった。つんのめりそうになって俺も立ち止まる。

「え?どうした!?」

「⋯⋯伯母さん!!」



10メートルほど先の街灯の下に、先程挨拶して去っていった女性が倒れていた。



蓮が携帯で連絡すると、伯父さんが息を切らせて現れた。蓮と後から駆けつけた縁ちゃんにその場を任せ、俺は具志堅の屋敷に戻った。奉は恐らく『あの場所』にいる。

「や、戻ったねぇ」

古びた門の前で、奉は俺を待っていた。

「⋯知ってたのか、あの人がマブイを取られるのを」

「あのおばさんとは限らないだろうけどねぇ、根城から離れるってことは、狩りだろうよ。廃屋と化していたこの屋敷に、人が集まった。『あれ』の中の渇望が、むくむくと膨れ上がったことだろうねぇ⋯見ろよ」


フールの中央に、青白く光る数粒の丸石が転がっている。明かりが少ないこの地に、淡い光は眩しい程に際立っていた。

「こりゃ⋯石じゃない、のか」

「マブイというやつだ」

「はぁ!?」

豚小屋というか便所というか⋯そういった不浄の跡地に、人の魂を埋めていいのか!?

「『あれ』の根城だからな。⋯この辺が『あれ』と、水虎のような洒落にならない怪異との違いだねぇ」

ウワーグワーマジムンは、抜いたマブイを食らうわけではない。ただ、抜くだけ。抜かれたマブイは取り戻す術はある。ユタによる『マブイグミ』という祈祷や、場合によってはマブイを取られた本人が、生活を改めることで戻すこともある⋯らしい。

「⋯なんで魂をとられているのに、生活を改めたり出来るんだ」

「マブイってのは⋯魂は魂なんだが、一つじゃあないんだよねぇ。マブイは体のあちこちに存在している、と言われている。一つを落としても、即死ぬわけではないんだねぇ。⋯勿論、根こそぎ持っていく奴もいるにはいるが⋯さておき」

ふい、と目を上げると、伯母さんを抱えた伯父さんと蓮が来た。

「伯母さんが抜かれた!!」

蓮が叫んで、どさりと伯母さんを置いた。先程まで快活に喋っていた伯母さんは、軽く口を開けて虚空を見ていた。

「⋯⋯まじか」

フールの中で鈍く光るマブイと伯母さんを見比べて途方に暮れた。マブイはここにある、しかし⋯。

「伯父さん、ユタは!?」

「くぬふぃじゃーに、ユタぬ うらんさー!」

「ユキさんとかどうしたの!?」

「くーざー、しんじゃー⋯」

「どうしたら⋯!」

一連のやりとりが全然分からず呆然としていると、奉がすっと蓮の手首を掴んだ。

「⋯どうしたんです?」

「お前がユタだ」

そう言って、蓮の左手のミサンガに触れた。⋯蓮が目を見開いた。

「フールの光を見たか」

「あの、光ってるやつ⋯?」

「⋯良かったな、奴の根城はここだ」

蓮の手首を持ったまま、奉は伯母さんの上に屈み込んだ。

「⋯お前には『帰る』力がある。⋯応用だ。伯母さんのマブイを、ここに帰せ」

「ど、どうすれば!?」

「お前が帰る時と一緒だ。『あそこ』から」

すっとフールを指差す。そして伯母さんに指先を移した。

「ここに、帰せ」

蓮の手のひらを伯母さんの上にかざし、そのまま手を離した。蓮は素早く頷くと、念じるように目を閉じた。静流のビキニ⋯いや、白いミサンガが静かに光り⋯やがて、フールの中に埋まっていた青い光が、覚束無い軌跡で舞い上がり⋯伯母さんの胸元に落ちた。


「あふぁい!くさぬ、ちゅうばーくさぬ!!」


伯母さんは飛び起きて鼻をつまむような仕草をした。⋯やっぱりあの場所、臭いのか。

「あー!うきたん!」

伯父さんも飛び上がり、さっきのカチャーシーのような動きをした。

「蓮、ユターぐとぅ!」

「まくとぅユタになとーん!」

連絡を受けて駆けつけた親戚連中も口々に、蓮を取り囲んでユタユタ言い出した。伯父さんが三線を掻き鳴らし、親戚連中がカチャーシーを踊り、宴会第二ラウンドの様相を呈し始めたので、俺達は蓮を置いて屋敷に入った。


この人達、マブイを一個ずつマジムンに没収されたらいいのに。と縁ちゃんが呟いた。


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