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霊群の杜  作者: 柘植 芳年
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仲西ヘーイ

11月。

秋が深まり、富士山の初冠雪が今朝のニュースに取り上げられていた。

20人の女学生を巻き込んだ災厄⋯としか言いようがないが、災厄が過ぎ去り、それでも俺への薄気味悪いものを見るような目は尽きることなく、針のむしろの学生生活を送っていた俺に、思わぬ救いの手が述べられた。

「家族がみんな行けなくなったんですよう。行きましょうよビキ兄ィ!」

真っ先にマヨイガに入り浸るようになった蓮に、沖縄の別荘とやらに誘われた。

「沖縄、か⋯⋯」

考えてみれば、大学に入学して以来、一度も旅行に行っていない。それに大学から依頼された仕事の報酬は、ある意味凄かった。


後期の授業料が、免除されたのだ。


初めての『まとまった金額』だ。とはいえ授業料を支払ってくれているのは実家⋯まぁ、実家の負担が減ったのは重畳、重畳⋯などと悟りを開いていたら、実家から臨時小遣いが支給されたのだ。⋯榊さんの主張で植木剪定のバイトはさせられたが。学校は針の莚、懐は暖かい⋯旅行に行くなら今だ。

「シーズンオフだが⋯立場上、行かざるを得ない⋯俺は今、大学に居ない方がいい⋯」

教務課の村田氏が、今回の俺の立場を気にしてくれて、リモートにできる授業はリモートに設定しているのだ。こういう対応の早さは、コロナ禍の経験が役立っている。

「行くんですね!!」

「リモート授業があるからちょいちょい抜けるけどな」

「やったぁ!成人の付き添いが必要なんすよぉ!」

―――ああ、俺は都合のいい成人か。

「⋯にしても別荘持ちだったんだな⋯ひょっとして実家、金持ち?」

「いちご農家です!」

「⋯おぅ」

基準が分からん。

「それで⋯なんですけどぉ」

急にもじもじと肩をゆすりながら、蓮が可愛い上目遣いで俺を見てきた。

「やめろ。俺に野郎の可愛さアピールは通じない」

「異界駅の件とか、マヨイガの件とかでぇ、迷惑掛けてるじゃないですかぁ⋯そのぅ、奉さんの妹さんに?だからぁ、一緒に沖縄旅行とか、どうかなぁ⋯こういう自然な流れで誘って貰えないですかねぇ?」


おもっくそ不自然じゃねぇか。


「俺とお前と縁ちゃん?奉を飛び越えてか?」

「いやいや、もちろん奉さんも誘いますよ!?」

「⋯あいつ、旅行なんか来るかな⋯」

奉が修学旅行参加しているのを見たことがない。小中高全てだ。

「ぅわやっべ、もう塾の時間だ。じゃ、たのみましたから!」

言いたいことだけ叫んで鞄をかっさらい、靴を突っかけて走り去る忙しない後ろ姿。⋯うぅむ、こいつと旅行か。不安になってきた。



一週間後。

飛行機から続く搭乗橋を出ると、地元とは明らかに異質な空気に押し包まれた。空港は冷房が効いているというのに、謎に空気が濃い。


俺は、那覇空港に居た。


「わぁ⋯まだ暑い!」

シルバーのスーツケースを引いた縁ちゃんが、少し遅れて出てきた。いつもなら俺が「持とうか?」と声を掛けるのだが、今回に限ってはそれは俺の仕事じゃない。

「縁さん、持ちましょうか!」

蓮が張り切った面持ちで駆け寄ってきた。⋯とても軽装だ。

「俺、荷物はほぼあっちにあるんで!」

「え⋯いいよ、自分で持つよ荷物くらい⋯」

当然の反応だ。縁ちゃんにとって、現在の蓮の立ち位置は「顔見知りの不審者」。二回も不法侵入されているのだから仕方がない。むしろ旅行快諾してくれた事に驚いている。沖縄の引力すげぇ。




「⋯⋯⋯暑い」

黒い羽織を肩に掛けた「第二の不審者」が、とぼとぼと沖縄の地を踏んだ。リムジンバスが到着する時間が近づき、奉が観念して空港の自動ドアから出てきた。

「⋯何でそんなに着込む」

「10月だぞ⋯Tシャツ一枚でウロウロ出来るか」

「10月⋯か」

今が10月なんだと思うと脳がバグりそうだ。なにしろ暑い。

「そんなら俺、いいの持ってますよ!涼しいですよ!」

嫌々する奉から羽織を剥ぎ取っていると、蓮が何かを奉に着せてきた。『何でもいい⋯』と呟いて、奉はヤドカリの引越しの如く『何か』に素早く袖を通す。

「ビキ兄ィのはこっち!」

「⋯お?」

されるがままに袖を通す。⋯なんか、着た事ない色合いの⋯何かが⋯。

「―――おい、何だそれは」

ふと目を上げると、奉が青い花柄のシャツを羽織って棒立ちして俺を見ていた。

「お前こそ、どうしたんだそれは」

そう言いながらさりげなく、着せられたものを確認する。⋯目を劈くような黄色い花柄シャツだ。

「⋯⋯何だこれ、アロハ!?」

「え、え、なにこれちょっと写メしていい!?」

縁ちゃんが笑いながらスマホを向けてくる。俺はもう奉同様、棒立ちするしかなかった。俺達はさぞかし間抜けな顔で突っ立っていることだろう。

「アロハじゃないですよ、かりゆしです。沖縄の正装!」

蓮も赤いアロハ⋯じゃねぇや、かりゆしに袖を通した。

「俺も入れてください!」

「あははは、これ信号じゃん!結貴君、真ん中ね!」

写メを撮られて何処かのLINEグループに送られた。

「縁さん⋯のは、どっちにします?」

モジモジしながら蓮が差し出したのは、シックなワインレッドのかりゆしと可愛いピンク色のかりゆし。⋯女子は選ぶ余地ありかい。随分と扱いが違うじゃないか。

「ピンクはちょっと派手かな⋯」

「あっ青系もあります!」

「これでいい」

ワインレッドのかりゆしを受け取って羽織ると、くるりと俺たちの方を振り返った。

「なんか、お揃いじゃん」

んふ、と笑う。⋯眩しい。少し大きめなかりゆしを羽織った途端、華やかで品の良いワンピースのように映えた。JKが着るには地味じゃないかと思ったが、彼女の活発な可愛さに意外に馴染んでいる。⋯過ぎた夏がUターンして俺の元に戻って来たかのような。

⋯いかん、今回の俺の役目は蓮の恋?をフォローする事だ。俺が見惚れてどうする。そもそも一瞬でもそんな考えが頭を過ぎったことがバレたら静流が⋯怖い。

今回の沖縄行きは静流も誘ったのだが、少し考えた後、断られた。

「行きたいけど⋯私が行くことになったら、縁ちゃんが来ないかも。そしたら蓮君が可哀想だよ」

そう言って寂しそうに笑った。⋯否定は出来なかった。縁ちゃんと静流は、相性が良くない。何度か俺を通して顔を合わせているが、人見知りをしない縁ちゃんが何故か静流とは打ち解けないのだ。⋯合う合わないは誰にでもある。

「あっはははは⋯静流さんに送っておきますね!」


⋯⋯野郎!!


止める間もなく、俺と奉が浮かれたシャツ着せられて途方に暮れた顔で立ち尽くす画像が恋人に送られた。

「くっそ⋯」

「あ、別荘に行く前に、ちょっと寄りたい所あるんですよぅ、いいですか?」

「えぇ⋯⋯」

まだ空港について間もないのに、かりゆし着せられて写メ取られて行先決められて、恐るべき速度で状況が進展するじゃないか。何だこの行動力は。

「あ、リムジンバス来ましたよ!」

「うわ、待て、ちょ⋯」

身軽な中学生を追いかけて、俺達は大荷物を持ってよたよたと走った。



「⋯ここは、何処だ」

『Richmond Hotel』という古びた看板を掲げたビルの手前に、俺達は降ろされた。

「潮渡橋ですね!」

元気に答えられた。いや、そうじゃない。場所を回答されてそれで終わりではない。全員アロハ的なものを着せられて降りる場所じゃない。なんの変哲もない市街地だ。

「―――いや、俺達はここで何をやるんだ」

「今西ヘーイを呼ぶんですよ」

「今西⋯」

今西をヘーイと呼ぶのか?⋯奉が何か言いたそうにチラチラ蓮の方を見るが、結局顔を逸らした。蓮が今西、今西とはしゃぐ度に、周りがチラリと俺たちを見る。

「ここから今西ヘーイって叫ぶと、返事が来るってネットで見たんですよ!ビキ兄ィもやりましょうよ!」

―――奇行から始まる俺の沖縄旅行。

「今西ヘーイ!今西、ヘーイ!!」

「⋯い、今」

一応付き合ったほうが良いのかと声を出しかけた所、奉が俺と目を合わせて首を振った。⋯いつもなら皮肉やら文句やらが飛び出してくるのだが、今日は言葉が少ない。やはり蓮に苦手意識を持っているのだろうか。

「⋯美ら海水族館とか行かないの?」

今西ヘーイが始まった直後から俺たちを遠巻きにしていた縁ちゃんが、しびれを切らして蓮に声をかけた。

「え、美ら海行きたいですか?もしかして沖縄初めて?」

おいやめろ、縁ちゃんがイラついてるぞ。

「⋯⋯来たことあるよ!修学旅行でも来たし!いいじゃん、何度も行っても!」

「OKです。でも今からの移動だと他んとこ行けなくなるから、明日にしましょうよ!今西ヘーイ!!縁さんも!!」

もちろん縁ちゃんは今西ヘーイなどと叫ばない。

「あれー、返事なし?やっぱ所詮都市伝説か、今西ヘーイ!」

「⋯⋯⋯⋯⋯仲西ヘーイだ」

ついに痺れを切らして、奉がぼそりと口を開いた。

「⋯⋯⋯⋯⋯え?」

「今西って誰だ。潮渡橋で呼ぶのは『仲西』だ。そしてその都市伝説が流布した頃の潮渡橋は別の場所にあった。ここじゃねぇんだよ」

蓮の顔がぼうっと赤くなった。⋯⋯どうフォローしようか、と考えていると、蓮がグルリと俺の方を振り返った。

「⋯今西!!」

「⋯え」

「今西、今西!」

俺の手を握ってブンブン振り回し、俺を今西呼ばわりし始めた。

「ヘーイ、今西久しぶり!ヘーイ!!」

「⋯へーい、石踊」

「ヘーイ今西!!」

急遽『今西』にされた俺を引きずって蓮はジリジリと潮渡橋を離れ始めた。

「ソーキそば食べますよー、俺いい店知ってます!」

「⋯え?仲西ヘーイとか呼ばないの?」

猫の目のように切り替わる旅の目的に、もう縁ちゃんは完全に戸惑い始めた。

「もういいっす、仲西の事は忘れます」

「一度たりとも呼んでないじゃん」

「べーつに良いですー、所詮都市伝説ですしー。ヘーイ、タクシー!」

タクシーは今西だか仲西だかと違ってヘーイに反応して路肩に停まった。

「くっくっく⋯ほら、行くぞ今西」

「やかましいわ」



「潮渡橋から『仲西ヘーイ』と呼ぶと『ヘーイ』と返事がある。⋯本来、それだけの妖だったんだよねぇ」

ソーキそばを啜りながら、奉が語り始めた。食い物にありつけて落ち着いたのか、普段の無駄な饒舌ぶりが戻ってきたようだ。⋯修学旅行で闇雲に入ったあからさまに観光客狙いのソーキそば屋より美味い。

「都市伝説じゃないのか」

「ネットの普及で都市伝説化してるが、古くから那覇と泊の境近辺に伝わっていた怪異だ。文献としての初出は確か⋯1931年、金城朝永が記した『琉球妖怪変化種目』という論文だねぇ」

「戦前っすか?」

蓮が、がばりと顔を上げた。もう食い終わっている。

「比嘉春潮の『沖縄本島の神隠し』にも記述があるようだが、こっちはもっと古いな。1925年か⋯大正だねぇ。こっちでは、仲西を呼ぶと攫われる、とある」

「俺の聞いた話だと、ヘーイって返事があるだけですよ?」

「返事のみ、という話もあれば、声を掛けたら攫われるという話もある。仲西という死者の霊で、埋葬をしてくれた者への恩返しをしたという話も残っているねぇ⋯」

「仲西の中の人、何人かいるんじゃないっすか?」

隣でソーキそばを食べていた縁ちゃんが吹いて噎せた。背中をさすって水を飲ませる。

「中の人て⋯まぁ、言い得て妙だがねぇ。なにしろ仲西を見た奴は居ないんだ。声はすれども姿は見えず、もしくは攫われる、川に引き込まれて死ぬ」

「え、じゃあ恩返しの仲西は?」

「それよ」

ビシリ、と蓮を指差して声を張った。⋯奉め、蓮を克服しつつある。

「それはシンプルに仲西という個人の霊じゃないのか。恩返しをする仲西とやらに遭遇したのは、埋葬した本人だけだろう?」

「始まりの仲西⋯では!?」

縁ちゃんがまた噎せる。⋯新たに水を注いで背中をさする。

「そういう可能性もある。そいつが後に潮渡橋の怪となったのかも知れんし、伝わっている話の中には、人攫いの犯行や、シンプルな水難事故も混ざっていそうだねぇ。なにしろ、泊と那覇を繋ぐ橋だ。町名が変わるってことは管轄が変わるということ⋯人攫いにはうってつけだ」

「酔っ払って橋から落ちる人もいそうですね、沖縄だし」

沖縄県民に謝れ。

「で、ネットが普及して県外の連中までが橋の上で仲西ヘーイと騒ぎ出し、騒音公害と化した。業を煮やした地元民は『仲西ヘーイと叫ぶと攫われ、殺される』『仲西ヘーイは口に出してはいけない禁句』という噂を膨らませているっぽいねぇ。あの場で騒ぐのは良くない。仲西でも今西でも」

ニヤリと笑って、奉は最後に残っていたチャーシューを口に入れた。

「へーい」



「じゃ、スッパイマン工場と金魚ミュージアム、どっち行きます?」

「⋯⋯なんて?」

縁ちゃんが途方に暮れた表情で呟いた。

「スッパイマン作ってる工場です!あと金魚めっちゃ居る水族館!」

「沖縄まで来て金魚を」

「琉金は沖縄由来でしょ!⋯あ、今日はスッパイマンキャンディ詰め放題やってますよ!ラッキーです!」

「⋯金魚ミュージアムがいい」

「オッケーです!じゃ、そのあとスッパイマン工場で!」

「どっちも行くんかい⋯」

あの縁ちゃんが振り回されている。あの男、意外と大物かも知れない。こんなんでその恋が実るかどうかは別として⋯などとぼんやり考えながら潮渡橋をぶらぶら歩いていた、俺の背後に。


「⋯⋯ヘーイ」


呟いて肩を掠めるように追い抜いていく、誰かがいた。俺は⋯一切顔を上げることなく『それ』をやり過ごした。

声だけの妖、姿を見た者は神隠しに遭う⋯ならば。

「皆、顔を伏せろ。渡りきるまで、顔を上げるな」

何か叫ぼうとした蓮の頭を押さえつけ、押し殺した声で呟いた。奉の含み笑いが聞こえたが、顔は伏せているようだ。

「⋯やるねぇ、結貴よ」

「ヨヤマギョウと似たタイプの妖だろう、あれは。見れば厄介な事になる」

「似てるのは見ちゃヤバいとこだけだろうが⋯今となっちゃ、『あれ』にそこまでの力はねぇよ」

橋を渡りきった頃には既に気配は消えていた。蓮は『すげぇ、仲に⋯いや、あれ出たわ!』と大はしゃぎだったが冗談ではない。もう二度とやるなよと釘をさして、潮渡橋を後にした。



金魚ミュージアムは目がチカチカしたし、スッパイマンキャンディは2~3粒で十分なのに詰め放題をやらされた。


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