百目鬼
『失踪した長男・諒の子供だけが戻ってきた』知らせは、玉群家を震撼させた⋯らしい。
らしい、というのは、俺達はあの後駆けつけた奉の指示により、玉群神社の洞に3日ほど籠らされたのだ。
元々関係者である俺や、玉群という『名家』に対して家族側の知識があった静流はともかく、未成年かつ玉群と全くの無関係であった蓮の実家とは物凄く揉めたらしい。一族郎党、蓮を溺愛しているというのは真実だった。こっちの騒動は、蓮が家族に何らかのLINEを送信したことで謎に解決している。⋯直前に縁ちゃんとツーショット自撮りをしていたことは把握しているのだが⋯。
「洞に来い。着ているものを全部脱げ!」
息を切らせて駆けつけた奉が、開口一番そう叫んだ。
息子の友人が深夜に娘の部屋にカノジョと中学生と全裸の子供を連れて闖入という謎の状況にパニック状態だった玉群夫妻は『あぁ、奉絡みか⋯』と妙に得心して落ち着きを取り戻した。
深夜の参道を登らされ、服を脱がされた俺達は洞の最奥部に湧く水を浴びせられ、着ていた服も靴も燃やされた。静流はまさか、俺たちと一緒に⋯!?と懸念したが、きじとらさんが物陰から現れて静流を物陰へと連れ去った。
「あちらの物は砂粒一つたりとも持ち込む訳にはいかないんでねぇ」
着替えの浴衣を渡しながら奉が呟いた。深夜二時に冷水を浴びせられて疲労困憊だが、何とか頷いた。蓮は浴衣を羽織るや否や気を失うように寝てしまった。
「⋯あの男も同じことを言っていた。あの子が裸なのも、名前が無いのも」
「だったらあのガキが一番持ち込んじゃダメなブツだろうが。こっちの作物の種だろうがなんだろうが、あっちの土壌で育ったものを食ってるんだから全く影響を受けないはずがないんだよ」
その口調は苛立ちを含んでいた。
「お前もあいつにエンカウントする前に帰ってくればよかったものを、集落に入り込んでウロウロするから⋯」
「蓮が帰るつもりにならなけりゃ帰れなかったんだよ」
「まぁ⋯その辺も含めてやられたな、あの男に」
『憶測が多分に混じるが』と前置きして、奉が話し始めた。
人を異界へ引きずり込む電車は確かに存在する。
時代によって乗合バスだったり馬車だったりするが、『外界と隔離して気取られることなく異界へ引きずり込む』性質は変わらない。その時代の移動手段に『似せて』人を欺く。囚われた者は、基本的にはもう戻れない。
「誰が、何のために」
「知らん。知りたくもない。理由も分からん。⋯人を異界に引き込む穴は、数多に存在する。諒もそれらの何かを辿り、異界へ逃げたのだろう」
「逃げた⋯?」
「奴は玉群の因習から逃れたがっていたよ⋯諒だけじゃない、今まで数多の玉群後継者が、この契約を終わらせることを望んだ」
奉の契約から逃れることを望んだ祖先らは、様々な手段を試み⋯挫折していった。その過程を記録していた祖先もいたことだろう。諒は玉村の蔵に篭もり、それらの記録を読み返していたらしい。
「俺も読んだことはあるが⋯まぁ、失敗と挫折の記録だねぇ」
奉に直接契約解除を申し入れる、他の土地へ逃げる、苗字を変える、奉を殺す⋯様々な試みは尽く裏目に出続ける。途方に暮れた諒はやがて、ネット怪談で『異界へ行く方法』を探り始める。
「まじで?」
「あー⋯この辺は憶測よ。諒が失踪した時に、心当たりを聞かれた縁が『異世界がどうとか言ってたかな⋯』とか呟いていた、その程度だ」
異界へ至る方法は、幾らかウェブ上で言い伝えられている。六芒星の中央に『飽きた』と書いて枕の下に敷く、エレベーターの特定の階を行き戻り、途中で乗り込んでくる女性(あちら側の存在)を待つ、等が有名だが⋯諒は何らかの方法で異界へ辿り着いた。子供を成したのは異界へ逃れる前だろうか。恋人が子供を宿したことから、玉群の契約に巻き込まれる事を恐れて異界へ逃れる決心をしたのかも知れない。異界で子供を成し、暮らしているうちに、彼らは気がついてしまった。
「人間ではいられなくなる、ということだねぇ」
諒と同じく、世界に嫌気がさして逃げてきた落人が数多いる。異界へ辿り着いた当初は彼らと協力して集落を作っていたのだろう。しかし異界のものを摂取していた仲間たちは徐々に、異形のものと化していった。
「よく分かるな、そんなの」
「憶測だって。⋯駅の周りに、仮初の集落を作って壁で隔離していたのだろう?諒が一人で出来ることじゃないねぇ。異形化に驚いた集落の連中が、皆で作り上げたんだろうよ。現世から持ち込んだ、作物や樹木の苗を持ち寄って。そして元の体を保てるように、収穫できる現世の作物だけ食べて生きようとした⋯が、うまく育たなかった」
生まれた子供が一人、食いつなぐのが精一杯。その作物も、異界の土壌に染め上げられ、奇妙な花を付け始めた。
「さてと⋯このまま異形の作物を食べ続けたらどうなるか⋯恐れ、後悔したことだろうねぇ。子供を守る為に異界へ逃げた筈が、子供を異形にしてしまう。子供だけでも、こちらに帰したい」
「俺達は、その為に呼ばれたのか」
「⋯奴が何に成り果てたのか俺には分からんよ。どの程度の力を得ているのかもねぇ⋯ただ、たかが『成れ果て』が誰かを異界に誘い込むような術を得られるものか⋯」
在来線のレールにじわりと混ざり、終電近くの人間を欺き、電車と似て非なるものを走らせ、駅のようなものを作り上げ⋯それはもう、人の業ではない。
彼が誘い込んだというより、人を無作為に異界へと誘う『何か』の思惑に、彼がさりげなく紛れ込み、結貴達が巻き込まれるように誘導したのではないだろうか。
「お前が巻き込まれる鍵になったのは、あの蓮とかいう子供との邂逅だろう」
「⋯よく寝てるなぁ、あいつ」
「海で死にかけ、家に帰りたい一心で掴んだビキニに男達の執念が絡み合い⋯『必ず帰る』限定的だが強い護法を手に入れた子供だ。⋯異界をも抜ける程の、実家への執着⋯諒は待っていたのだろう、俺がそんな信者を手に入れるのを」
「えっ、お前を?」
「玉群の血を引く子供が生まれたのであれば、俺に託すのが筋だろう?」
「玉群から逃げたかったのにな⋯」
「逃げた先も闇⋯異形に成り果てるならばいっそ、祟り神へ捧げることを選んだのだろうよ、兄殿は」
奉を異界駅へ誘い込む計画は着々と進んでいた。異界駅を統べる『存在』に怪しまれぬよう、秘密裏に。この地に人間が居る事だけを密かに悟らせるために幽霊文字の駅名を刻んだ。『存在』は意味を持たない漢字には、反応しないのだろう。
『存在』は、誘い込んだ人間が二度と戻れぬよう、線路の奥へと誘う。だが不思議と『駅』は通過しない。意図は分からないが彼らは『こちら側』を模倣することに拘りがある。だから『駅』を思わせる構造物が線路の脇にあれば、通過をしない⋯事が多い。また、これも意図を測り兼ねるのだが、とても歪な模倣をする。その結果、漢字に似て非なる奇怪な文字の羅列が駅名に並ぶのだ。
「⋯それらの文字に紛れ込ませるように並んでいた、幽霊文字。書き換えたのは、あの男だろうねぇ。『存在』に悟られないように。そして『人間』が関与していることに気が付く誰かがあの駅に降りる事を祈って」
「⋯俺たちがこの駅に降りようとした時、『嫌なもの』を見せて妨害した『何か』がいた。それはお前らの兄⋯ではなくて向こう側の、その」
「ただ電車のようなものを走らせ、人をおびき寄せる何か⋯だけかも知らんし、だけじゃないかも知らん」
「まだ何かいるのか?」
「さてねぇ⋯居るとすれば、だが⋯お前に強い恨みを持つ何か、かねぇ。そいつが俺じゃなく、お前を『あちら側』に引き込むように仕向けた⋯それか、諒自身が滅多に外に出ない俺に痺れを切らして、お前を無理やり代理に仕立てあげて引き込んだか」
「⋯⋯⋯まさか」
そう嘯きながらも脳裏には、俺をじっとりと睨めつける30対の瞳が過ぎっていた。⋯薬袋の断罪に反対票を入れた、それだけの⋯いや、無惨に殺されて最愛の子供もろとも愛玩物にされた彼女らにとっては『それだけ』ではなかったのだろう。分かる、などと軽々しくは言えない。当の薬袋が予定通り断罪されたとて、俺への怨恨は消えないのは理解する。だとしても、俺は。
「俺はただの人間だ。神様でも陪審員でもないし、何の権利もない」
「⋯⋯あぁ」
「断罪は怒れる土地神やら司法やらがやればいい。⋯白票を投じた事を、俺は後悔してない」
奉は奇妙な薄笑いを浮かべながら、俺の独り言を聞いていた。いつも何かしら嫌味や皮肉を付け加えるのに、黙って聞かれると落ち着かない。⋯黙るしかなかった。
「もう休まれますか」
洞の片隅にそっと現れたきじとらさんが、厚みのある布団を広げた。
「あっありがとうございます。⋯静流は」
「隣の部屋で休まれてます。一番いいお布団を使わせて頂きました」
きじとらさんが満面の笑みで答えた。⋯静流が俺の恋人と聞かされて以来、きじとらさんの彼女への対応が頗る良い。いい事なのだが少しだけ複雑な気分でもある。
「眼鏡を取ると睫毛が長くて、ふわふわの肌で⋯思わず添い寝したくなります」
―――ん?
「添い寝しても宜しいでしょうか」
上目遣いに凝視される。変な汗が脇を伝うのを感じたが、俺は数回コクコクと頷くことで恭順の意を示した。⋯いや大丈夫、きっと深い意味はない。猫は基本的に声の小さい大人しい女が好きと聞く。大丈夫だ静流は。
「ありがとうございます」
半年に一度見るかどうかの満面の笑みを浮かべて隣室に消えた。⋯俺にも鴫崎にも見せた事のない歓待っぷりだ。
「⋯あ、あの男の子は」
「脇殿に寝かせてある」
本殿の脇に、宮司などが作業や休憩に使う小さな小屋がある。宮司も巫女も存在しない玉群神社では、稀に訪れる参拝者の休憩室になっている。偶にきじとらさんや縁ちゃんが掃除をしてはいるようだが、いつも洞に直行する俺は入ったことがない。
「あんな、何もないところに⋯」
「あいつは異物だ」
ため息と共にそう吐き捨てると奉はふらりと立ち上がった。
「汗も体液も排泄物も、あいつの体から出る一切合切はこの世にあってはならんのよ。だから脇殿に閉じ込めて、体から出たものは廃棄する」
「⋯⋯⋯そんな」
俺もため息が漏れた。玉群の長男に言われるがままに連れ帰ってきた子供が、こちらに戻っても結局、不遇な扱いを受けることになるのか。
俺は浅はかだった。
「⋯そのうち廃棄しに行く。お前も手伝え」
切り立った崖の遙か下から、静かな潮騒が聞こえる。今日の海は静かに光るのみだ。潮風も『あの日』より若干涼しさを増している。もう、残暑も過ぎたのか。
「二度と来ないと誓ったのにな」
思わず独り言が漏れた。ついこの間、目の前で一人の女を呑み込んだ残響岬は、何事もなかったように潮風が緩く吹き抜けるだけ。⋯それでも足がすくむ。
「⋯ここなら『誰かの残滓』が落ちてくれば『あれ』が海の底に引き込んでくれる。誰にも触れないだろう」
奉が呟くと、俺に預けていた麻の袋を受け取って崖下に放った。水に落ちる音は、潮騒にかき消された。⋯袋には、長男の子供⋯名前はまだないが、あの男の子の体を拭ったタオルやちり紙、踏んだ土や排泄物が詰め込まれていたらしい。
「いいのか、砂の一粒でも持ち込んだらヤバいって言ってたのに」
「⋯海は何処かで『あちら側』へ続いている。⋯そのうち、流れ着くだろうよ」
そう言って奉は、俺を覗き込むように首を傾げた。
「⋯⋯諒の姿は見たのか」
「見た⋯事になるのかな。俺が見たのは⋯」
壁の隙間から縦に覗いた、11の目だけ。
動揺のあまり確かめもせず逃げてしまったが、あれが諒の目だったとは限らないのだ。複数の仲間がどうにかして体を縦にして覗いていたのかもしれないし、諒が連れていた人間以外の動物なのかも知れない。どう答えたものか考えあぐねていると、奉がぽつりと呟いた。
「⋯諒は、100の目を持つ異形に成り果てた」
「見たのか!?」
「あの子供から聞いたよ、父親の姿を」
身体中がぞわりと粟立つのを感じた。
「⋯考えたくなかったな」
俺にとって彼は、殆ど会ったことがない親戚程度の人でしかない。だが無事を信じて待っていた縁ちゃんにとっては少なからず衝撃的だろう。
「縁ちゃんには、どう伝えればいいんだろうな。お兄さんは百々目鬼になりました⋯と言うのもなぁ」
「百々目鬼?」
奉が眉をひそめて振り返った。
「⋯失言だったか」
「その11の眼は、人の眼か」
あれを人、と言ってよいのか分からないが⋯。
「そもそも縦に11、並んでいた」
「人の眼が」
「あ、ああ⋯形としては」
「鳥の眼ではなく」
「鳥じゃねぇよ」
「なら百々目鬼じゃねぇよ。百目鬼だ」
―――え?
「同じもんじゃないのか」
「百々目鬼と百目鬼は別物だ」
奉は踵を返して歩き始めた。⋯俺もこれ以上ここに居たくない。
「―――盗癖のある女がいた」
人の金をしばしば盗んでいたがある日、腕に百の鳥の眼が現れたという。金銭の事を『鳥目』と呼ぶ事があるので、その鳥目の精が祟りを成した結果であり、正確には異形ではない。
「鳥山石燕という絵師の創作妖怪だと言われるねぇ。異形というよりは神罰扱いよ。勿論、特別な力などない。あとな、石燕の絵ではこの妖怪、片腕しか出してないんだよ」
「⋯見た事あるような」
体を軽くしならせ、頭巾で頭を隠した女が長い片腕を差し伸べている。その剥き出しの腕には、数多の眼がびっしりと宿っているのだ。もう片方の手は、剥き出した腕の肩あたりで、袖に添えている。
「⋯もう片方は、出してないだけかも」
「少しは出せばいいじゃないか。俺が思うに⋯あれは片方にしか眼がないんだ」
「そうかも知れないけど⋯それが何だ」
「⋯あれ、帯状疱疹じゃないかねぇ」
帯状疱疹⋯昔、婆さんが患ったことがある。最初は患部が痛痒く、のちに小さな赤い発疹が患部に帯状に広がる。これがとても痛痒いと言っていた。婆さんはすぐに皮膚科に駆け込んだが、放置すると水疱になっていくらしい。腕ならばまだ助かるが、顔に広がると失明することもある、恐ろしい皮膚病だ。
「鳥の眼に⋯見えないこともないけど⋯」
「有名な特徴は『体の片側に集中して発生する』ことだねぇ」
「あ⋯」
『あの絵』の光景が脳裏に蘇った。嫌そうに身をよじる女性は誰かに患部を見せる時のように腕を捲りあげているではないか。顔を隠しているのはもしや、顔の片側も同じような発疹に侵されているからではないか。
「帯状疱疹は不思議と、体の左右どちらかにしか発症しない。両腕に同時に発症はまぁ⋯基本的にはしないんだよねぇ。今じゃ原因が解明されている病も、昔は神罰やら祟りと捉えられる事が多かった。手癖の悪い女が偶然見舞われた帯状疱疹⋯利き手に発症したなら尚更、それを見た連中は『盗癖の報い』と見なした⋯ってとこではないか」
じゃあそもそも異形ではなく、ただの病人ということか。
「今ならいい薬があるから、処方された抗ウイルス薬飲んで塗り薬で炎症おさえてりゃ重症化はないが、当時は治療法がないからな、罹れば地獄よ。顔がケロイド状になって将来を悲観して死んだ若い娘も、何人かいたねぇ⋯なんか、女の方が罹りやすいらしい」
「⋯⋯百目鬼は」
「あれは、百の眼を持つ鬼よ。百々目鬼よりも数段、旧い怪異だ」
栃木に『百目鬼』という地名が存在する。
平安時代、藤原秀郷という武将が討伐したという伝説にちなみ、つけられた地名である。地元の老人の訴状により、馬の死肉を喰らうという百の眼を持つ鬼を、藤原秀郷が討伐⋯致命傷を負ったものの、毒気と炎を吐きつづけ、徳の高い僧侶により調伏されることで。
「人に戻り、埋葬されたと言われる」
「⋯⋯じゃ、百目鬼は!」
「元は、人間だよ」
人間が『何か』の影響で百の眼を持つ異形に成り果て、現世においては毒や炎を撒き散らす。まるで⋯。
「諒さん、みたいじゃないか⋯!なら諒さんは戻れるのか!?」
「この伝説には続きがある。⋯後付けかもしれんがねぇ、藤原秀郷の討伐から四百年後、本願寺の高僧がこの鬼を美しい女性に生まれ変わらせるんだよ」
「四百年⋯」
俺たちの寿命が尽きる。密かに肩を落とすしかなかった。
「眉唾だよ全部。百の眼だぞ。そんなになって元に戻れるか普通。エントロピーの法則舐めてんのか」
「⋯分かってるよ」
車の後部座席に奉が乗り込むのを待ち、エンジンをかけた。
「あの子も、もうどうにもならないのか」
バックミラー越しに見る奉は、難しい顔をして腕を組んでいる。煙色の眼鏡の奥は、不思議と透けて見えた。
「⋯⋯兄殿が必死に守っただけはある」
「⋯⋯え」
「体つきは変化に侵されてない。毎日湧水で体を清め、こっちの食い物を与え、体から出るものを全て遠ざけていけば⋯あるいは」
「戻れるのか?」
「体の細胞が入れ替わるのは⋯一律とはいかんが、3ヶ月で大半⋯骨も含めると3年⋯いや、子供ならもっと早いか⋯⋯今の時点では何とも言えないねぇ⋯」
少し、気持ちが軽くなった気がした。
「じゃあ、暫くこの作業を続ければ」
「少なくとも3ヶ月間、長けりゃ3年、呪われた岬に子供の糞尿を捨てにいくだけのカンタンなお仕事だ!」
吐き捨てるように奉が言い放った。
運転中だというのに目の前が暗くなった。
「見てくださいよ、ビキ兄ィ!」
少年の様子を見がてら玉群神社の石段を登りきると、境内で蓮が待ち構えていた。最近は義務かのように神社に日参している。まるで信者だ。
「例のビキニ、ミサンガにしました!」
高々と掲げられた左の手首に、白い布製の腕輪が飾られていた。
「⋯何してくれてんだお前」
これを言うのは二回目だ。よく見るとその腕輪は、繊細な細工で編み込まれている。
「器用なことしやがって。よく出来たなこんなの」
「ばあちゃんが作ってくれました!これ持ってれば何処に居ても戻れるんでしょ。だからビキニ持ち歩くって言ったら『それだけはやめてくれ』って言われて。いやだよ持ち歩くよって言ったらコレにしてくれて!オシャレっしょ?」
「⋯⋯⋯ばあさん、どんな顔してこれ編んでたんだ」
「泣いてました!!」
このバカは晴れやかな笑顔で言い放った。
これ編んでる時のばあさんの苦悩と葛藤を思うと俺も泣きそうだ。そのミサンガにばあさんの寿命も5年分くらい編み込まれてるんじゃねぇのかと思ったが、俺は何も言わないでおいた。