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霊群の杜  作者: 柘植 芳年
38/57

両面宿儺

―――桜の頃はまだ、遠いのだろうか。

遅咲きだった今年の梅が散り初めた3月の始め、俺は薄い蒼天を見上げていた。この街の端を掠めるように流れる川は、今日も穏やかな川面に空を映す。…まだ、雲が薄い。桜は当分先だな…そう呟いて、俺は小さく息をついた。



―――奉を殴り、玉群神社に『出禁』を食らって2週間。



物心ついてこのかた、俺がこんなに長い間、玉群神社に出入りしないことなどなかった。

『桜が咲く頃まで、ここには来るな』

あれは即ち、俺が殴った事が生理的にも『無かったこと』になるまでの、おおよその期間なのだろう。結構思いっきり入れたので、完治に2~3週間は掛かるだろうし。縁ちゃんにも、奉の母さんにも喧嘩かと思われて心配されたが、殴った俺が云うのも何だが俺達の間に、感情的なわだかまりは不思議な位に、ない。出禁の件も、ああ、呪いの発動を心配してくれたのだな、としか思っていない。俺が思っていた以上に、俺達は『通じ合っている』のだろうか。

一度、呪いをガチで喰らっている鴫崎は俺達の事情を何となく察しているのか、SOSを出してこない。偶にLINEで愚痴を寄越してくるので、奉のAmazon利用ペースは変わっていないようなのだが。

「その怪我も、もうちょっとかかりそうだな」

缶コーヒーを呷り終えた今泉が、その缶を両手で包み込んだ。

午前中の講義を終えて昼までのほんの短い時間、俺達は何となく、この河原までぶらぶらと歩いて来ていた。…今泉はこのあと、仲間とランチらしい。俺も誘われたが断った。少し前までは無理をしてでも誘いを受けていたのだが、『とある件』で今泉が人の心を読むことに非常に長けている事を知って以来、一切の無理をやめた。

「……あまり良くない、怪我なんだろ」

「……まあな」

今泉はそれ以上、何も聞かなかった。

出禁を食らって以来、今泉は何故か妙に俺を気にかけてくれる。最初は俺達の事情など知らなかった筈なのに。今もこうして、ランチまでの短い時間だが俺の為に裂いてくれている。

「なんかさぁ、妙に懐かしくて仕方ないんだよなー。おかしいんだけど」

「何がだ、もしくは何処がだ」

相変らず今泉の言葉には主語がない。…特殊な『共感覚』で人の感情にダイレクトに触れることが出来るからだろうか、この男はコミュニケーションツールとしての『言葉』を軽視し過ぎるところがある。

「あ、そっか。…玉群神社がだよ」

「………ふぅん」

今泉を含む『彼ら』に、恐れていた変化が起こっている。

奉のせい…と云い切ってしまうと気の毒かもしれないがほぼ奉のせいで、俺や今泉を含む奉の周りの人間が、産土神の保護を外されて『玉群神社』の帰属になってしまったのだ。結果、何故か彼らは玉群神社に足しげく通わなければ気が済まない厄介な性質を身に着けてしまった。…この事を知っているのは俺だけだ。もし彼らに…主に鴫崎に知られたら、奉は完治を待たず再びフルボッコにされることだろう。…まぁ、公平に見れば奉にしてもとばっちりみたいなものなんだが。

「なーんか足が向くというか…その割には行ったところで玉群と二人きりがめっちゃ気まずいし、ちょいちょい会う鴫崎はいっつも怒ってるし荷物運びを強制的に手伝わされるし、縁ちゃんが居た時のアタリ感半端ないし」

―――良かったな鴫崎。荷運び要員が増えて。

「奉は置物だとでも思っていればいい。縁ちゃんには手を出すなよ」

「………ふぅん」

何かを見透かしたように、今泉は肩を竦めた。

「………あのさ、云っていい?」

「駄目だ」

「あそう…」

それ以上、今泉は縁ちゃんの事については突っ込んでこなかった。



―――正直、興味はあるのだ。



俺ですら靄がかかったように定まらない縁ちゃんへの感情を、今泉はどう解読しているのだろうか。…我ながら野暮だ。どうにもならなくなったら聞くことにしよう。今泉がこうして俺の隣に居るということは、自分で思うほど最低な感情を抱いているわけではなさそうだし…。

「真面目だからなぁ…」

俺が、ということだろうか。本当に、何度云っても主語がない男だ。

「右に縁ちゃん、左に八幡ちゃんを抱えてハーレム新婚生活を送りたい…そんな本心を自分でも掴み切れずに…」

「だいぶ最低だったな!!俺、そんなこと考えてたの!?」

「え?最低?お前さ、フツーにハーレム願望とかないの?今まで全然?」

「え?絶対面倒くさくね?絶対喧嘩になるし、表向きは仲良しでも水面下ではドロッドロなことになるし」

「……お前の女性観、リアルだよね。姉ちゃんいるからかな」

「……ああ」

ふと携帯に目を落とすと、11時を過ぎていた。俺は『寄る所がある』と云って河原を離れた。





「待ってたよ」

高い吹き抜けの螺旋階段から、さっくりと朗らかに声を掛けられた。俺は声の主を見上げて軽く会釈をする。

ガラスの壁面と高い天井、薄いベージュ色を基調とした広い待合スペース、センス良く配置された観葉植物…この近辺でここまで立派な病院はあるまい。…ちなみに院内の観葉植物を手配しているのは俺の実家だ。

「毎度、ご利用ありがとうございます」

「ははは…なんか癒着っぽいね、君と僕が『友達』なんて」

「はは…完全に卵が先の鶏なので…」

変態センセイ…薬袋は本当に大事そうに『友達』という言葉を繰り返す。

「しかも用心深い君が単独で…今日は記念すべき日だよ!」

変態センセイがお花畑全開の笑顔で駆け寄ってくる。全力疾走で逃走したい気持ちをぐっと腹に収めて、俺はしっかりと薬袋に向き直った。…駆け寄ってくる。速度が衰える気配がない。まだ駆け寄ってくる。

「ハグしよう友よ!!」

「断る!!!」

床を蹴って手を広げて飛びついてきた変態センセイを半身になって躱し、うなじを手刀で打ち落とすと変態はドシャリと崩れ落ちた。




「相変らず用心深いんだね、君は」

「用心云々の問題か。自分の職場で野郎とハグとか正気か貴様」

危うく例の地下霊廟に通されるところだったが、必死の抵抗により今朝空いたばかりの病室に通された。…ここを使っていた患者が亡くなったとのことなので良い気分ではないが、あの部屋に一人で通されるよりは万倍ましだ。

「僕は一向に構わないのに。君は心配性だな」

「冗談じゃない。この辺は知り合いも多いんだ」

誰も居ないベッドに転がされたナースコールをさりげなく傍に引き寄せ、傍らに設えられた小さいテーブルにつく。

「さすが抜かりないいぃぃ!!ナースコールいっちゃう??無人の病室からナースコールいっちゃうの??うちの病院にこれ以上幽霊話増やしちゃう??」

「やっぱりあるのか、厭なこと聞いたな…」

そりゃ、地下の円筒水槽で母子の死体が泳いでるような怪病院に怪談の10や20なければおかしいのだろうが…。

「で、今日はどうして彼はついてこないんだい?喧嘩でもしているのかい?」

薬袋は張り付くような微笑を浮かべて身を乗り出してきた。…彼は何も知らないのだ。

「いや別に。…あんたこそ、奉には声かけなかったのか」

「うーん、けんもほろろだったよ!」

「………容赦ないなあいつも」

品の良い白いカップに琥珀色の紅茶が注がれる。俺は念のため砂糖やミルクの存在は無視して引き寄せ、軽くすすった。…薬品の匂いはしない。

最近、俺の用心の方向が『殺されはしないだろうが…』になってきた。薬袋が俺達の存在を快く思っていることは間違いない。ただ…それが『自由に動き、食べ、話す』人間としての俺達かどうかは分からないのだ。例えばそれが変な薬を盛られて要介護

状態の俺達を愛でる…とかでもこいつの友達欲求は満たされるのかもしれない。何しろ気に入った母子をホルマリン漬けにして愛でていた変質者なのだから。

ただ薬袋は今日、俺に相談があると云っていた。今日に限って云えば、俺が不具者にされる理由はない。

「で、今日の相談って俺で大丈夫なの」

昨日人が死んだ病室で男とお茶会する感覚が全然分からないし、もう早く帰りたいのでとっとと用件に入る。正直、聞きたくもないんだが。

「うん。むしろ今日は君の方が有り難いな」

紅茶に二つ目の角砂糖を落としてかき混ぜながら、薬袋が微笑を浮かべた。

「植木屋さんの跡継ぎでしょ、君」

「継がないよ」

「でも詳しいでしょ」

「……まぁ、多少は」

カップの中でくるくる回していたスプーンをふっと止め、薬袋はベッドの方向…窓の外を眺めた。

「なんか最近さ、病院の裏手に変な木が生えて来てるんだよねぇ」

―――普通に植木の相談された!?

「見たことない木だし、なんか成長が妙に早いし、一部の入院患者がちょっと不安がり始めててね。…あまり人が来ないエリアなんで、まだ変な評判は立ってないんだけど」

僕は割と好きなタイプの木なんで、出来ればそのままにしておきたくて…と呟き、薬袋はカップに口をつけた。

「ふぅん…」

変態センセイに普通の相談をされていることに、動揺を隠せない。俺は再度、カップを口元に運んで時間を稼いだ。

「………その木を見てみないことには、何とも云えないんだけど」

「そっか。じゃ、あとで見てもらおうかな!スコーン、取ろうか」

「いや、今行こう」

カップを置いて席を立つと、変態センセイが少し慌ててついてきた。





昼下がりの広い庭に、入院患者と思しき寝間着やジャージの人々がまばらに散っている。俺達の姿を認めると、彼らは会釈をしてきた。薬袋は微笑と優雅な会釈で返す。…堂に入った人格者っぷりだ。

「本当、広いんだな」

「んー、そうだね。この辺は土地が安かったから創始者が広めにキープしたんだよね…ただ、変な作りの庭園なんだ。どうも隅っこに行くほど入り組んでいるというか…」

「へぇ…隅っこは雑にしとくものなんだけどな」

よく整備された庭の一角に、不自然な暗がりが見えて来た。心なしか、この一角に近づくにつれ人が減っている気がする。

「…庭の手入れも、うちの店がやってるんだよな」

「うん」

「…じゃ、親父にでも相談すればよかったのでは」

ここまで連れてこられてから気づく俺も俺だが。

「うーん…そう簡単な問題でもないんだよ」

辺りを見回してみると、あの一角に通じている道の所々にカラーコーンが立っている。『立ち入り禁止』などの表記はないのだが、何となく近寄りにくい雰囲気をカラーコーンが醸し出しているというか…。

「…で、ああして人が何となく近寄らない工夫をしている、と」



―――何かキナ臭い匂いがしてきやがった。



「ほらこっちだよ!植え込みの裏側に回り込んで!」

カラーコーンで仕切られた歩道から完全に死角になっている辺りに『それ』は生えていた。

最初、俺はそれを橘の亜種かと思った。ぎょっとする程紅い葉はさておき、遠目には葉の質感と実の付き方が似ていたから。だから俺はとても不用心に近づき……小さい悲鳴を漏らしてしまった。

「ねっ、珍しいでしょ。このキンカンっぽい実がさ、わりとシャレにならないレベルで」



人の顔、なんだよねぇ…と呟いて、薬袋が微笑んだ。



紅い葉に隠れるように鈴なりに実った異形の実が、一斉に笑った。…肩の力が、急速に抜けていくのを感じた。所詮、この男が俺に普通の相談をする筈がないのだ。蛇の巣に単独で踏み込んだ俺が馬鹿だった。茫然と立ち尽くす俺の傍らに、薬袋が回り込んだ。

「この木、なんの木なのかなぁ…君、見た事あるかい?」



「―――人面樹」



俺はこの木に見覚えがあった。

玉群の庭師である親父の言いつけで、俺も玉群家の庭を手入れすることがある。とはいえ、俺が任される手入れなど雑草抜きくらいなのだが。

『奉』の契約で永らえているあの家はやはり何処か歪んでいるのだろう。よく手入れされた庭木の合間に、この世のものならざる植物が混じる。俺の仕事はそれらに触れないこと。あると知りながら無視し続けることなのだ。

だから俺はその触れてはいけない植物の名前と姿だけを教えられる。

だから、俺は―――。

「大勢の人が死んだ場所の養分で育つ、低木だ。…花の段階から、この顔はあっただろう。そのうちの幾つかは落ちたはずだ」

「ほー……」

「笑い過ぎてな。…この実は食うことも出来るが、妙に舌に残る気味の悪い甘みと生臭さがあって旨いとは云えないねぇ…」

「詳しいねぇ。驚いたよ!」

薬袋は目を輝かせて俺を覗き込んで来た。

「驚いてんのは俺のほうだよ…」



―――俺は何故、人面樹の事を知っている!?



俺はあの奇妙な植物群について、名前しか知らされていない。俺自身も知ろうとしなかった。知れば庭師を継がされる…というか玉群から逃げられなくなると本能的に感じていたからだ。だが俺の口から、人面樹の知識がとめどなく溢れてくる。

「食べられるのかぁー、じゃ、このままにしておいても大丈夫だね!」

「…そうじゃねぇよ。聞いてたろ、この下には恨みを持った死体が埋まっているんだよ…」

間違いない。俺は確信していた。

人面樹の事を知っているのは俺じゃない。

人面樹についての知識を持ち、薬袋に語っているのは。

「これ、花や実をつけ始めたのは最近?」

「えぇ、うん…それまでは全然、こんな木があったことに気が付かなかったからね…?」

薬袋が俺を、何か不審な生き物を視るような目で観察し始めた。俺は…頭の中に浮かび上がってくる一つの『憶測』を、ぐっと呑み込んで、薬袋からすっと視線を反らした。見上げた先には、口角を上げた人の顔のような実が、房のように実っている。柑橘系の、黄色を帯びた、風もないのに微かに揺らめき続ける、厭な果実が俺達を凝視して嗤っていた。



…俺は危うく、この男と無防備に慣れあうところだった…。



「人面樹が人を襲うという話は聞いたことはないが、何しろ稀な樹だからねぇ。襲う奴もいるかもしれない。それに放っておくと、声とか出しはじめるかもしれん。…西洋にもあるだろ、人間に似た感じで、叫ぶ奴が」

「ははは、マンドラゴラとかのことかい?」

「人の造形を真似てるってことは、そのうち機能も真似し始めるかもしれんだろうが」

「そうかー、声はまずいねぇ。どうしようかな…声を出し始めたら考えようかなぁ…」

「俺なら切り倒して燃やすよ」

これ以上の情報はこの男には必要ない。というか薬袋は俺が思っていた以上に危険な人間だ。俺がある『憶測』に至った事を知れば、薬袋は再び俺を殺そうとするかもしれない。俺は興味がない様子を装ってマフラーに口元を埋めた。

「好きにしたら。俺、もう帰るわ」

「あ、待ってよ」

薬袋に肘の内側を掴まれ、引き戻された。それは強い力ではないが、妙に粘りつくような引力を持つ引き方で…持たれている肘が粟立つのを感じた。

あのさあ、と呟きながら、ぬるりと俺の前に回り込み、俺を見上げるように覗き込んできた。口角は教会のタペストリーに描かれる聖人のような微笑みを浮かべていたが、その目は笑っていない。そしてこう云った。



―――なんで、花とか実をつけ始めた時期を聞いたの?



背中を脇を、冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。ああ…なんて迂闊なんだ俺は。どうして俺はこの男の誘いにたった一人で応じてしまったのだ。危険な男だと分かっていたのに、何故か『大丈夫』な気がしてしまっていた。

木の根元に、とんでもない地雷が隠されている。その上で俺は、自分が地雷を踏んでいることに気が付いてしまったのだ。

「ねぇ、どうして聞いたの?」

その言葉を聞き終わるや否や、俺達の周りの地面が土塁のように盛り上がり始めた。

「あ、あれ?」

けたたましい嗤い声が頭上から降り注いだ。無数の実が震えながら、口を歪めて大哄笑していた。俺達を睨みながら。全身が粟立つのを感じた。肘に掛けられた薬袋の手が、滑り落ちた。俺達を囲む土塁は震えながら膨らみ、俺達を囲い込んだ。

「かっ…」

鎌鼬を呼ぶのは間に合わない、土塁を突き破るようにして紅い根のようなものが無数に俺達目がけて襲い掛かる…俺は咄嗟に目を閉じた。



「鎌鼬」



よく通る、聞き慣れた声が鎌鼬を呼んだ…気がした。俺達を貫くはずだった樹の根はバラリと解け、ぼとりぼとりと地に落ちた。頭上で激しく嗤っていた無数の実は、ついと口を引き結び、その表情を消し…全てばらばらと地に落ちた。

「―――関わるんじゃなかった」

ようやくそんな一言を絞り出して、立ち尽くす薬袋を樹下に置き去りにして俺は走った。もうこの病院には近寄らない。そう心の中で呪詛のように繰り返しながら駅まで走った。その後のことはよく覚えていない。




『その通りだ。その樹の下には新しい死体が埋められている』

逃げるように自宅に駆け込み、布団に入って死んだように眠りこけたあとで奉にLINEメッセージを送った。念のため今まで連絡するのも避けていたのだが、今日はどうしても連絡せざるを得なかった。…もう、夜の八時を過ぎていた。

俺の代わりに鎌鼬を呼んだその声は、奉のものと断言出来たからだ。

『あの病院があった一帯、地価が安かったんだよ。昔な』

どうして とメッセージを送って返信を待つ。…脇に挟んだ体温計がピピピと鳴って検温終了を知らせる。液晶に38・5℃と表示されていた。…まあまあの高熱だ。これ霊障かなぁ…などとぼんやり考える。

『この一帯を度々襲った飢饉が関係している』

―――食った人間を埋めたからか

『それな』

返信はすぐに来た。

『飢饉で死んだ、もしくは殺された無数の犠牲者が埋められていることをその一帯の年寄は知っていた。だから安かった』

―――今はそうでもないな

『風化したんだろうよ、風評が』

高熱が出ていることを自覚すると、しんどさが増す気がする。自分で始めたメッセージのやりとりなのに面倒になってきた。だが俺は確かめなければいけないことがある。

―――新しい死体を埋めたのは変態センセイか

『他に誰がいる。そもそもあの土地には人面樹が生じる要素が揃っていた。そこにあの変態が≪追肥≫したんだろ』

―――厭な云い方するなお前

『根は切り落としたんだ、しばらくは大人しいだろう。変態センセイがあの樹をどうするかは分からんが。ただもうあの病院に単身で乗り込むようなヘマをするな。次は死ぬぞ』

―――それだよ。お前、俺の鎌鼬を使ったな

礼は云わなかった。それが当然な気がしたのだ。

『お前だって俺の知識を使ったろ』

―――やっぱりか!



俺が薬袋に語った人面樹に関する知識は、やはり奉の持ち物だったのだ。俺は何故、奉の知識を借りるような芸当が出来たのだろう。熱のせいだけでなく、体の奥底がスッと冷える気がした。

―――どうして、そんな事が出来るんだ

『分からん。だがずっと昔から俺と≪結貴ポジション≫の人間は、ちょいちょいそういう事があった。前回、大戦で戦地に赴いたあいつの死に様も、俺は知っていた』

―――俺は、お前の何なんだ

……しばらく、返信が途絶えた。その間に俺は寝落ちてしまったらしく、奉の返信を読むのは翌朝になる。



夢を、見ていた。



異国の森林の奥地で俺は仲間の死体に囲まれていた。

それは上空から落とされた、たった一つの爆弾によって引き起こされた惨禍だった。それが故意に俺達を狙ったのか、目星をつけて何となく落とした爆弾が運命的に俺達の班を巻き込んだのかは知らない。それにどうでもいい。俺はもうすぐ死ぬ。

『そうか、もう死ぬのか』

時折、語り掛けてきた奉の声が、今日はいやに明瞭に聞こえた。

「あぁ…骨は拾いに来てくれよ」

『いやだよ面倒くさい』

「まじかお前…」

『お前が死んでも、またお前みたいなのがどっからか湧いてくるしねぇ、毎回毎回』

「…死んでいく友をそんな虫か何かみたいに…」

なんだこの状況。なんでこんなに悲壮感がないんだ。俺、これから異国で死ぬのに。

「…なぁ、なんで俺とお前は『こう』なんだろうな」

性格も好みも生き方もまるで違うのに、まるで同じ何かの裏表のように俺達は。

『……さぁねぇ』

「まるで、アレみたいだな。何だっけあれ…あの、顔が二つあって腕が4本だかの…妖怪だか神だかの」

『あぁ、アレか』

くっくっく…と笑う声が聞こえた。何なんだお前、友達が死のうってのにその笑いは。お前は全く、昔から……



目が覚めた時、胸をぐっと締め付けるような郷愁に満たされていた。



何だよー朝から変な夢だわーテンション下がるわー、あー熱下がってないわー…などと呟きながら、傍らに投げ出されたスマホを手に取る。奉からの返信が入っていた。



『両面宿儺の、片割れかもな』



「俺が、奉の」

妙にストンと、腑に落ちた。

異国の神がその地にトラブルなく定着する為に、潜伏させた『受け皿』的な人格。それは平凡であればあるほど……。

―――そうか、俺が酷く平凡なのは。

俺は奉本人ですら気付いていない、もしくは覚えていない神の片割れなのだろうか。


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