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霊群の杜  作者: 柘植 芳年
36/57

産土神

昏い地下のロビーで、俺はゆっくりと紫煙をくゆらせていた。チャコールのハンチングを目深に被り、バーカウンターにもたれる『彼女』に、ちらりと目をやる。

「ボスはまだ出てこないのかい」

「ふふ、忙しいのよ…あのひと」

そう呟いてマルガリータを転がしながら微笑む。相変わらず、いい女だ。

「知ったような口を利くのね、オイロケ」

バーカウンターの差し向かいから、少しきつめの声が飛ぶ。イエネコがオイロケに突っかかっている。猫のような瞳を精一杯開いての威嚇だ。ふふ、どれだけボスを独り占めしたいんだか。

「ははは…おいおい、イエネコだからってキャットファイトはいただけないぜ」

いつの間にか俺の傍らに立っていたゴリマッチョが、茶化すように笑う。…仕方のない奴だ。

「あ、あの…皆さん、喧嘩は、あの…」

俺の可愛いスイートハートがおずおずと声を出す。俺はその頭を抱き寄せて、再び紫煙を吐いた。少しけむそうにするが、俺が灰皿に煙草を潰し入れると、そっと額をあずけてきた。…最高の、いい女だ。

「ふぅん…お似合いじゃないお二人さん!」

「おにいちゃんは、あたしとけっこんするんです!!」

ジェイケイがやっかみの混じった声で俺達をからかいにきた。ロリは…相変わらず俺のことが大好きだ。ふっ…罪な男よ俺も。スイートハートは泣きそうになって俺を見上げる。眼鏡越しの大きな瞳が最高に、そそる。

「ははは!まあまあ可愛いお二人さん。…ボスが来るまで俺とポーカーでもやらないか?」

「相変わらずね、タラシ。お金賭けないならいいよ」

「ふふ、カワイ子ちゃんからお金なんてとらないよ!」

タラシも相変わらずの女好きだ。

「ねえ結貴くん。また面白い動画を見つけたんだよ」

いつの間に俺の背後に現れた変態センセイが、またグロい動画を見せに来る。

「よせ。お前のオススメ動画は酒を不味くする」

「へへ、ちがいねぇな。そのスマホを引っ込めな、変態センセイ」

「ひどいよ」




「何をぼさっとくつろいでいる。仕事だ」




バーのドアベルが、カラン…と澄んだ音をたててボスの来訪を告げた。

黒い羽織をはためかせ、ボスは涼しい顔で俺達を見渡す。


「オイロケ、タラシ、根暗メガネ、調査は大体済んだのだろうな」

「オッケーよ!」「うんばっちり!」「はい…なんとか」

「ではお前らの出番だ、鎌鼬、ジェイケイ、ゴリマッチョ、ロリ、イエネコ!」

「おう」「オッケー」「まかせろ」「はーい!」「かしこまりました」

「あれー、ぼくは?」

「変態センセイは事務所待機」

「ひどいよ」

「さあ、出動だ。玉群青年探偵団!!」




「ネーミング酷ぇな!!」




叫びながら飛び起きた。

まず周囲を見渡す。正方形の石壁に囲まれた、いつもの奉の部屋だ。俺は炬燵の中で寝おちたらしい。…それにしても厭な夢を見たものだ。自分の姪っこつかまえてロリとか。姉貴に知れたら死ぬまでしばかれるわ。しかも奉がらみの知り合い掻き集めて『玉群青年探偵団』ってなんだ。舞台設定も場末のバーが秘密基地って。二世代ほど古いんだよ。自分が嫌になる。

「なにやら…うなされていたようだねぇ」

奉がさりげなく、俺に夢の内容を話すように促す。以前、夢の中に隠れ里を作られ、奉を殺しかけて以来、奉は俺の夢に目を光らせているのだ。

「いや、くだらない夢なんだが…」

こんな馬鹿馬鹿しい夢をわざわざ説明する必要があるんだか分からないが、安心させるために一応話しておく。奉は少しだけ目を見開き、ほう、と小さく息をついた。

「最近のお前の冴えっぷりには、目を見張るねぇ」

「は!?まさかお前やる気じゃないだろうな、玉群青年探偵団…」

「ほう、悪くない名だねぇ、一周回って」

「一周回ってというのはいい意味では使われないからな!!」

俺の存在はまったく無視して、奉は紙に何か図のようなものをさらさらと書き始めた。

「最近、随分と周りに人材が揃ってきたろ。お前や鴫崎のような武闘派から、眼鏡女や今泉のような情報収集に長けた奴から。こいつらが周りにいれば俺は一生楽ができるなぁ、と考えてはいたんだよねぇ」

「お前の楽ちん人生に俺の人生捧げてたまるか!」

「そうなると事務所が欲しいところだねぇ…構想はこんなかんじだ。どうだ?」




「……おい、殺人現場の見取り図みたいになっているんだが」

「ん?いつもその辺に結貴とかきじとらとか居るだろ」

「いつも居るわけじゃねぇよ!俺達を家具と同じ扱いにすんな!!」

「実はこの間の模様替えは、事務所設立の布石でもあったんだよねぇ…明日あたり、新しくバーカウンター的なものとそれっぽい飲み物が大量に届く」

「それ全部一気に頼んだの!?全部鴫崎が運ぶのに!?鬼かよお前!!」

「いやいや…まだレイアウトがしっかり決まってないからねぇ…ちゃんと決まっているのはバーカウンターくらいのものだ。ところで結貴、さっきの案とは別にもう一つ案があるんだが」




「………なにトランポリンとか増やしてんだよ幼児か!!」

思わず見取り図を床に叩きつけた。

「俺が毎日本ばかり読んでいるとでも思っていたのか」

「時にはトランポリンで弾んでんのかよ、20年近くの付き合いで初めて知ったわ衝撃的だな!!」

云いながら、小学校時代に遠足で皆で訪れたアスレチックで、アホくらいあった遊具の数々を完全無視して唯一トランポリンの端っこで無表情に跳ねていた奉の姿を思い出した。当時の俺は一瞬『怖ぇ…』と思ったきり、奴の奇行はスルーして他の連中とアドベンチャーコースだか水上コースだか、難易度の高いコースに挑んだのでよく覚えていなかったのだが。

「まさか、買っちゃう程好きだったとは…」

「いや、あの時トランポリンから離れなかったのは、本読んでいると体育教師にうるさいこと云われるから跳ねながら過去に読んだ本の内容を思い出していただけなんだがねぇ…トランポリン、何も考えないでも勝手に跳ねるからねぇ」

「じゃあなんで買うんだよ。要らないだろこれ」



―――幼児を一人、軽々持ち上げられるだけの体力が必要になったのでねぇ。



そう呟いて奉は、唇を噛みしめた。

「お前……」

俺もそれ以上の言葉を継げなかった。こいつ…小梅に『飛行機』をしてやれないことで鴫崎に後れをとっている事を、そこまで…今まで俺が何を云っても自分から運動しようとはしなかったお前が。トランポリンとはいえ自分から運動を。

「……ちょっと、キモいな」

「やかましいよ」

「……トランポリンでは腕力はつかないがな…まぁ、何もしないよりはましだが」

やおら奉が見取り図にダンベルらしきものを書き込み始めた。

「えー…ダンベル続かねぇよ絶対。かなり能動的な運動だよダンベルは。しかもトランポリンの横にダンベルって大事故の予感しかしねぇよ」

「うるさいねぇ」

そう云いつつも奉は、隣のダンベルを消しゴムで消して、鉄棒のようなものを書き入れた。

「なにこれ、懸垂でもやるのか。2回も出来ないのに?」

「知らんのか。ぶら下がり健康器だ」

「お前…これはやめておけ。それ俺の爺さんの部屋で『ハンガーを掛ける何か』みたいなポジションになってるやつだぞ」

「…ブルワーカーにしておくか」

「前言撤回だ。ぶら下がり健康器にしておけ。ハンガー掛けられるだけマシだ。あれ無駄にデカいし意外と固いし、他に使い道ないんだぞ」

「まじか。『まっ たく カンタンだ!』というのはガセなのか…よく知ってるねぇ、あんな古の器具」

「爺さんの押入れを無駄に圧迫しているよ。そして誰も使わねぇよ」

「お前の爺さんも大概だねぇ…親父さんは割としっかり者なのに」

「爺さんがああいう人だからじゃねぇの。というか…お前って前世、昭和の終わりくらいまで生きてた?」

「わざわざ探して買うのも億劫だねぇ…結貴が持ってんなら貰っておこう」

俺の質問には答えず、奉は俺ん家のブルワーカーを勝手に間取り図に書き込み始めた。

「俺のじゃない、爺さんのだ!爺さんまだ生きてんだからな!?」

「あぁ?あの爺さんが出奔して何年かねぇ?もう失踪宣告でも出して相続しちまえよ、ブルワーカーを」

「あんなもの手に入れるために爺さんを亡き者扱いするのか?厭だよ何となく。微塵も欲しくねぇよ」



「奉様、お客様がいらしています」



俺達の不毛な見取り図談義は、きじとらさんの声で打ち切られた。奉は超面倒くさそうに首を巡らせた。

「誰よ」

「縁さんと、小梅さんが…」

「よっ、お兄ちゃん、結貴くん!」

「あそびに、きたんです!」

奉の掌から、見取り図がはらりと落ちた。





「こないだね、ほいくえんでーおもちつきがあったのね。だからきょうはー、おやすみなの」

要約すると、振替休日だったから今日は保育園は休みだそうだ。…つまり、小梅の説明では何だかさっぱり分からん。

「縁ちゃんは何で小梅と一緒にいるの?今日、学校でしょ」

「うーん…今日、朝練でさ。少し早めに家を出て自転車で中央通りを走ってたらね」

中央通りというのは、この近所では一番賑やかな駅前に続く一本道だ。ちょっとしたコンビニや飲食店が軒を連ねる。

「そしたらさ、まだ人通りの少ない朝の通りをさ、何かぽてぽて歩いてくる子がいたのね。お母さんも連れないで」

「…小梅だった、と」

「ビックリしたよー。小梅ちゃん家の電話知らないから結貴くんのとこに電話してみたらもう、大騒ぎになっててさ。私と一緒に居るって伝えて、お兄ちゃんのとこで預かってもらおうってなったの。結貴くんも昨日から泊まってるみたいだから丁度いいやって。でさ、結貴くん」

「…家に帰るタイミングで、小梅を連れて帰れ、と。朝飯も軽く食わせろ、と」

「わー、すごい。エスパーみたい」

「姉貴の云いそうな事を先回りしただけだ」

軽くムカついてはいるが、この間の『輪入道騒動』もそうだがここ最近、姉貴の心労が半端ない。前回も今回も、生きた心地がしなかったことだろう。面倒だな、とか理不尽だな、とか思わないでもないが、これはもう仕方ない。

「小梅、どうして一人でこんな遠くまで来ちゃったの。ママ心配してるよ」

悪戯した姪を叱るのも叔父の仕事だ。俺は少しだけ目をいからせて小梅を覗き込んだ。小梅は悪びれるでもなく、きじとらさんに勧められた銅鑼焼きをほおばりながら首を傾げる。

「んとねー、奉くんによばれたきがしたの」

「奉!!」

「何故その展開で俺が責められる?」

「――お前が妖しい法力を使って幼女をおびき寄せたんだろう?」

「するかそんなこと、朝っぱらから」

「小梅ね、奉くんちでね、みんなでたんていごっこするゆめ、みたのよー」

「えっ」

俺が驚く前に、縁ちゃんが反応した。

「私も今朝、すごい不快な夢で目が覚めたー」

―――不快な夢。

「あ、あのさ縁ちゃん、それって」

「あーー!!もうこんな時間!一限も間に合わないよ!!」

俺の言葉は縁ちゃんの悲鳴に遮られた。彼女は竜巻のようにターンすると狭い洞を器用にすり抜け、重い岩戸をすらりと開け放って飛び出していった。…銅鑼焼きをもふもふ頬張る幼女を残して。

「結貴くん、小梅ね、マックのモーニングがいい。いまハッピーセットがプリキュアだから」

「………そっすか………」

電光石火の早業で幼女の世話を押し付けられて茫然と立ち尽くす俺。突然の幼女の襲撃に明らかに動揺する祟り神。そして…

「あー、これなに??」

奉が落とした見取り図を、目敏く見つける幼女。

「そっ…それは」

「あ、わかった!たんていさんのひみつきちだ!…すごーい、トランポリンと、てつぼうがある!」

「あぁ、それはちょっとした冗談というか…」

冗談だったんかい。

「ねーねー、トランポリンのよこに、すべりだいもあると、もっといいよ!」

「……滑り台」

「ブランコもあると、ちょうサイコーだよね!!」

「おい小梅、そのへんで」

「あとね!あとね!おへやのまんなかにチョコレートファウンテンがあってね!!」

「いやちょっと待ってくれそれはさすがに」

「バナナの木とー、イチゴの木とー」

「ちょっ…イチゴは木じゃないぞ小梅!それでも庭師の身内か!」

―――なんということでしょう。

玉群事務所の見取り図に、幼女の無軌道な夢がジャンジャン書き込まれていくではないですか。しかもご本人、事務所をおもちゃランドにする気満々のご様子。祟り神、なす術もなく棒立ちです。

「うーん、この本だながジャマだなー…よし、これをけしてー、ジャングルジムをねー」

「え、そ、いやそれは!小梅、それはちょっとあの、だめだ…」

奉がようやく我に返り、制止に入る。当然だが小梅は聞いてない。

「ジャマな本だなをどかしたらー、おりがみランドと色えんぴつランドもつくれるね!色えんぴつは100しょく!!」

「―――邪魔な本棚」

「お外は寒かったでしょう、小梅さん。ホットミルクをおいれしました」

きじとらさんが、少し奥まった別室から小梅を呼んだ。

「ハチミツ、はいってるー?あとねー、アチアチはいやよ。ホカホカくらい。イチゴあじだと、たすかるー」

色々注文を付けながらも、ホットミルクに釣られて小梅はぽてぽてと別室に駆け込んでいった。




「―――どうしたものかねぇ」

顎に手をあてて神妙な顔で見取り図を睨み、奉は俯いていた。雑に消された本棚近辺にもやもや、と円を描く。本棚と折り紙ランドとの共存方法を模索しているようだ。…アホか。

「小梅の云うこと一々聞く必要ないからな。ここ出る頃にはそんな紙切れの存在自体、忘れているから」

「―――ここを出る」

「厭なのかよ!」

「……今日の朝食は、マックの気分だねぇ……」

「お前ほんとうにキモいな」

「それはともかく、どうしたものかねぇ……」

「だから聞く必要はないと」「その件じゃない」

尚も顎から手を外さず、奉は俯いたまま何かを睨むように目を尖らせた。

「小梅も、縁も、お前と似たりよったりの夢を見ているようだねぇ」

「―――また、あいつらが?」

「いや。…もっと厄介なのに、目をつけられたかもしれない」

他の連中も、同じような夢を見ていたとしたらもう、確実だねぇ…そう呟き、奉はまた俯いた。眼鏡の奥の表情が見えない。

「厄介?殺される以上に厄介な奴がいるのか?」

「俺が殺されることは大した問題じゃないんだよ」

「まぁ…そうだが」

『奉』は玉群の血族の体を借りて何度も蘇る。大した問題じゃないというか、殺しても無駄という奴だ。

「どうもね、ここいらの『産土神』に目をつけられたっぽいんだよねぇ…」

そう前置きして、奉は奇妙な話を始めた。



産土神とは、日本中あらゆる土地におわす『土地の守り神』の事を云う。それはその土地に育まれる全てを守り、育て、栄えさせる役割があり、土地を始め万物を生み出す神と云われる。

1000年以上前に、この地に流れ着いた『奉』は、いずれこの地を立ち去る事を前提に、仮に玉群に居を構える『客人神』と見做されている。産土神という概念があるのならもう少し縄張り意識などもありそうなものなのだが、こういう住み分けが『八百万の神』の国を成立させているのだろう。


「なるほど、そういうノラ神格みたいな扱い…と。もうそれ妖怪とか云わね?」

「誰が妖怪か失敬な。…だがこのふわっふわな立ち位置のお陰で、俺は余計な仕事を担わずに平和にやってきたんだが」


奉がごく限られた数人を集めて自分の『組織』を作りたい、と密かに願ったこと自体が、『産土神』への転身を願ったと見做されたらしい。随分と無理矢理な話だとは思うが、それが何を意味するかというと…。


「俺が願ったメンバーがそっくりそのまま、本来の産土神の保護から外れた、ということになるねぇ」

「―――はぁ!?」

ふっ…と目の前が暗くなった。

百日参りや七五三、初詣などで散々息災を願ってお参りしてきた近所の神社が、俺達を保護してくれなくなり、代わりに…

「この怠け者が、俺達の産土神に!?」

「失敬な。誰が怠け者だ」

「だって1000年以上も住み着いてんのに客人名乗ってんのは余計な仕事押し付けられたくないからだろ!?」

「さて、本来の産土神から外されたことにより」

俺の言葉には答えず、奉は話を続けた。


俺達は奉の保護下に入ると共に、産土神から見放された。更に悪いことには、日本の神は八百万などと云われて一見懐が深いように見えるが、それは先ほど述べたように『客人神』『半妖怪』等の住み分けをしているだけで、実は酷く縄張り意識が強いのだという。今まで土地の神が奉に寛容だったのは、奉が客人だったからなのだ。


「俺の担当する地は恐らく、玉群の敷地を含めたこの一帯だけ。とはいえ、玉群はこの地を取り返しのつかない方法で『汚辱』しているから、元々土地の神には見放されてんだよねぇ。俺が産土神にされたのも『丁度いいから厄介払いの口実にしちまおう』ってのもあるんだろうな。有体に云ってしまえば俺の今の状況は…ちょっとした言葉尻を取られ、曰く付きの土地と僅かな手勢を押し付けられてハブられた…という感じかねぇ」

「玉群はそれでいいが俺とか鴫崎とか、とんだとばっちりなんだが!?」

「そうだねぇ…今回の事に関しては、悪かったと思う。…夢での『自分』はどうだった?いささか、取って付けたような帰属意識に満ち溢れてなかったか」

「あぁ…そういえば、気持ち悪いくらいに仲間仲間した内容だったなぁ」

「やはりねぇ…奴はかなり強引に、お前らの無意識領域に『玉群神社』への帰属意識を組み込んでいるねぇ。恐らく夢に出て来た連中は、我知らずここに足を運ぶようになるだろう。自分でも不思議なくらいにねぇ。小梅が無断でここに来てしまったのも恐らく、そういうことよ」

「え…?そ、そういうのって普通、奉にだってもう少しちゃんと通告がないのか?大事なことじゃないのか?」

「通告ならあったよ、一方的にねぇ」




―――俺も、その夢を見てんだよ。




夢を渡った事がある俺とお前だけなら、偶然…ということもあるだろうが。

そう呟いて奉は久しぶりに、途方に暮れたようなため息をついた。神である奉が俺達を振り回すように、同格、もしくは格上の神格が『奉』を振り回すということもあるのか。普段なら『ざま見ろ、俺達の苦悩を思い知れ』と揶揄ってやるところなのだが…俺達もがっつり巻き添えを食らって振り回されている。笑えない。

「…俺達、どうなるの」

「多少…やばいかもしれん。気を付けろ。あの縄張り意識の塊のような産土神が自分の土地を手放し、手勢までくれてやるってのは何か裏があるねぇ…」

「気を付けたらどうにかなるのか?」

「……ならない、かねぇ」

そこに、口の周りを白ひげにした小梅が戻って来た。奉は少し屈んで、小梅の口の周りを拭いてやる。高い位置で結んだお団子が、機嫌よさげにポヨポヨ動いている。…俺の腰より下で。

「俺達はこんな祟り神に関わって自業自得だが、小梅まで…こんな小さい子供まで巻き込まなくてもなぁ…その神様ってのは、慈悲も分別もないのか」

屈んでいる奉の表情は俺からは見えない。ただその表情を写し取ったかのように、小梅が笑っていた。

「どの地にも産土神はいるが、毎日のように事故は起こるだろ?人は人を殺すし、理不尽な病気や虐待で幼い子が死ぬ。…つまりそういうものなんだよねぇ。そもそも神格に人と同じ慈悲やら分別を求めるなよ。あるのは精々、好き嫌いだ」

「神様に慈悲を求められないんじゃ、何に求めりゃいいんだよ…」

思わず天を仰いでしまった。…俺、変な死に方するんだろうか。

「―――仕事、するかねぇ」

奉が、ぽつりと呟いた。奉くんも、ハッピーセットにするでしょ?ね?と小梅が目をキラキラさせる。…大人に食わせてオマケの二重取りを狙ってるな。変な知恵ばかりつけやがって。

「―――本当だよ。頼むよ」

奉は、小梅を絶対に死なせない。

小梅の存在だけが、俺達の命綱になるのかもしれないな…と、ふと考えた。


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