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霊群の杜  作者: 柘植 芳年
33/57

人面犬

―――今くらいの季節を晩冬などというようだ。


いつかこの街を覆い尽した猛吹雪など跡形もなくなる程、暖かい日が続いている。庭の片隅に佇む紅梅が、ぽつぽつと花をつけ始めている。例年より早い。このまま春になりそうだな、と考えながら、窓の外を眺めて珈琲を啜る。

斜め向かいのソファーには、灰色のハーフパンツに芥子色のパーカーを羽織った縁ちゃんが座って、同じく珈琲を呑んでいた。縁ちゃんが俺の家に来るのは久しぶりだ。…静流には悪いが、やはり、少しときめく。

「…私、こんな用事に駆り出されるの、河童騒動以来なんだけど」

「―――河童騒動か」



ずっと昔、俺達が巻き込まれた妖怪騒動があった。



小学生くらいの頃だったろうか。クラスの友人の何人かが、近所の用水路で河童を見たと騒いだことがあった。普段から嘘を云う奴らではなかったし、不思議な信ぴょう性があったので、うちの学区の男子は皆、河童狩りに夢中になったものだ。俺と鴫崎と、嫌々ながらの奉、そして妹の縁ちゃんが、俺の河童捜索チームのメンバーだった。随分年下の縁ちゃんを選抜メンバーに加えた理由が『泳ぎがうまいから』。河童相手に何させる気だったのやら。

「まぁそう云うな。こればかりは、きじとらに手伝わせるわけにはいかないからねぇ」

陰鬱な表情も露わに、奉がソファーにもたれかかった。

「んん、じつはうちの高校でも、噂は流れてんだよねぇ。探してる男子もいるみたいだけど」

男子、子供だよねぇ。と、くすくす笑いながら云う。…その子供のような行為を俺たちもたった今、強いられているんだが。

「……あぁ、もう動きたくない……」

「何て言い草だ。言い出しっぺの分際で」



事の発端は、いつも通り、またしても…小梅の一言だった。



「ひろむがね、じんめんけんなんて、いないっていうんだよ!!」

姉貴が来襲し、実家に娘を置いて友達と遊びに出てしまった日曜日の昼下がり。いつも通り、何処からともなく小梅の気配を嗅ぎつけて現れた奉の膝にちょこんと座ってジャイアントカプリコを齧りながら、小梅が云った。

「―――じんめんけん」

あぁ、人面犬か。思い出すのに時間が掛かってしまった。俺達が子供の頃に少しだけ流行ったが、人面犬のブームは近年2回目で、どちらかというと『懐かしの人面犬は今!』みたいな流行り方をして、一瞬で消えていった。

「んとね、えりりんがぁ、じんめんけんみたの。スーパーで」

「スーパーで!?」

俺と奉、どちらともなく裏返った声を出した。

「おいおい、ちょっと信ぴょう性が疑わしいロケーションだぞ」

こっそり奉に耳打ちする。奉はまったく反応せず、ただ小梅の話に静かに耳を傾けるのみだ。

「でもね、ひろむがね、じんめんけんなんていないっていうの。だってだれも、つかまえたことないじゃん、て」

「ふぅん。小梅はいると思うのかな」

「いるよ、ぜったいいる!!」

「そうか。…どうして、いると思うのかな」

そう呟く奉の表情は、珍しく険しかった。小梅が膝に乗っているというのに。

「よくぞきいた、まつるくん。…んとね、さいきん、ちょっとへんなの」

「……変」

カプリコを齧るのを少し休んで、小梅は顔を上げた。



―――でてきちゃいけないものが、でてきているんだよ。



そう云い切る小梅の顔立ちは何故か、妙に大人びていた。

「いやな、きもちになるの。とてもいやなかんじ」

「そうか…小梅ちゃんには、分かるのか」

そう呟いて奉は、膝の上の小梅を見つめていた。小梅は軽く座り直すと、再びカプリコを齧りながら叫んだ。

「たぶん、わるいやつなの!だからね、みんなで、じんめんけん、つかまえるの!!」




「―――正直、今回のは気が向かないんだよねぇ」

奉はコーヒーカップをソーサーに戻した。

「だったら何で安請け合いしたんだ」

「せざるを得なかったんだよ」

声に苛立ちが混じっている。…どうしたのだ奉、小梅絡みのオファーに関しては途方もない忍耐力と集中力を見せるお前が。

「既に小梅は人面犬の捜索隊を組織してその正体に迫ろうとしている」

「お友達いっぱい誘って、人面犬さがし遊びしてるってことでしょ。大袈裟なんだよお兄ちゃんは」

「……なぁ、縁。お前も話くらいは聞いた事あるよな」

30年以上前の、人面犬ブームのことは。そう云って奉は縁ちゃんの目を覗き込んだ。…鋏を持っていない妹に対しては、奉はとても強気だ。

「むー…そういうのがあったってことくらいは知ってるけどぉ…」

「数多くの目撃証言が上がった。不自然な程にな」

「ふぅん…都市伝説あるあるだねぇ」

「何故か、分かるか?」

「へ?…んー、嘘ついて、人気者になりたいから?」

くっくっく…と忍び笑いを漏らしながらも、正解は云わない。底意地の悪い兄だ。奉はようやく重い腰を上げると、心底厭そうに伸びをした。

「おら、ちゃちゃっと終わらせるぞ」





家を出る頃には、既に陽が傾きかけていた。行き交う人々の顔が斜陽に翳る、所謂『逢魔が時』だ。まだ花も葉もない桜の大木が、その枝を薄気味悪く黄土色の空に差し伸べている。誰ともなく、肩を震わせて上着の前をかきあわせた。

「昼じゃ駄目なのかよ…」

悪態の一つも出ようというものだ。

「もうさ、こんな時間じゃ何見てもお化けに見えそうだよね」

縁ちゃんは少しワクワクしている。玉群の家は門限が厳しいのだ。

「ねぇねぇ、いつまで探すの?」

「…そんな遅くまでは連れ回せないよ。今日だって特別に許可もらったのに」

「……むぅ」

少しふくれてみせて、軽やかな足取りで歩き出す。すらりとした脚線を覆うニーソックスが、去年に比べると少しふっくらして見える。…いや、太くなったというわけではない。寧ろ丁度いい、いやもう少し太い方が俺的には

「誰が妹の脚を凝視しろと云った」

「うっわ」

いつの間にか俺の後ろに回り込んでいた奉が、耳元で呟いた。

「くっくっく…浮気者め」

「う、うるさいな!そりゃ見るだろ!?」

真っ先に俺の目線に気が付いた癖に何云ってやがるんだ。

「……いいか、この件で必要なのは『手っ取り早く済ます』この一言に尽きる」

「そういうのを無茶振りというんだよ。人面犬がそこら辺を簡単にうろついているものか」

奉が何かを考えるように、少し黙り込んだ。そしてふと顔を上げ、縁にも聞こえる程度に声を張った。

「野良犬でも、それっぽいものでもいい。この暗がりで『それっぽく見える何か』を探せ」




人も通らない薄暗がりの路地を、俺たちは歩いていた。街灯の灯りがギリギリ届く暗がりに、時折動くものがある。それらは駆け寄ると逃げてしまう。

「…なんかさ、こういうの…なんだろ、あの暗い所に何が居るの?」

「……そうだな」

―――気が付かなかった。

普段から通るこんな街中の路地の、あちこちに見え隠れする、蠢く何か。それは近寄ろうとすると逃げ水のように逃げていく。俺たちが当たり前のように歩き回っている近所の路地が、夜が更けるとこうも妖しく変貌するとは。

「随分、沸いてるねぇ…想定以上だ」

こんな暗がりにあっても、奉の薄笑いが見えるようだ。

「結貴よ」

「何だよ」

寒い。キリがない。もう帰りたい。そんな思いが俺の口調を荒くした。

「さっきの問い、お前ならどう答える」

「問い?」

「縁への、問いだ」

「……人面犬の目撃例の話か?そりゃ…見る人が見れば、そこらへんの雑種でも」

……そうか。奉が云いたいのは。

「思い込みと気のせいの積み重ね、なんだな?」

「―――悪くはないねぇ」

奉が暗がりで笑ったような気がした。その表情すら薄闇は朧げに遮ってしまう。

「もう一息」

「まじか。面倒くさいな。もう考えたくないんだよこっちは。察しろよ」

仕方ないねぇ…と、実につまらなそうにため息をつくと、奉が訥々と語り始めた。



「―――奴らは所謂『キメラ』なんだよ。思い込みと気のせいと見間違いと好奇心の」



「…キメラ?」

「まず『噂』という『胚』が形成される。それは思い込みや見間違いなどの要素を『受精』し、暗がりという『腹』の中で『噂』を糧に肥え太り育つ。それが臨界に達した時、その姿を現す」

「…姿を現す?それじゃまるで」

「最悪の場合、実態を持つ。…巷に云われる人面犬の性質ってのはどんな感じだ?」

「ん?…そうだな、俺の知ってる限りだと…『ほっといてくれ』と呟いて逃げる…とか、噛みつかれると人面犬になる、とか」

「噛まれただけで体の構造までいじられるとかねぇ…都市伝説ならではの横紙破りで普通に笑っちまう話なんだが」

奴らは『キメラ』だからねぇ…と、奉が呟いた。

「…本当に、噛まれたら人面犬になるのか…?」

「さあね。分からん。何しろ人の思い込みや好奇心をめくらめっぽうに放り込んだ闇鍋みたいなもんだ。どんな要素を持って生まれるか、全くの未知数さね。ただ…」

奉の目が、きゅっと細くなった。

「小さな子供の目に晒すには、好ましくないねぇ」

そう呟いた奉の視線を追う。

それは、俺には分からない程度のうねりだった。…というか、実際分からなかった。縁ちゃんが『あれ、この辺、なんか変』と云いだすまで、俺には知覚すらできなかったのだ。

正直、衝撃だった。

俺は自分の『過敏さ』には少し自信があった。この傲岸不遜な祟り神すら、それだけは認めている位に。…そうこう考えているうちに、暗がりの中心に澱のようなものがじわりじわりと溜まり始めた。同時に押し寄せる獣の気配。…こんな気配がどこに隠れていたのか、と不思議に思うほど、それは濃厚、かつ醜悪な匂いがした。

「うわぁ…」

縁ちゃんが、その澱の塊に吸い寄せられるようにふらふらと歩み寄る。俺はその腕を取って止めた。何故だろう、とてつもなく厭な感じがするのだ。…少なくとも、初心な女の子を近寄らせてはならない、そんな気がする。

「人面犬、てな案外に古い妖でねぇ。…文化7年に遡るのか。そうか、もうそんなになるのか…」

「いつから居るんだよ、お前が」

「人のように鼻の長い犬が発見され、見世物にされたんだよねぇ」

「……」

「―――ときに梅毒って知ってるか」

「知ってるかと云われれば知ってはいるが…」

「性病だな、お前には縁のない」

「うるせぇよ」

「当時な、雌犬を犯すと梅毒が治癒すると信じられていたんだよ」

うえぇ…何故今そんな厭な話をするのだ。

「で、鼻の長い犬は、そうして産まれた犬と人の落とし子と思われた」

「そんな…」

馬鹿な。そういう嗜好の持ち主は今もいるが、染色体の数が違う生き物同士が交尾をしても子は出来ない。今なら誰でも知っている事だ。だから……。

「そりゃ勘違いだ。そうだろ?」

奉が口の端を吊り上げて笑っているような形を作った。

「だが『鼻の長い犬』は居た。その正体は…まぁ、恐らく外国の犬だねぇ」

「外国の?」

「当時から狩猟犬は飼われていたろう?それが船にでも乗って日本に辿り着き、飼い主の外国人とはぐれたか、それとも死に別れたか…そこはまぁどうでもいいんだが、何らかの事情で野良犬となった」

そういや、なんとかハウンドとかいう海外の狩猟犬は大抵、妙に鼻が長い。

「日本犬と比べると面立ちは相当違うが、犬は犬なんだがねぇ…外国の犬を見慣れない当時の日本人から見たら、人の顔に近く見えたのかもよ」

「それが、人面犬の正体?」

「……当時はな。だがこいつは違うねぇ」

縁ちゃんは俺の背中に隠れてはいるが、好奇心にキラキラした目で暗がりの渦を見つめている。

「そら、姿を現し始めたぞ」

黒いもやはぎゅるん、と小さく渦巻き、急激に形を為した。

夕闇よりも更に昏い路地の闇を綿飴のように巻き取り『それ』は産まれた。俺たちの目の前で。



禍々しい呼気が、路地を満たしたような気がした。



犬の体に処刑された男の首を強引に縫いつけたような、死臭の漂う怪物が、目の前に居た。俺は縁ちゃんを背後に庇ったまま、あとじさる。…何なんだこいつは。少なくとも、何とかハウンドではない。

「化け物……」

そんな言葉が口をついて出た。

「人面犬て、何か……」

私が思ってたのと、少し違う…と縁ちゃんが呟いたその瞬間、人面犬が『跳んだ』。その速度に反応を忘れ、呆然と立ち尽くす俺たちの間を縫うように、そいつは跳び、走り抜けたのだ。俺の横をすり抜ける時、奴は微かに呟いた…気がした。



「ホ ッ ト イ テ ク レ ヨ」



「…いかん、おい結貴」

「何だ!」

「あいつを斬れ」

「は!?」

「奴の最高速度は100㎞。鎌鼬なら追いつける」

「そんな急に」

「早くしろ」

奉の言葉が、確かな質量をもって俺にのしかかった。…こういう云い方をする時の奉には、逆らわない方がいい。何の恨みもない産まれたばかりの存在を切り刻むような蛮行を…などと云える空気ではなかった。俺は背中に意識を集中し、呟いた。

「鎌鼬」

暗がりに暗殺の刃を閃かせ、鎌鼬が路地を馳せる。…なんという光景だ。自らの速度に耐え切れず、もげそうな爺の首をぶら下げて駆ける犬の体に、3つの疾風が迫る。…逃げ切れ。自分で放っておきながら、何故かそんな思いがよぎった。だが俺の微かな願いも虚しく、疾風は人面犬を捉え…その体は散り散りの靄となって消えた。

「あー…え?なにこれ、どうして?」

縁ちゃんが人面犬が消えた辺りに駆け寄り、辺りをきょろきょろ見回した。…じわり、と鳩尾がえぐられるような痛みが走った。俺は今、気味悪いだけで何の罪もない犬を…殺した。

「殺したんじゃないよ。お前は『散らした』だけだ」

―――散らした?

「さっき云っただろう。…あの『人面犬』という存在は、人の噂や勘違いなどが、暗闇を核に凝り固まって出来た『現象』みたいなもんだ。放っておけば塊になるし、散らせば解けて暗闇に戻る。縁よ、これが」

さっきの問いの答えだよ…と云って、奉はまた笑った。

「核になるのは何でもいいんだ。さっきの『外国の犬』でも、梅毒の噂でも。そういった『それっぽいもの』に、人面犬を信じるピュアな感性の持ち主が肉付けをする。あの頃頻発した目撃情報は、そういうわけなんだよ。…だから、子供の間で流行っている都市伝説ってのは一番、質が悪いんだよねぇ」

それは…人面犬の出生が本当に子供達の噂であれば、そして肉付けをするのが子供達であるのなら、確かに人面犬の存在は好ましくない。子供の思い込みは移ろいやすいからだ。

「もし子供の一人が勝手に『人面犬は人肉を喰らう』という情報を付加するようなことがあったら…!!」

云いながら、この季節に相応しくないような大量の冷や汗が背中や脇を伝った。…形を成す時に出会ったのが小梅だったら…!

小梅は人面犬を酷く警戒していた。悪い奴なのです、と断言していた。小梅の中で渦巻く思い込みがそのまま具現してしまったら…そしてその化け物に、小梅の捜索隊が出会ってしまったら…!!



「そう。だから結貴と、縁が必要だったんだよねぇ」



くっくっく…と籠った笑い声をあげて、奉が俺達を流し見た。

「わたしが?なんで?」

大きな目を瞬かせて、縁ちゃんが俺たちの方に向き直った。…何故だろう、ただきょとんとしている縁ちゃんがそこに居るだけで、俺はひどくホッとしていた。

「まず結貴。お前は完璧に荒事要員だ。爛れた大学生活で膿み濁ったお前の穢れ多き感性では、人面犬の糧にはならん」

「すげぇ畳みかけるな。俺お前に何かしたか」

「そして縁。お前は人面犬探しを楽しんでいただろう?」

「…そりゃ、ちょっとは」

少し照れてもじもじしながら、縁ちゃんが上目使いで俺達を見る。…可愛い。動画に撮りたい。

「お前の頭の中ではさぞかし間抜けな感じの人面犬を思い描かれていたのだろうねぇ…きじとらは犬が大嫌いだから、こうはいかないだろ」

「なにこの兄貴むかつく」

「二人がかりでボコろうか」

「下手に畏れを持った奴に探させれば、その畏れが色濃く反映されて狂暴性の強い人面犬になっただろうねぇ。だが縁が生んだ人面犬は何処か滑稽で、臆病な足の速い犬だった。だから誰も怪我をすることなく、散らすことが出来た」

それだけ一気に云い終えて、奉は既に関心を無くしたように路地の袋小路に背を向けた。

「―――これで当分は大丈夫だ。小梅もそのうち飽きるだろ」

黒い羽織を翻して、奉は薄闇に溶けるように去って行った。…おいお前、妹を送らないのかよ、と云いかけたがそもそもあいつは自宅に帰らないのだった。

「―――送るよ」

「んん…つまんないの!まだ夜になってないのに」

奉なんかの兄妹に生まれついたせいで、面白さの基準がどこかおかしいのだろう。でももう暗いから、と縁ちゃんを軽く説得して、俺は縁ちゃんの歩調で歩き始めた。…縁ちゃんは、小学校の頃のように俺の袖を軽く掴んでついてきた。ひどく、久しぶりな気がして俺はつい、縁ちゃんを凝視してしまった。

「……私って、間抜けな感じなのかな」

「しっかり者だよ、縁ちゃんは」

「ん、そうだよね!」

瞬く間に気を良くして歩調を早める。…こういう所を間抜けと感じるか、朗らかと感じるかは個人の好みがありそうだ。

「……ねぇ、結貴くん」

「ん?」

「彼女の惚気話、聞いてあげようか?」

そう云って縁ちゃんは笑顔で覗き込んできた。…瞳の奥が、笑っていないような気がして俺は目を反らした。

「……や、いいよ」

「つまんないの!」

俺たちはぽつりぽつりと互いの近況を無難に報告し合いながら、薄闇の街をぼんやりと歩いていた。やがて玉群の灯りが近い竹垣の巡りで俺が足を止めると、縁ちゃんも足を止めて振り向いた。笑顔…だったのかもしれない。薄闇が邪魔をして、彼女の表情がよく見えない。



「ありがとう」



この子らしくない、何かを含んだような『ありがとう』は、鳩尾に杭を打ち込まれたように響いた。




で、後日。

姉貴が小梅を連れて来たついでにさりげなく人面犬のその後を探ろうとしたが、今、小梅の頭の中は妖怪ウォッチだか何だかのことでいっぱいらしい。そのうち忘れるとは思っていたが…早ぇよ忘れんのが。

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