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霊群の杜  作者: 柘植 芳年
13/50

通りもの

挿絵(By みてみん)


「――最近、夢は見ているか」

いつも通り、書の洞で今日発売の漫画雑誌を繰っていると、奉がそんなことを云ってきた。

「何故、今更お前と熱血青春トークをしなければならんのだ」

「そっちの『夢』じゃねぇ。夜に見る夢のほうだ」

「おっと」

すっかり忘れていた。奉は俺の『隠れ里の夢』を妙に気にしていた。隠れ里の夢を見たら報告しろ、とか云ってたな。俺は簡素な寝床に横たわって伸びをした。

「全然。不思議なくらい、全く見ないや」

あの日の、妙に深刻な奉の顔を思い出すと少し笑いすら出てくる。

「考え過ぎだったんだよ奉。あれは偶然。俺かお前が死ぬなんて…」

昨日夜ふかししたせいか、何だか妙に眠い。この洞の薄い灯りも眠くなる。机の傍らには、いつか境内に放置された土偶に電球を仕込んでランプに改造した変なオブジェが置いてある。なんだあれ、暇かよ奉……。

「全く、夢を見ないのかねぇ」

「……んー、見ないな」

「そんなこと、今まであったか?」

「…………知らないよ、あ、やばい、ちょっと眠」

「―――寝ていい」

「……ごめ……借りるわ……」





―――海が見える坂道のガードレール。いつもの、俺の場所だ。



弟たちが、浜辺で一心不乱に貝を拾っているのが見える。口元がほころぶ。海から出て来た   が、俺に向かって大きな貝を振って見せた。双子貝だ。一つの貝殻に二匹の貝が棲んでいる。いいのを見つけたな。あれは割といい出汁がでる。

ただ俺が好きな食べ方は『片方だけ食う』やり方だ。生き残ったもう片方に、死んだ片方が憑依するのが面白い。

「今日は味噌汁だよー!!」

精一杯怒鳴ったのだろう。割と聞こえた。   が、   に食ってかかっている。そういえばあいつも、片方だけ食ってもう片方を観察するのが好きなんだ。

「―――悪趣味な」

背後から声がした。こいつは。

「ふぅん、またそういう設定か。俺が、分からない設定か」

この間、ガードレールから飛び降りて消えた奴だ。俺は咄嗟に身構えた。あれから   も、   も怯えていた。あいつは△△△の使いだ、僕たちが食べごろかどうか見に来たんだ、と神経質に泣きじゃくる。大丈夫だよ、お前はもう取られないから。何度そう言い聞かせても泣きやまない。



―――こいつは   を泣かした。   を殺そうとしている。



墨を流し込んだようにじわりと広がる、憎しみと怒り。俺の可愛い弟たちを、これ以上奪おうとするやつは。これ以上、犠牲を重ねて生きながらえようとする外道は…。


たとえ△△△でも、いや、△△△だからこそ。


「この間の問い、もう一度、繰り返す。お前の弟の」

「ああああああああああああ!!!!」

聞きたくない、聞こえない、聞いてはいけない。

この存在は、俺を惑わそうとしている。この間の問いなんて知らない。覚えていない。俺は   を守る   は大切だから。

こんな時のために   が持たせてくれた匕首を胸元から引き出す。



「――話を、しようじゃないか」



重い気配が匕首を持つ手を包み込んだ。手が震えた。気配はじわりじわりと俺の動きを奪っていく。…動けない!俺は守らなくちゃいけないのに    を守らないと、俺は……。匕首を構え直して俺は、一歩踏み出した。

「舐めんじゃねぇよ、俺が何年永らえてきたと思っているんだ」

煙色の眼鏡の奥で、奴は揶揄うように笑った。

「『此処』ではお前は俺に勝てない。諦めて俺の話を聞け」

「ああああああああああ!!!!!」

耳を貸すな、俺を洗脳する気だ、そして更に△△△に   を捧げさせる気だ。黙れ、黙れ黙れ黙れ。

「騒ぐなというのに」

ひゅっ…と喉が痺れて声が出なくなった。それでも喉を絞って声を出そうとする俺を見て、奴はさも可笑しそうに、手を叩いて笑った。

「必死かよ」

「………かはっ」

咳き込む俺を、煙色眼鏡の男は見下ろす。その表情は眼鏡でよく見えない。

「お前に匕首を持たせたのは、お前の弟か」

「………」

「俺を殺せと命じたのも」

「………」

「お前を、奪おうとする者が、仮にいるとする。お前はその弟に『この匕首で我が敵を刺せ』と、刃物を握らせるか」

「………?」

………こいつは、何を云うつもりだ?

「それが、家族か?」

「…家族の敵は…敵…死んでも、殺す…」

うわごとのように言葉が漏れてきた。俺が考える前に。…あれ?俺が考える前に?これではまるで…。

「親は刃を握らせて、人を殺せと教えしや…」

膝をついた俺をそのままに、男は俺に背を向けた。

「人を殺して死ねよとて、24まで育てしや…か」

ふっと体が楽になった。

「君、死に給うこと勿れ…」

男が肩越しに苦笑した気がした。…一瞬よぎりかけた疑問のようなものを懐に押し込め、俺は再び匕首を握りしめる。そして男の背中に突進して匕首を







がば、と身を起こした。寝汗が全身を覆っている。そして恐ろしい程の奉への憎悪と殺意。



―――俺は一体、どんな夢を見ていた!?



強烈に貼りついた憎悪の感情をそのままに、引っぺがすように消えていく記憶。待て、俺はやはり夢を…待て、待ってくれ!!

「分かったか」

暗がりから奉の声が響いた。その声に呼応するように膨れ上がる憎悪の感情。殺さないと、やはり俺は。

―――は?殺す!?

ひやり、と冷たい布をあてられて、急激に我に返った。きじとらさんが、冷たいおしぼりを首にあててくれていた。

「ありがとう、ございます…」

すう、と頭にのぼった血が下がる感覚。おしぼりを受け取り、首周りを拭きながら俺は奉を探した。相変わらず机に座って本を開いたまま、奉は俺を見ていた。煙色の眼鏡の奥は…やはり、見えない。

「俺は…夢、見てたのか」

「今の夢を覚えているか」

頭に手を当ててみた。…全然、思い出せない。なのに妙に生々しい憎悪の感情、というかその残滓だけがべったりと、貼りついている。

「……駄目だ」

「普段なら、夢を見ていたことすら忘れていたんじゃないかねぇ…」

「そんな……」

いや、そうなのだろう。さっき奉が云っていた。『夢を見ないのか』と。

俺は眠りが浅いのか、割と夢を見る。朝の支度で忙しくしている間に詳しい内容を忘れてしまう、他愛もない夢ばかりだが。だから夢を見なくなった自分に疑問を覚えることもなく、きっと俺は夢の中で奉に憎悪を募らせながら、毎朝その憎悪を心の奥底に貼りつけながら…ここに、通っていたのだ。

「えげつないことをし始めたねぇ、彼らは」

奉はくたりと本にもたれて、目を閉じた。

「困ったことになったねぇ…」

「俺、しばらくここに来ない方がいいかな…」

俺がこのまま浸食され続ければ、いずれ奉を。

「いや、それはかえってよくない。俺がお前の前から消えれば更に、夢と現実の境がなくなる」

夢を見ていることすら自覚できない俺は、突然奉を殺める。誰に聞いても理由は分からない。俺ですら。

「こういう『殺し方』は、夢に住まうものの十八番だねぇ。じわじわと内側から侵され、ある日突然、何の前触れもなく人を殺める。外側からはそう見える。そういう、通りすがりの魔に憑かれるような殺しを促す妖を『通りもの』などという…」

それこそが彼らの狙いだねぇ、と奉は本に顔を埋めて息を吐いた。

「…厄介だねぇ…どうしたものかねぇ…」

―――俺かお前、どちらかが死ぬ。

あの日軽く聞き流した言葉が、じわりとのしかかってきた。




洞を後にする俺に、外まで送ると、きじとらさんがついてきた。いつもは奉から離れないのに。…とは云いつつ、奉抜きで二人で歩けるのは少し嬉しい。

俺がうたた寝していた時間はそう長くはなかったようで、まだまだ日が高い。…否、最近日が延びたか。さっき汗を拭いたのに、また新たな汗が喉元を伝った。

「あの…大丈夫ですよ、汗は凄いけど、体調は」

後ろから、ひやりと冷たいものを首筋にあてられた。

「あはは、もうおしぼりは」

首筋に手を伸ばした刹那、俺は凍りついた。



刃物だ。



「奉様が、云いました。彼か、結貴さんのどちらかが死ぬと」

きじとらさんは淡々と話す。感情のブレは感じられない。ただ、淡々と話す。

「『あいつら』があの人を殺すなら、結貴さんの中に宿った今なら…」



―――あなたが死んだら、一緒に消えるのでしょうか。



汗を拭った首回りを、生暖かい風が撫でていく。喉元にあてられた刃物は相変わらず冷たい。さぁ…と、頭の芯が冷えていくのを感じた。俺は我知らず、声に出していた。

「―――奉が死んだら、きじとらさんは僕のものになってくれますか」

刃物がびくりと震えた。動揺が走ったみたいだけどきっと一瞬だ。すぐに己を取り戻して、やるべきことをやるのだろう。俺は急にどうでもいいような気分になった。…あーあ、どうしてそんなこと考えたんだろう。奉が、死んだら。



「おい青島!穏やかじゃねぇな!!」



野太い声に呼び止められ、俺(と多分きじとらさんも)は飛び上がった。

「刃傷沙汰はいけねぇよ!痴話喧嘩か!?」

またしても巨大な段ボールを抱えた鴫崎が、俺たちに駆け寄って来た。きじとらさんは刃物をすっと引くと、俺の脇をすり抜けて、蝶のような袖を翻して石段を駆け下りていった。

「……なんだぁ?きじとらさん、暑さでどうにかなったのかぁ?」

いつも通りの乱暴な足取りで近づいてくる鴫崎を間近に感じた時、俺は、崩れ落ちて泣いた。




要は、俺は振られたのだ。

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