誕生日
「美琴、誕生日おめでとう」
朝起きて居間に向かうと、祖母がいつも通り朝食を作って待っていた。祖父も新聞紙から顔を上げて2人で私に笑顔を向ける。
「ありがとう!」
今日、12月20日は私の20歳の誕生日である。今日から成人デビューだ。
私は朝食を食べた後すぐに家を出た。向かう先は少し離れたところにある大きな病院。母がいる病院だ。8年前から、母はずっと目を開けない。心臓は動いているのに目を開けない。まるで人形のように動かない。
病院の受付を済まし、病室の扉の前に立つ。毎回入る前に一度深呼吸をする。もしかしたら、目が覚めているかもしれない、なんて淡い期待を抱きながら。
「美琴」
扉を開け真っ先に私の名前を呼ぶのは、母ではなく幼馴染の小川朔弥である。朔弥は椅子から立ち上がるとカーテンを開けた。
「おばさん、美琴来たよ」
「お母さん、おはよう」
返事のない母親に向かって発するおはようは、これで何度目だろうか。静かな病室に響く。私は花の水を入れ替えて、母と一方通行の会話をした。
「じゃあ、また来るね」
そう言ってゆっくりと扉を閉め、また深呼吸。そんな私を、朔弥はじっと見つめていた。
「本当に行くの?」
「もちろん」
私と朔弥には約束があった。約束というか、宣言というか。それは、私が20歳の誕生日を迎えたら一緒にある場所に行く、というものだ。そのある場所というのは8年前の事件現場、つまり私の前住んでた家。母を今の状態にした家である。
8年前、私の家に強盗が入った。父は殺され、母は昏睡状態にされた。そして私にはなぜかその日1日だけの記憶がない。気がついた時には祖母の家で寝ていた。死んでいないということはその場に居合わせなかったということだろう。
"不幸中の幸い"という言葉を何度も聞いたが、幸いなんかではない。どうせなら私も殺されていたかったと何年も思い続けていた。犯人は事件の翌日に逮捕されたが、怖くて顔を見れなかった。
だけど月日が経ち、大人になるにつれて、私は自分の家族が元住んでいたあの家を見たくなった。3人で暮らしていたあの家を、ずっと避けていたあの家を見たくなった。だからこうして朔弥に同行を頼んだのである。
「無理に思い出さなくてもいいんじゃないのか」
「うん。思い出すために行くんじゃないもの」
あまり乗り気でない朔弥を強引に引っ張り、私たちは病院を出た。