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勇者と魔王の物語  作者: aje
1章 ゾンネ暦1729年7月4日
3/4

行きはよいよい帰りは奈落

メモ:魔力=魔物の気配

「行くぞ、ガウナ。」


面甲を軽く撫で、勇者は鞍に跨がった。長年連れ添った愛馬はかけられた声に反応し、鎧をカチャカチャと鳴らす。フランカード越しに拍車をぶつけると、振動が伝わったのか月毛の馬は勇者を乗せて走り出した。

小さな丘を登り、深く広がる森へと一直線に駆け入る。渓谷に掛けられた古ぼけた橋を走り抜けたところで、月を覆う雲のように黒毛の馬が追ってきた。次第に目の前には崖が現れ、勇者は馬の足を止めて故郷の大地を見渡す。


「確かこの辺りだったかな。」


ガウナへと指示を送り手頃な木の下で待機させると、崖の下を覗く。切り立った岩肌の間に洞窟が見えた。勇者が前にここを訪れた時には、そこはただの洞窟であった。少なくとも今のように魔力の気配が漏れだし、ぎゃあぎゃあと不快な鳴き声が響いているところではなかっただろう。


「ここを下りろってことか...。」


「ああ、人間には少々厳しいだろうが、この方が人目に付きにくいものでな。」


諦めの入った小さな呟きに黒毛の馬を止めて魔王が答えると、深い溜め息をついて勇者は崖を下り始める。そんな彼の横を、漆黒の翼をはためかせて魔王の愛馬は駆けて行く。重い甲冑ではない軽く最低限の鎧でも、垂直に岩肌を下りるのには少々邪魔となったが、彼は危なげなく洞窟の前にある僅かな足場へと着地した。勇者の視界の端に黒い羽根が映る。


「来たか。遅かったな勇者よ。」


勇者が入口の方へと顔を向けると、いつの間にか魔王が正面に立っていた。


「ガウナは君の馬のように飛翔魔法は使えないからな。文句があるなら、自分を乗せて行けば良かっただろ。」


「貴様はどうやら魔法を頼るのが苦手なようだ。どうせ我が誘おうと断ったのだろう?」


「よくわかっていらっしゃる。」


彼らは幾つか言葉を交わしながら洞窟へと足を進める。だが、そこまで歩かない内に勇者は止まった。入って直ぐの場所に強い結界が貼られているのを感じる。


「なんだこりゃ。」


疑問を抱いたのは結界に対してではなく、彼の目の前に広がるそれの向こう側。ギチギチと押し込まれ、今にも洞窟を崩してしまいそうな程の魔物たち。


「応急措置だ。」


魔王は平然と答える。


「いや...それにしても酷いだろ...。まあいい、とりあえず手筈通りにいくぞ。」


腕を組み呆れたような表情で勇者に見られた魔王は、静かに頷き返した。

騎士団団長の示した到着予定時刻まで、あと2時間あまり。彼らはまず繁殖を抑える為にサキュバスを止めることに決めていた。


「来い、我が眷属よ!」


魔王は洞窟へとよく響く声で叫ぶ。勇者が思わず耳を塞ぎ、天井の蝙蝠が慌てて逃げていく。だが、少しの静寂の後、力強い羽根の音と共に甘い声が響いた。


「はーい、魔王様ご機嫌よう。」


結界を通ることが許された一体のサキュバスが、洞窟の奥から姿を現す。勇者は彼女を見るのは初めてだったが、成る程、異常繁殖の原因だと言われるわけだと納得した。


「ああやっぱり大人の魅力って素敵ですう。それに、相変わらず美しい深紅の髪だわ...本当に羨ましい...。」


やってきて早々に魔王へ密着したサキュバスは、黒く艶やかな尻尾を巻きつけ、彼の腕を抱き締める。桃色の髪が洞窟へと吹き抜ける風に吹かれ、うっとりと魔王を見つめる金の瞳の前で揺れていた。ローブで全身を覆ってはいるが、薄く黒いそれは彼女の柔らかい肌と妖艶な刺青を隠すという役割は担えておらず、これまた薄いビキニのような布によってようやく秘部を隠せている程度である。


「ヴォルスティーナ、此度の異常繁殖の原因は貴様だな?」


慣れているのか興味がないのか、魔王はヴォルスティーナの行動に反応を示さないまま問いかける。


「はい、そうですう。だってあいつら揃いも揃って腰抜けばっかりでえ...いっそ、ということで、サキュバス総動員で腰砕けにしてやったんです~。」


その態度にも慣れているのか、気にしていない様子で彼女は豊満な胸を押し付け始めた。僅かに洞窟へと入る光で、小さな角がキラキラと輝く。


「今すぐ止めろ。」


「はい!頑張りましたあ....って、え?」


甘い香りを振りまきながら魔王を誘惑していたヴォルスティーナだが、褒められるという予想に反したその言葉に動きを止める。


「繁殖は一時中断だ!」


「え、えええ~!なんでですかあ~。」


魔王がもう一度力強く言うとヴォルスティーナは彼から離れ、翼をバサバサと動かしながら文句を漏らす。


「何でも何も、この洞窟の様子を見ればわかるであろう?これ以上入れず、食事や水も枯渇している。種族によっては直ぐに共食いを始めてもおかしくない。」


ヴォルスティーナは不満そうに手を口に当てる。


「え~、まだまだヤりたあぁああ!やめっ... まおーさまわかりましたやめますからあああっ」


否定の言葉を口に出した途端魔王の手が尻尾を鷲掴み、その巨体と目が合うほどの高さまで彼女は持ち上げられた。多くの生物にとって尾というのはバランスをとる為のものであり、性感体でもある。幾ら快感に対して耐性のあるサキュバスといえど、無遠慮に掴まれ全体重を支えなくてはならない状態にされては耐えられはしない。


「あうっ...はぁっはあっ...ひ、非道いです魔王様あ...。」


即座に降参の意を告げたヴォルスティーナは直ぐに離され、硬い岩へと落下した。


「これで繁殖を抑えることはできるな。後は食料や住居の問題か。さて、どうする?」


「魔王様...ふぅ...普通に解放すれば...いいんじゃないでしょうか...?」


頬を赤く染め、荒く息を乱しながら話す彼女に、魔王は静かに首を横に振る。


「駄目だ、我が生きていることを人に知られるのはまだ早い。」


その言葉にヴォルスティーナは首を傾げた。


「そういえば、魔王様って世間的には勇者に殺されたことになっていますよねえ?でもここで生きていますしい、勇者は殺したってことなんでしょう?何故なんですか?」


「ああ、そういえば貴様には話していなかったな。まあこれは後で全ての魔物に通達するつもりだったが...。」


魔王は傍らでずっと様子を伺っていた勇者の頭を、その長い爪で軽く撫でる。


「こ奴は勇者。人の世を捨て我と共に人類を滅ぼすことを誓った者。」


「え...。」


「引き入れたのは良いが、我らの国はほぼ壊滅状態。我以外には貴様を含めた7体の魔物しか残っていないという有り様だ。まずは密かに復興するところから始めようと思ったのだ。」


「でもなんで勇者を!」


「早い復興の為には勇者伝いに人間の力を借りた方が効率が良い。それに奴は強い。」


「い、言ってくれたって良かったじゃないですか!逃げて逃げて行き着いたところで魔王様が生きてたことを知れたときは凄く嬉しかったんですよ...!」


「仕方がなかろう。貴様が逃げる前の段階では勇者が味方に付いていなかったのだ。」


「えっ、でも私が逃げた頃にはもう魔王様が死んだって人間が...。」


「...まあそのことについても追々話そう。」


「いやでもっ、というかっ、それ以前に勇者ですよ勇者!こうなったのって全部こいつが原因じゃないですか!」


「全部じゃない。」


そこでようやく、静観していた勇者が声を掛けた。


「細かいことはいいじゃないっ、私は貴方のこと認めないからね!」


魔王との対話に口を挟まれたことに苛立ったヴォルスティーナは片手を腰に当て、もう片手でビシッと勇者を指差した。その姿に勇者は目を細める。


「別に認められなくてもいい。けど、自分はこれから君の上司になるようだから、言うことは聞いてくれよ?」


ヴォルスティーナの尻尾がピンと上に立つ。それから、動揺を隠すように激しく下へと叩きつけられた。


「へっ、え?変な嘘付かないでよ!」


「ヴォルスティーナ、勇者は嘘などついていない。こ奴には我の右腕として働いてもらう手筈になっている。」


羽根がくたりと下に向かって下がる。


「うっ...魔王様がそう言うなら逆らいませんけど...。」


ギリッと彼女は勇者を睨む。


「同報を沢山殺した貴方なんて...!」


勇者は嗤った。


「君はヴォルスティーナと言ったな。」


「...だから何?」


「サキュバスの弱点は尾、よく覚えておくよ。」


ヴォルスティーナの顔に、ほんの少しの恐怖が滲む。


「.......!!貴方、思っていたよりも酷い男ね。でも私お子様には興味ないから!」


「お子様だと...!?」


いーっ、と口を横に引っ張るヴォルスティーナに、勇者はこめかみをピクリと動かした。


「魔王様と並んでる貴方なんて子どもにしか見えないわよっ!」


「自分は23だ!」


「そこまでにしておけ。時間が無くなるだろう。」


だんだんと険悪な雰囲気になってきた二人に魔王が声を掛ける。すると直ぐに勇者の殺気は薄れた。


「そういえばそうだった。戻る時間も含めるともうあまり時間がないが、これからどうする?洞窟をもっと掘ってみるか?」


腕を組み魔王を見上げる勇者は、身長差に眉をひそめる。気にしているんだな、とヴォルスティーナは薄く笑った。


「ああ、そのつもりだ。」


「.....冗談だったんだが。」


そこで彼女ははた、と気づいた。


「私、状況がさっぱりわからないんだけど。」


ポンッと勇者が手を打つ。


「簡単に言うと今日王立騎士団の団長が来るんだが、巣がこんなことになっているとは思っていなかったんだ。」


「....人の世捨ててなくない?」


「...で、それでここに俺たちが来たんだ。」


ふむふむ、とヴォルスティーナが頷き、バサリと羽根が動いた。


「(誤魔化したわねこいつ)だったら私がここをどうにかしておいてあげる。」


「....大丈夫なのか、魔王。」


「そこ、魔王様よ。今一番多いのはサキュバスなの。指導者のいない他の種族なんて簡単に動かせるわ。フェッラーライも奥にいるから、私が下級兵に洞窟を掘らせて彼女が食料を確保してくるわ。だからぁ、魔王様はゆっくりしていてくださいねえ~。」


勇者と魔王へのヴォルスティーナの対応の違いに若干の苛立ちを感じると同時に、勇者は疑問を抱く。


「魔王に指示させればいいんじゃないか?」


ジロリと勇者に金の瞳が向けられ、視線がかち合った。


「ばっかじゃないの!?魔王様は王様なんだから、私達部下が働けばいいの!それに貴方より私の方が役に立つってこと、見せつけてやるんだからっ!」


ヴォルスティーナは今にも射殺せそうな程殺気の混ざった対抗心を勇者に向ける。魔王はその様子を眺めた後、静かに頷いた。


「...わかった。貴様とフェッラーライにしばらくここの指揮を任せよう。」


「ありがとうございますぅ!」


魔王の言葉に喜びの表情を見せ、彼女は身を翻して洞窟の奥へと向かう。だが直ぐに止まって勇者の方を見た。


「あ、一応もう一つ理由があるのよ。魔王様と貴方は一緒に暮らしているようだけど、そこに人が来るってこと解ってる?」


両手を肩と同じくらいの位置に挙げて、呆れたように彼女は溜め息を吐く。


「二人分の家具や食器や日用品、貴方の使えなさそうな魔王様の大きな家具達...明らかに貴方以外に誰か住んでいるでしょ。だったら魔王様がいないと怪しいじゃない。」


ポンッと手を叩き、納得したように勇者は頷く。


「ありがとう、よくわかったよ。」


「分かったなら変なことばっかり言って魔王様を困らせないでよ!じゃあそろそろ始めるから、じゃあねっ。」


その様子に満足したのか、機嫌良さそうに尻尾を揺らしてから彼女は走り去って行く。

嵐のようにやってきて嵐のようにいなくなったと勇者は思いつつも、とりあえず問題が解決しそうだという事実に喜ぶことにした。


「今から帰れば充分間に合うな。機転が利く娘で良かった。君の直属の部下は優秀そうだ。」


「貴様にもいずれは積極的に働いてもらわなければならないぞ?」


「衣食住の提供だけじゃ不満かよ。」


「ふっ、いずれは剣を振るって貰わねばならないというだけだ。」


腰に下げられた聖剣と呼ばれたそれを勇者は見る。そして、嗤った。


「こんなの飾りだ。あまり期待しないでくれ。」


神から授けられたという剣を嘲り、彼は洞窟の外へと歩き出す。それに従い魔王も足を動かそうとしたが、耳に入ってきた音に直ぐ動きを止めた。


「嵐だ。」


「.....!」


その瞬間、凄まじい風と雨が穴の中へと吹き込んだ。同時に雷鳴が轟き、強い光が勇者の視界を遮る。


「いつの間に...!急ぐぞ、魔王!」


急いで洞窟を飛び出した勇者は直ぐ様切り立った崖へと手を掛ける。続いて魔王も岩肌を登り始める。


「馬に乗らないのか?」


自らと同じように崖を上がる魔王を横目に見て勇者は問うた。冷たい雨が僅かな足の踏み場を濡らし、彼らの視界を奪おうとする。


「...奴は羽根が濡れたら飛べぬのだ。」


ああ、と勇者は納得する。会話をしながらも、風に飛ばされぬように注意することは忘れない。


「よ...っと。」


ほんの少しの会話の間に上へ辿り着いた勇者は愛馬へと駆け寄る。クリーム色の毛は濡れそぼっていたが、別段問題はないようで、主人を見て小さく鳴いた。


「急ごう。」


その声に応えるようにガウナは勇者へとすり寄った。木へと繋いでいた綱を外してやり、背に跨がる。追いついた魔王も愛馬へと声を掛けていた。

ガウナが走り出すと直ぐに森へと入る。激しい雨が木々の葉を伝って顔を打ち、勇者は風で舞う枝が目に入らないように周囲を確認した。そろそろ渓谷に差し掛かる辺りである。重い蹄の音がガウナの背後から響き始めた頃、彼らは違和感を感じた。勇者は数秒の後、それの正体に気づく。


「一難去ってまた一難、か。」


ガウナが唸りながら動きを止めると、後続の馬の足音も止む。勇者は後ろを振り返り、魔王を見た。


「どうかしたのか?」


頼りなさげな表情に不信感を抱いた魔王は、馬から降りて勇者の下へと進んだ。そこで彼は思わず顔をしかめる。


「これは...。」


勇者は疲れたような顔で頷いた。


「ああ、そうだよ。橋が......落ちている。」

行きはよいよい帰りは(橋が)奈落

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