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勇者と魔王の物語  作者: aje
1章 ゾンネ暦1729年7月4日
2/4

情報共有はしっかりしよう

《 7月4日》


勇者の朝は早い。

早朝に起き出した彼は、まず家畜の小屋へと向かった。慣れた手つきでコカトリスから卵を回収した後に、ケンタウロスの搾乳を行いつつも、小屋全体の掃除を行う。それから井戸水で顔と手を洗い、先日購入しておいたパンを取り出して朝食の支度を始めるのだ。


魔王の朝はやや遅いのが常だ。

だが今日は妙に腹が空いていて、普段は起きないような時間に起きてしまった。彼は狭く寝心地の悪いベッドから這い出て食卓へと向かう。まだ寝ていたい気持ちもあるが、空腹時にジュウジュウと肉の焼ける音が聞こえてしまっては、睡眠欲など打ち負けてしまうのだ。


ガチャッギイィイ


少々立て付けの悪い扉を魔王が開くと、勇者は彼を見た。夜空のような黒い髪が揺れ、満月のような黄金の瞳が驚きに彩られる。


「....驚いた。今日は早いんだな。」


「くくっ、貴様が驚く姿など久方ぶりだ。我と初めて対峙した時以来か。」


その姿を見て魔王が薄く嗤笑すると、同時に闇夜を思わせる紫の瞳が細められ、血に濡れたような真紅の髪がふわりと宙を舞った。


「そんなことはどうでもいい。」


嗤われたのが不満だったのか、勇者は再び作業へと戻る。少し拗ねた様な様子は、彼の幼さを示しているように魔王には見えた。


「それよりも、問題なのは君の朝食だ。わかっていると思うが、用意はしていないぞ。」


じとっとこちらを睨んだ彼は、当然魔王に飯を譲る気などない様だ。だが腹が減って起きてきたのだし、魔王も引くわけにはいかなかった。


「ほう...なら、実力勝負でいくか?我は構わんぞ。」


好戦的に尻尾のような長い三つ編みを揺らしながら、魔王はせせら笑う。


「朝から労力は使いたくない。....だが、腹が減っている奴に何も施さないのも本意ではないしなあ。」


そう言うと勇者は、用意していた牛乳の半分を別の容器に移し、目玉焼きをもう一つ作り始める。乗っていた目玉焼きを片端に挟み、野菜やベーコンを挟んだバゲットを二つに切っている間に、目玉焼きは焼き上がった。勇者は目玉焼きの乗っていない方のバゲットへとそれを乗せると、食卓へと運ぶ。


「仕方がない、半分こだ。君に飢え死なれたりなんかしたら、5年間が無駄になる。」


溜め息混じりに呟きながら、勇者は古ぼけた椅子へと腰掛けた。


「たった一食で餓死する魔王など聞いたことがないな。だが貴様の慈悲、有り難く受け取ろう。」


いつものように高圧的な態度のまま、魔王も椅子へと腰を下ろした。その椅子は勇者のものよりも、一回りも二回りも大きい。


「ところで、魔物の巣の状況はどうなんだ。ようやく畜産物は回収出来るようになったが、あまりにも繁殖ペースが遅すぎるんじゃないか?」


じっと睨むように魔王を見つめ、勇者はバゲットを口へと運ぶ。


「仕方がなかろう。いくら魔物の繁殖サイクルが人の何倍も早いとはいえ、貴様に城に残った数体以外ほぼ殲滅されたんだぞ。」


その言葉に、バゲットからベーコンだけを引きずり出し、咀嚼しながら魔王が応えた。


「そこ、野菜もちゃんと食べろ。...だが、夜伽を行った次の日には子どもを生むのが魔物だろ?5年も経ったんだ、俺としてはもうこの頃には国を滅ぼしているもんだと思っていたよ。」


口の中のものを飲み込み、ドスッと魔王の足を剣の鞘でつつきながら問う。


「国を造るというのはそこまで簡単なものではない。それに魔物にも意志があり、好みや拘りだってある。そう直ぐに夜伽まで発展しないものだ。」


一見つつかれたことに全く反応していないように見える魔王だが、大人しくバゲットごと野菜を食べ始める。


「恋愛感情というのは面倒だな...。それで?まだ魔物の巣の状況を聞いていない気がするんだが。」


勇者は目玉焼きに塩胡椒を足す。


「..........。」


また進捗は良くない、と聞かされると思っていた勇者だが、そこに返って来たのは予想外の沈黙だった。


「どうした、何か問題でも起こったのか。」


食事の手を止め、鋭い声で話の続きを促す。魔王は赤黒く光る爪でテーブルをコンコンと叩き、窓の外を見た。


「ある意味では良いことだが、またある意味では悪いことだ。」


「いいから答えろ。」


誤魔化そうとするようなその態度に苛立ちを見せながら、勇者は鞘で再び魔王をつつく。その姿に、観念したように魔王は嗤った。


「サキュバスの異常繁殖により、一夜にして魔物の数が50倍増加した。」


「.....は?」


「つまり、早急に家や設備、ライフラインなどを整えなくてはならない。そのうえ早いうちに各部族を纏めあげ、王だと示す必要があるだろう。」


「いや...待て。」


「因みに皆を生活させている穴蔵は一瞬で一杯になり、もう既に溢れ出している。これではここで魔物が繁殖していることが人間にばれるのも時間の問題だな。だが、貴様の望む軍備強化には繋がることはメリットだろう?」


「それは...どれくらい前からそうなっていたんだ...?」


「ん?ああ、一週間ほど前から...」


その言葉を全て聞き終わらない内に、ダンッと、思い切りテーブルを叩いて勇者は立ち上がった。彼の手には短剣が握られている。


「もっと早く言えよ!!!」


まあ落ち着けと促しながら、魔王は勇者の手を抑える。


「だが早急に行えば問題はない。我とて貴様が裏切り者だとばれるのは早過ぎると考えている。もう手は打っているし、後3日もあればどうにかしてみせよう。」


短剣のリーチは長くはないが、相手はあの勇者である。切りつけられないように慎重に距離をとりながら、問題ないということを示す。だが、勇者は落ち着いたような様子はない。それどころか、頭を抱え始める。


「一週間もあれば、別日に変えてもらうことも可能だったのに...どうすればいいんだ...。」


魔王も流石にその反応に疑問を抱いた。


「今日は何か用でもあったのか?」


「ああ...あるぞ。そりゃもうとびっきりの予定がな...。」


勇者は短剣の鞘を突きつける。そこに輝くのは王家の紋章。


「本日、王立騎士団団長ルートヴィヒが数人の兵と姫殿下を連れて視察に来る。」


「.......は?」


「.........。」


「.........。」


二人の間に沈黙が降り注ぐ。


「ということは....。」


「ああ、3日じゃあ間に合わない。」


「それこそ早く言え勇者あああ!!!」


魔王の雄叫びが家中に響いた。

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